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らせんのきおく  作者: よへち
静編
122/205

第122話 閑話11『魔王の番人と名もなき冒険者』



「…こ、ここか?」


自身の背丈の三倍以上もあろうという大扉を見上げるエルフの剣士。

ふと周囲を見渡し、パーティメンバー達の状態を確認する。誰一人欠けることもなく手傷も負わずたどり着いた、ここは『魔王の迷宮』最下層。

そのエルフの剣士の視線に、ナイフを逆手に持った犬耳の少女は黙ってうなずく。


---


「おや。これは…」


静達が眠りにつき、エンが迷宮を管理してからはや約三百年弱。数え切れないほどの挑戦者を撃退し続けてきた遠。そのスキャナーに『覚えのある情報』をとらえたのは四年ほど前だった。


「ふふふ。そうですか。しかしだからといって優遇するのはもってのほかですね」


こうしてそのパーティはその後の再三にわたる挑戦も、最下層まで到達することなくエンによってリタイアさせられてきた。


そして十度目の挑戦。最初の挑戦から四年ほど経ったその時。エンもその力を認め、最下層への到達を許した。

何より遠自身も会ってみたかったのだ、彼ら『情報を持つ者』に。


---


「じゃあ…開けるぞ…!」


プレートメイルを身につけたドワーフの重戦士が大扉に手をかけ、彼を先頭に魔王の間へ通ずる廊下へ。

幅の広く天井の高いその廊下。左右には太い柱が等間隔に並び、その奥には魔王の間へ通ずる扉が見えている。


このクエストはあの扉の奥に眠る『魔王』の首を取ればそれで達成だ。

だがそれを阻む、この廊下を挑戦者達の『玄室』へと変えてしまう存在がその扉の前に立ちふさがる。


そう、『魔王の番人』だ。


静かにたたずむそれは黒い甲冑姿の巨躯で、その接合部からは黒い瘴気が溢れ出し、周囲を黒く染めていた。

フェイスマスクからのぞく見開かれた真紅の瞳は、何も見ていないようで全てを捉えているような、狂気の色にいろどられていた。


「ギム、だめですよ」


後衛の魔術師がいまにも飛び出して行きそうなエルフの剣士にクギを刺す。


「わかってんよ。俺もそこまでバカじゃねぇ」


「今、飛び出していっては台無しですわ。まずは態勢を整えましょう」


同じく後衛の治癒師ヒーラーの女性の言葉に、パーティは互いにアイコンタクトをし、攻撃の段取りを整える。


---


最深部へと到達した彼らをエンは再びスキャンする。

五人のゲノムに共通するものを過去に見た覚えがあった。静と旅していた時に訪れた辺境奥地の街『ナワ』、そこの住民の持つ特徴のそれだ。

そしてその中に、さらに遠の関心を引くものが二つあった。


一つは先頭のドワーフの戦士と中衛の獣人の女盗賊の持つゲノム情報。彼らのゲノムには薄っすらとだが『結月ゆづき』の情報が含まれている。

ナワで結月が血を与え、その命を救った『ブルース』。おそらくは彼の血を引く者なのだろう。

『子供が欲しい』と言っていたエルマの願いは叶ったのだ。その事実に遠も心が暖まる。


そしてもう一つ、血気盛んにこちらを睨みつけてくるエルフの剣士。彼の持つゲノム情報から得られたもの、それは紛れもなく『ゲオルグ・グリムウィン』


ゲオの子孫だ。まさかこんな所で合間見えようとは。


静が眠りにつくと時を同じにしてカブールを旅立ったゲオ。元の迷宮の管理者であった彼、その子孫が幾百年の時を経てこの迷宮に戻ってきたのだ。

思わず遠もテンションが上がり、少しばかり張り切ってしまう。これは歓迎しなくては!


