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らせんのきおく  作者: よへち
祐樹編
14/205

第014話 『いつオイル交換しましたか?』



翌朝。

久々にベッドで目覚めた祐樹。

一瞬、自宅かと勘違いしそうになったが見知らぬ部屋と布団の匂いでここが知らない世界だということを思い出す。

外は既に日も登りなかなかの晴天だ。だが月陰という事もあり誰も通りを歩いていない。

さて今日は何をしようか、と祐樹が考えていると部屋のドアをノックされた。


「ユーキ。起きたかの?」


「ああ、いいよ」


タイミングよく来るエイ。


「さて、今日は何をするかの?月陰じゃしあまり大手を振って表を歩くと悪目立ちするぞ」


だが祐樹には今日も試してみたい事があった。


「エイ、君は凄く強いんだろ?ちょっと路地裏で付き合って欲しい事があるんだ。俺の攻撃を受けてみてくれないか」


昨日、不意に訪れた『人間との対峙』。だがそれを獣や魔獣のごとほふって済ますわけにはいかない。その有り余る速度と力をもっても殺さずに済ませられる加減を知りたいのだ。


「うむ。それは構わぬのじゃが…極端な話、儂は手足が千切れようが首を斬り落とされようが痛くも痒くも無いし死なぬのじゃ、あまり参考にはならぬのではないか?」


いや、祐樹もそこまでは試すつもりもなかったのだが。しかし首を斬り落とすとはそれはまた尋常ではない話だ。そんな経験があるとでもいうのだろうか。


「うむ。あるぞ」


曰く、何の抵抗をすることも許されず一瞬の一閃でスッパリ斬り落とされたそうだ。


「君ほどの人が…ってアレか、『あのお方』とやらか」


『じゃな』と言ってエイはニヤリと笑う。祐樹もその辺りの話についても深く掘り下げるつもりもなかったのでその事は置いておくとして、さてどうしたものかと考える。


「じゃあさ、角材か何か持って受けてくれないか。それが折れるほどの力は人に大怪我させてしまうだろ?」


「うむ、なるほど。それはわかりやすくて良いな」


こそっと宿を出て人気のない路地裏へ行く祐樹達。


---


路地裏で、角材を持ったエイと向き合って立つ祐樹。


周囲に人の魔力の気配がない事を確認した祐樹は[加速]を発動し、ナイフの峰でエイが持つ角材を軽く払う。

すると角材は豆腐でも切ったかのような歪な断面で両断された。

手刀で軽く払っても同じ結果だった。

祐樹は悟る。これは対人には使えない。


今度はスキルを使わず、通常状態で同じ事をする。

考えるまでもなく、結果は散々だった。

ナイフの峰で払うと『かーん』といい音をさせて跳ね返され、刃で払うと10mmほど食い込んで抜けなくなる始末。

手刀に至っては、手の痛みに悶絶する祐樹。


なんともピーキーな自分のスキルに悩む祐樹だったが、そこで一つ思いつき、もう一度[加速]を発動。

今度は軽く『でこピン』を角材に当てる。

すると角材は割れもせず欠けもせず、エイを角材ごと1mほど押し下げた。


…これは使える。


目にも留まらぬ速さの動きから繰り出される『でこピン』

これはこれで面白いな、とほくそ笑む祐樹。


他にも色々と試した祐樹だったが、結局は『でこピン』が一番使いやすい対人非殺傷手段だった。


---


旅籠内の井戸で汗を流し、共同キッチンで昼食を作る。この宿には従業員のほか宿泊者も滞在しているはずなのにその気配は全く感じない。魔力の気配すらだ。どうやら月陰は人に限らず生き物は皆が魔力の生成すらできないほどに活動が鈍るようだ。


