第130話 『初めての再会』
辺境の離島にある街『イン』。その宿にて相談する三人。
マキは溜め息まじりにマールとスタンに問う。
「ねえ、ぶっちゃけどう思う?」
「僕は…はっきり言ってあの二人はダメだと思う」
「私も彼らは足手まといにはなれど助けになるとは思えませんね」
マールは静かに頭を横に振り、そしてスタンは肩をすくめ苦笑して答える。
イミグラを出ておよそ九十日あまり。スタン達行商の一向はマイルから海を渡り、例の問題の街『イン』まで来ていた。
その道中、予定通りにマイルで追加の護衛を二人雇ったのだが…
「彼らも弱くはないんだけどさ、強くもないんだよね」
と溜め息をつくマール。
その二人、離島でハンターをしたいと言うだけのこともあってそこそこには戦えるのだが、ここ『魔獣の島』に於いては辛うじて我が身を守れる程度、問題の魔獣討伐なんてもっての他だったのだ。
「かと言ってミラさんとスタンさんも入れた四人でってのは論外ですし、今回は保留してナワでまた強い助っ人を雇って帰りに討伐、というのはいかがでしょうか?」
本来、スタンとミラは魔獣の件にはノータッチで、姉弟と雇った護衛二人の計四人でそれにあたるのが本筋だ。この件でスタン夫婦や娘のニースを危険な目にあわせる事など許されない事だし、無論、彼らに毛の先ほどの傷も負わせるわけにはいかない。
それにナワに行けば父である祐樹に加え、ほぼ不死身である『永』も護衛として合流するの予定なのだ。今ここで慌てて姉弟二人で魔獣に対処して危険を背負うのも悪手だ。
それを察したマキも『そうね、私も帰りでいいと思うわよ』とマールの意見に賛同、スタンも『変なお荷物(笑)を背負って問題に対処するのもアレですし、教会の件も帰りにしましょうか』と、今回のインの街は宿泊と補給、月陰のやり過ごしのみの滞在で例の問題はスルーする事に決定した。
そして月陰明けの月出の日。インの街を出発した一行は乗合馬車や他の行商人達と集団で移動し、予定通り三日後の月斜の日、ナワへ到着する。
「もう来てるかな、父さん」
「永が遠の示した予定通りに動いてればもう来てるはずなんだけどね」
そうは言ってもここは辺境最大の城塞都市『ナワ』。街も広いし人も多い、偶然にも出会う事はないだろう。
「ま、永には教会で発布する護衛の依頼を受けるように遠が通してあるし、出会えないって事はないでしょ」
じゃあ私、ミラとニースと買い物行ってくるわね、とマキは宿を出て行った。
スタンは商売のついでに旧知の友人たちに会いに行くと出かけている。例のヘッポコ護衛二人組には『とりあえず我が身を守る事を最優先にね』と言い、ここで別れた。
ひとり残ったマールは偶然にでも父に会えないかと街を彷徨くのだが、さすがに出会う事はなかった。
そしてその夜、マールはスタンから衝撃的な話を聞く事になる。
「マール、朗報ですよ。私の知人からとても優秀な護衛を二人、紹介してもらいました」
目利きの良い男からの紹介です、これでインの件は解決出来そうですね。とスタンは満面の笑みで話す。
…ま、まずい。本来ならば護衛の補充は教会の依頼を介して永と父を組み込む予定だったのだ。 だがこのままだとそれが出来なくなってしまう。すなわちここまで来た意味がなくなってしまうのだ。
マールは考える。その迷いをスタンに悟られぬよう考えに考える。そして
「スタンさん。その方を信用しないワケではありませんが僕も一度そのお二方にお会いさせていただけないでしょうか」
どうにかしてその紹介された護衛二人を『行動不能』にし、どうあっても教会に護衛の依頼を出す。
そして永にそれを受けてもらい、父と永をこの一行に加えなければならない。
最悪、その仮決定している護衛二人が怪我を負う事になろうとも。闇討ちしようとも。
そんなマールの決意も知り得ぬスタンは
「ええ。明日の夜、知人を介して話をする予定です。護衛に関してはあなたの仕事です、是非同席して下さい」
と微笑んだ。
翌日、『月陽』の日の夕刻。
「じゃあマール、その二人の様子見てきてね」
その場で手を出しちゃダメよ、とマキに釘を刺され、マールはスタンと共に例の紹介された護衛二人と面談すべく飲食店へと赴いた。
スタンの旧知の友が経営しているというその飲食店、鳥料理をメインにやっているようだが時間帯が夜という事もあり大変に賑わっていた。
スタンは店主のドワーフと二言三言の言葉を交わすとそのドワーフの店主はあるテーブル席を指差した。どうやらそのテーブルに着いている二人が例の紹介される護衛のようなのだが…
「…!?!?」
マールは言葉もなく驚愕し、思わずズッコケそうになる。そこにいたのは他でもない、例の女浪人の格好をした永、そしてその永と歓談をしている父・祐樹だ。
な!なぜ、なんで!?どうして!?
