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らせんのきおく  作者: よへち
再会編
138/205

第138話 『メンタルは年相応』



深夜を過ぎ、月陰に入った夜の未明。

星明かりしかない闇夜の街道は静まり返り、何の生き物の気配もない。


そんな街道の片隅に停まる一台の馬車。そしてそれに近づく黒装束の人影が。マールだ。

マールはおもむろにその馬車のホロを剥ぎ取る。中には月の影響で苦悶して横たわる二人の男の姿が。


「な…くそ…なんだ…!?」


辛うじて目を開けてそれを確認する男・グレン。それがマールだとわかるとその目を見開き息を飲む。


「こんばんは。また会いましたね」


マールはにこやかに微笑む。次いでデイルも目を覚ます。だがそんな状況でも二人とも身動き一つ出来ない。


『月陰』。それは例外なく全ての生き物が活動を制約される『呪いのとき


誰にも何も出来るはずなどないのだ。

なのににこやかに微笑んでそこに立つマール。それは恐怖以外のなにものでもなかった、彼らにとって。


「さて。当然ですがあなたたちにもむくいは受けてもらいますよ」


恐怖に目を見開き、辛うじて首を横に振って震え上がる二人。


「おや?たしか月陰でも動けるっておっしゃってませんでしたっけ」


そう言って微笑むとマールは力任せに二人を馬車から引きずり降ろした。


星振る夜空を背景にそこに立ち、微笑むマール。


二人の野盗は逃げようにも逃げられず、言葉を出そうにも口を開けると吐きだしてしまいそうな嘔吐感、目の前には悪魔のような微笑みをたたえる少年。


為すすべのない二人の野盗は、さしずめ刑の執行を今かと待つ死刑囚だった。


---


日は登り、そして落ちた月陰の日の夜。

ところは変わってここは教会の治癒室。

大怪我を負った四人の寝かされた部屋に月陰の夜にもかかわらず『訪問者』があらわれる。


「こんばんは。お加減いかがですか?」


そう言って部屋を訪問する少年・マール。

例の二人の盗賊に『おしおき』を加えたマールはそのまま踵を返し、街に戻ってきたのだ。

ありえないはずの『月陰の夜の来訪者』。そして自身をここまで痛めつけたその存在に四人は恐怖し恐れおののく。


「さて、あなたたちに聞きたい事があります。その治療、それは一体誰がしてくれたのですか?」


そう言うとマールはゆっくりと歩き出す。


「あなたたちが飲んでいる水、川から離れたこの街に誰が運んでいるのか知っていますか?あなたたちが食べた肉、その肉はマザーが生き物を殺して肉にしているとでも思っているのですか?」


