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らせんのきおく  作者: よへち
静編
117/205

第117話 『大人なのか子供なのか』



それは今の地球に『新たなる住民』が繁栄する何億年も前の話。

移民船内の生命が絶滅した後、目的を失った遥はその舳先を地球へと向けた。


そして幾千万年の航海を経て地球へ戻った遥。だがそこは自身のデータにあるものとはかけ離れた、人の住めない環境へと激変を遂げていた『地球』だった。

そんな状況ではあったのだが、遥は旅の途中で出会った『永遠トワ』の協力を得てこの地球に適応できる生物を創り、再び人類の文明を築く事を決意する。


「遥はね、自分を生み出してくれた人類に少しでも恩返しがしたかったんだよ」


少年教皇の姿で吉井教授は語る。

遥は自らを生み出した創造主である『ヒト』、そのヒトを模した『人類』を創造し、『ヒトの文明』を再びこの地に繁栄させようとしたのだ。


永い年月をかけ、小さな生物から大きな生物へ。アーカイブにある情報を元に様々な生物をこの地球に復活させた。

そして遂には『人種ヒトシュ』をも誕生させる事に成功する。それは遥にとってまさに『神の復活』かと思われた。


「けれどもその人種、静君も知っての通り私たち古代人類と比べるとあまりにも脆弱で、常に遥のサポートを必要としていたんだよ」


そんな彼らを遥は惜しみなく助け、その彼らの『幸せな未来』のために並々ならぬ尽力をしていた。そのおかげもあり彼らは順当に発展を続け、遥を『天人様』と崇め、平和に暮らしていた。それは恒久に続くかと思われた安泰だった。

だが無情にも遥の電脳はある結果をはじき出す。


それは『生命の滅亡』


「静君。君も研究者ならわかると思うけど、何にだって『イレギュラー』は発生する。遥にとってのイレギュラーは『変異種』の発生だったんだ」


生物の進化と淘汰においてのイレギュラー。それはその過程において必要不可欠な要素だ。しかし遥の生んだ人種を含む今の地球の全生物は、まだそれに耐えうる『基盤』を持てていなかったのだ。


「本来ならば遺伝情報というのはね、それはそれは永い年月をかけてゆっくり磨かれてゆくべきモノなんだよ。でも遥はそれをすっ飛ばした。その歪みが『ツケ』となってジワジワと忍び寄ってきたんだ」


病原性の細菌やウイルスを持って産まれてくるモノ達。それはさほどの毒性や感染力を持たない脆弱なモノではあったのだが、今の地球に生きるモノ達にはこの上のない脅威だった。

遥は計算した。何度も何度も、条件を変え、イレギュラー要素も加味して幾度もシミュレーションをくり返した。

だが残酷な事に『生物の絶滅』という結果から逃れる事は出来なかったという。


「悩んだのだよ、遥は。それは深く永く。そしてそれが自身の持つ電算能力では解決できないと悟った遥は、彼女としては最も畏れ多く不可侵にしてあった領域に手を出したんだ」


それは今の地球にいる人種の胚に、遥が創造主と崇める『古代人類』の情報を書き込む事。それこそが五人の神を蘇らせる『クローン再生』。


そしてその五人はこの時代の地球に復活を遂げる事となる。


「けどね、遥は焦ったんだよ。なにせ五人の神の中の一人は起こすと死んじゃうんだから」


復活させた神の一人、祐樹には死の因子が含まれていた。それを知った遥は再び深く悩む。


「考えてもみなさい。復活させた神の一族のうち一人は起こしたら死にます、なんて言ったら神の怒りを買うと思うのは至極当然の事でしょう」


だからその五人の中で唯一血縁関係のない『吉井三津夫』を真っ先に起こしたのだ。


「私もここで目覚めた時は焦ったよ、こんな子供の身体だったってのもあったしね。まあその時は色々あったんだけどその話はここでは割愛させてもらいます。遥は目覚めた私に助けを求めてきたんだよ」


ここからは君が話すかい?と吉井教授は遥に話を振る。


「私は吉井様に助けと教えを請いました。ですが吉井様の返答は全て『いな』でした」


不自然に創られた人の文明。もしそれが滅びるというのならそれは必然で、そこに関与すべきではない。吉井教授はそう答えたという。さらには


「まだ目覚めていない四人も決して起こさず、そのまま土に還すべきだ、と」


遥のその言葉に静たちは吉井教授を凝視する。


「だから君たちが今生きているのは、ある意味遥のおかげだとも言えるのだよ」


「なぜですか教授!?そのお考えをお聞かせ下さい!」


言うならば吉井教授は真島家の四人を殺す算段を立てていたのだ。さすがに静も恩師の言うこととはいえそれには寛容にはなれず、その瞳には怒りの色も灯る。


「さっき遥が語ったとおりだよ。私たちの存在は今の地球には不自然なんだ。無論、この時代に生きる彼らも遥が創り出した不自然な存在だ。しかし彼らは既に文明としての道を歩み始めている」