あまりにも予想外な出来事にマールの頭は真っ白になる。しかしそんな事とも知り得ないスタンはスタスタとそのテーブルへと歩み寄る。
「こんばんは。スタンと申します。あなた方がユーキさんとエイさんですね」
自己紹介を始めるスタン。ヤバいヤバい、冷静になれ僕。とマールはギリギリのところで平静を装う。
そんな間にもスタンは着席し、永と祐樹と会話を続ける。マールは気づかれぬよう、深く息を吸い、そしてそれをゆっくりと吐く。と
「そうですか、ユーキ。ではまずこの少年を紹介しておきますね。彼はマール。私たちを護衛してくれるメンバーの一人です」
その席の会話など全然頭に入ってなかったマール、突然自分に話を振られて再びテンパるのだが、そこはうまく冷静に答える。
「初めましてユーキさん。マールと申します。お久しぶりですね、エイさん」
永とは旧知の仲だという事はおそらくだが隠し通せない。だから知り合いだという事にしておこう、というのは教会を介して合流した場合でも予め決めていた『設定』だ。
幸い、祐樹はそれに驚きはしたものの怪しむ様子もない。
何より祐樹には『息子』がいた記憶なんてものはない。何かに気づかれるその『何か』すら存在しないのだ。そんな悲しい事実に思い至り、マールは寂しくホッと胸をなでおろす。
マールは永と久方ぶりの挨拶を交わし、テーブルではスタンと祐樹が護衛の仕事の話を始める。そんな祐樹をマールは見つめる。
父さん、そんな顔で話すんだね。
父さん、そんな風に笑うんだ。
父さん、そんな落ち着いた言葉遣いなんだね。
父さん、僕はあなたの息子だよ。
今にも口から溢れ出してしまいそうなその感情を、マールは胸の奥へと押し込める。
それを察したのだろうか、永はマールに声をかける。
「ところでマールよ。ご母堂は健勝か?」
「はい。最後に会ったのは去年ですが、あの人は相変わらずです」
父さん、母さんも元気だよ。カブールで待ってる。とても会いたがっているよ。
もう全てをぶちまけて明かしてしまって『はじめまして父さん!母さんが待ってるよ!』と言い出しそうなのをマールはギリギリのところで堪える。
テーブルには料理と酒が運ばれて、スタンの旧知の友人であろう人も加わり『酒宴』が始まった。会話と視線が飛び交い、一気に賑やかになる。そんな中、マールは父・祐樹に熱い視線を送る。
父さん。僕、強くなったんだよ。どんな事からも必ずあなたを守ってみせるからね。
思いもかけないタイミングで父と再会したマール、もとい結弦。
ですが母と姉の作った設定により、自分が息子だとは言えず悶々とした旅が始まります。
第一章『祐樹編』の裏側ですね。普段からポーカーフェイス気味な結弦、そしてツンデレ反抗期娘(笑)な結月、彼らはこんな事を考えていたんです的な話です。