第139話 『頭のいいおっさん』
あの野盗の件のあった村から進むこと二十日あまり。もう程なくイミグラへの帰着の目処もついてきたスタン一行。
そんな頃だった。立ち寄った街の教会にて中央からの伝令を受けたスタンは凍りつく。
「マール、これを…」
とスタンが差し出したのは中央からの指示書。マールは『失礼します』と断ってからその手元にある指示書に目を通す。そしてそれを見たマールもその内容に凍りつく。
『貴殿の報告にある三名"祐樹"、"永"、"ルーク"なる人物、異端の疑いあり。早急に身柄を確保し中央へ移送せよ。なお彼の者達の生死は問わない』
スタンが真剣な面持ちで呟く
「…これは早急に動く必要がありそうですね」
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宿へと戻ったスタンとマールはマキを交えて今後の行動を相談する。
「今回の指示…どうやらこれは教皇様からのものではありませんね」
と考える様子を見せるスタン。今まではどんな指示でも一度中央へ戻って遥から直に受けていたそうだ。
「おそらくは最近勢いをなくしている『保守派』の者の誰かが点数稼ぎと見せしめを兼ねた『異端審問』を行いたくて企てたのでしょう」
今のところスタン以外にこの指令を受けた者はいないようだ。だがその指令が遥からではなく教会関係者から出ている、ということは
「近々、各地の教会騎士にも指令が下ります。そうなる前に我々がユーキ達と合流して『移送』という名目で彼らにもイミグラへ立ち寄ってもらいましょう」
何、私がハルカ様に直談判すれば捕縛の命令も取り下げてもらえますよ、とスタンは言う。
マールも考える。たしかにそれが一番丸く収まりそうだ。この捕縛命令がどんな経緯なのかは知らないが祐樹が遥に会えばそんな命令は取り下げられるだろう。
だが一つ至急に動かなければいけない理由がある。永がいる以上、祐樹に危険はない。本当に心配なのは捕縛に動くであろう教会騎士のほうなのだ。
永は静から言われている、『祐樹に人は殺させないで』と。しかしこうも言ったのだ、『極力、あなたも人は殺さないで』と。それは
『祐樹に危険が及んだ時にはそれを、『人を殺す事』をためらうな』
の意だ。
万が一にも教会騎士が祐樹を追い詰めるような事でもあれば永がその騎士の命を刈り取る可能性もあるのだ。
それだけは避けなければならない。今回のこの『祐樹の冒険』は静が仕組んだ、いわば『茶番劇』だ。
そんな事で人の命が失われる事など、絶対にあってはならない。
「はぁ…ほんっと退屈しない人よね、あの人」
そう言ってマキはため息をつく。するとスタンは信じられない事を口にする
「とにかく早く動きましょう。あなたたちも父親の事は心配でしょう?」
なっ!?祐樹が父親だとスタンにはバレているのか!?
その言葉にマキはすかさず腰の剣に手をかけ殺意にも近い鋭い視線でスタンを睨みつける。だがマールは気づく
「マキ姉…そりゃダメだよ。そんなの肯定してるようなものじゃん」
二人はカマをかけられたのだ。スタンは優しく微笑み、そしてその事を詫びる
「騙すような真似をして申し訳ありません。ですがこれから私たちはまたユーキと一緒に行動する事になります。何か理由があって伏せているようですが私もそうだと知っていれば協力させてもらいますよ」
ともあれまずは彼らと合流ですね、と言うスタンをマキは悔しそうに睨む。
「くっ…これだから頭のいいおっさんは苦手なのよ」
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「でもどうして僕らが祐樹さんの子供たちだって気づいたのですか?」
北へ進路をとったスタンの一行。もう数日もあればこの道はカブールへ向かう街道へと突き当たり、そこにある街へ到着する。
ミラとニース、マキも走る馬車の荷台で微睡んでいる。マールは御者台で手綱を弾くスタンに聞きたかった事を質問していた。
「見ていればわかりますよ。むしろそれで私にバレていないと思っているほうが驚きです」
とスタンは笑う。
「まあ何か事情があるのだろうと黙っていましたが。それにあなたたち二人、自分たちが私に怪しまれているとは考えなかったのですか?」
全く考えていなかった。今思い返してもマールにはスタンと出会ってから怪しまれるような行動をとった覚えなどないし、何より教皇『遥』の仲介をもってスタンと同行しているのだ。何をもって怪しまれたのだろうか。
「ちがいますよ。私が怪しんだのはあなたたち姉弟の『経歴』です」
