表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
らせんのきおく  作者: よへち
再会編
141/205

第141話 『姉弟の帰宅』



馬車は春の陽気に包まれたうららかな街道を行く。

イミグラでスタン一家と別れて街を出た祐樹たちの一行は、この先の街で一泊し翌日午後にはカブール着の予定だ。


「…ふっ、ふふっ、ははは、あははははっ!」


そんな馬車の車内から突如漏れ聞こえる祐樹の大きな笑い声。それは御者台で手綱を弾くルークと共にいたマールの元までも届いていた。車内の様子を見るにどうやらまたマキ祐樹ちちに何が言ったらしい。

御者台にいたマールにはマキが馬車の中で何をどう口を滑らせたのかはわからない。だがその様子を見たマールに一つハッキリわかったことがあった。それは


祐樹ちち結月マキの正体に気づいた』


祐樹ちち結月マキに向けるその視線、それは今までの知人に向けるそれとは違い、間違いなく『父親』の、娘に向ける父親の視線のそれだったのだ。だが当の本人の結月マキはまだその事に気づいていないようで不思議顔で祐樹ちちを見ている。


…やっと、やっとか。やっとだ。やっとバレてくれた。


『そうか…魔王か』と呟いて微笑む祐樹ちちのその顔を見るに恐らくはその魔王の正体が『はは』だという事にもうすうすは勘づいたのだろう。

ついに結弦マールの望んだ瞬間が訪れた。しかし、だからといっても結弦マールの顔は晴れない。


そもそも祐樹に『息子の存在』の記憶は無いのだ。


祐樹ちちの死後に誕生した結弦マール。いざ姉や母の正体が知れたところで自身の存在をどう説明して良いのか、記憶にない『息子の存在』を認めてくれるのか。

いや父ならばきっと歓迎し喜んでくれるはずだ、けれども…とマールは思考のスパイラルに陥り、そしてそのまま黙り込んでしまう。


「おいマールどうしたんだ?中で何かあったのか?」


馬車の中を覗き込み、そして再び御者台に戻って塞ぎ込んでしまったマールを心配してルークが声をかける。


「いや…何でもないよ」


「んだお前ぇ、その顔は何でもねぇって顔じゃねぇぜ?どうしたんだ、姉に何か言われたのか?」


つとめて明るく、そして矢継ぎ早に声をかけてくれるルーク。

ルーク、君は意外と優しくて気を遣うタイプなんだね、言葉は乱暴だけど。もしかしたらエイの人選は的を得ていたのかもしれないな。


「…ねえルーク。君はもう両親いないんだよね?実は生きていてある日突然目の前に現れたら…どう思う?」


マールにしては少々デリカシーの欠けた質問だった。だがルークはそんな事も全く気にする様子もなく笑いながら答える。


「ん?親か。そりゃ大歓迎だぜ!俺が生まれたのは親がいてくれたからだからな。感謝してもしきれねぇよ」


ま、ハルカ様に『すでに死去している』って確認してもらったけどな、とルークは少し寂しそうに笑う。


「あ、ご、ごめん!変なこと聞いちゃった!」


慌てて謝るマール。


「まあ気にすんな。俺も物心ついた時にはもう親はいなかったんだ、何が悲しいのかもわかんねぇよ。そういやお前ぇら姉弟は両親ともいるんだよな?」


うん、いる。いるよ。父さんは馬車の中から景色を見て物思いに耽っているし母さんは旅の終着点の迷宮で恐怖の象徴として待ち構えている。


「両親とも健在だよ。また機会を見つけて紹介させてもらうよ」


「そっか。まあ素直に羨ましいぜ。大事にしろよなっ」


と言ってマールの背中をたたくルーク。

そんな風に話しながら手綱を弾く二人、気がつくと本来曲がるべき道を通り過ぎてしまい大幅に遠回りしてしまったのだった。

急遽、湖畔で一夜を過ごした一行は翌日夕方『迷宮都市・カブール』に到着する。


---


「母さんただいま〜」


「あらおかえりなさい。お疲れ様ね」


カブール市街のとある家。久しぶりに帰宅したマキとマール。マールはその家の空気の匂いである事に気がつく。


「母さん、『この匂い』って…」


すると静はニヤリと笑い


「ふっふ〜ん♪ 出来たわよ」


と得意げにキッチンに置いてあるかめを指差す。


「まあそれもいいんだけど、あんたたち父さんとの旅はどうだった?」


すると結月マキは申し訳なさそうにモジモジしながら


「…ごめん母さん。どうも私の事はバレちゃったみたい」


ほんの昨日にバレちゃったんだ、という結月に


「ふ〜ん。思ってたより遅かったわね。どうせあんた達の事だから二〜三日でバレるんじゃないかと思ってたんだけど」


むしろそこまでわからなかった祐樹もどうかと思うけど、と静は笑う。


「それで結弦。祐樹のことだからあなたのことにも気づいてたでしょ?」


結弦マールはしばらく黙り込み


「…いや、僕のことはまだ何も言ってないんだ」


だが何と言えばいいのだ。血を受け継いでいる息子とは言え『初対面』なのだ。万が一にも胡散臭い者を見る目で見られでもしたら結弦は立ち直れない自覚がある。大好きで尊敬する『父』にそんな目で見られるなど想像しただけでも悲しくなる。


