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らせんのきおく  作者: よへち
再会編
146/205

第146話 『各々の夜』



ガキンッ!キンッ!バシッ!


幅の広く天井の高いその廊下に剣戟の音が響き渡る。


「そうね。そうやって踏ん張って、重さを溜めてから振り抜いたほうがいいわね」


剣を構えて向かい合う結月ゆづきとルーク。

ここは魔王の迷宮・最下層。ギムがエンに敗北し、ルークが魔王しずに挑んだその場所だ。


---


時間を少し巻き戻し、静と祐樹の家を出て買い物に向かった結月と結弦とルーク。三人は結月の先導である店へと向かっていた。

結月は先日のルークとの手合わせ、そして母とルークの手合わせを見て非常に気になっていた事が一つあったのだ。

で、到着したここは…武器屋。


「ルーク、あんたいつまでその細剣使うつもりなの?」


「ん、別に痛んでねぇし問題あるのか?」


腰の細剣を少し抜いて眺めるルーク。ルークがナワの街を出た時から帯剣している両手持ちの細剣。特に痛んでいる様子もないのだが


「ちがう、そうじゃないわ。あんたにその剣が『負けてる』のよ」


旅の間、エイに限界ギリギリまで鍛えられ続けたルーク。はじめの頃はヒョロっとしたエルフの青年だった雰囲気も、今では立派な細マッチョ、エルフの剣士といった佇まいだ。


「せっかく筋力もついてんのにそれを剣に乗せきれてないわ全然。今のあんたに細剣それは軽すぎんのよ」


そんなわけで三人はルークの剣を見にきたのだ。

様々な剣を並べて売っている武器屋。色々と目移りしてしまいそうなのだが、そこは伯父の店で売り物の武具を見て育ったルーク、見た目に惑わされる事もなく質実な物を見繕ってゆく。そして


「…こいつか?」


その中の一本、飾り気のない両手持ちのロングソードを手に取り、それを両手で持って重さを確認すると結月に渡す。

結月はそれを受け取ると剣の腹を拳で軽くノックし、ルークに突き返す。


「うん、これでいいと思うけど…なんであたしに渡すのよ、こんなの自分で決めなさいよ」


「マキ、じゃねぇなユヅキか。おめえが太鼓判を押しゃぁ間違いねぇだろ」


『なんつったって伝説のアレだもんな』と笑うルーク。


「はんっ、あんな嘘話を真に受けんじゃないわよ」


結月も苦笑。と結弦が一言


「ねえルーク。そんなのエイに頼めば一瞬で良い物を見繕ってくれると思うけど?」


何せ無機物を操作するエイエン、母の持つ漆黒の刀もエンが作ったものだ。彼らに頼めば今のルークに見合った絶対に折れない剣だって作ってしまうだろう。

だがその結弦ゆづるの言葉に結月とルークは顔を見合わせ、結月はため息をつくと


「あのねえ結弦、それにどんな意味があるかわかって言ってんの?」


呆れ顔の姉の言葉の意味がわからずポカンとする結弦に、ルークは結月の言葉を引き継ぐ。


「俺がエイ先生から剣を受け取るのはあの人に認められてからだ。今じゃねぇよ」


そう言うと支払いを済ませ、さっそくその剣を装着する。


「じゃ、あそこ行こっか」


と店を出た三人、エイエンと合流すると連れ立って迷宮最深部へ。そこで結月はさっそく新たな剣を手にしたルークに剣の慣らしも兼ねて軽く手合わせをしていたのだ。


「その剣、前のやつより結構重いでしょ?だから思ったイメージより少しモーションが遅くなっちゃうのよ。ならいっそ踏み出す足を反対にして『後ろに重さを溜めた』ほうが剣に力と速度が乗るわよ」


と結月は軽くモーションを入れてルークにレクチャーする。そしてその動きをなぞって流れを身につけて行くルーク。


「そうね、その感じ。じゃあもう一合する?」


結月は受けに剣を構え、ルークは腰溜めに剣を構える。


「…いくぜ!」


『ハァッ!!』という言葉と共に繰り出されるルークの一閃。剣で受け止めた結月の身体全体に重い衝撃が伝わる。


「んっ!いいわね!」


構えを解き、再び細かくレクチャーする結月。


「じゃあこっちからこう、ってのはどうだ?」


それに答え、ルークもモーションを混じえて連撃を提案する。


「うん、いいんじゃないかしら。以前の連撃と同じ流れよね。けど剣も重くなってるから留めも効きにくくなるし『お釣り』も来るわよ。そこは気をつけてね」


再び二人は剣を構えて対峙し、刃を交わす。


---


エイー。ちょっと来てー」


迷宮最深部の魔王の間で軽く作業をしていたエイは結月に呼ばれた。


「なんですか結月」


エイが呼ばれた先にはイイ感じに身体の温まったルークもいた。


「ねえエイ、いつも通りルークに稽古つけてあげてよ」


エイは黙ってルークのその佇まいを観察する。


「…もう長剣それに慣れたのですか」


「エイ先生、お願いします」


そう言って頭を下げるルーク。


「わかりました。いいでしょう、構えなさいルーク」


そう言うとエイの手元に出現するロングソード。それを構えるメイド服姿のエイ

一見すると笑ってしまいそうなメイド服にロングソードという組み合わせ。だがルークは嫌というほど知っている、そんな彼女をあなどったらまさしくメイドに冥土送りにされてしまう。


