第114話 『少年教皇・ミーツォ』
イミグラの中央教会へ連行された静たちは、その身を清めた上で新しい衣服に着替えさせられ、後ろ手に縛られて腰縄という『罪人スタイル』で謁見の間の前まで通された。
「あなたたちが如何なる罪を犯したのか私は存じません。ですがミーツォ様の御心で寛大な処分が下ることと思われます。失礼のないよう願います」
神官は静たちにそう言うと扉を守る騎士に『手配の者を連行してまいりました。教皇様に御目通りを』と告げ、静たちは神官と騎士二人に連行されながら『謁見の間』へと通される。
磨き上げられた石で作られた『謁見の間』。円形のホール状のその部屋の中央には、年齢とは似つかわしくもない格好の少年が立っていた。
「ようこそお戻りくださいました。お初にお目にかかります。私が教皇を務めます『ミーツォ』と申します」
そう言うと教皇の少年・ミーツォは感慨深げに静たちを見る。そして神官と騎士たちに言う
「あなたたちは席を外しなさい。私は彼女らに話があります」
その言葉に騎士たちもうろたえる。
「いやしかしこの者たちは罪人として連行しております。いくらなんでも危険なのでは…!?」
「大丈夫ですよ。後ろ手に腰縄、彼女らに何ができるというのです」
ミーツォは静かに優しく、だが逆らえない力をもって『さがりなさい』と彼らに言う。騎士たちも神官も『ハッ、失礼します!』と言って退室して行き、謁見の間には静たちと教皇ミーツォだけが残った。
重厚なローブに身を包み、黒髪で切れ長の瞳を持つ少年教皇・ミーツォ。その印象は中学校に上がりたての少年がブカブカの学ランを羽織っている、そんな感じだ。
「さて、あらためて貴女がたに伺いたい事があります。なぜハルカ様にあのような事を?」
ここでの話は絶対に外へは漏れません、遠慮は不要ですよ。とミーツォは微笑む。
「そう。遠慮はいらないのね」
静はそう言うと自身を拘束してあった手縄と腰縄をいとも簡単に引きちぎった。それに習い、結月と結弦、遠も拘束を解く。
だがその驚愕すべき光景を見てもミーツォに動じる様子もない。なるほど、その歳で教皇を務めているというのは伊達ではないようだ。
「この拘束、ちょっと窮屈だったの。外してもいいかしら?」
「…母さん、順番が逆だよ」
結弦が静に的確なツッコミを入れる。その光景をミーツォは優しい笑顔で眺め、『かまいませんよ』と微笑む。
「ではあらためて。なぜハルカ様にあのような事を?」
それを聞かれ、静は腕を組み『う〜ん…』と考えると
「ごめんなさい。あなたともゆっくり話をしてみたいんだけど、今回は遥に話があって来たの。遥、聞いてるんでしょ、出てきてくれない?」
すると遥はミーツォの横に姿を現わす。
「遥、この前はごめんね。あの人の身の安全を最優先にしたかったの。で、あらためて貴女と話をしたいんだけど…」
と静はミーツォを見る。
「ごめんなさい、あまりあなたに聞かれたくない話がしたいの。少しの間だけ席を外してもらえないかしら?」
なにせこれから話す事には『人類の終焉』に関わる事だ、『この時代の人間』に聞かれてよい話ではない。だが
「ねえ遥。僕、席を外したほうがいい?」
「何を仰るのですかミーツォ様。あなたが静様に話があると仰るから騎士たちに頼んで連れ帰ってもらったのですよ。席を外されては困ります」
と的外れな会話をする二人。それには静も思わず
「ちょっと遥、あなた何考えてるの!?聞かれて良いワケがないじゃない!だいたい…」
『こんな子供を教皇に据えて』と続けようとした静の言葉に被せるようにミーツォは話し出す。
「そっか、彼はあの奥地の岩山に隠してきたんだ。ちゃんとナイフは持たせてあげた?」
ミーツォが発したその言葉の意味を理解した静は、驚愕の表情を浮かべて首が捻じ切れんばかりの勢いでミーツォを見返る。
今、この少年はなんと言った!?なぜ私が祐樹にナイフを渡した事を知っている!?
永に託したあの『祐樹のナイフ』、あれはあらかじめ用意していた物ではない。あの場で遠に頼んで作ってもらった物だ。それまでに誰にもその存在を知られる事はない。
そして遥は永と遠との接続も遮断されている。他者があの場を覗き見る事も不可能だ。
なのにこの教皇の少年・ミーツォはあの岩山に残してきた祐樹にナイフを渡した事を知っている。という事はこの中に『内通者』がいるのか!?誰!?と静は三人を見る。
だが三人とも驚きの表情で首を横に降るだけだ。
その不気味な状況に静は再びミーツォを見返る。
とその時、猛烈な既視感に囚われる。
何故だ、誰だ!?私はこの少年に会ったことはない、だけどこの眼を知っている!?…一体なぜ!?いつ、どこで…!?
必死に自身の記憶を探る静。その記憶の検索が答えに辿り着いた時、静は自身の勘違いに気づき、目を見開いて息を呑む。
「そ、そんな…」
そして驚愕の表情で崩折れ、膝立ちになる。ミーツォは自身と目線の高さの合った静にニコリと微笑むと、こう言った。
「だって私が言ったんじゃないか。彼はナイフ一本あればアフリカの砂漠のど真ん中でも平気だ、ってさ」
静は目を見開いたまま首を横に振り、その震える両の手で口を押さえて呻くように呟く。
「…吉井…教授…!!」
「やあ、中村さん。お久しぶり」
少年教皇ミーツォ。その実は静の恩師でもあり共同研究者でもあった帝関大学教授・吉井三津夫、その人だった。
恩師でもあり共同研究者でもあった吉井教授。
『静の知らない静』は彼のデータも解析して残していました。
そこに深い意味はなく、まあ他で例えるのなら相撲のテッポウ稽古に使う『柱』のような存在が欲しかった、そんな感じでしょうか。
彼女の人生の中心は祐樹でした。ですが吉井教授の今際の際に際した時、自身の『研究者』としての軸がそこにあった事に気がつき、彼のデータも解析して残そうと思ったようです。