第131話 『こんなはずじゃ…』
「あれ、どうしたのよ、そんな顔して?」
宿で待っていたマキ。例の紹介された護衛との面談から帰ってきたマールの表情は『茫然自失』、心ここに在らずな状態だったのだ。
「どうしたの?」
とマキはマールの顔を覗き込む。するとマールはボソッと呟いた。
「…父さんだった」
「はあ!?」
思わずマキも素っ頓狂な声を上げる。スタンの旧知の友人から紹介された二人の護衛、それが永と父だったというのだ。
「え、じゃあちょっと待ってよ、て事はあの人が自主的に護衛を買って出たの!?」
本来、その護衛の仕事は永が教会からそれを受けて、巻き込む形で父も同行させようと画策していたものだ。
もちろん、永にもその一連の流れは遠を通じて伝えてある。なので永が教会の斡旋を通さずに勝手に他で護衛の仕事を受けるなんて事はありえない。
すなわち、その護衛の仕事は父である祐樹が受けたという事だ。
「はぁ〜…何考えてんのよ、あの人」
それがたまたま自分たちの商隊だったのだろうか。
「まあでもマキ姉、父さんが護衛を買って出たって事は…」
「そうね。たぶん知ってると思うわよ『暗示の解き方』も」
『古代人類』である真島家の四人は、現在の地球環境では暗示を解くとありえない速さと跳躍力を得ることができる。体感的にはほぼ無敵だ。まさにチートだ。だから父も護衛のような危険な仕事も自ら買って出たのだろう。
「バッカねぇあの人!過信しすぎよ。暗示を解いたくらいじゃ勝てない人、世の中にはたくさんいるんだから」
現に剣道の技術を持つ結月ことマキが、暗示を解いて本気を出してもゲオには敵わなかったのだ。
ましてや何の格闘技の経験もないであろう父が、それくらいのアドバンテージで強くなったと思い込むのは危なっかしくて見ていられない。
「大丈夫。幸い予定通りカンドまでは一緒みたいだし、僕が父さんを守るよ」
マールは拳を握りしめる。
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翌日。密かに父と永を尾行して宿をつきとめていたマールは、『マキ姉も父さん見てみない?』と姉を誘い、父の様子を見にきていた。
遅い朝、宿を出た父と永は教会へ入ってゆき、何か依頼でも受けるのだろうか掲示板の方へ。
人混みに紛れて少し離れた場所から見ていた姉弟だったが、マールは昨夜に『護衛仲間』として面通ししてある。なので思い切って声をかけることにした。
「おはようございます。ユーキさんも『魔王の迷宮』に挑戦されるんですか?」
父が凝視していたのは最上段に掲げられた『魔王討伐』の依頼だった。父がそれを目的にしてくれたら何の問題もなく母の元へ向かう旅になるのだが…
「いや、特に何かをしようとしたわけでもないよ。色々な仕事があるなと見ていただけさ。君は挑戦するのか?」
「いや、僕達はあまり興味ありません」
マールは姉へ視線を送る。その視線を受けたマキはこちらへツカツカと歩み寄り、そして
ゲシッ!
「ぐぁっ!?」
なんと、マキは何の挨拶もなくいきなり祐樹の脛を蹴り飛ばしたのだ!
そして手を腰に当てて胸をはって一言
「何、勝手な事してんのよっ!」
そりゃマキ姉あんただよ!とマールは思わずツッコミを入れそうになる。マキ姉わかってんの!?その人父さんだけど僕たちの事は他人だと思ってんだよ!?初対面なんだよ!?
