第127話 『マキとマール』
緑髪緑眼の少年は自身の背丈ほどもある麦畑を疾走し『獲物』を追い立てる。
「マキ姉、そっち行ったよ!」
追い立てられた獲物『ビッグボア』は逃げ場をなくし麦畑を飛び出す。そこで待ち受けるのは少年と同じく緑髪緑眼の少女。
「ふんっ、今度はあなたが『喰われる』番よ」
そう言うと少女は目にも留まらぬ速さで剣を一閃!自身の五倍はあろうという大きさのビッグボアの首を一撃でへし折り、その命を絶つ。
田畑を荒らし、人をも喰らう魔獣・ビッグボア。これが今回の依頼のターゲットだ。
それが人の都合による『駆除』だという事は彼女らもわかっている。だが人が人として安寧に暮らしてゆくには誰かがしなくてはいけない作業なのだ、これは。
と、その様子を遠巻きに見ていた人たちがそこへ集まってくる。
「さすが街で噂のバウンティハンター姉弟ですね!ありがとうございます、マキさんにマールさん!」
これで子供たちも安心して出歩けますし農作業も捗ります、と二人の手を握る村長。
「依頼された駆除はこれ一頭だけですよね。他に脅威がないようでしたら私たちは報告もありますのでイミグラへ戻ります」
そのボアは皆で食べて供養してあげて下さいね、と言うと少年『マール』と少女『マキ』は馬を駆り、その場を去る。
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「結局、今回もいつもの感じだったね」
と笑みをこぼす少年『マール』こと結弦。
「まあでもこのあたりじゃ大きかったほうじゃない?単体だったしはぐれ者だったみたいね」
とこちらも笑みをこぼす少女『マキ』こと結月。二人とも眼も髪もライトグリーンになり、名前も偽名だ。
事の発端は目覚めて間もない頃、姉弟が退屈に明かしてカブールで教会の依頼をこなしまくった挙句、街にあった『修練場』で家族そろって恐ろしく高い数値を叩き出した。その結果、ものすごく目立ってしまったのだ。
さらにはその『ユヅキ』と『シズ』の名はあの六英雄の戦乙女と同じ名であり、街の人々から
「魔王が目覚めると時を同じにして現れた、彼女らこそ魔を滅ぼさんが為に地に舞い降りた戦乙女だ!」
などと囃し立てられ、もうカブールの街のどこにいても人の視線から逃れられないような状態が続いたのだった。
「どうせあなた達祐樹を迎えに行く時には変装するんでしょ、もう今からしちゃいなさいよ」
と静は姉弟に薬の入った瓶を渡す。
「身体の色素から『黒』の反射を阻害する薬よ」
効果は三十日、まあ脱色剤みたいなものね。と言われ『もしかしてエルフみたいなステキな金髪碧眼に!?』と期待して薬を飲んだ結月だったのだが…
翌朝、鏡に映ったその姿はかなり明るい『緑髪緑眼』
「えええ〜〜!?何よコレ〜!?」
と鏡の前で愕然とする結月を見て、静は大爆笑。
「あーっはっはっは!何よそれ結月!なんで〜!?あ〜っはっはっは!」
結弦だけ鏡を見て満足げ。
「なんかカッコいいじゃん!異星人みたいで」
鏡の前で結弦はほれぼれ。
「母さん…こんなのヒドイ…」
結月は鏡の前で力なく崩折れる。
「知らないわよ。私だって黒を阻害したら金か赤になるって思ってたわよ」
でもまさかの黄緑とはね、と静は笑う。
「まあいいじゃない。それだと祐樹もあなたが結月だってわからないと思うわよ、たぶん。じゃあ次は名前ね。結月、あなたは真島の『マ』と結月の『キ』で『マキ』って名乗りなさい」
静は同じように結弦にも『マール』と偽名をつける。すると
「あれ!?登録証の名前が!」
なんと登録証の名前の欄が偽名に書き換わった。
「そりゃそうよ。子の名前は親が決めるモノだもの」
役場に出生届を出すわけじゃないもんね、と静は笑う。
「じゃああなた達、それでイミグラ行って向こうで活動してきなさい。まあ言ってる間に戦乙女の噂なんて消えちゃうわよ」
静は苦笑まじりにため息をつく。
「『人の噂も四十九日』って言うもんね」
と笑う結月。
「ヅキ姉…それ死んだ人の魂が現世に残ってる日数だよ」
「そうね。結月、あなたイミグラで学校に通った方がいいんじゃない?」
静はジト目で結月を見る。
「わ、わかってるわよ!わざとボケたのよ!七十五日でしょ!」
本当にわざとボケたようで、結月は慌てて訂正する。
「まあこれで準備はOKね。こっちにはいつでも私がいるから好きな時に帰ってらっしゃい。向こうには遥もいるし、困ったり迷ったりしたら必ず相談するのよ。わかった?」
二人の姉弟は明るく返事をし、月陰の夜、誰にも見られぬようイミグラへ旅立ったのだった。
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「スタン。教皇様が謁見なさいます。入りなさい」
イミグラの中央教会。教会騎士に入室を即され、『失礼いたします』と謁見の間への扉をくぐる行商人・スタン。
次の行商もいつもと同じ、生まれ故郷である『城塞都市・ナワ』までの往復の行商兼視察。違った事は教皇様より『依頼』がある、という事だ。
「スタンが参じました。いかな要件でしょうかハルカ様」
そう言って頭を下げ、上げたスタンの視界に入ったのは遥の傍に跪き控える緑髪緑眼の少女と少年。
「スタン。いつもご苦労様です。今回の行商に一つ頼みがあります」
教皇様曰く、ナワとカンドの間にある街『イン』にて強固な魔獣が出現し、討伐に赴いた騎士団長が返り討ちにあったという。
「その事も問題なのですが、その保守派の騎士団長が不在になった事によりインの街の教会組織にて不正が横行しているようです」
そこを引き締めてきてもらえませんか、という話だった。
「わかりました。魔獣の件も善処させていただきます」
そう言うスタンだったが、元・冒険者ではあるものの魔術師だったスタン、騎士団長をも返り討ちにする魔獣相手に単騎で挑むのは無謀に近く、その顔に緊張と覚悟の色は隠しきれていなかった。
「大丈夫ですよ、安心なさいスタン。魔獣の件においては別に手を打っております」
遥がそう言うと、傍に跪いて控えていた緑髪緑眼の少女と少年は立ち上がり、スタンに黙礼をする。
「この二名、街でも評判のハンター姉弟です。彼女らが魔獣の件にあたります。あなたの護衛も兼ねて同行させなさい」
その二人、その特徴的な髪色といいスタンにも覚えがあった。若いのに凄腕のバウンティハンター姉弟で、もはや街にその名を知らぬ者はいないという程だ。
「マキさんにマールさんですね。私はスタンと申します。ナワまでの往復、よろしくお願いしますね」
こうして祐樹が目覚める約八十日前、結月と結弦もとい『マキ』と『マール』はスタン一家と共にイミグラを旅立ち、ナワへと向かったのだった。
そんなわけで黄緑の髪と瞳になってしまった結月と結弦、もといマキとマール。その色はファンタジーを通り越し、もはや宇宙人です。
獣頭や金髪、赤髪や茶髪など多種多彩な頭を持つこの時代の地球においてもそこそこ目立っているようで、ある筋の人たちの間ではプチ有名人になっています。
次回に祐樹の目覚めの閑話をはさみ、次々回、ついにマールは目覚めた祐樹と再会します。