部屋をゆっくりと歩き、一人一人に語りかけるように話すマール。


「あなたたちが着ていた服、それは誰が作ったのですか?靴は?肌着は?」


四人の真ん中でマールは立ち止まる。


「もちろんすべて無償というわけではありません。ですが皆、自分の時間と技術を対価に収入を得て、その恩恵にあずかります」


四人は恐怖しながらもマールの言葉に釘付けとなる。


「それが『集団』というものです。あなたたちはこの集団で生きてゆくのに何か対価を支払いましたか?」


親がいないという自身の不遇を傘に着て、ただ人の厚意に甘えて誰にも何も与えず、そしてスネる。マールから見た彼らは『子供』そのものだった。


「あなたたちの言う『強い』って何ですか?弱者に力を振るうことが強者なのですか?だったらあなたたちより強い僕は立派なのですか?」


マールは再び歩きだし、一人一人に問いかけてゆく。


「あなたより強い僕があなたに力を振るう事、それがあなた達の言う強くて立派な事なのですか?」


そう言ってマールは手刀を構える。すると若者の一人は震えながら首を横に振る。


「あなた達はあなた達が危害を加えた人達が今現在どんな思いで過ごしているのか考えた事がありますか?」


若者の一人は目をギュッと瞑り、その目から涙を流す。


「…もうあやまつ事はないと僕に誓えますか?」


若者の一人は震えながら首を縦に振る。


「わかりました。僕はあなた達を信じます。では僕からお願いです。回復して立てるようになったらあなたたちが危害を加えた方々に誠心誠意、謝罪しに行って下さいね」


マールは四人が頷いたのを確認するとランプの灯りを消し


「それではおやすみなさい」


よい夜を、と部屋を退室した。


---


翌朝。月出の日。

教会の一室に集まるこの村の代表たち、そしてマールとスタン。


「こ、こんな額、払えるわけないじゃないですか!」


マールが今回の依頼の報酬だと提示した額、それは『五千万d』

依頼の相場としては魔獣の討伐で数万dくらい、盗賊二人を追い払うのに五千万dはあまりにも法外な値段、はっきり言って『ぼったくり』だ。

その額もそうなのだが『生かして連れ帰ってほしい』と頼んであった四人を半殺しにして連れ帰ったマールに、マザーや教会騎士を含めた『この村の住人たち』は怒りと憎しみの目でマールを睨む。するとマールは


「そうですか。なら仕方ありませんね」


と言ってあるモノをテーブル上に転がす。


「ひぃっ!?」


「なっ!?」


それを見たマザーや女性陣は卒倒し、男性陣は驚愕する。マールがテーブル上に出したモノ、それは生々しい二つの『人間の眼球』だったのだ。


「あの二人の野盗のモノです。彼らには片方ずつ『光』を失っていただきました」


『あなた方もその身で対価を支払いますか?』と言って微笑むマール。それにはさすがにこの村の代表たちも観念するのだが


「ですがこんな小さな村です、そんな額ありませんよ…」


とうなだれる。するとスタンがにこやかに提案する


「でしたらこうしましょう。『我々は野盗二人の討伐の報酬として"マール・ハメット"に五千万dを支払う事を天人の御名みなにおいて誓います』という誓約文を書いて下さい」


支払える額が貯まった頃に回収にうかがいますよ、と。村の代表は苦渋の表情で『…わかりました』と言われた通りの『誓約文』を書く。


「…これでよろしいですか」


その誓約文を受け取るとマールは


「またの依頼をお待ちしております」


と微笑み、『では我々はこれで』とスタンと共に退室をする。その背に『悪魔め…』という呟きを受けながら。


---


「まあ色々あった村ですが、じゃあ出発しますか」


そう言って馬車の手綱を取るスタン。と、その馬車の車内に響く『コツン』という音。


「早くどっか行け!悪魔!」


見ると子供が馬車に向かって小石を投げたようだ。あわてて母親が子供を建物の影に隠す。

だがよくよく見ると、物陰や窓の向こうに視線や存在を感じる。『敵意』や『憎悪』の。

だがそんなものどこ吹く風とスタンは


「それでは皆様、また会いましょう!」


そう言って馬車を駆り、颯爽と村を出るのだった。

一方その頃、走り続ける馬車の車内では


「けっこう変わった服売ってる面白い村だったんだけどなぁ」


とため息をもらすマキ。だがマールはうつむいて黙ったまま何の反応も示さない。

その様子を見たスタンの妻・ミラは


「マール君。おいで」


そう言って両手を広げる。するとマールはミラの胸元に顔をうずめ、そして声を殺してすすり泣き始めた。

その意味のわからない状況にマキは『えっ!?何?何?どうしたの!?あたしなにか言った!?』と慌てる。


「マール君。キミは本当に強い子だねぇ。一所懸命ガンバったんだよね〜。エラいエラい」


そう言ってミラはマールを優しく抱きしめ、その頭を撫でる。未だ状況の読めないマキとニース。


「マール君はね、あの四人の若者に『帰る場所』を作ってあげたんだよ」


当初、村からの依頼は『盗賊二人を追い払い、四人の若者の奪還』だった。その通りに依頼をこなすことはマールには容易い事だっただろう。


しかしそれではダメだったのだ。


そそのかされたとはいえ村の人をも襲ってしまった四人の若者。そのまま村に戻したところで互いの軋轢あつれきは消えるはずもなく、似たようなことを繰り返していずれは村を追放されるのは目に見えていた。

さらにはあの四人の若者はあまりにも世間知らずであり、まだ村の外で生きてゆけるほどのものを持てていなかったのだ。おそらくは村を追放されたところでそのあたりで野垂れ死ぬのが関の山だろう。だからなんとかして『村に帰さなければいけなかった』


