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らせんのきおく  作者: よへち
再会編
144/205

第144話 『ただいま』



「え…今ここで、ですかい!?」


「今じゃなきゃいつなのよ」


突如、降って湧いた『魔王との対決』。思わずルークもよくわからない敬語で反応してしまう。

そんなルークにエイは師匠として軽く助言を入れる。


「大丈夫ですよ、ルーク。何も静様に勝てという訳ではありません、あなたに出来る『戦い』を見せればそれで良いのです」


しずの視線に囚われてカチコチに固まっていたルークだったのだが師匠であるエイの言葉に我を取り返し、大きく息を吸ってゆっくり吐くと腹と心を決める。

そのルークと静の遣り取りに祐樹も一応クギを刺す。


「静、わかってると思うけど…」


「ええ。あなたとエイが預かってる『他所よそのお子さん』でしょ。大丈夫よ、怪我させたりなんかしないわ」


静はそう祐樹に耳打ちして微笑むと一人歩み出し、長い廊下の中ほどを過ぎたあたりの中央で立ち止まる。そして振り返り


「いいわよ。かかってきなさいルーク。とりあえず私からは絶対に手を出しません」


そう言って静は廊下の真ん中に佇む。

赤いベルベットドレスに漆黒の羽飾り、漆黒の髪と瞳を持つ美しき女魔王『しず』。

その姿にルークも『ごくり』と生唾を飲み込み、意を決すると歩みを進める。祐樹たちも邪魔にならぬよう壁際へと控え、その成り行きを見守る。

ルークは細身の長剣を抜くと両手で持ち、そして構えた。


「…いくぜ!」


初撃、俊足で駆け出して突きを繰り出すルーク。だがもちろん静には当たらない。そんな事はルークも想定済みだ。

一旦剣を引き間髪いれずそれをそのまま横に薙ぐ。静はその一閃を背後に逃げず地に這うようにしてかわす。すると静の背後に落ちて砕ける『氷の槍』。

無論、静もルークが魔法で退路を潰してくる事くらいわかっていた。むしろそれはこの世界での戦いでは定石セオリーだ。

ルークの連撃はまだ終わらない。剣を薙いだ回転の勢いをそのままにもう一撃、今度は地面すれすれを剣で薙ぐ。が、それもあっさりと躱されてしまう。


二人の間の時が止まる。至近で顔を付き合わす静とルーク。その二人に先ほどまでの笑みは全くない。


そして再び始まるルークの連撃。テンポよく、リズミカルに繰り返される魔法と剣の連撃。

エルフの少年の舞い踊るようなその剣舞、そしてそれを紙一重で華麗にかわす赤と黒の女魔王。

二人が繰り広げる剣舞の応酬ロンド。祐樹たちギャラリー組も時の流れるのも忘れて見惚れてしまう。

だがルークのその華麗な連撃もやはり静には届かず、そして静の立ち位置を変えるまでにも及ばない。

それでもルークは絶え間なく撃ち込み続ける。


「なあ結月、静も凄いんだろうけどルークも凄いよな」


祐樹の横で見ている結月もその動きに感心顔だ。


「うん、まあね。でも彼の場合は『技が光る』ってよりその『持続力スタミナ』じゃないかしら」


祐樹が出会った頃のルークならば今ごろとっくに白目を剥いて倒れている頃だ。しかしエイによる日々の修行のおかげか今の彼はまだ息も肩も上がっていない。

結月も『私、ルークと手合わせしたのって二日前なのにあの時より進歩してるわよ、彼』と感心しきりだ。


と、剣を振り抜いたルークの眼前に静が手をかざし、一旦手合わせを止める。


「ええ、わかったわ。いいもの持ってるわね貴方あなた


いい師匠に巡り会えたのも良かったのかしら、と静はエイに視線を送る。するとエイは胸に手を当てて静に黙礼する。

静はルークから少し距離を取り、腰に挿してあった刀を抜く。それはその髪や瞳と同じ、全てを飲み込んでしまいそうなほどに黒く禍々しい気を放つ『漆黒の刀』


「ルーク。私の一閃を受け止める事ができたらあなたに『英雄の称号』を授けます。構えなさい」


両手で刀を握り、そして軽く、子供が棒きれでも持つかのようにあくまでも軽く構える静。敵意も殺意も何もない。

だがしかし、だからこそこれが『この世で最も恐ろしいモノ』だという事もルークはその身の経験から理解している。


『頭はクールに、心は熱く』


強大な存在を前に尊敬する伯父の言葉を反芻はんすうするとルークは再び大きく息を吸って静かに吐く。そして剣を握り直し、油断なく構えて静のその一挙手一投足に意識を集中して『気』を高める。


張り詰めて高まる緊張感の中、ジリジリとすり足で間合いを詰める静。その静の目を凝視していたルークの視界がブレる。いや静が荷重移動したのだ、来る!

