第137話 『月陽の夜の惨劇』
「そんなのもう蹴散らしちゃえばいいじゃない」
マキは買ってきた服と持っていた服を着合わせながらマールの話に答える。
「そうなんだけどさ、流れの野盗はそれでよくても孤児院出身の人たちは一応この村の人だからね」
どんな風に唆されたのかは知らないけどさ、とマールはため息をつく。だが彼らもその野盗と行動を共にし、実際に被害者が出ているのだ。
「でも襲われて怪我した人もいるんでしょ?私と母さんなら情け容赦はしないけどね」
と新しい服と持っていた服の色が合わなかったのか、マキは『げっ、ダメだコレ』とその服をベッドへ放り投げる。
「そうなんだよねぇ」
その野盗の事を聞こうと被害者の元を訪ねたマールだったのだが、骨折して寝たきり生活中であったりヘタすると死にかねない傷を負っていたり。これは放置すると近々死人も出かねない。なのでマールはもう今夜にでも動くつもりなのだ。
その加減を姉に相談していたのだが、その答えは『やっておしまい』
「ドロンジョ様かよ…」
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宵の口。月陽だけあって大きな月が辺りを照らして明るい夜。マールは一人、街道を歩く。
しばらく歩くと街道の果ての離れに灯りの灯った廃墟が目に入る。野盗団のアジトだ。
魔力の気配を持たないマールはそのまま息を殺してそのアジトへ近づく。見張りに若い男が立っていたがその男はマールには気づかない。そして廃墟の裏まで来たマールは中の気配を探る。
…さほど強くない魔力の気配が三つ。そしてそれよりは強い魔力の気配が二つ。どうやらここで間違いないようだ。そのまま中の会話に聞き耳をたてるマール。
「グレンさん、明日もバッチリ稼ぎますよ!」
「ああ。それでこそ『一人前の男』ってもんだぜ」
中から聞こえてくるのは下卑た笑い声。
「じゃあ俺たちぁ寝るからな。交代で見張ってんだぞ」
そう言って退室する二つの気配。孤児院出身の若者たちと野盗たちが別れたようだ。マールはとりあえず野盗の男二人のほうの気配を探り、そちらに聞き耳をたてる。
「アニキ、あいつら大丈夫っスかね?」
「あ?盾くらいには使えんだろ。あの街の連中もあいつらがいたら手を出しにくいみてぇだしな」
そう言って笑う『グレン』と呼ばれていた男。
「しかしあいつらもバカっスよね。ちょっと『一人前の男』だとか『大人の男』だとか囃し立てたらついてくるんスもんね」
「まああれくらいの年頃の男はあんなもんだ。デイル、おめぇも似たようなもんだったじゃねぇか。まあしかしあれだな、『ブタもおだてりゃ木から落ちる』ってやつだな」
「落とすんですかいアニキ」
「あったりめぇだ。あんなガキども用が済みゃあコレよ」
と言って首に手刀をあてて舌を出すグレン。
「ああ勿体ねぇっスねぇ。アレが女なら良かったのになぁ」
「何言ってんだデイル、おめぇは女でも男でも関係ねぇだろうがよ」
ぎゃははは、と笑う二人。まあわかっていた事だがどうやら若者達は彼らに上手く使われているようだ。それからの二人の悪言が聞くに耐えなかったマールは、その場を離れて孤児院出身の彼らの方に聞き耳をたてて隙間から中の様子を覗き込む。
「へへっ。いいな、いいよなぁこの感じ!」
誰かから奪ったのだろうか大型のナイフをその手に持ち、それを光にかざして見惚れる一人の若者。
