第119話 『静さんそれセクハラです(笑)』
「ここならいいぜ」
対決すべくゲオの案内で着いた場所は、街のなかほどにある広い空き地…だった場所なのだが、今は周囲にベンチやテーブルが置かれ、さしずめ空き地を取り囲む『観覧席』のようになっている。
「迷宮の順番待ちが長いからな。ヒマを持て余した腕自慢の冒険者たちがここで手合わせをするようになったんだよ。今じゃここは『修練場』なんて呼ばれてるぜ」
見ると周囲には結月にも見知った顔が。以前、剣を合わせた獣人の女の子たちだ。
話を聞きつけた彼女らは夜にもかかわらず見に来てくれたのだ。
結月は彼女らと久方ぶりの再会の挨拶を交わし、そして広場の中央に立つと剣を構え、ゲオと対峙する。
「じゃあ始めるか。シズ姐さん、合図頼むぜ」
そう言うとゲオは曲刀を後ろ手に持ち、構える。身体を低くし手を前に出すあの構えだ。そして結月は刃のない先の折れた刺突剣を両手に持ち、正眼に構える。
まだ合図もなく、ただ構えて対峙する二人。なのにその緊張感は周囲で観ている人達までをも沈黙させる。
「『男子三日会わざれば刮目して見よ』とは言うが……これは完全に別人だな」
ゲオは嬉しそうな、驚いたような表情でそう呟く。
結月も『誰が男子よ!』とは返さない。もしかするとこれはゲオなりの上品な挑発だったのかもしれない。だがそこに触れることもなく表情も変えずに一言だけ『光栄ね』と返答する。
静が間に立ち、『始めっ!』と合図を出す。
が、二人とも動かない。
明らかに以前より一線を画する雰囲気を身に纏う結月。そしてその結月も以前に彼と母の戦いを見てその彼の強さを知っている。互いに実力を測りかねて動けないのだ。
するとゲオは何やら意識を集中させるそぶりを見せる。それだけで結月は察する、魔法が来る!
その刹那、矢のような速さの火球が結月の頬をかすめる!速い!
ギリギリでかわした結月。その速さに驚愕するのも束の間、それに負けずとも劣らない速さでゲオは突っ込んで来た。そして後ろ手に持った曲刀をたいしたモーションもなくいきなり斬りつけてくる!
それもギリギリでかわす結月。そう、結月は母の戦い方を真似ているのだ。相手を見極め、無駄な動きを省き、そして一刀のもとに斬り伏せる。
だが、その動きを見てゲオは一旦構えを解く。
「なあユヅキ姐さん、俺が本気を出していないのがわかるだろ。なんで姐さん本気出さないんだ?」
ゲオはその顔に少々の怒りの色を滲ませている。結月は『正々堂々と戦いたい』そう思い暗示を解かなかったのだが、どうやらそれがゲオには手抜きに映ったようだ。
「俺は姐さんの手数の多い戦い方、嫌いじゃないぜ。あの母親に憧れる気持ちはわからなくもない、けど今はユヅキ姐さんに出来る最高の戦い方、見せてくれ」
そう言うとゲオは再び眼光鋭く曲刀を構える。
「…ごめんなさい。私が間違ってたわ」
結月も再び剣を構える。意識を集中し、暗示を解く。再び広場は緊張感に包まれる。と次の瞬間!
「…っ!!」
ゲオがそれを咄嗟に曲刀で外らせられたのは、はっきり言って『運』が良かっただけかもしれない。一瞬、動き出しそうなモーションを見せた結月が次の瞬間にはゲオの目の前で剣を突き抜いた体制で立っている!