スタン曰く、ある時に突如イミグラに現れた『マキとマール』というハンター姉弟。
イミグラという広大な都市にもかかわらず短期間で彼らを知らぬ者などいないというほど有名になった凄腕の二人。
もしそれまでどこかに存在していたのならば少なくとも『情報通』で各地を行商するスタンの元にその情報が届いていたはずなのだ。しかしそんな情報はなかった。
だがそれに通ずる一つの情報が。
カブールの街にいた『伝説の戦乙女の再来』と言われた二人の凄腕の少女、そしてもう一人凄腕の少年。そのうち少女一人と少年が忽然とカブールから姿を消し、それと時を同じにしてイミグラに凄腕のハンター姉弟が姿を現したのだ。
そこから考えるにイミグラに現れた二人はカブールで姿を消した二人ではないかと推測はしていたそうだ。
「ユーキも『カブールへ帰る』と言っていましたしね。それにあなたたち本当に気づいていないのですか?」
そう言ってスタンは不思議顔のマールの顔をマジマジと見る。
「二人とも、顔のパーツの色々がユーキにそっくりですよ」
そんな風に髪や瞳の色を変えても誤魔化せないと思いますけどね、とスタンは笑う。
その言葉が何ともむず痒く嬉しいマール。
「あ、でもスタンさん。この事はミラさんやニースにも秘密にしておいてくださいね」
「そうですね。ですがミラは私より先に気づいてましたよ。ああ見えて彼女、恐ろしく勘が鋭いので」
と肩をすくめるスタン。どうやら何かあったっぽいのだがそこを突くのは文字通りヤブヘビだ。マールも特には触れずスルーする。
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数日後の朝。スタンの一行は祐樹たちが通るであろう街道の街へ到着する。そこで聞き込んだ結果、ほんの前日の夕方に捕り物騒ぎがあり三人組が山へ逃げ込んだとの情報を得た。
「青年二人に中年女性が一人だという話です、ユーキ達にまちがいないようですね」
街の路地裏の一角、スタンは周囲に気配がないか探る。誰もいないことを確認したスタンは
「マール、そしてマキ、あなた達は『月陰でも活動できる存在』なのですよね。ならばあなた達の父であるユーキもそうなのですか?」
月陰に活動できることは以前の村の野盗騒ぎの時にスタンには知られている、今更隠すつもりもない。二人は黙ってうなずく
「ならばあのエイさんという存在もそうなのでしょう。すみませんが私もさすがに月陰には行動できません、二人で彼らを追ってもらえませんか?」
もちろん二人は初めからそのつもりだったのだが
「ええ。無論そのつもりでしたが…スタンさん、永の事は疑問に思わないのですか?」
「ははは、エイ、ですか。呼び捨てとは随分と親しい間柄のようですね。ええ、私のなかでは彼の存在については凡その察しはついています。どうやら当人ではないようですが」
とんでもない場所で同じような存在に遭遇してしまった事があるのですよ、とスタンは肩をすくめる。
その言葉にマールとマキは顔を見合わせる。彼は、スタンは到達した事があるのだ『魔王の迷宮・最深部』に。
そしてその際、魔王の番人『遠』とも刃を交わしている。
だがこれ以上その話題を進める訳にはいかない。魔王の番人である遠と永が同じような存在で、その永と親しい間柄である自分たち、そして永の護衛する祐樹。
おそらくスタンはそれらの情報を元に結論に近い所へと達している。だがそれをいま口にされると色々と説明に困る。後でバラす分には構わないのだが…
「まあともあれ議論はここまでです。行動に移しましょう。あそこにある山が見えますか?」
そう思っているとスタンから話を逸らしてくれた。どうやらその点に関しては彼も同意見のようだ。マールとマキは路地から顔を出し街道の先に見える山を見る。
「あの山の峠を越えたあたりに山小屋があります、そこで落ち合いましょう。私たちはこのまま進んで山の麓の集落で月陰をやり過ごします。マキ、あなたはユーキ達に追いついたらこちらへ戻って来てもらえますか」
二人は黙ってうなずき、早速行動にうつした。
ギム達パーティの頭脳役・スタン。
彼がいなければあのパーティは魔王の迷宮・最深部まで到達できなかったでしょう。
無論、彼にマキやマールの本当の正体までは知り得ません。ですがマキやマール、そしてその二人の父・祐樹が魔王と何らかの関係があるという事には既に察しています。
まあ永の事に関してはギムもガイルもエイダも『魔王の番人』の関係者だと一目で気づきました。言わずもがなですがスタンもミラも最初から気づいてます。