「マキ姉…そりゃないよ」
「ふんっ、知らないわよっ!」
そんなマキの態度にさすがの祐樹も言葉が乱れる
「こっちが知らねぇよ!何なんだよあんた!」
その口ぶりから察するに、どうやらマキが『結月』だという事はバレていないようだ。
マールの本音はそれがバレてしまって自分の責任ではない部分でこの茶番が終わればいい、そう考えていたのだがどうやら世界はそんなに優しくないらしい。
そしてその会話に永も加わりマキも久しぶりに永と話をする。のだが、そのマキの父に対するあまりにもな態度に永はチクリと一刺し。
「のうマキよ。儂もさほど口は出せぬが、あまり礼を失するとご母堂にお叱りを受けるのではないか?」
永の言葉に我に帰ったマキは顔を青ざめさせる。普段から母に『父に対して礼を失するな』と言われてきた彼女、いきなり父を蹴り飛ばしたなんて事を母に知られたら例の『恐怖の説教』がカブールで待っている。
「ううっ…そうね。あんたがユーキね、悪かったわ。ちょっとイライラしてたの」
その言葉を受け、祐樹は『ユーキだ。とりあえずはカンドまでだがよろしくな』と握手の手を差し出す。しかし謝りたいのか怒りたいのか、そして本当は祐樹に飛びついて抱きつき『父さん、久しぶり!』と言いたかったマキは、もうどうしたら良いのかわからなくなり踵を返して立ち去ってしまった。
一人、握手の手を出して固まる祐樹。マールは思わず祐樹のその手を、その『父の手』を両手で握りしめる。その父の暖かさと力強さを確かめるように。
「ユーキさんごめんなさい、また後日に」
そう言葉を残すとマールもマキを追い、その場を離れる。
教会を出て少し入った路地裏にマキはいた。先ほどのドタバタにマールは文句の一つも言おうと思っていたのだが、そのマキの様子にマールは何も言えなくなってしまう。
マキはひとり、路地裏で密かに泣いていたのだ。
前の生でも強気で勝気だった姉。彼女が泣いているところなどマールは見たことがない。
「なによ父さん…私なんだよ?髪と目の色が違うくらいで何で気づかないのよ…」
そう言って鼻をすすり、さめざめと涙を流すマキ。だがそれは仕方あるまい、祐樹にとっての『マキ』は先に知った護衛の少年『マール』の姉であり、そして祐樹には子に姉弟を持った覚えなどないのだ。
ましてやその姉弟のファンタジーな髪と目の色、そしてドワーフやエルフや獣人までもがいるこの世界。まさか自身が命を賭してまでして救った我が娘の『結月』がいようとは考えもしまい。
「マキ姉そりゃ仕方ないよ。でもこれが母さんやマキ姉がしたかった事なんだろ?」
マールは徹頭徹尾、この企画には『反対』だ。一番率先して参加したマキ姉がなんで泣いてんだよ、とマールは溜め息をつく。
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月陰の明けた月出の日。いよいよ父との旅が始まった。
予想外だったのは永が『弟子』だと称して一人の少年を同行させている事だ。
マキはその少年に突っかかっていたがマールは知っている。人は、特に姉は興味がなければ全くそれに触れようとしない。『好きの対義語は無関心』を絵で描いたような姉が突っかかるという事は何かしら彼に興味があるという事なのだろう。
そんな事よりマールには一つ悔しかった事があった。それはその少年の『立ち位置』だ。
その少年『ルーク』は父・祐樹の事を『歳上の友人』か『兄貴分』のような目線で見ている。だが祐樹がルークを見る目は
『我が子を見守る父の目』だ。
違う、そこは僕の場所だ!なぜ君はそこにいるんだ!?
マールに嫉妬の感情と共に悲しい気持ちと憤りが湧き上がる。なんで僕はこんな茶番に参加してるんだ、目の前には笑っている父さんがいるのに…
そんな事をおくびにも出さずマールは笑顔で挨拶をすると、皆は馬車に分乗し、旅は始まった。
別れて馬車に乗車した姉弟は、それぞれが同じ事を呟く。
「はぁ…。僕(私)何やってんだろ…」
キチンと計画通りに始まった祐樹の旅。しかし姉弟のその感情は思っていたものとは違ったようです。
『早くバレてしまえばいいのに』と願うマールのその思いとは裏腹に、何度も危なっかしい発言を繰り返すマキの言葉をもってしてもカブールに着くギリギリまで祐樹にバレないこの茶番。
なんて不憫な姉弟なのでしょう(笑)