第136話 『ある村での依頼』
「どうしてあんたが『海人様の旦那』なの?」
カンドの宿での夕食時、テーブルの空気は凍りつく。怒気を孕んではいないものの祐樹を射抜かんばかりに突き刺さる結月の目線。
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予定通りに進んだスタンの一行はインの街を出た三日後の月斜の日、この島の玄関口である港街・カンドに到着する。
対岸の大陸の街・マイルまでの同行を約束したスタンと祐樹は共にスタンおすすめの漁師宿に宿泊する事に。
そこでの夕食の際、それはおきた。
祐樹は既にこの宿の跡取り息子の漁師『シド』とどこかで出会っていたようでシドは祐樹との再会にとても驚いていた。だがその際に彼が放った言葉に今度はマールと特にマキが驚愕する。
「あ~!『海人様の旦那』さん!」
シドは祐樹の事を『海人様の旦那』と呼んだのだ。凍りつく結月。結弦は声を潜め
(ねえマキ姉、たしかこの街の『海人様』って…)
マキは黙って頷く。
この街で漁師達の守り神として崇められている『海人様』。それは約三百年前に結月が静とこの街を訪れた際、その名を貸した『真島静』の事だ。
すなわち、祐樹が海人様の旦那というのはあながち間違いではないのだ。まさかその事がバレたのか?マキは黙って二人の会話に耳をそばだてる。
しかし二人の会話を聞くに祐樹が海人様の事に気づいている様子はない。
「ユーキ…あんた『海人様』って知ってんの?」
そのマキの問いかけに祐樹はある意味ギリギリな返答をする。
「海人様?そこの沖に浮かぶ静真島に住んでるってヤツだろ?ってそれくらいしか知らないけどな」
なっ!?もう答え言っちゃってんじゃん父さん!?なのになんで気づかないの!?母さんの名前言ってるよ!
もう呆れるから驚愕やら色々混じった視線でマキは祐樹をさらに鋭く射抜く。
「いやちょっとまて!彼が、シドが勝手にそう言ってるだけだよ。俺は何も知らないし関係もない。何だよ、海人様に恨みでもあるのか?」
その意味のわからない状況に慌てて否定する祐樹。こんなに答えが出ているのにまだバレないその現状にマールも少し呆れながら祐樹にフォローを入れる。
「マキ姉…たぶんだけどユーキさんは何も知らないよ」
マールの言葉でマキも諦める。祐樹の超のつくほどの鈍感ぶりを受け入れた。
「ふんっ!そのようね。ならいいわ、食事を続けましょ」
マールはテーブルに並ぶ真鯛の舟盛りを眺め、思う。こんなにヒントがあるものなのにバレてくれないものなんだなぁ、と。
そういや母さん味噌と醤油を作るって言ってたっけ。出来たのかなぁ、とマールは刺身に塩をつけて口へ運び、そして誰にも気づかれないようにため息をついた。
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翌々日。月出の日、大陸へ渡る連絡船はカンドの港を出港する。
「帆船はな、男のロマンなんだよ」
喜びの顔でそう語る祐樹。年甲斐もなくはしゃぎ回り、あっちをウロウロこっちをウロウロ。船員に話しかけてマストに登らせてもらったり。
その実年齢(四十五歳)を知らなければ年相応なのだろうが…肉体が魂を活気づけるというか肉体に精神が引っ張られてるというか。なんであれ楽しそうだ。
かくいうマールはルークと二人仲良くグロッキー。どうにも乗り物には弱いマール、気を抜くと馬車ですら酔ってしまう。
そんな二人にとって拷問のような一昼夜を乗り越え、船は対岸の大陸の港街・マイルへ到着する。
ここでイミグラへと向かうスタン一行とカブールへ向かう祐樹の一行とはお別れだ。
相変わらずの毒の吐き合いで別れの挨拶をするマキとルーク。マールも祐樹と別れの挨拶をする。
だがマールもマキもスタンをイミグラまで護衛した後にカブールの魔王の元へと戻る、またしばらくののちに祐樹には会えるのだ。
「ユーキさん。貴方の望みが叶う事、祈ってます」
笑顔で彼らを見送る。その背が離れたあたりでマールは姉にコソッと耳打ちする。
(ねえマキ姉。父さん達、大丈夫だよね?)
