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らせんのきおく  作者: よへち
再会編
123/205

第123話 『カブールの六英雄』



『ではしず様。あとは私たちに任せてしばらくお休み下さい』



エンのその言葉を最後に眠りについた静。

が、すぐさま起こされる。


「…ん、あれっ?どうしたのエン。何かトラブル?」


執事服姿の遠はにっこり微笑むと


「おはようございます、静様」


その表情に問題発生のカケラも見当たらない。という事は


「え、まさか…」


「はい。あと二年ほどで祐樹様がお目覚めになられます」


なんと。先ほど意識を消失したかと思っていたのだが、その一瞬でおよそ三百年の年月が経過していたのだ。

時を同じくして結月ゆづき結弦ゆづるも眼を覚ます。


「…あれ、なんで?」


二人も静と同じように三百年が過ぎた実感を持てていないようだ。


「おはよう、二人とも。もう三百年たったんだって」


あと二年で祐樹も起きるわよ、と静。


「「ええ〜!?」」


---


「じゃあ遠、ちょっと出てくるわね。迷宮の管理よろしくね」


引き続き迷宮の管理を遠に頼んだ静は、次の行動目的をイミグラの遥の元へ向かうこととして、とりあえずは結月と結弦を連れて街の様子を見に行く事にする。


「静様。こちらの裏口はカブール市街の民家の一つに出るようになっております。私が所有し管理しておりますのでご安心を」


と、遠の所有する民家に出た静達だったのだが…


「な、なによこれ…!?」


その街の景色に結月は絶句し、結弦も言葉を失う。

体感的にはほんのついさっき、一瞬の意識喪失のその前までは『街』と呼ぶにはほど遠い、人の数は増えたもののバラックのような仮の家や、窓のない廃屋に毛の生えたような家の並ぶ『集落』だったカブール。

三百年も経てばある程度の発展もあるだろうと予想はしていた静だったのだが、しかしそれは静の想像をも越えていたようだ。


「へぇ〜!まさかここまで発展するとはねぇ」


と建ち並ぶ石造建築群を見上げ、静も感嘆の声を上げる。

通りには多くの人が行き交い、建物はみな二階層から三階層もある石造りの建築物。そして大通りから通りの奥を見渡しても街の果てが見えない、イミグラにも勝るとも劣らないここはまさに『都市』へと成長を遂げていた。