「我が主人あるじの眠りを妨げる者たちよ。早々に立ち去れ!」


宣誓し、その手のフェイクソードを振りかざして身構える。と同時に挑戦者達が一斉にかかり来る!


無言の目力めぢからを携えてバトルアックスをふるうドワーフの重戦士・ガイル。その全力で振り下ろされた戦斧をエンは指でつまむように軽々と止める。

今までその重い先制の一撃で数多あまたの魔獣たちを屠ってきたガイル、それをあまりにも軽々と受け止められて驚愕の表情を浮かべる。

するとエンは至近からガイルを睨みつけ、そのままガラ空きの胴をフェイクソードで一閃。ガイルは驚愕と苦悶の入り混じった表情のまま光の粒のエフェクトを残し、消失した。


「なっ!?ガイルっ!くそっ!!」


「待って!ダメよギムっ!!」


飛び出そうとするエルフの剣士・ギムを庇うように駆け出す獣人の女盗賊・エイダ。その素早さをもってエンに挑むエイダだったが、結果、ギムを庇ってフェイクソードを喰らってしまい、彼女も光のエフェクトを残して消失する。


「おいっ!エイダ!ウソだろっ!?」


一瞬にしてパーティの二人を失ったギム。冷静さを失いかけていた彼に後衛の二人が彼を正気に戻すべく声をかける。


「ギム!一旦戻って下さい!態勢を…」


と言った魔術師・スタンの目の前に黒い壁が出現する。いや、壁ではない、一瞬にして目の前に移動してきた魔王の番人・エンだ。


「ダメっ!スタンっ!逃げてっ!!」


咄嗟に障壁を展開し、スタンを突き飛ばす治癒師・ミラ。だがその抵抗も虚しくエンのふるうフェイクソードに二人まとめて餌食となり、消失してしまう。


「な、な、なんだってんだよ…!」


一瞬にして自身を飛び越え、後衛の二人を屠った魔王の番人・エン。その背は黒く強大で、恐怖を形状化したようなその存在にギムも心をも飲み込まれてしまいそうだった。だが


「…まだ負けちゃいねぇぜ。『頭はクールに心は熱く』だっ!」


そう言って再び剣を構える。

その覚えのある言葉はさらにエンを喜ばせた。ゲノム情報ではない、ナワの街でレイを相手に発した結月の言葉、それが言霊ことだまとなり幾百の時を生きていたのだ。

遠はギムへと振り返り、その両の目で彼を捉えると今までの挑戦者達にはあげることのなかった『名乗り』をあげる。


「我が名はエン主人あるじの守護者にして最強の存在」


そう言って剣を構える。


「俺の名はギムレット・グリムウィン。今は名もなき冒険者だが…お前を屠って魔王の首を取り、英雄になるっ!」



---



数刻後。意識を失った五人の姿は迷宮入り口の裏手にあった。


「…ぅ。負けちまったのか」


意識を取り戻すギム。時を同じにして四人も目を覚ます。


「全然ダメだったね」


あんなのに勝てる気しないよ、と苦笑いで肩をすくめるエイダ。


「さてどうしましょうか。また予約を取りますか?」


そう言うスタンだが、その目には『もう十分だ』という意思が読み取れる。それを察したのかミラは


「これはこれで良いひとん切りになりましたわね」


と溜め息をつく。その言葉にギムはガイルを見る。


「ガイル、お前ぇはどうだ?」


ガイルはあの戦いを反芻はんすうし、その恐怖を思い出したのかギムから目を逸らすと俯き、黙り込んでしまう。


「そっか、そうだな。俺もアレには逆立ちしても敵わないってのはわかったぜ」


悔しいが完敗だ、と両手をあげる。

カブールへ来て四年、十度目の挑戦にしてようやくたどり着いた魔王の迷宮最深部。だがそこで待ち受けていたものは『絶望』にも似た最強の存在だった。

その動き一つをとっても目では追えず、このクエストが自分たちにとって『不可能』である事がハッキリとわかった。

