第132話 『何かとマールはツッコミ役』
「え、じゃあ始めから僕たちがナワの街に入ったのって把握してたの?」
ナワを出て初日の夜。永は本当にあの少年『ルーク』を弟子にしたらしく夜になると彼と祐樹を連れて野営地を離れて森へ入り何やら教えていたようだった。
そんなルークや祐樹も眠りに落ちた深夜。夜の番をしていた永の元をマールは訪れる。
「うむ。ワシらのほうで知り合った男がの『カブールの迷宮の最深部まで到達した』と言っておったのじゃ。じゃからその情報を遠と『同期』したのじゃが…」
するとその最深部まで到達したパーティの中にマール達が護衛する『スタン』と『ミラ』も含まれていた事が判明した。その彼らが街に行商で立ち寄ったタイミングといいおそらくギムの依頼する護衛対象の旧知の商人とはスタンの事だろう、と踏んで依頼を受ける方向で話を誘導したのだという。
「もし違ったらどうするつもりだったんだよ…」
「確信はあったんじゃがな。まあその時はその時じゃ」
そう言って永は笑う。
「であの彼、ルークっていったっけ、彼どうすんのさ?」
当初の予定に全くなかった『永の弟子』。永は何か目的があって彼を街から連れ出したとマールは読んでいたのだが
「うむ。成り行きじゃ」
その言葉にマールは思わずこめかみを抑える。
「ねえ永。僕たちには隠さなきゃいけない事たくさんあるんだよ、大丈夫なの?」
「まあ大丈夫じゃろ。儂が姿を自在に変えられる事は既にバレておるしの」
「永…」
初っ端から大事な事バレてんじゃん、とマールはくずおれる。
「じゃあ永これだけは聞かせて。彼を連れて行く事に何か大事な意味があるんだよね?」
すると永、ニヤリと笑い
「ほう、聡いのぉ。さすがはユーキの息子といったところじゃな。まあその種明かしは静様の前でするつもりじゃ、楽しみに待っておるのじゃぞ」
楽しそうな表情の永。それとはうらはらに怪訝な表情のマール。そんなマールは最後の会話の中で気になった事を最後に聞く
「ねえ永。僕と父さんって似てる?」
「うむ。そっくりじゃぞ。その考え方もな」
それが嬉しかったのかマールは少し微笑むと『じゃあ寝るよ。引き続き夜の番よろしくね、おやすみ』と馬車の方へと戻って行った。
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ナワを出て三日後、『月斜』の午前。スタンの商隊は予定通りインの街に到着する。
ここではスタンにもマール達にも大事な仕事がある。『教会の引き締め』と『魔獣退治』だ。
『魔獣退治』に関してはインの街に到着する前にあらかじめ永も交えて相談してあった。月陰に入って生物達の魔力の気配の消える前、なおかつ活動の鈍り始める月斜から月陰へと移る深夜、ようするに到着日の深夜に三人で駆除に向かおうという話になっていた。
なので差し当たっては『教会の引き締め』にあたるスタン、その彼についてマールもあちらこちらへの聞き込みへと回るのだが…
「なかなか、他所者には口が硬いですね、皆さん」
皆、世間話くらいは応じてくれるのだがいざ教会内部の話となるとその話をはぐらかされ、そらされ、そして黙る。
それはほんの少しずつではあるのだろうが皆が『不正』に加担している、もしくは黙認しているという事に他ならない。
「思いのほか裾は広そうですね…まあまだ時間はあります、そんなに急ぐ行商でもありませんのでゆっくり外堀から埋めていきましょう」
とスタンはため息をつき、苦笑する。
「ああそうです、こんな時は美味しいモノを食べるに限りますね、この街には良い店がありますし。マール、ユーキ達を誘ってきてはもらえませんか」
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スタンに言われて父を夕食に誘いに来たマール。だがその扉をノックしようとしたその時、中からその会話の一部が聞こえ、それに釘付けになる。
(…だから、多分だけど教会で不正が行われてるんだ)
な、父さんはこの街の教会の不正に感づいている!今日到着したばかりなのに!?しかもその話の流れだと永を使って解決しようと試みているのか!?