玄関を出たところで三人がその街並みをボーっと眺めていると


「ありゃ、お隣さん、帰ってきたのかい?」


と隣家のドワーフの婦人に声をかけられる。

とっさに静は遠から聞いていた『設定』を思い出し、返事をする。


「ええ、今日イミグラから戻りました。真島まじまと申します」


三人はそれぞれが婦人に自己紹介をする。


「でも私、おっちょこちょいなものでイミグラに大事なものを忘れてきちゃった。また取りに戻らなきゃ」


あはは、と笑う静。


「そういやあんた達、母親はいないのかい?」


あんたのトコのイケメンの兄さんに『母と姉弟がイミグラから戻ってきます』って聞いてたんだけどね、挨拶したいんだけど、と婦人はキョロキョロと見回す。

その様子に三人は一瞬顔を見合わせ、慌ててそれぞれの立ち位置を紹介する。


「ごめんなさい、キチンと言わなかったわね。私がこの子達の母親よ」


その言葉に少々驚く隣家のドワーフの婦人だが、そういう彼女もエンから聞いていなければ『お嬢ちゃん、お母さんは?』と聞いてしまいそうな、中学生みたいな風貌だ。


「そうかい、そりゃこっちも失礼したね。あたしゃこっちの家に住む『ティリア』って者だよ。よろしくね、シズさん。それでね、シズさん…」


そのまま静とティリアでご近所的井戸端会議が続きそうなのを察した結月と結弦は


「ねえ母さん、あたしたちちょっと出てくるね」


と言ってその場を離れる。何にせよ何もないのだ、物が。情報も。旅に出るにせよ生活するにせよ、何にせよ。


---


二人が街に出て調べた結果、イミグラへは乗り合いの馬車で一昼夜、月陰の日を除く毎朝に出ており特に危険もないという。

カブールの街自体も安定しており、『迷宮都市』として世界に名だたる『大都市』となっていた。


「ふ〜ん。変われば変わるものよね〜」


その立派な街並みを眺めて歩き、結月は呟きを漏らす。

と街の中心部、迷宮入り口と教会のあるあたりに差し掛かると、結弦があるものを発見する。

それをじっくりと凝視した結弦は


「ヅキ姉、これ…とんでもない事になってるよ」


と結弦は少し笑いをこらえてそれを指差す。

それは街の中心に掲げられた『カブール六英雄』と銘打たれた大きな石像のモニュメントだ。

そこにあったのは、雄々しき金のたてがみを持つ獅子の獣人『ゲオルグ』の石像。

それを慈愛の目で見つめ、癒して守る優しきエルフ『アリエル』の石像。

重厚なローブを身にまとい、賢者の杖を振りかざし魔を滅ぼす大賢者『ウォード』の石像。

そしてその三人を守るが如く、背中の大きな翼を広げて左右に立つ二人の戦乙女ヴァルキュリアの石像、その名は『シズ』そして『ユヅキ』。

と、その戦乙女ヴァルキュリア達の従僕で英霊エインフィリア『エン』の石像。


「あーっはっはっは!なんで?なんでこんな事になっちゃってんのよ!あっはっは!」


と結月は指をさして笑ってしまう。

結弦はその土台に埋め込まれたプレートに刻まれた『カブール六英雄譚』を読み、その飛躍されまくった、もはや捏造の英雄譚に既視感デジャヴを感じる。


「まさか…」


そのプレートの最後を締めくくる文言にはこうあった。


『この六英雄の物語を、詩聖かせい"カノン・グラシエ"がここに記す』


「…やっぱり」


思わず結弦もくずおれる。

結月はひとしきり笑った後、寂しそうにつぶやく。


「そっか。当たり前だけどもういないんだね、ゲオもアリエルも」


結月にとってはつい昨日のような記憶。だがここはそれから三百年後。当然彼らも天寿をまっとうし、この世にはいない。仲良くなったマイルのフィナも、この街にいた獣人の娘たちも。それは結弦にとってのカノンも同じようで、結弦も寂しそうにそのプレートを指でなぞる。すると


「おや、嬢ちゃん達。あんたらも迷宮挑戦者か?」


と結月たちに声をかけてきたのはバケツやブラシなどの掃除用具一式を持って現れたマッチョな男だった。


「ううん、私たちはそのつもりは無いけど、なんで?」


するとその男は布をバケツの水に浸けて硬く絞り、像を磨き始めた。


「じゃあ嬢ちゃん達は旅の者か。この像はな、この街を、いや世界を救った六英雄の像なんだ」


詳しい事はそのプレートを読んでくれ、と言って男は像を磨き続ける。こうやって誰かが磨いているおかげか、その大きな石像のモニュメントは古くからあるであろうにも関わらず苔むしることもなく美しい輝きを放っていた。


「ねえ。この像はそうやって当番制で誰かが磨いてるの?」


すると男は手を休め、結月に向かってこう言った。


「違う。これは俺が好きでやっている事だ」


話を聞くにこの男性は元・迷宮挑戦者で、迷宮挑戦者たちは皆、迷宮に入る前にこの像に触れにくるらしい。


「そうやって六英雄の御加護を受けられるからこそ、この迷宮では誰も死なないんだよ」


その感謝の意も込めて、冒険者を引退した今もこのカブールに残り、時間がある時にはこうやって像を磨きに来ているそうだ。

すると結月は


「ねえ。その布、借りていいかしら」


と布を手に取るとバケツの水に浸けて硬く絞り、像を磨き始める。結弦もそれにならい、プレートを磨き始めた。

結月の知っているゲオルグとは全く姿形の変わってしまっている彼の石像。それを磨きながら結月は微笑み、そしてそっとつぶやく。



「ゲオ。やっぱりあなた最高ね」







第三章『再会編』です。祐樹と静の再会を静の側から見た物語です。

『カブール六英雄』のモニュメント。これの台座のプレートに刻まれた『英雄譚』の中身については、祐樹がそれを見た時に詳しく書く予定です。

まあカノンが人から聞いた話を元に書いた物語なので言わずもがなな内容なんですが(笑)


本来、この再会編は閑話に収めようと思っていたのですが、下書きをしていると思いのほか膨らんだので『章』にしてみました。

閑話には長く、章には短い、そんな再会編。しばらくお付き合い下さい。





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