第145話 『団欒』
「ルーク、あなたにはまた追って説明するからちょっと待ってね」
あらかた皆の食事が終えるのを見計らい、静はルークにそう断ってから祐樹にあらためてこの現状を説明する。
あの『一度目の人生』から十九億年ほど経っている事とその間にこの地球に起きた出来事、そしてそれによる環境の変化のあらまし。
それらを経て自分たちが遥によってクローン再生された事やその遥の勘違いによって多人種が生まれた事、魔法が存在する事、祐樹が『スキル』と呼ぶ『暗示を解いた状態』の事。
その他諸々の『今』を。
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「そうか…。あの教皇はA.I.だったのか。虚像っぽいとは思ってたんだけどな」
『凄い技術だな』祐樹はそう呟き、空いた食器を永に渡し片付けてもらう。
「そうね。私たちの時代から一億年くらい先の技術だものね」
そう言って静も肩をすくめる。
自分たちが生活をしていた頃より遥か超未来に誕生した『遥』。生命を管理する事に特化したA.I.。その技術もさることながら静が研究をしていたあの頃の地球には『記憶を持ったクローン』を生み出す技術なんてものは存在しなかったのだ。
「まあいずれそんな時代も来るかしらと思って五人分のゲノムの設計図を解析して残しておいたんだけどね」
『まさかこんな環境に変化した地球に蘇る事になるとは思っても見なかったわ』と静は苦笑する。
「五人分?」
家族四人より一人多い『五人分』。その数に祐樹は首をかしげる。
「そう、五人分。私はあともう一人のゲノムデータを残してたみたいなの、私の記憶にはないんだけどね」
『誰だと思う?』と静はニヤリと笑う。
「……吉井さんか?」
「ええっ!?なんでわかったの!?」
静は本気で驚いた表情を見せる。
「あ、いやなんとなくだよ」
半分は勘、残りの半分は静のその表情から親族以外の誰か、そして自分たち夫婦に所縁のある誰かだろうという推測によるものだ。
「はぁ〜…。なんでそんなに勘が鋭いのに結月の正体がわかんなかったのよ」
横で結月もうんうんと頷いている。
「あはは、それは言いっこなしだよ。でさ、吉井さんは今どこに?」
「亡くなったわ」
そのにべもない静の答えに祐樹は絶句し、とたんに悲しい表情を浮かべるのだが
「ちがうわよあなた、勘違いしないで。教授は、あの人は三百年前に目覚めてその時代に生きる事を選択したの」
三百年前。A.I.による管理に依存していた社会を人による人の社会へ、『自立した社会』へと作り直すその礎を築いた『大教皇・ミーツォ』こと吉井教授。
不意に訪れた『二度目の人生』にもかかわらずそこに住まう人々の為に人生の全てを注いで尽力し、そして多くの人々に敬愛されて大往生を迎えた静の恩師。
今この地球に住まう人々は彼のおかげで生物として正しい社会を形成しつつあるのだ。
「まあ最後まで『それは不自然な事だよ』って叱られたけどね」
と少し寂しそうに静はボヤく。
「はははっ、そうか。そりゃあ吉井さんらしいな」
『そっか…』と呟き、祐樹も苦笑する。
「ともあれ状況はわかったよ、これからどう生きるのかも考えなきゃだけどさ。まあそれは追い追い考えるとして差し当たっては…」
と祐樹はルークに視線を送る。
「ん、俺か?俺はもうユーキ達の言ってること半分以上意味わかんねぇぞ」
と両手を上げてケラケラと笑う。が、一転して真顔になると
「ただよユーキ、あんたらみんな『天人』だろ?」
その言葉に真島家の四人は顔を見合わせる。
『天人』
知識を持って天より下り、この地に文明をもたらした存在。
その言葉を額面通りに捉えるのならば、宇宙から地球に帰ってきた、『天より下りてきた』のは遥だ。
しかしその彼女が持つ知識は古代人類の英知で『預かり物』であり、天人とは遥自身ではなく古代人類、すなわち真島家の四人と吉井教授の事です、と静は三百年前に遥から言われていた。
無論、静は『そんなのごめんよ』と笑ってスルーしたのだが。
「ルークあのね、それはそうとも言えるし違うとも言えるの。まあしいて言うなら…天人と同じ人種、いわば『天人族』みたいな感じかしらね、私たちは」
静は言葉を選んで答える。間違って解釈されると自分たちが『神』かの如く崇められてしまいかねないのだ。
まあしかしルークも薄々は祐樹が只者ではない事に気づいてた。なにせ只者ではなさそうな姉弟、結月と結弦の父親であり、それにその妻は魔王なのだ。
今更それに驚くでもなかった。
「じゃあエイ先生もそうなんですか?」
そして無論、ルークは当然そうだと思っていた。驚異の強さを持ちながら外見を自在に変えるその存在。かの存在をおいて『天人』なんて他にいるのか、かとも思うのだが
「いいえ。私も遠も、出自はあなた達とも静様たちとも違います。ですが私と遠に新たな生と名を授けて下さったのが静様なのです」