そのために必要だったのだ、四人の若者には『罪に対する罰』と『村に守られている自覚』が。村の人には『四人の若者に同情してしまうような事態』が。


そして『共通の敵』が。


『村の敵』になってしまった四人の若者に替わり、それを上回る『村の敵』になる者が今回の件には必要だったのだ。だからマールはあの四人に過度な罰を与え、村には高額で法外な報酬をふっかけた。自ら『悪役』を買って出たのだ。


「あんな怪我なんて冒険者やってたら日常茶飯事よ。ましてや教会で治療してもらえるのよ、恵まれてるよ。私たちなんて荒野で全員骨折中とかよくあったもん」


と語ってニコニコ笑う元・冒険者で治癒師ヒーラーのミラ。


「骨折なんて治癒したら跡形もなく治っちゃうわよ。どちらかというと目を取られた盗賊さんのほうがかわいそうかもね。うふふふ」


何も知らなかったニースは目をパチクリ。そして首をかしげる。


「そっかー。マール兄ちゃんガンバったんだ。エラいエラい」


とニースもミラを真似てその頭を撫でる。マールは鼻を啜って起き上がると


「す、すみません、ちょっと取り乱してしまいました。もう大丈夫です」


と涙目で微笑む。ミラは『いいのよ〜そんなの。なんならお母さんって呼んでもいいのよ?』と笑うのだがマールは『あ、いえ、ありがとうございます。ですが僕たちの母はカブールにいますので…』とやんわり遠慮する。


「ちがうわよ。そういう意味じゃないの。ほんと鈍いわね〜男の子って。うふふ」


少々困り顔のマール。スタンは馬車を街道脇に停めるとマールに声をかける。


「マール。お疲れ様でした。立派でしたよ」


「スタンさん。すみません、巻き込んでしまって」


もうおそらくあの村には立ち寄れない。立ち寄ったところでスタンも歓迎などされないだろう。


「ああその事を気にしているのですか。ならば大丈夫ですよ、気になさらないで下さい。私たちはもうこの行商を最後にイミグラに定住しようかと思っておりますので」


そう言ったところでスタンは例の『誓約文』の書かれた紙をふところから取り出し、ひらひらとマールに見せる。


「ええ。お願いします、スタンさん」


マールがそう言うとスタンは微笑み、その紙を持つ手に魔法『ファイヤーボール』を生成する。


一瞬で灰も残さず燃え尽きる『誓約文』。


「天人様に誓いを立てた誓約文を燃やすというのは罰当たりな話なんですが…まあ今回ばかりは天人様もお許しになるでしょう。そもそも"マール・ハメット"なる人物なんて存在しませんからね」


とスタンは笑う。


「まあ万が一、中央教会に問い合わせがあったところで『私の名を語った誰かでは?』とでも言っておきますよ」


その会話を横で聞いていたマキは『あははっ』と笑うと


「そっか。あんた父さんに似たんだ、そういうトコ」


「えっ、父さん?」


思いもかけず出てきた『父』の存在。


「そうよ。私はあまり実感ないけど母さんがいつも言ってたわ、『カッコいいのよあの人は』って」


『あんたも、まあカッコいいわよ』とマキはマールの頭をくしゃくしゃと強く撫でる。マールは『やめてよマキ姉』と嫌がりながらも


「そっか。僕似てるんだ父さんに」


とニンマリ微笑んだ。


「そうですか。一度会ってみたいものですね、あなたたちの御両親に」


そう言うスタンに『父にはもう会ってますよ』なんて事も言えるはずもなく、マールは


「はい。いずれ紹介させていただきます」


とだけ答えた。



「では次の街へ向かいますよ!」



そう言うとスタンは手綱を弾き、馬車は再び街道を走り始めた。











自ら悪役を買って出たマール。

これに関係した皆が一年後に『ああ、そんな事もあったな』と笑い話に出来るよう善処したのですが、幼い子供や一般の人たちから向けられる敵意と憎悪は想像していた以上に重く、思わず泣いてしまいました。


よく頑張りましたねマール。お疲れ様でした。

次回、中央からの連絡を受け取ったスタンが凍りつきます。そう、『祐樹の捕縛命令』です。






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