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らせんのきおく  作者: よへち
静編
118/205

第118話 『実は魔王としての種火がここに』



その日、天人教の神官たちに天人ハルカ様より天啓が降った。


『教皇ミーツォは皆の平穏な暮らしを守る為にわたくしの元で祈りの時に入りました。しばらく戻りません。ですが必ずや祈りを遂げ、また皆の前へ姿を見せるでしょう』


そのハルカの天啓通り、教皇ミーツォはその日からしばらく皆の前へ姿を現わす事はなかった。

で、その教皇ミーツォこと吉井教授はというと


「だから静君、それじゃあダメなんです!」


「ですが教授、これくらいは許容してもらいませんと!」


と、静と仲良く(?)研究三昧。

言うならば『高馬力・高出力』な人間の『静』、それに対して吉井教授や祐樹のような『舵取り役』というのはなかなかに相性が良いようで、少しずつではあるものの研究は進んで行った。


そしてそれが三十日も過ぎようとする頃、その研究は実を結ぶことになる。


「……静君。結局、君はこんなモノを作ってしまうのだね」


「ええ。これが私の考える最も効率の良い最善策だと思いますもの」


と静は悪魔のような笑顔で微笑む。

静の作り出したモノ、それは病原性細菌だった。

人や獣の区別もなく、それを取り入れた生物の全てを罹患りかんさせてしまう細菌。しかも生命力と感染力が強く、接触や飛沫で感染する。

その症状は発熱と発疹、倦怠。およそ三日三晩、熱と発疹に苦しめられる鬼のような細菌。


「ですがたったそれだけで絶滅の危機から逃れられるのですよ、安い代償ですわ」


既存の感染力の強い細菌に、祐樹と同じくアフリカで活動していた吉井教授の抗体情報を書き込んで作成した静特製の病原性細菌。

毒性は弱く、乳幼児であっても死亡する事はないと静は言うが、『用途』と『毒性』を誤ったら世界の存続をも揺るがすバイオテロにもなりかねないその技術に吉井教授も戦慄する。


「これはある街で実証済みなんですが、今この地球に住む人たちはその身に情報を取り入れる事に非常にけております」


その特性を利用した『荒療治』ですよ、と静は語る。

そしてその細菌に耐性を付けた母親から産まれる子は、生まれながらにしてその情報を受け継ぐ。今いる世代が一斉に罹患すれば、後々の子々孫々は様々な感染症にかかりにくくなるのだ。


「しかし…もう少し穏便な方法を選べなかったのかね?」


そう苦言を呈する吉井教授だが


「あら、わたくし『何の痛みもなく知らぬ間に助けられた人』という者たちはあまり好きではありませんわ」


静曰く、何事にも代償が必要よ、とのことで。世界全体への救いは世界全体で支払ってもらうのだそうだ。


「まあ『救世の偉人』として讃えられるのも私は御免被りたいですし、何よりこんな寄り道ももう御免です。しばらくは疫病が蔓延しますが死人は出ません。後のフォローはよろしくお願いしますね、教皇ミーツォ様」


静はニヤリと笑って吉井教授に丸投げする。


「ははは。君はなかなか人使ひとづかいが荒いね、静君」


「それはわたくしのセリフです!何だか教授の言葉に上手く乗せられてしまいましたわ」


ともあれこれでこの世界の生命は絶滅の危機を脱したのだ。遥もそこへ姿を現わし、二人に感謝の言葉を述べる。


「静様、吉井様、本当にありがとうございます」


そう言って深々と頭を下げる遥、とエン


「いいわよ。遥には電撃喰らわせちゃったからね。これでチャラでいいかしら」


「チャラ…?」


時々あるのだ、遥に口語が通じないことが。


「これで勘弁してちょうだいってことよ」


静はそう言って苦笑すると、遠が用意してくれた紅茶に口をつける。


「しかし静君。いまさらだけど君達に、生きている祐樹に再会できるなんてね。本当に驚いたよ」


と吉井教授も紅茶に口をつけ、苦笑する。そして一転、真剣な面持ちになると


「だけどね、本来『命』というものは『戻らないモノ』なんだよ」


その尊厳を君は守れるかい?と静は教授に問われる。


「わかっておりますわ、教授。こう見えてもわたくし、二児の母ですよ?」


そう言って笑う静なのだが、吉井教授の知る『真島静』は孫が生まれて還暦を過ぎてもなお『狂気の研究者』だった。

しかし今の彼女は、眠っているとはいえ祐樹が生きて存在しているおかげかその狂気はなりを潜め、教授が大学で面倒を見ていた頃のような才女だった。


「そうかい。じゃあわかってると思うけど…」


「ええ。三度目はありませんわ」


そう言って静は少し寂しそうに微笑むと、残った紅茶を飲み干し、立ち上がる。


「遥、色々とありがとう。じゃあ私達は三百年寝るからもう行くわね。教授はどうされますか?」


すると吉井教授は『私は…』と言ったところで一旦言葉を切り、年相応の少年らしいはにかんだ笑顔で


「いや、僕はこの時に生きる人たちを見守っていきたいんだ。だからこの時代に生きて、そしてこの時代に死ぬよ」


祐樹によろしくね、と吉井教授、もとい少年教皇ミーツォは微笑んだ。


「そう仰ると思ってました。もう再会することもありませんが教授の人生に幸あらんことを祈っております」


遥の中にあった再生された五人のゲノム情報。静はこれを完全消去したのだ。今後その五人が復活する事はないし、その必要もない。静の目的はただ一つ、祐樹との再会だけなのだ。