もうここからカブールまで自分たちにはフォローできない。
(大丈夫なんじゃない、ここからはほとんど魔獣も出ないし。もう『この世界』にも慣れたでしょ)
それに永も一緒だし心配ないわよ、とマキも小さくなりゆく祐樹の背を見送る。
「さて。それでは我々も預けた馬車を取りに行ってイミグラへ戻りますか」
スタンの一行も踵を返し、マイルを発つ。
一応はスタン一家の護衛として同行している姉弟、道中に危険がないか目を光らせる。
だがあの魔獣の島に比べるとこの大陸はあまりにも平和そのもので、その上スタン一家の強さも知っている、その道中に問題など発生する余地など全くなかった。
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「えっ、野盗ですか?」
マイルを出て二十日ほど、そんなに大きくもない村の教会での事だった。
スタンがその村の教会でいつものように中央への報告の伝令を頼んでいたところ、その中央の使いであるスタンの腕を見込んで頼みたい事がある、という話だ。
それが『野盗討伐』の依頼だった。
「それは教会の掲示板で正式に依頼してはいかがでしょうか?」
中央からの人間だからと変にアテにされても困るし、無論、そのリスクに対してタダ働きなんてするつもりもスタンには毛頭ない。
「いえ、報酬は支払わせていただきますが少し困った事情がありまして…」
と語る教会騎士。そこに同席するのは教会の司祭と孤児院のマザー、そしてスタンとマール。
マキは『めんどくさい』と言って不参加、ミラとニースの護衛という名目で今日も今日とてショッピングだ。
でその本題なのだが、流れの野盗二人が郊外の廃墟に住み着いて街道をゆく旅人や商人、そしてこの村の住人をも襲い金銭を奪っているそうだ。
それだけなら教会騎士が出張るか、もしくは掲示板で依頼して傭兵なりを雇って掃討してもらってもよいのだが、孤児院のマザー曰く
「困った事に孤児院出身の四人の若者が奴らに唆されて同行しているようなのです」
同行している彼らは悪人なんかじゃありません、『悪さと強さ』に憧れて感化されているだけなんです、なんとかしていただけませんか?という話だった。
その彼らと顔見知りだという教会騎士たちも迂闊に手を出すこともできず、流れの野盗二人組に返り討ちにされたという。
「今のところ命を奪われた者はおりませんが…彼らを尖兵にされたら我々も迂闊には手を出せないのです」
その上その流れの野盗、結構な強さだという。
「そうですか…確かに依頼を出して死なせてしまっては悪事に加担しているとはいえその四人もかわいそうですね。マール、報酬は出るようですがどうしますか?」
マールは考える。教会騎士はその野盗二人が強いと言っていたがおそらくは自身の敵ではない。追い払う事も問題あるまい。
何をどう唆されたかは知らないがその孤児院出身の若者たちも悪事を働いているのは確かだ、こちらも少々懲らしめる必要がありそうだ。
そして自身にはそれを加減して行使する力がある。ならば答えは決まった。
「そうですね、わかりました。僕で良ければ善処させてもらいます」
そのマールの言葉にスタン以外が『えっ!?君が!?』という顔をする。そこをスタンがフォローする。
「大丈夫ですよ。この少年はあの魔獣の島の再奥まで行ける実力を持ちながら優しい心と聡い考えを持つ、中央でも有名なハンターです」
きっと最善の結果に至るはずですよ、とスタンは何気にハードルを最高値まで上げる。だがマールは
「ええ。お任せ下さい」
と言ってニコリと微笑むのだった。
通りすがりの小さな村で頼まれた『野盗退治と若者奪還』。
けっこうバイオレンスで痛々しい内容になっております。物語の本筋に関わる重要な話でもありませんのでそれ系の苦手な方は飛ばしてもらっても結構です。