第143話 『その名の持つ宿命』
「でさ、静。確認なんだけど、俺って…死んだよな?」
『一体これはなんなんだ?』と自身の腕や足を見て、そして自分と同じように若返っている最愛の妻・静を見て不思議顔の祐樹。
「あら、気づいてなかったのあなた。ここ『地球』よ」
ただあれから十九億年経ってるけどね、と苦笑する静。祐樹もそのよくわからない状況に怪訝な顔をする。
「…どういう事だ?」
「まあ『死んだ』というなら私も子供たちも一度は『死んでる』わよ」
静は自分たちが遥か超未来にクローン再生された事などをとりあえず簡単に説明する。
「詳しい事はまた食事でもしながらゆっくり話すわね。今は扉の向こうに来客を待たせてあるでしょ?」
と言って静は微笑むと祐樹の腕を取り、扉の方へと向かう。
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「えっ、じゃああの四人は家族なんですか?」
扉の向こうの永、遠、そしてルーク。
「ええ。祐樹様は魔王『静様』の旦那様で、マキとマールはそのご子息になります」
ただご子息は二人とも偽名ですけどね、と永は簡単にあの四人の関係をルークに説明する。
「なんでぃ、我が子と一緒にいて気づかないなんてユーキ、あいつ大丈夫なのか?」
「ふふふっ、それには色々と事情があるのですよ。詳しくはあの方々に直に伺って下さい」
とそのタイミングで『魔王の間』の扉が再び開く。中から現れるのはもちろん結月と結弦、その二人の父親である黒のファンタジー服を着た祐樹。
そしてその祐樹の腕に手を絡める赤いベルベットドレスを着た女魔王『静』
「ごめん、待たせたなルーク。あらためて紹介させてもらうよ」
そう言うと祐樹は結月と結弦の背に手を添え
「娘の結月と息子の結弦だ」
そう紹介されると結月は
「ごめんね。騙すつもりはなかったんだけど少し事情があって偽名を使ってたの」
そして結弦も『ごめんなさい』と頭を下げる。
「いいって、気にすんなよ二人とも。事情があるってのはさっきエイ先生に聞いたぜ。てかユーキ、お前ぇ我が子二人と一緒に旅しててなんで気がつかねぇんだ!?」
そっちの方が問題だろ!?とルークは笑いながら憤りを見せる。
「そうだな、俺もそう思う。全く面目もないよ」
と祐樹は笑い、そして最後の一人を紹介する。
「で俺の横にいる彼女が二人の母親で俺の妻、そして魔王様(笑)の静だ」
すると静はジト目で祐樹を見上げ
「あなた…今、魔王様の後ろに"(笑)"なんて付けなかった?」
妙に勘の鋭い静に祐樹も苦笑する。
「じゃああらためて、祐樹の家内の静です。主人と子供たちがお世話になったみたいね、本当にありがとう」
そう言って頭を下げる静、そして祐樹と子供たち。
「いいって、世話になったのはむしろこっちのほうだ、です?」
一応は相手が『魔王様』という事もあり距離感の掴みにくいルークに
「そんな畏まらなくてもいいわよ。祐樹とも普通に話してたじゃない、同じでいいわ」
と笑い、静は肩をすくめる。
「じゃあ俺もあらためて。俺の名はルーク、『ルーク・グリムウィン』。離島の街・ナワから来た、そこにいるエイ先生の弟子だ」
その自己紹介に凍りつく静と、特に結月。
「ルーク…グリムウィン!?」
ルークを凝視する二人。結月は凍りついたまま、静がその口を開く
「永。彼、まさか…」
「はい。彼の遺伝子には『ゲオルグ様』と『アリエル様』の情報が色濃く残っております」
この迷宮を閉じるのに相応しい人物かと、と永は微笑む。
「ん?ゲオルグとアリエルって言えばたしかこの街の六英雄の内の二人だよな?さっき迷宮の前に銅像があったけどよ、それって何か俺に関係あるのか?」