これはマズイ!とマールは焦る。もうその件に関してはスタンが動いているし父が動いたところでおそらくは邪魔にしかならない。
その上、万が一教会騎士が出張ってきたとしてもスタンならば『教皇の免状』があるので抑えが効く。しかし何の後ろ盾のない父、いいところ永が無双乱舞して全教会関係者撲滅は出来ようとも絶対に落ち着く場所に落ち着くわけがない。
『どうしよう?どうしよう!?』と悩むマールだったがとりあえずこれ以上彼らの話を進めさせるわけにはいかない、平静を装ってドアをノックする。
「ユーキさん、マールです」
「いいよ。開いてるよ」
『あんな話を鍵もかけずにするんですかアナタ!?』とツッコミそうなのを抑え、笑顔で声をかける。
「あ、皆さんお揃いで。スタンさんが皆で夕食をとの話ですが、どうされますか?」
祐樹はそれを快諾。後ほど下のエントランスで待ち合わせる事となった。
一旦自分の部屋へ戻ったマール。先に部屋へ戻っていたマキに先ほどの事を相談すると
「はぁ〜…。だから勝手な事するなって言ったのに。何考えてんのよ父さん」
と天を仰ぎ、ため息をつく。
「ねえマール。あんたちょっと父さんに『わからせて』あげてよ」
じゃないと父さんそのうち死んじゃうよ。と言うマキの目には冗談は見当たらない。本当に危ないのだ。
「…そうだね。それも『父さんを守る』事に繋がるのなら、まあ仕方ないか」
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夜。皆で会食に赴いた店での話によるとどうやら父は孤児院の運営資金の立て直しを図っているようだった。
なるほど孤児院は教会によって維持されている。そこから教会の事を不審に思ったようだ。
その父の真っ直ぐな思いは誇らしいのだがいかんせん危なっかしい。その食事の席でルークの修行の話が出たのでマールは『ぜひ僕にも見せて下さい』と参加を申し出る。父に『わかってもらう』為に。
宿の路地裏。ルークの夜の修行が始まった。
一方的に攻撃するルーク。そしてそれをことごとく躱し、逸らし、そして受け止める永。
ルークはルークなりに考えて打ち込んでいるようだが永にまでは届かない。
だがマールから見てもそれは悪くないレベルだ。少なくとも前に雇ったヘッポコ護衛二人組なんかより格段に上だ。
やがて打ち込み続けたルークは体力切れとなり虫の息で路地にヘタリ込む。
そのタイミングを見計らってマールは祐樹に声をかける。
「ユーキさん。僕と手合わせ願えませんか?」
その言葉に祐樹は少し考える様子を見せる。ダメだ、父に考える時間を与えちゃいけない。危険が常にあるという事を、咄嗟に本気で対応しても対応しきれない相手がいる、という事を『わかってもらう』のだ。
「大丈夫ですよ。ユーキさんは特殊な技術を使われるのですよね?僕はそういう方達と戦えるように訓練を受けてます。失礼」
一応そう告げてからマールは不意打ちの『掌底打ち』を祐樹へと放つ。すかさず祐樹は有り得ない速度と跳躍力で距離を取ろうと後ろへ跳ぶ。
やっぱり。故意か不意かは知らないけど父さんは『暗示を解いた動き』を身につけているんだね。でもそれだけじゃあ勝てない相手、たくさんいるんだよ。
それをわかってもらう為にマールも暗示を解いて全速力で祐樹との距離を詰める。その光景に祐樹は驚愕の表情を見せ慌てた様子で拳を繰り出す。が、そんな素人の正拳突きなんてマールには欠伸が出そうなほど遅い、猫パンチ以下だ。軽々と受け止める。
空気が止まり、互いに視線を交わす二人。祐樹は唖然とし、マールは真剣に祐樹を見つめる。
やがて祐樹は何かに気づいたような表情を見せ、ボソッと呟く。
「そうか…わかった。ありがとう、マール」
その言葉はこのマールの行動の『意味』を理解した証拠だった。
「不意打ちで失礼しました。ですが僕の思いが正しく伝わったようで何よりです」
だが、だからとて教会の不正の件を野放しにはできないであろう祐樹にマールは一つの『秘密』を、スタンが教会の不正を正す為にこの街に滞在している事を明かす。
「それ、言っちゃっていいのか?」
「ダメです」
無論、誰に話してもよい話ではない。だがこの『一つの秘密』を吐露する事により『二つの利点』を得られるのだ。一つは父である祐樹に教会の件から手を引かせる事。そして
「ですがこの件はエイさんに手伝っていただけると非常に助かるんです」
祐樹は思わず永を見る。
「此奴は儂の正体も知っとるぞ、役目もな」
永の変身能力を使えば口の硬い教会関係者の身内になりすまして情報を引き出すことなど安易だ。おそらく教会の不正なんてあっという間に片付くだろう。
「ですのでエイさんがスタンさんと一緒に教会の件をあたり、マキ姉がミラさんとニースの護衛、そして僕がエイさんの替わりにユーキさんのお供をします。これでいかがでしょうか?」
祐樹は言葉の真偽を見定めるように一考、そして
「だとするとエイの秘密もスタンに漏れる事になるが彼は大丈夫なのか?」
「なので『秘密の交換』です」
どのみちスタンとは直接話さなければいけない、祐樹はそう判断し
「とりあえず宿に戻ろう。スタンと話がしたい」
『月陰』
ほぼ全ての生きとし生けるもの達がその影響を受けます。
その月の引力の影響は生命活動にまで及び、歩くことはおろか魔力を生成することも出来ず、もちろん魔法も使えません。
なので『月陰の日に街を歩く存在を見た!』と言ったところで誰も信じてはくれません。そもそも月陰の時の人間は起き上がる事すら困難な状態で何かを目撃なんて到底無理な話なのです。
なので『月陰に活動する存在』とはUFOやUMA、幽霊みたいに『もしかすると存在するのか…?』みたいな胡散臭い存在として認識されているようです。