午後になると祐樹もエイも思い思いの事をしてすごしていた。

エイは祐樹の部屋へ来て刀の手入れをしている。

そこへ祐樹のツッコミが入る。


「エイ。その服も刀も言うならば君の身体の一部だろ。その行為に意味はあるのか?」


「ん?意味などないぞ。じゃがこれは刀を持つ者の形式美じゃろ」


「なんだよそりゃ」


そうツッコむ祐樹は、どうやら『釣り』を考案中のようだ。手元にある糸やら針やら眺めて何やら思案している。


祐樹自身は元来、釣りは嫌いではなかった。だが一番の理由は食料確保だ。

もう出来るだけ四つ足動物は捌きたくなかった。あれは精神的に来るものがある。それに慣れるまでかなり時間がかかりそうだ。そして何より魚を食べたかったのだ。

祐樹は昨日行ったギムの店を思い出す。

様々な道具も売っていた店だったが、釣り道具のようなものは見ていない。

だが街の商店には魚介類も並んでいた。漁師という職業は存在するはずだ。なら漁具もあるだろう。

そうあたりをつけた祐樹は明日あたりギムの店で聞いてみる事とする。


ダラダラと過ごす時間。

祐樹も少し前まではネットやラジオ、テレビで引っ切り無しに情報を頭に入れて、暇を潰してるのだか潰す為に暇を作ってるのかわからない生活だった。

こうなるとわかっていれば、もっと家族と話をしておけばよかったなと祐樹は少し後悔する。

だが祐樹の家庭は比較的に会話の多い家族だ。

反抗期だった結月には辛辣な言葉も言われた祐樹だったがそれもコミュニケーションの一つだ。

そしてそれを叱る静、宥める祐樹、バランスの取れた家庭だった。


「なあエイ、君には家族とかそういうのはいないのか?」


「唐突じゃな。どうしたんじゃ?」


「そのままの意味だよ」


「ふむ、家族か…家族と言うならば、あのお方は親のようなものじゃし、双子のようなものも存在するな。ユーキには家族はおらんのか?」


「…いる。いた。けど遠く離れてしまった」


「そうか。また会えるといいんじゃがな」


「ああ、そうだな」


『もう会えない』

それを口にするのが怖かった。


「なんじゃ辛気くさい話にしてしまったの。そうじゃユーキよ。昨日買うた腸詰めの燻製があるじゃろ?あれを香草と共に焼いてくれぬか。儂は下へ行って宿の主人の酒を拝借してくる。今夜は儂に付き合え」


返事も待たずにエイは下へ降りて行った。

どうやら祐樹はエイに気を使われてしまったようだ。

だがそれは祐樹も気付いていた。今までの道中でも度々あった事だった。

エイは祐樹の事情を知ってか知らずか、この旅を楽しいものにしようとしている節がある。

動物を捌いたり臭い肉をかじったり祐樹も大変な目にはあっているが、それはそれで笑い話だ。祐樹もエイには感謝しているのだ。

感謝はキチンと言葉で伝えなきゃなぁ…なんて祐樹がしんみり考えていると、エイが戻ってきた。


「ユーキよ。こんな酒しかなかったわい。童貞には刺激の強い酒じゃが儂に欲情するなよ」


「前言撤回だっ!スライムに欲情しないって言っただろ、少しはデリカシーという言葉を知れ!」


「むむっ!?前言とはなんじゃ?まあ酒は酒じゃ。ほれ、早くアレを焼いて来てくれ」


「くそぅ…焼ウインナーのスライム和えにするぞ。だいたいエイ、君は食べる必要あるのか?」


「うむ。ないぞ」


「ならなんで食うんだよ!」


「嗜好品じゃ。ユーキも酒は飲む必要もなかろう?」


「酒は必需品だ。心の潤滑油だよ!」


「ふむ。では種油でも飲んでいればよいではないか」


「例えだよ、例え!そんな事言ってると本当に料理作らないぞ」


「はっはっは。すまんすまん。この通り酒は貰ってきたんじゃ。飯にしよう」



エイと祐樹の漫才はまだ続くようだ。


こうして月陰の夜は更けてゆく。








ちなみにエイが月陰でダウンした宿の主人から拝借してきた酒は双頭の蛇の入った蛇酒。この街の名物です。

度数は約90度。蛇の頭をボトルから出して火をつければランタンに早変わり。

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