いや、もはやアレは冥土メイド服だ。


そんなしょうもない雑念を振り払いルークは構える。そして


「…!」


重い剣から放たれるルークの一閃。その重さにエイは驚くものの再び構え直し、さらなるルークの連撃をも受け止める。


「いいですね。重い剣の長所と短所を上手く取り入れたその連撃、見事ですよ」


『ですが…』と言うとエイも剣を構える。それは『受け』ではなく『攻め』の構えだ。


「その連撃の構えと流れ、余りにも無防備です。ギムレットから預かっている貴方の身の事を思うとそれは少し看過しかねますね」


エイの『攻め』の構えから発される攻意。ルークはその時はじめて知る、剣を腰溜めにした、『自分より前に武器のない状態』で敵と対峙するその不安と恐怖を。


「ダメよルーク。言葉と空気に負けちゃダメ。闘いに安全な場所なんてないんだから」


そんなルークに結月がハッパをかけるのだが、ルークとてエイが付け焼き刃の通じる相手だとは思ってはいないのだ。


「…やめときますエイ先生。これをモノに出来たらまたお相手願います」


するとエイも構えを解き、先ほどまで改装していた元・魔王の間を振り返る。エプロンをつけてフライパンを手にした結弦がお玉を振っている。


「どうやら食事の準備ができたようです。夕食にしましょう」


そう言って微笑んだ。


---


一方、こちらは静と祐樹の自宅。こちらでも夕食の準備がなされていた。


「あれ、二人分?子供たちとエイたちの分は?」


静と共に夕食の準備をしていた祐樹だったのだが、それが自分と静の二人分しかない事に気がつく。


「ああ、あの子達は迷宮のほうでやることがあるからそのままあそこで食べるって言ってたわよ」


『じゃあいただきましょうか』と静は祐樹と向かい合ってテーブルにつき、手を合わせる。


「そうか。君と二人きりで食事ってのも随分と久しぶりだな」


「そうね。結婚してすぐに結月が生まれたものね」


静が院卒のタイミングでの妊娠、結婚、そして出産。祐樹も仕事を変えたり家を買ったり、そして二人で育児に奔走。

ようやく結月から手が離れようとする頃に起きた事故で祐樹は他界。

夫婦として落ち着いて二人で食事、というのは初めての事なのかもしれない。


「もしかして…」


「そうね。気を遣ったみたいね、あの子達」


そう言って静は祐樹と乾杯を交わす。


---


「ごちそうさま〜」


手を合わせ食事を終えると結月は立ち上がり


「さ、続きやるわよ」


と剣を担ぐ。


「ん、宿に戻らなくてもいいのか?」


迷宮の最深部なので外の様子はわからないが、時間的にはもうそろそろ宿に帰ってもいいような時間のはずだ。


「何言ってんのよルーク。あたしたちは迷宮に挑戦してる事になってんのよ、宿には戻れないわよ。それに」


と結月はそのダイニングにある複数の扉を指差す。


「寝室も人数分用意してもらったわ。今夜は倒れるまで手合わせに付き合うわよ」


『それとももうおしまいなの?情けないわね』と少し上目遣いで魅惑的な視線を送る結月にルークは


「んなワケねぇだろ。おめぇが倒れるまで俺が付き合ってやんよ」


わかりやすく挑発に乗っかるとニヤリと笑い、ルークもまた剣を担いでダイニングを出て行った。

エイエンに夕食の後片付けを頼んだ結弦はそんな光景を眺めながら持ってきていた例の弦楽器をポロンと鳴らし


「ま、みんな仲がいいってのは良いことだよね」


と呟き、笑った。


---


「……」


若い身体を持ちながらたけるでもなく、かといって慣れるわけでもなく。ほろ酔い加減で寝室へと向かった祐樹と静。


「なんか…あらためて『若い身体』ってのは少し恥ずかしいわね」


慣れ親しんだ夫婦の夜の逢瀬。いつもと違うのは新たな自宅と新たな寝室。


そしてこの若い身体。


「そうか?静は今も昔も相変わらず可愛いよな」


そう言って祐樹は静をベッドへ押し倒す。


「なっ、その台詞セリフさっきも……ぁんっ!」


と言いながら照れて目をそらした静のその耳を祐樹は甘噛みし、そのまま耳の後ろから首筋にかけて舌を這わせるとその首筋を再び甘噛みする。


そして静の耳元へ口を寄せると、息を吹きかけるように心情を吐露する。

ただ、ただこの一言だけだった。祐樹を突き動かしていたその想い。


「会いたかったんだ、ずっと」


『死』を体感してなぜか目覚め、それと同時に絶望して死を求め、半ば捨て鉢に始まったこのファンタジーな冒険を半年。ようやく帰ってきた『この場所』。


「私もよ」


無謀と言われた研究。成果が実ったと思えば再び訪れる『祐樹の死』という名の絶望。

苦難を乗り越え三百年という時を経て、そして無事に生きて目を覚ました祐樹。


全てが結実したのだ。


むさぼるように互いを求め合う祐樹と静。

一連の流れ、互いのその『場所』を知り尽くした『夜のふれあい』。身体の芯が痺れるような快感。

その行為は眠っていた二人の『身体の記憶』を呼び起こし、もう歯止めはきかない。


が、ある事を思い出した静は一旦動きを止め、少し照れながら上目遣いで祐樹にある『お願い』をする。



「あ、あのね祐樹。『この身体』では初めてなの、だから…やさしく、してね」








静さん、その台詞セリフむしろ逆効果です(笑)






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