「じゃあね、遥。貴女とはまた三百年後ね」


「ええ。またお会いできる日を楽しみにしております」


あと例の件よろしくね、とその言葉を残し、静はその場を去る。

そしてその日、遠とともに子供たちの待つ家へ帰った静は、翌日には結弦ゆづるの借りた家を引き払い、旅立ったのだった。


---


「またお世話になってもいいかしら?」


その翌日の夕刻、静の一行はカブールのアリエルの元にいた。三百年の眠りに就く前に一つ懸念材料を片付ける為に。

突然の訪問にもかかわらずアリエルは快く受け入れてくれた。そして程なく迷宮の管理を終えたゲオも帰宅する。


「おお、シズ姐さん、久しぶりだな。教会の件はもういいのか?」


相変わらず元気そうな表情のゲオ。聞くとあれから二組、迷宮を踏破したパーティがあらわれたという。


「そう。お疲れ様ね、ゲオ。でももういいわよ」


静のその言葉にゲオはキョトンとしている。


「迷宮はここにいるエンが管理するわ。貴方は好きに生きなさい」


静の言葉の意味を理解したゲオは、アリエルをキッと睨む


「アリエルッ!これはどういう事だ!?」


するとアリエルは堰を切ったかのように涙を流しはじめる。


「あんた、いつも笑顔で頑張ってくれてるけどさ、無理してるのが丸わかりなんだよ!」


仲間たちの為、そして新たに『家族』となったアリエルと子供たちの為に、街の復興と迷宮管理に尽力しているゲオ。

一切不満を漏らさず笑顔で過ごすゲオだったのだが、元々は放浪の身であった彼の笑顔の影にアリエルは『諦め』にも似た感情を感じ取っていたのだ。

そしてその事を静は以前来た時にアリエルから相談されていたのだった。


「ねえ、ゲオ。はっきり言ってこの街に貴方は必要よ。でもね、それは誰かが代役を務めることも出来るの」


ウォードも商会長として、街の顔役としても役割を担ってくれている。建てた教会も騎士が駐屯し、このカブールの街は街としての機能が整いつつあるのだ。


「貴方の人生は貴方にしか歩めないのよ。その二本の足があれば何処にだって歩いて行ける、それは何にも縛られるべきモノじゃないわ」


静のその言葉にゲオはアリエルを伺うような目で見る。


「まだわかんないのかい、あんた!あたいと子供たちはあんたと一緒なら何処でもいいんだよ。あんたのいる場所があたいらの家だし、あたいたちのいる場所があんたの『家』なんだよ!」


だからそんな顔で笑うのはやめとくれ、とアリエル再び涙を流す。


「…そうか。シズ姐さん、俺は投げ出してもいいのか?」


すると静は笑って答える


「何言ってんのよ。それを押し付けたのは私よ。貴方は精一杯やったわ。『投げ出す』のじゃない、返してもらうのよ」


そして静は他言無用と先に断った上で自分たちの事情を話す。三百年の眠りに就く事。それを遠に守ってもらう事。


そして、もう一つの『おまけ』の事も。


「あっはっは!そうか、そういう事か。ならシズ姐さん、あの迷宮は謹んで返上させてもらうぜ」


相変わらず人外だな、と笑うゲオルグの顔は先ほどまでの笑顔とは打って変わって快活な、肩の荷を下ろした笑顔だった。


「ならシズ姐さん、姐さんがたが眠りに就く前に俺にはやるべき事がある。なあユヅキ姐さん」


その場に同席しながらも話には加わっていなかった結月ゆづきは、ゲオに突然話を振られ『へぃ!?』とよくわからない返事をしてしまう。


「何を言ってんだ、ユヅキ姐さん。三百年後はさすがに俺も生きちゃいないぜ。約束してた再戦はどうすんだ?」


『負けっぱなしでいいのか?』と言ってニヤリと笑うゲオ。それに気付いた結月も同じようにニヤリと笑うと



「そうね。あたしの勝ち逃げになっちゃうけどいいかしら?」



と笑った。






『三度目はない』と言った静。

そもそも祐樹との再会のために復活の研究をし、それの叶った彼女ですが、実際に叶ってみてそれが本当に正しかったのかどうかは彼女の中でも思うところがあったようです。


そして静は遥と吉井教授に『おまけ』の仕掛けを頼み、最後の用事を済ませにカブールへと来たのでした。

次回、またしても結月はゲオルグに挑みます。ナワまでの往復で様々な戦いを経験した結月。今度は勝てるといいですね。


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