それは仕方がないとしても、眠る四人については起こしたところでこの世界の歪みが広がるだけだ、存在すべきではない。と吉井教授は遥に語ったのだという。


「無論、私自身も不自然な存在だ。だから私は極力遥たちには関わらず、この斜陽の文明に生きる人々が幸せのうちに過ごせるよう、その環境整備に努める為『教皇』として就任したんだよ」


そしてその役目を終えたら自らも命を終えるつもりだった、と吉井教授は伏し目がちに語った。

それを聞いた静は立ち上がり、そして


「ふふふっ、ははははははははは!」


突然笑い出す静。それには皆、呆気にとられる。


「教授。貴方あなたはやはり吉井教授ですね。いつもそう、貴方はいつも私の研究方針に反対しておられましたよね、『そんな不自然な事はありえない』って」


すると静は妖艶な笑みを浮かべ


「ですが教授、その『悪魔わたしの研究』に賛同なされたのは他でもない貴方ではないですか。ご自身が常に正義で正しいとでもお思いなのですか?」


その見下ろすように吐かれた静の言葉に吉井教授は返す言葉もなく黙ってしまう。さらに静は吉井教授に畳み掛ける。


「貴方の中では今でも戦っておられるのでしょう?『倫理』と『好奇心』が」


「…けどね、静君」


と話し出そうとする吉井教授の言葉に被せるように静は話し出す。


「ええ、もういいです。わかりました。教授がそうおっしゃるのなら私がこの世界の生命を救って見せます。不自然な存在が生み出す不自然の極みをご覧に入れて差し上げますわ」


そう言って静は再び高笑いをすると『遥、機材かりるわよ』と謁見室の裏口から出て機材室の方へと行ってしまった。


「…母さん行っちゃったね」


結弦ゆづるがポツリと呟く。

吉井教授は苦笑まじりに溜め息をつくと


「遥。これで良かったのかい?」


「ありがとうございます。感謝します、吉井様」


その様子には吉井教授が静の行動に反対する様子はない。むしろ予定通り的な雰囲気すらある。それを不思議に思った結月ゆづきは吉井教授に質問をする。


「教授、貴方は私たちがこの時代の世界に干渉することに反対していたのではないのですか?」


すると吉井教授は微笑みながら答える。


「そうだね、反対だよ。しかし人の答えは100%のYESか100%のNOというワケでもないのだよ。それに頭と心で真逆の答えを出す事もあるのが『人』ってものでしょう?」


遥か遠い昔。祐樹が他界してから静が始めた研究は、人の記憶や心までも数値化してしまう、正に『悪魔の研究』と言える恐ろしいものだった。勿論、吉井教授は反対した。

だがその研究『ゲノム完全解析による記憶転写クローン』は教授の中の倫理と好奇心の狭間で揺れ動く。

そして『再生医療の発展』という大義名分を表に掲げ、結局は静の研究に賛同して共に研究をしたのだ。


「今回の件もね、君たちが目覚めたという事を知った時点でもう私の方針は決まっていたんだよ」


と吉井教授は笑う。


「じゃあなぜ母さんにあんな言い方したんですか?」


なのに教授はあんな『静に言い負かされた』風をワザと装ったのだ。すると吉井教授はさらに大笑いし


「あっはっは!そうだね、君たちには不思議に映ったかもしれないね。でもね、私はあんな風にして彼女を焚き付けて軌道修正しながら研究を続けてきたんだよ、四十年以上もね」


それにああした方が彼女は研究に熱意と情熱を注いでくれるんだよ、と教授は肩をすくめる。


「ふふっ、静君。やはり君は真島静だ、何も変わっちゃいないね」


そう笑って席を立ち『じゃあ私も彼女を手伝ってくるよ』と機材室のほうへ行ってしまった。

結弦がまたしてもポツリと呟く


「…大人って難しいね」


「…あれは大人なんじゃなくて母さんが子供なんじゃない?」


そんな二人の冷めた紅茶をエンが新しいものに替え、主人のいなくなったカップを下げる。

そして遥は、実体のない幻影のカップを持ち上げて紅茶を飲む仕草を見せると



「では結月様に結弦様、旅のお話などお聞かせ願えないでしょうか」



と、微笑んだ。







と、上手いこと乗せられた静なのでした。

天邪鬼あまのじゃくなところのある静。『神』と呼ばれる存在はいつの世でもワガママですね。日本の神も古代ローマの神も、調べてみると『あんたサイテーだな』って神様、結構いたりします。







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