第140話 『迷宮の行く末』
祐樹達が逃げ込んだ山中。そこへ分け入って彼らを追う黒装束の二人がいた。マキとマールだ。
「まだ足跡が新しい。これだね」
月陰に入って動けなくなるスタン達を麓の街に残し、マキとマールは二人で祐樹達の後を追う。
「…こっちね。行くわよ」
途中で多くの足跡が合流して入り乱れ、そしてまた山中へと入って行く祐樹達の足跡。どうやら何度か騎士達の襲撃を受けたようだ。
しかし血痕や惨状の痕跡は見当たらない。
「ふーん。どうやらうまくやっているようね、永も」
けど…急いだ方がいいかしら、とマキは呟き二人はまた山中へと分け入ってゆく。
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教会騎士の追跡をかわす為だろうか行ったり来たりを繰り返す足跡、そして月陰に入ってルークを背負ったせいか思いのほか歩みの遅いそれを追うこと一日。月陰の闇夜の山中でマールとマキは祐樹達三人の『気配』を感知する。
「…いるわね。追いついたみたいよ」
気配を感じた方向へと山を分け入り進む。すると彼らの行く道の前に出てしまった。だが祐樹はまだこちらに気づいている様子はない。すると
(マール、あんた父さんと手合わせしたんでしょ?ちょっと私にも試させて!)
マキはそう呟き剣を抜く。突然のことに唖然とするマール、そんな彼を尻目にマキは暗示を解いた神速で祐樹に斬りかかった!
だがその不意をついたマキの一閃は奇跡とも言える祐樹の勘により回避される。
(あら意外。まあ当てるつもりもなかったんだけど…じゃあこれはどうかしらっ!)
そのままマキは祐樹に連撃を加え、その速度を少しずつ上げてゆく。祐樹は驚愕の表情を浮かべるも冷静にそれをさばいてゆく。
しかしはじめのうちはナイフも使って上手くマキの攻撃をさばいていた祐樹だったのだが、それらが徐々にヒットするようになり不利を悟ると
「エイ!追っ手だ!逃げるぞ!」
ルークを背負う永を先行させ、祐樹も背を向け走り出した。
(うん、状況の見極めと判断が早い。意外とやるものね、父さん)
すかさずマキはマールととも祐樹たちを追う。神速で山を駆ける祐樹だがルークを背負う永にそのペースを合わせている、同じように神速で山中を駆けるマキとマールが追いつくのは目に見えていた。
それを悟ったのか祐樹は木々のないひらけた場所に到達すると、永とルークを背にしてマキとマールに対峙するように立ち止まった。
一瞬の静寂。闇夜の草原にそよぐ風が頬を撫でる。そして祐樹は口を開く。
「…なあ。俺はこんなカタチで君達と再会する事は望んでなかったんだけどな」
どうやら祐樹にはバレていたようだ。
「そう?私は一度あなたと闘ってみたいと思ってたんだけど。片想いだったみたいね」
黒覆面を取ってにこやかに微笑むマキ。
「そうじゃないよマキ姉…。ユーキさん、ちょっと話を聞いてもらえますか?」
だが明らかに祐樹はこちらを疑い警戒している様子。それもそうだ、そもそものこの捕縛劇の発端がスタンの報告書にあるという事には祐樹も気づいている。
「まずは誤解を解かせて下さい。僕たちはユーキさんを捕縛しに来たわけではありません」
と事の経緯を説明するのだが、今しがた襲撃してきた相手が説明したところで祐樹の警戒心も消えるはずもなく
「じゃあ何で俺は攻撃されたんだ?」
マールもジト目でマキに視線を送る。すると
「あら、蚊が止まってたのよ」
そのボケはさすがに無理だよ、とさすがにマールもツッコミを入れようかと思ったのだがそこはすかさず祐樹からツッコミが入り、とりあえずその場はそれで一旦の収拾が着く。
そしてマールは事の次第と現状を説明、祐樹達に同行を願うとスタンから指示のあった山小屋へと移動する。