「次はこれでスパッと首でも落としてみようか」
『次は大金持ってるヤツ通らねぇかなあ』とこちらも短い剣をヒラヒラと持ってニヤける一人の若者。
「でもよ、そこまでやっちまうともう村には戻れないよな?」
そして村に少し後ろ髪を引かれていそうな若者が一人。だが
「何言ってんだ!あの村の連中は親のいない俺たちの為に何かしてくれたか?俺たちはグレンさんに付いて強くなるって決めたじゃないか!」
「そうだ!俺たちは強くなって立派な男になって、いつか村の連中を見返してやるんだよ」
…なあ君達、何をどう履き違えたんだ?それともツッコミ待ちなのか?なぜ僕の前にはこんなにもツッコミ待ちな人が現れるのだろう。
そんなことを考えながらマールはさらに聞き耳をたてる。
「この世は『弱肉強食』強者の支配なんだ。だから強くならなきゃ。グレンさんみたいに女子供にも情け容赦なく、だぜ」
グレン達の悪言にも勝るとも劣らない彼らの妄言。マールにはもう聞くに耐えなかった。マールは廃墟の正面に回ると見張りをしていた若い男に声をかける。
「こんばんは、お兄さん」
何の気配もなくいきなり現れたマールに男は怪訝な表情を浮かべる。だがそれが年端もゆかぬ少年だとわかるととたんに薄ら笑いを浮かべ
「なあお前。ここがどこだか知ってんのか?」
そう言って刃物をチラつかせる。マールはため息をつくと
「ねえお兄さん。『刃物を向ける』って事は『その刃物で斬られる覚悟を持つ』って事だよ。それわかってるの?」
そう言うとマールは暗示を解き超高速でその刃物を奪って男の背後に立つ。そしてその刃物を彼の首にあてる。
「どう。この世とサヨナラする覚悟は出来てるんだよね?」
そう言うとマールは首にあてた刃物に少しだけ力を加える。その一瞬の出来事に呆けた男は首元にあてがわれた刃物を凝視して現状を理解すると『あ…あぁ…』と呻き、そして失禁する。だがマールはこんな脅しだけで許す気はない。彼らに襲われて実際に怪我をした人たちを見てきたのだ。
マールは男を突き放すとその上腕に蹴りを入れる。加減したとはいえ暗示を解いた蹴りだ、その腕は関節のない場所からあらぬ方向へと折れ曲がる。
「ぎぃやぁぁぁぁあ!!」
明るい月夜に響き渡る男の悲鳴。それを聞きつけて残り三人の若者、そして二人の野盗も廃墟から出てくる。
「なんだてめぇ!?」
と血気盛んにマールを睨みつけるのは先ほど『もう村には戻れないよな』と呟いていた男だ。
そうだよ。もう戻れないんだよ、このままじゃあね。
「お兄さん達。自分たちのやった事わかってるよね。僕はあなたたちに罰を与えに来たんだ。大人なんでしょ?『罪』には『酬い』だよ」
そう言うとマールは身構える。
「なんだこのクソガキがぁ!」
刃物を手に一斉に襲いかかる三人の若者。だが当然そんなものマールには毛ほども脅威ではない。
全てが停滞する時間の中、マールは一人づつ『処理』してゆく。一人は大腿骨を、一人は脛を蹴りでへし折る。
派手な悲鳴をあげ、その場に崩折れる二人。すると残りの一人の若者がマールに向かい手をかざす。魔法だ!だが
「お兄さん、本当の戦闘の経験ないでしょ」
物理攻撃に両手を使いながら同時にさらなる一手を加えられるのが『魔法』の利点だ。それを武器を下げて足を止めて手をかざして魔法を使う、そんなものマンガかアニメかゲームの話だ。死にたいのか?