六英雄のその名は有名だが、フルネームまでは残されてはいない。ルークにしてもその『グリムウィン』の名はたしか西の果てのほうで使われている名前だよな?という程度で知っているだけだ。
「彼らはね、私や結月、そして永と遠と一緒にこの『迷宮』と『カブールの街』を創った人物なの、三百年前にね」
静は当時の記憶に想いを馳せる。
迷宮の管理を遠に任せ、東へ旅立ったゲオルグとアリエル、そしてその子供たち。
その遺伝子は途絶える事もなく東の果てへと辿り着き、そして三百年の時を経てこの迷宮へと戻ってきた。
「でね、その二人の直系の子孫みたいよ、あなた」
『あまり似てないような気もするけど』と静はルークを少し値踏みするような視線で見る。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。六英雄ってのはこの迷宮に魔王を、あんたを封じた勇者じゃなかったのかよ!?」
すると顔を見合わせる静と二人の子供たち。
「ルークさん、あなた『六英雄の銅像』見たんでしょ、彼らの名前って覚えてる?」
「ええっとなぁ…さっき言ってたゲオルグとアリエルだろ、んでたしか大賢者のウォード、それに…戦乙女のシズにユヅキに…」
そこまで言ってルークは口と目を見開いて静と結月を見て、そしてフリーズする。
「なんで『魔王』を封印した六英雄の中に封印された『魔王』が入ってんのよ」
と静が笑う。
「だいたい私、背中に羽根なんて生えてないし」
そう言って結月は苦笑まじりにため息をつく。
「私が番をしている時にルーク、あなたの伯父『ギムレット様』が来られましたよ」
『お強いかたでした』と微笑む遠。
ルークは三人を交互に見て口をパクパクさせている。
「まあわかったとは思うけどあの『六英雄の物語』ってのは後に作られた『創作話』なの」
その六人が過去に実在していてこの街の創成に関わったってのは本当だけどね、と静は語る。
「え、ちょっと待て、じゃあ君達は三百年前からここにいたのか!?」
と今さら驚く祐樹に
「あら、あなたも三百年前にこの街に来たことあるのよ。寝てたけどね」
『まあその話も後の食事時にでもするわね』と静はその話題を切り上げ、ツカツカとルークの前へと歩いて行く。
「ねえ永。彼がこの迷宮を閉じるのに相応しいか試してもいいのよね?」
「はい。まだ未熟ではありますが彼にはその素質があると私は見ています」
ルークの前に立ち、彼の瞳を正視する静。
ルークはその静の瞳に戦慄する。さっきまでは二人の姉弟の母親で祐樹の妻だった『静』という名の女性。特に緊張させられる事もなく普通に会話していた相手だった。
だがいまルークの目の前で自身の瞳を覗き込むソレは全くの『別物』だった。それはもはや人にも思えず、その漆黒の瞳は視界に入る全てを飲み込む暗闇、まさに名が体をあらわす『魔王』そのものだったのだ。
その緊張と戦慄にルークは久しい感覚を思い出す。ナワの街のガイルの店で永から向けられた『殺気』。それをも凌駕する圧倒的強者からの『視線』。無意識に後ずさってしまい、口がカラカラに渇き息をするのも忘れてしまいそうになるこの感覚。
しかしルークとてあれから凡庸に過ごしてきたワケではない。その視線に心を囚われぬよう必死に自身の心を強く持ち、踏みとどまる。
「…いいでしょう。ルークさん、いえルーク。あなたが『英雄』に相応しいか試させてもらいます」
そう言うと静は刀の鞘に手を添えて優しく微笑んだ。
まあ最初っからこうなる事が決まっていたので永もルークを鍛えていた、というワケです。
迷宮もいつまでも置いておくってワケにもいきませんしね。
永に鍛えられ結月とも刃を交わしたルーク。まあまだ静には勝てませんがどこまでやれるか見ものですね。