翌朝。街で月陰をやり過ごしたスタンとも交流するとあらためてスタンは事の経緯について謝罪し事情を説明、一行は再び八人の大所帯となり中央教会のある教会都市・イミグラへ向かうのだった。
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「あははっ、ユーキがあの人に勝てるとは思えないけどなぁ」
中央教会で遥との面談を済ませた祐樹。捕縛命令の解かれた彼に話しかけたマキは開口一番にさっそく口を滑らせる。
永とマールのジト目を受けてマキは慌てて口を閉じるも時すでに遅く、この事で祐樹に永のみならず姉弟までもが『魔王の関係者』である事がバレてしまった。
『ともあれ僕たち姉弟も魔王の元まで同行します』というマールの言葉に
「なあ…ひょっとするとだけどよ、このメンバーだと本当に魔王を討伐できんじゃねぇのか?」
そう言うルークの言葉に祐樹は『うん、勝てそう?』みたいな顔をしている。という事はまだ『魔王が静』だという事がバレていないのだ。
これだけ姉が口を滑らせてるのにまだバレないの!?とマールは意気消沈気味に首を横に振る。
程なくスタンも遥との謁見を終えて出てきた。マキとマールは祐樹たちとスタンを先に帰らせると遥の元へ。
「順調なようですね、結弦様。結月様」
「…A.I.も皮肉を言うものなの?」
結弦はがっくり肩を落とし、謁見の間になぜかあったテーブルセットに腰掛ける。
「でもまだバレてないわよ」
そう言って笑うと結月も腰掛ける。今回は永も遠もいないのでお茶と茶菓子はなしだ。
「それでさ遥、永が連れてたあの彼だけど永は何か言ってた?」
マールも、そしてマキも永が何の理由をもってルークを弟子にしたのかは聞いていない。マールが聞いた時には『まあ成り行きじゃ』としか言わなかったのだが。
「私も永の口から直接聞いてはおりません。ですが彼の出自から察するにあの迷宮の行く末を託す為に静様が永に用意させた人物ではないかと推測します」
どうやら永がルークを連れ出したのには静が関与しているようだ。ならばそこは姉弟がいま触れるべき話ではない。その『意味』も知っている。彼がそれに適任なのかどうかは別として。
「そっか。でもそれでその後のカブールの街は大丈夫なのかな」
そう言って渋い顔を見せるマール。
「それに関しては問題ないようです。あの街はもう『親離れ』できる環境も整っております」
遥はそう言うと壁に『あるグラフ』を映し出す。カブールの街の人口の推移と産業の発展、街全体の収支、生産力などが三百年でどれほど変化したかを図形で表示するグラフだ。
「かの街もここと遜色のない都市へと成長を遂げました。もう『迷宮』も必要ありません」
母が三百年前に仕込んだこの『茶番劇』の最後の仕掛け、あの『魔王の迷宮』。それも今や祐樹と静が再会を果たすただの『待ち合わせ場所』だ。二人が合流したらあの迷宮は不要、街ももう『テーマパーク』を必要としないほどに発展を遂げた。
『魔王の迷宮』はその役割を果たしたのだ。
「ともあれ祐樹様の旅ももうあとわずかですね。また静様と合流なさったらこちらへお寄り下さい」
と遥は微笑む。マキは笑うと
「そうね、『旅』ももう終盤ね。色々あったけどこのままバレずに最後まで上手くいきそうじゃない?」
『いやマキ姉もうギリギリだよ』とマールはツッコミを入れる。
「じゃあ遥、僕たちもそろそろ行くね」
また後日みんなで一緒に来るよ、と二人は遥の元を後にした。
ルーク。実は最初から魔王と戦う運命にありました。
永に目をつけられた時点で詰んでいたといいますか、まあご愁傷様です。魔王らしくカッコいいセリフで言うのならば
『なにかを呪うのならば、己の血を呪うがいい』
ですかね(笑)
次回、祐樹にマキの正体が『結月』だとバレます。いよいよカブールに到着ですね。