そんな愚の骨頂をやらかす若者の上腕をマールは魔法が発動する前に手刀で叩き折る。
「ぅぁあああああああ!!」
その場にうずくまり、痛みに青ざめる四人の若者。だがマールは知っている、人はこれくらいでは『死ねない』。気を失う事も出来ず、ただその痛みに苦悶し脂汗と鼻水と涙を流す。すると野盗の一人『グレン』が口を開く。
「てめぇ…知ってんぜ。その髪と瞳の色、中央で有名なハンターだな」
「あなたのような人に知られていてもちっとも嬉しくありませんけどね」
マールはそう言ってため息をつきグレンほうのを向いて構える。が、
「おっと、これ以上動くとこいつの命はねぇぜ」
ともう一人の野盗『デイル』はマールが最初に腕をへし折った見張りの男の首根っこを掴み、その首に剣をあてる。
「へへへっ、てめぇも甘ぇなあ。どうせあの村の連中に『四人を殺さずに連れ帰れ』とか言われてんだろ?」
するとグレンは裏から馬車を持ち出し、それにデイルを乗せて見張りの男を放り込む。
「てめぇ、たしかマールとかいうハンターだったよな?そのツラ覚えたからな。てめぇも知ってんだろ?月陰でも動けるヤツがいるって。それが俺たちだ。月陰だからって枕を高くして寝れると思うなよ!」
そう捨て台詞を吐き、グレンは馬車で走り去って行った。
そしてそれを苦しみの表情で見る三人の若者。
「…まあ自身より強い者とは戦わない、という面においては彼らも生き残る『強さ』を持っていたという事なのでしょうね」
そこに残るは捨て駒にされた三人。マールは彼らへと振り返り
「さて。では『処刑』の続きです」
マールのその言葉に三人は目が飛び出さんばかりにその目を見開く。
「うっ、や、やめてくれ!悪かった、俺が悪かった!」
それを聞いたマールはニコリと微笑む
「そうやって命乞いをした相手に暴力をふるい、あまつさえその財産を奪ったのですよ?」
そしてその男の折れていないほうの上腕を踏みつけ、へし折る。
「○△※☺︎&〆⊥!!!」
男は言葉にならない悲鳴をあげると白目を剥き、失神した。そしてマールは残りの二人へと向き直る。
「や、やめてくれ!命は、命だけは…!」
マールはまたしても天使のような笑顔で微笑み、二人に告げる。
「だめです」
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翌朝。月斜の日。村の教会の一室には苦悶の表情に顔を歪めて横たわる四人の若者の姿、そしてそれを介抱するマザーをはじめとした村の人たちの姿があった。
グレンとデイルの人質にされた見張りの若者は廃墟からほど近い街道上に打ち捨てられていた。走る馬車から投げ捨てられたのだろう全身ボロボロで骨折箇所も増えていたのだが、幸い命に別状はなかった。
「あぁ、あなた達!なんて姿なの!」
彼らにすがりついて涙を流すマザー。さすがに教会騎士からも苦言が出る。
「確かに依頼はしましたが…これはやり過ぎではありませんか?あんまりです!」
そんな苦言もどこ吹く風と、マールは彼らにこう告げる。
「報酬額はそちらにいるスタン氏と相談して決めますので後で請求させていただきますね」
彼らの鋭い視線を背に、マールは母のように手をヒラヒラと振ってスタンと共に退室する。
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「ねえマール。ちょっとやり過ぎじゃない?」
宿に戻ったマール。もう噂が伝播したのか宿の人たちの視線も心なしか鋭い。
「それにその野盗の二人、どうすんのよ?」
そもそものきっかけは若者四人があの二人の野盗に感化されたことなのだ。もちろんその大元をマールは許さない。
「うん。そうだね、彼らにもキチンと責任取ってもらうよ」
あっちには容赦なしかな、とマールは微笑む。
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その日の夕方。
街道を超高速で駆け抜ける全身黒ずくめの存在がいた。マールだ。
馬車で逃げたあの二人の野盗。馬車である以上は街道からは外れないはずであり、その上あの場所から一日でたどり着ける街や集落はこの辺りにはない。
ならば月陰に入る今夜は動けなくなる、どこかで停まるはずなのだ。
『月陰でも動ける存在、それが俺たちだ』
グレンはそう言っていたが、『月陰でも動ける存在』というのはそもそも『都市伝説』のような話だ。架空の存在に近い。
マールの知る限りではこの現在の地球上で月陰でも動ける存在は七人。真島家の四人と永と遠、そして遥。
もちろんグレン達が動けるはずなどない。その証拠に黄昏時の街道の先、例の馬車が停まっているのが見える。マールは追いついたのだ。
「うん。もうすぐ月陰に入るし、やっぱり恐怖を演出するのなら『夜』のほうが効果的だよね」
とマールは夕闇迫る街道でひとり静かに呟いた。
マール。ホントは優しくて良い子なんですよ。今回は訳があってこんな事しています。
骨、折れたらすごく痛いです。痛いというより、いやもちろん痛いのですが痛み以上に脳から『これダメなやつだ!』って信号が出ます。あり得ない力の抜け方もしますし、どちらかというと心の方が折れます。
痛みに強い人ってホント凄いです。きっと精神が太いのでしょうね。