はっきり言ってどこにどう来るのか読めない『魔王しずの一閃』、もはやそれを受ける事なぞ出来ないという事もルークは悟っている。だが既に決めていた事があった。


轟音とともに砕け散る氷塊!そして…剣を振り抜いた姿勢のまま崩折れるルーク。

ルークは『賭け』に出たのだ。静が踏み込むであろう場所にヤマをはって剣で払い、同時に魔法を浴びせたのだった。


だがそれより一呼吸速く、静は刀の峰でルークのその背を払っていた。


「…惜しかったわね。でもあなたのその選択、私は嫌いじゃないわよ」


「…」


倒れたルークからは返事はない。


「…あれ?ちょっと、あなた大丈夫!?」


私、そんなに強く払ってないわよね!?と静は慌ててルークを抱き起す。祐樹もその元へ駆け寄り


「何やってんだ静、やりすぎだよ!」


「いや私加減したし暗示も解いてないわよ!?」


珍しく慌てる静。抱き起こされたルークは白目を剥いており、まるでマンガのように口から白いたましいが抜け出ているようだった。

とそこへエイも歩み寄り


「静様、祐樹様、心配はご無用です。ただのスタミナ切れのようです」


とルークを見て笑う。どうやら体力を振り絞った最後の一合をかわされたところで静の峰打ち、それがトドメになったらしい。


「にしても峰とはいえ当てる事はないだろ?」


「違うわよ、彼の『反応』がよかったから当たっちゃったのよ」


そもそも静にしても『寸止め』にするつもりだったのだ。だが思いのほかルークの『賭け』が的を得ており、その先手を撃つために静の動作も速くなってしまった。その結果、寸止めが軽い峰打ちになってしまったという始末だ。


「まあまだまだ未熟なんだけど…彼らの血を引いているってのは伊達じゃないみたいね。『英雄の称号』についてはまたハルカのトコにでも行ってから考える事にしましょう」


そう言うと静は刀をしまってニコリと笑い『じゃあ帰ろっか祐樹。ご飯できてるわよ』と何事もなかったかのようにトコトコとエレベーターへ向かって歩きはじめた。



---



『ちーん』


お約束のアナログ音がして開いたドアの先は…ごく一般的な、普通の民家の廊下だった。


「こ、ここは…?」


「私達の家よ」


もちろんあなたの家でもあるのよ、と笑って静は祐樹を食卓へと案内する。


「…ぁぁ、腹へった」


気を失ってエイに背負われていたルークも目を覚まし、あたりを見て一言。


「…ん、ここドコだ?」


「ウチの家、みたいだ。まあ座ろうルーク」


そう言うと祐樹は全く見覚えがないのに何故か懐かしさを感じるダイニングの椅子に腰掛ける。


「あなたー、ちょっとかけて待っててね」


『結月ー、ちょっとこっち来て手伝ってー』と静は結月とともに食事の準備を始める。


「…なあユーキ、俺全っ然状況が読めねぇんだけど?」


ルークの覚えている最後の記憶は『魔王との対戦』。どうやら負けたっぽいのだが気がつくと普通の民家のダイニング。キッチンではその魔王がエプロンをつけて配膳準備をしており、そしてそれを手伝うのは同じくエプロンをつけた伝説の戦乙女ヴァルキュリアだ。


「まあ座りなさい、ルーク」


と言ってキッチンからダイニングへ食事を配膳するのはルークの師匠で今はメイド服姿になっている『エイ』、そして自身の尊敬する伯父『ギムレット』とそのパーティを単騎で撃退した迷宮の魔王の番人、今は執事服姿の『エン』だ。


「まあ遠慮せず座ってよルーク。母さんのご飯おいしいんだよ」


結弦もダイニングに腰掛ける。そんな間にも次々と配膳されて行く料理たち。そして


「は〜い、お待たせ〜!」


と静が最後に持ってきたのは…


「なっ!?ち、筑前煮!?」


祐樹はテーブルに手をついて立ち上がり、その器を凝視し絶句する。

そしてその器から立ち上がる香り、それを嗅いだ祐樹はここへ来た時に感じた『懐かしさ』の正体を知る事となる。


「これは…出汁だしと醤油か!?」


ここにいる皆がファンタジーな格好、耳の長い短髪イケメンエルフに緑髪緑瞳の我が子たち、赤のベルベットドレスの上にエプロンを付けた愛しの我が妻、そして中世の西洋のような石造りの街の中にあるこの家。

にも関わらず食卓のテーブルに出された『筑前煮』。そしてそこから香る『出汁』と『醤油』の香り。


景街と景色と環境は変われど、ここは間違いなく『我が家』だった。


「ただいま…静」


茫然自失の面持ちでツーっと涙を流し、呟く祐樹。



「なっ、あなた私と再会した時だって涙を流さなかったのに何で今!?」



自身との再会よりも筑前煮との再会に感極まっている祐樹に憤り半分、そして自信作の筑前煮に感動している祐樹に喜び半分、静は複雑な表情を浮かべる。


そして一同からは笑いが溢れたのだった。













この静の生産した『醤油』、『味噌』、そして出汁をとるのに使った『乾物』。隣家のティリアをはじめとする近所の主婦たちの協力のもと生産することに成功したのですが、その美味さに


『これ絶対売れるって!』


と主婦仲間で盛り上がって大量生産することとなり、翌年には一定の生産が見込まれるので商会を立ち上げて販売をする、という流れになってます。




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