なので私達の母は静様で父は祐樹様ですよ、と永と遠は微笑む。
「なあ…ちなみに君たちの出自を聞いてもいいか?」
かく言う祐樹もここがファンタジーな異世界ではなく『地球』だということは理解したし、静の説明で祐樹も納得はいった。
ならばこそ、尚のこと『彼ら』の存在は祐樹にとって不可思議で理解し得ない。
永はテーブルに琥珀色の温かい飲み物を配膳しながら答える。
「私たちの出自は私たち自身にも記録がありません。なんらかのトラブルでその情報を消失してしまったようです」
その言葉を引き継いで遠も語る。
「私と永は元々一つの存在でした。それが二つの存在になる遥か昔、この太陽系の含まれる銀河とは別の銀河にて単独航行中だった遥と私は遭遇し、そのままこの地球へと同行した次第です」
要は『宇宙人』だという事だ。だがそれをルークにどう説明しよう。祐樹は
「…だ、そうだ」
としか言いようがなかった。
「うん、わかんねぇ。ただ別世界の住人だって事はなんとなくわかったぞ」
そう言ってルークは琥珀色の温かい飲み物に口をつけて『うっ!?』と顔をしかめる。
「うん、まあその理解でいいんじゃないか。俺だってそう言う他には…ってこれコーヒーじゃないか!」
話に夢中で気づかなかったが、食後のダイニングはコーヒーの香ばしい香りで満たされていた。
祐樹はそのコーヒーから立ち昇る湯気と香りを思いっきり鼻から吸い込み、それをそっと口に含む。
「なんか…全てが『戻ってきた』って感じだな。落ち着く場所へ帰ってきた、そんな感じだよ」
『ありがとう結弦、美味しいよ。苦味が強くて俺好みだ』と、そう言ってまたコーヒーを啜る祐樹。その言葉に結弦は満面の微笑みを返す。
一方、ルークは『これが…美味いのか…?』と再びコーヒーを口にして顔をしかめる。すると結月が黙ってルークのコーヒーに黒糖とミルクを入れて混ぜ、自身のも同じように黒糖とミルクを入れて飲み始めた。
「ま、好みの問題でしょ。私は砂糖とミルク入れなきゃ美味しいとは思えないけどね」
横でルークもそれに口をつけ『うん、んめぇな!』と感嘆。
「青いな二人とも。少々ビターな方が美味しいんだよ、食べ物も飲み物も…」
そこまで言うと祐樹は言葉を溜め、ニヤリと笑うとキメ顔でこう言った
「人生もな」
「…はぁ?」
肩をすくめて残念そうな顔で首を横に振る結月。そんな彼女の態度もどこ吹く風と、よく分からない格言を言って至福の表情でコーヒーを啜る祐樹。そして
「うふふっ。祐樹、あなた若返っても相変わらずオヤジくさいわね。ステキよ」
とこれまたよく分からない惚気を見せる静。
「あーあーはいはい、ごちそうさま。もういいわよね。私ひさびさに帰ってきたカブールでゆっくり買い物したかったの」
『行くわよ、ユヅ、ルーク』そう言うと結月はコーヒーを飲み干して席を立つ。
「ははっ!ユーキがおっさんくさいって思ってたのは俺だけじゃなかったんだな」
ルークもそう笑い
「じゃあ父さん、母さん、ちょっと出てくるね」
『永、遠、後片付けお願いするね』そう言って結弦も席を立つと三人で連れ立って出かけていった。
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「子供達は子供達同士のほうが気が合うみたいだな」
コーヒーを啜り、ポツリと呟く祐樹。
「あら、ルークはあなたの友人じゃなかったの」
静もその横に腰掛け、コーヒーを飲むと人心地つく。
「うん、そうなんだけどさ…なんだか彼らの若さは眩しくてさ」
「うふふっ。その気持ちはわからなくもないわね。けど私もあなたも見た目は彼らとそんなに変わらないわよ」
かく言う静の姿も祐樹が出会う以前の年齢まで若返った、見たことのない若さの静だ。
「そっか、そうだよな。でもこうやってお互い若返っても雰囲気はそんなに変わらないものだな。君はあの頃と同様に今も相変わらず可愛いし」
「あら、今さら私を口説いてどうするつもり?」
と笑って余裕っぽく返す静なのだが、少々顔が紅潮しているところを見るにどうやら照れているらしい。
そんな空気を察したのか永と遠は
「私たちも少々用事がございます。席を外しますね」
と連れ立って出かけて行ったのだった。
少し天然な祐樹、カッコつけようとか口説こうとかは考えていないのですが、口や身体が脳と直結しているのか突拍子のないことを言ったりそのまま行動に移したりしちゃいます。
『深く考えるのは後でいい、とりあえず動こう』
だから気がつくとアフリカにいたりカメラの前で記者会見してたりするのですね。
そういう自身とは真逆な部分に静は惹かれたのかもしれません。
次回のオチは、はそんな二人の『かまいたちの夜』でいうところのちょっと『ピンクなしおり』です(笑)
あ、ごめんなさい。基本的に十五歳未満推奨枠なのでそんなには期待しないで下さい。