辛うじて曲刀で外らせたものの結月の剣はゲオの首元をかすめ、その美しい金の狼毛を舞い散らせる。
すかさず間合いを取ろうとするゲオ。しかしそれを結月は許さない。ゲオのバックステップより速い動作でゲオの背後へ足を踏み込み、ゲオの足を剣で払う。
が、その結月の肩を踏み台にしてゲオは跳躍、バック転して間合いを取る。
「ククッ…やはりな。戦いはこうでなくちゃな、なあユヅキっ!」
と獰猛な笑いで牙をむき顔を歪めるゲオ。そんな彼に先ほどまでの『街の長』、そして『家族を守る父』の顔は何処にもない。そこにいたのはただ心躍る戦いに身を投じる一人の『狼人の戦士』だ。
「同感よ。私もそう思うわ」
身体の底から沸き立つような興奮、緊張感、高揚感、そして恐怖。すぐそこで待つ『死』に結月の精神は磨き上げられ、魂は輝きを放つ。
そして『生』を実感する。
なんて事はない、二人は『同類』だ。死を意識して初めて生を喜ぶ『戦闘狂』なのだ。
無理をして無表情を装っていた結月の顔にも狂喜の笑みが浮かぶ。
「…うふっ、うふふふっ、あはははははっ!」
箍が外れた結月は人外の速さで連撃を繰り広げる!だがそれをことごとく防ぐゲオもある意味『人外』だ。
狂喜に歪んだ笑みを浮かべて繰り広げられる二人の神速の攻防。剣戟が響き渡り、火球が飛び交う。もはやそこに躊躇はない、万が一にも攻撃が当たってしまえばどちらかが死にかねない。
そしてそれを見守る静の顔にも緊張の色は隠せない。
「遠、結弦、私もしっかり見てるけど、危ないと思ったらあなた達もあの二人を止めてね」
二人は黙ってうなずく。
見ている側も息をするのを忘れてしまうような二人の攻防、だがその瞬間は突然訪れた。
ゲオが結月の剣を受け流しきれず、曲刀に身体をとられてバランスを崩す。
「貰った!」
その隙を見逃す結月ではない、暗示を解いている結月にはそれすらスローモーションに見えているのだ。すかさずそこへ突きを繰り出そうとする…のだが、それを割って入った静に止められる。
「そこまでっ!結月、あなた一体何を見ているの!?」
母にそう言われ、結月はそーっと横を見る。そこにあったのは今にも自身の首を掻き斬らんとばかりに迫ったゲオの足の鉤爪。
ゲオはバランスを崩したのではない、バランスを崩した風を装って結月の剣撃の勢いをそのまま貰い、結月の首を掻き斬る『後ろ回し蹴り』を放っていたのだ。
幸いそれは間に入ったもう一人、遠によって首に触れる寸前で止められたのだが、誰も止める者がいなかったら…と想像した結月は一気に我に返り、青ざめてペタンと腰を抜かしてしまった。
「…あは、あれ?、あはは」
乾いた笑いと共に涙を流し始める結月。
悔しいワケでもない。無論、面白いワケでもない。ただただ乾いた笑いと涙が込み上げてくるのだ。
「はははっ…母さん私どうしちゃったんだろ、あれ、あははは」
結月自身もワケがわからず、ただ笑い、涙を流す。その様子に静は
「結月、たぶんあなた初めてだったのよ、『命を賭した戦い』って」
結月は『はははっ…そっか』と呟くと、ようやく涙と笑いは止まった。それを待ってゲオは結月に手を差し伸べる。
「姐さん、大丈夫か」
そんなゲオを結月はじーっと見つめる。
そしてゲオの手を取るとそのままゲオの首に腕を回し、彼に抱きついた!
「ねえゲオルグ、聞いて。私、貴方の事が好きだった、いや、好きなの」
突然抱きついた上での結月の告白。だがそれでもゲオは狼狽える事もなく、肩をすくめ
「ああ、ありがとよ。だが気持ちは嬉しいが俺は売約済みだ」
と大人の余裕で返答する。
「わかってるわよ、そんな事。別に何がどうしたいってワケじゃないの、私が言いたかっただけよ。それにね」
と言うと結月はゲオのフサフサの獣毛を触り始める。
もふもふ ふさふさ
「ああ…前から触ってみたかったのよ、これ…」
もふもふ ふさふさ
黄金に輝くゲオの『狼毛』。その美しさもさることながら触り心地もバツグンだった。結月はアッと言う間に虜になってしまう。
もふもふ ふさふさ
「ユ、ユヅキ姐さん、それはちょっと勘弁してもらえないか…!?」
と、ゲオの視線の先には瞳に炎を宿したアリエルの姿が。そんなゲオにたった今さっきまでの大人の余裕は、既に無い。
「いいじゃないあなた勝ったんだから。敗者にこれくらい施してもバチは当たらないわよ」
結月はそう笑って腕を離すとスクッと立ち、身体に付いた砂埃を払う。
「ありがとう、ゲオ。本気で戦ってくれて。勝負には負けちゃったけどこれで気持ち良く眠りに就けそうだわ」
そう言うと結月は直立し『ありがとうございました!』と頭を下げると、『じゃ、また後で』と言ってアリエルの方へ向いて『ごめんねっ』と手を合わせ、顔見知りの獣人の娘達のところへ駆けて行った。
「末恐ろしい娘だな、あれはまだまだ伸びるぜ。行く末を見届けられないのが残念だ」
と笑うゲオ。
「そうね、じゃあ三百年後のあなたの子孫に再戦させるようにするわ」
と静はアリエルのほうを見る。
「そうか。そうだな、じゃあ俺も頑張らないとな」
と二人して下世話な笑いを浮かべ、アリエルは謎の悪寒に襲われるのだった。
そりゃ子供作らなきゃ子孫は生まれませんよね。
それは当然なんですが、それをアリエルを見て言うのは静さん、それセクハラですよ(笑)