ギムは夕暮れ時のカブールの空を見上げ、深く息を吸い、そして大きなため息をついた。

それを見たエイダは


「そっか。じゃあ一旦ナワにもどろっか」


と皆に声をかけるのだが、その言葉にミラは


「エイダ、それにギムにガイル、ごめん。私ね、スタンと一緒にやりたい事があるの」


とミラはその視線をスタンへと移す。


「実は私とミラは、この旅がひと段落したら一緒になって行商をしようかと考えていたのです」


二人でこの広い世界を見に行こうと話していたのです、と肩を寄せ合うスタンとミラ。

五人で旅をしていた彼らにとって、この二人が交際しているというのは周知の事実だった。

その二人が家族となり、新たな家庭を築こうというのだ。


「そっか!そいつぁめでてぇ話だ!」


ギムも諸手を挙げて二人を祝福する。


「ああ、おめでとう」


ガイルも二人の幸せと、再びあの恐怖の存在に対峙する可能性が無くなった事に安堵したのか笑顔で彼らを祝福する。


「いいなぁ〜。結婚かぁ。あたしもいい出会いがあればなぁ」


こんな脳筋エルフと朴念仁ドワーフじゃなぁ、とギムとガイルをみて『ニシシシ』と笑うエイダ。


「うるせぇよエイダ!おいスタン、じゃあお前ぇもう次の予定は立ててんのか?」


「ええ。とりあえずはここで仕入れて南のイミグラで売り、そしてまずは西へ向かって行商しようかと考えてます」


そのルートはナワへ帰るルートとは離れる。要するにここでパーティは解散だ。


「そうか。じゃあ俺たちが旅に使ってたあの馬車、あれはスタンが使ってくれ。俺たちはあとは帰るだけだ、乗合馬車でいいからな」


餞別せんべつだ、それでいいよな、とギムはガイルとエイダを見る。二人は笑顔でうなずく。


「ありがとうギム。貴方も帰りも気をつけて下さいね」


とスタンは名残惜しそうな笑顔でギムに礼を言う。


「ねえスタン。別れの挨拶にはちょっと早いんじゃない」


まだ何も仕入れてないし、こんな夕暮れに慌てて仕入れても仕方ないでしょ、とミラ。するとエイダは


「ね、ね、とりあえずは宿にもどりましょ。んで二人の結婚のお祝いと送別をかねて派手にどんちゃん騒ぎしようよ!」



---



「人とは素晴らしいですね。なんともうらやましいものです」


独り、迷宮の最深部で今日もまた挑戦者達を追い返す迷宮の管理者・エン

エンから見えた『人』という存在。それは常にその身の螺旋ゲノムに情報を刻み、それを新たな個体へと受け継ぐ。さらには情報を文字や言葉へと形状化して別のストレージを以って後世へと繋いでゆく、言うならば『情報の方舟はこぶね』だ。


「その記録達は、『らせんのきおく』は何処どこへ向かうのでしょうか」


ゲオルグとアリエル。その二人の遺伝子らせんのきおくは新たな個体へと移譲され、それを幾度か繰り返してここへ戻ってきた。

ブルースとエルマ。途切れるはずだったその遺伝子らせんのきおくは結月の情報を得て新たな個体を生み出すに至り、そしてここを訪れた。

さらには実体を持たない『言葉』。それすらも人の心を奮い立たせる『言霊ことだま』として生き続けていた。


エンは静かに独り微笑む。



「静様。もうすぐです。もう間も無く祐樹様がお目覚めになります。貴方がたはどんな『らせんのきおく』をつむがれてゆくのでしょうね」








若かりし頃のギム達のパーティのお話でした。

結局、エイダはギムともガイルとも違う男性と結婚し、程なくして死別してしまうのですけどね。


いよいよ次回からは静が眠りについてから約三百年後、祐樹の目覚める二年前から始まる新章『再会編』です。




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