「な〜んだ、そんなこと怖がってたんだ。大丈夫よ!たぶん祐樹は結弦あなたの事にも気づいているわよ」


でもヅキ姉の事でさえ昨日まで気づかなかったんだよ、何の根拠があるんだよ、と結弦マールは肩を落とす。


「母さんの勘よ、信じなさい。次に会った時にそれとなく聞いてみたらいいわ。もし気づいてなかったら私が祐樹の頭を張っ倒してあげるから」


と指を立ててウインク。

ともあれ久しぶりの三人での夕食。話は旅の話題で盛り上がり


「ねえ母さん聞いてよ、父さんってば『海人様の名前』まで口にしたのにまだそれが母さんだって気づかなかったのよ」


「ヅキ姉なんて父さんに何度も何度も危なっかしいこと言うしさ、もう旅の間はずっとハラハラしっぱなしだったよ」


楽しげに旅の出来事を話す二人の様子に静も一安心。


「あ、そういやエイが弟子を一人連れてるわよ。母さん何か言ったの?」


ハルカの推測どおり、エイがルークを連れ出したのには静が絡んでいるようで


「う〜ん…確かに『相応しい人』が見つかったなら連れてきてとは言ったけど、強いのかしらその人?」


「どうかしら?あたしさっき彼と修練場で手合わせしたけど、まあ弱くはないわね」


まだまだ荒削りだけど地力はあるかな、と結月マキにしては珍しく褒める。


「じゃあ将来に期待ってとこかしらね。まあエイが見染めて鍛えてるんだし会うのが楽しみね」


とそれを黙って聞いていた結弦マールが口を開く


「…ねえ母さん。ぼく父さんが今どこに泊まってるのか知ってるよ。この街にいるんだよ。会いに行かないの?」


静は一瞬キョトンとし、そして大声で笑い出す。


「あっはっは!なに言ってんの、あんた達がガンバって秘密にしてここまで連れてきたんじゃない。それをお願いした母さんがここで台無しにはしないわよ。まあ会いたいのは会いたいけどね、それは迷宮の奥底で楽しみに待ってるわ」


私、魔王なんだし『この我のものとなれ、勇者よ!』とか言ってみよっか、と静は笑う。


「とか言っちゃってさ母さん、いざ対面したら泣いちゃうんじゃない?」


「あはは!まさか!だって私、祐樹が他界した時だって泣かなかったのよ。ましてやあなた達の前ですもの、涙なんて見せたりするもんですか」


結弦マール結月マキは二人で顔を見合わせて『これフラグだよね?』と密かに笑う。


「ま、ともあれ近々来るんでしょ?上手いこと連れて来てね」


と静は鼻歌交じりに食事の後片付けを始める。



---



いよいよ『魔王の迷宮』に足を踏み入れるその時が来た。


「さてと。遊びがてら迷宮を攻略しても良いのじゃが、どうするかの?」


そのエイの問いかけにある程度の事情を知る祐樹は迷宮をショートカットする事を選択。するとエイは長い階段を降りた先の壁に通路を作り、エレベーターのある管理用の外周回廊に出た。

祐樹はそのエレベーターを見て少し笑うとボタンを押して迷わず乗り込み、最下層行きのボタンを押す。


緩やかに動き出すエレベーター。

沈黙の室内を滑車のきしむ音とモーター音だけが支配する。


いつ祐樹ちちに聞こうかとずっと機会をうかがっていた結弦マールはエレベーターに乗って訪れた沈黙に意を決して問いかける。



「ユーキさん。マキ姉の正体には気付かれたのですよね?」








意を決し、祐樹に問うた結弦。

と話を次回に引っ張ったところで祐樹は既に気づいているって事は第一章でも書いてあるので今更ですね。


次回、いよいよ夫婦の再会です。

もう祐樹も静もそこで誰と会うのかも知った上での、言わば『茶番劇での再会』。

結弦にしても静にしても想像していた『結果』に向かう話です。ただ二人ともそれをの当たりにした時の自身の感情に戸惑いは隠せないようです。静は自らフラグを立ててますし。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