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らせんのきおく  作者: よへち
静編
112/205

第112話 『エピソード0』



「うん、ここなら大丈夫ね」


再びあの樹海の奥の岩山を訪れたしずたち。

中腹まで来ると、以前と同じようにエンに頼んでトンネルと石室を作ってもらう。


イミグラで待っていた結弦ゆづるはともかく、立て続けに二度もここへ来た結月ゆづきはもうヘトヘトだった。

だがそれももうお終いだ。ここで三百年、父が眠りから覚めるその時まで自分たちも眠りに就く。結月は地べたに尻餅をついて座り、『はぁ〜〜…』と深い溜め息をつく。

が、次に母の発した言葉に結月は我が耳を疑う。


「じゃあさ、遠。ここに寝台を一つ作ってくれるかしら」


ひ、一つ!?なんで!?まさか!?結月はまた嫌な予感に顔を青ざめさせ、母を見る。


「ねぇ母さん。なんとなく察したんだけど…」


「ええそうよ。戻るわよ、イミグラに」


結月、思わず空の見えない石室の中で仰向けになり、天を仰ぐ。


「何言ってんのよ。そもそもここに来たのは祐樹の完全な安全を確保するためじゃない」


遥がどんな考えを持っているかわからない以上、眠って抵抗出来ない祐樹をその遥の手の届く場所に寝かせるわけにはいかない。だからここまで来たのだ。


「え〜…そうだけどさ、私たちもここで寝ちゃダメなの?」


「じゃあ結月、あなた遥との事ほったらかしにして眠りに就けるの?」


結月はそのつもりで『逃げてきた』つもりだったのだが、たしかにそう言われると、これを先送りにしたところで三百年後にやり直すだけだ。


「この前は祐樹の安全を最優先にしたかったから乱暴で問答無用な手段をとったの。でも今度はみんな我が身くらい守れるでしょ?遥としっかり『話し合い』するわよ」


母の『話し合い』ほど恐ろしいモノはない。まあそれは置いておくとして、それを終えて何らかの解決を見たらまた父の眠るここへ戻らなければいけない。

それはそれで大変だよね、と結月は気を重くするのだが


「ん?私たちはここへは戻らないわよ」


なんと母が言うには父・祐樹はここで眠らせ、自分たちは別の場所で眠りにつくという。その言葉に動揺する結弦と結月に静は『ちょっと考えてる事があるの』とイタズラっぽく笑う。


「とその前に遠にお願い、コアの分割に使った例のあの石、2kgくらい採ってきてもらえないかしら」


『例のあの石』、高純度・高圧縮で高度10を超える六方晶系炭素結晶、この地球上では『ロンズデーライト』と呼ばれる物質だ。

遠は『かしこまりました』というと、いつぞやのように地面に溶けるように消え、そしてしばらくの後に再び姿を現わす。


「こちらになります。いかがなさいますか?」


「うん、ありがと。じゃあさ、それで一振りの刀とナイフ、作ってもらえないかしら」


すると遠のその手のモノは二つに分かれ、片や黒光りする刀身の刀、片や黒光りするナイフに変貌を遂げる。


「うん!いいね」


その刀のほうを受け取り、満足げに眺める静。


「こちらはいかがなさいますか?」


静はそのナイフを受け取ると、祐樹に向かい


「ごめん、エイ、出て来れる?」


するとそれを横で聞いていた遠は、その姿を永に変える。


「いかがなさいました?」


「あれ?あなた『永』なの?」


「はい。我々のコアは分割されましたがリンクで繋がっておりますので」


物質的な身体は外部デバイスのようなモノで、コアの情報を相互に入れ替えるのはそう難しい事ではないらしい。なんともユビキタスな。


「じゃあ永、このナイフは三百年後に祐樹が目覚めたら渡してあげて。それから」


と静が取り出したのは一着の衣類。


「これ。祐樹のサイズに合わせて作ってあるからね。これも渡してあげて」


それは黒のファンタジー服。

一度目にここへ訪れた際に余分めに採掘してあった石を、永遠トワが繊維状に加工して静が随所に織り込んで作った服。


この世界のいかなる危険をも通さない『最強の服』


この旅の合間に静がコツコツと制作していたのだ。

ファンタジーな世界に変貌してしまったこの地球に相応ふさしい黒のファンタジー服、祐樹にも良く似合うはずよ。と静は微笑む。


「硬度10を越える服にナイフ、それに永がいれば万が一にも危険はないでしょ?だから永、祐樹が目覚めたら私の元まで『冒険』させてあげて」


「かしこまりました」


そう答えた永を見て、静は少し考える仕草を見せる。


「…あんな巨大な月が浮かぶ世界で獣人やエルフもいるのに、目覚めた祐樹が一番最初に見る『エイ』がそんな姿だったらなんだか面白くないわよね」


最初は静のリクエストで『女性秘書官』の姿をしていた永。しかし旅に出るにあたってその格好で街を歩くのは違和感がある、という理由で今は給仕服姿、ようは『メイド服』姿になっている。

それはそれで面白そうなのだが、静には少し面白さが足りないらしい。


「ねえあなたたち、何かいいアイデアない?」


刀を持って助太刀してくれる強い人がいいわよね、と話を姉弟に振る。


「…石川五右衛門?」


ふっと湧いたイメージが、そのまま結月の口からポロっと漏れた。


「あっ!いいわね、それ。いただきよ!永、わかる?」


何某なにがし三世の友達の方よ、となかなかにわかりにくい言い方をした静だったが、永のデータベースに存在したようで永はその姿を『石川五右衛門』に変化させる。


「これでようござるか?」


だがその姿を見て静と結月は顔を見合わせる。それは確かに『石川五右衛門』だったのだが、実際に見たその姿の永と祐樹の二人組をイメージしてもあまりしっくり来なかったのだ。


「う〜ん、なんかちょっと違う感があるわね。そのままのイメージで女性になれる?」


すると永は、その『石川五右衛門』のイメージのまま、性別を女性へと変化させる。これはなかなかの美人侍の誕生だ。今の若返った祐樹に組み合わせてもお似合いの二人組だ。


「これでよろしゅうございますか?」


結月は『おお〜…』と感嘆の声を上げる。しかし静は首を横に振る。


「ダメ。そんなの祐樹と似合いすぎ」


彼の横は私の場所なのよ、とこれまた理不尽な嫉妬が理由で却下される。すると永は少し考え


「ではこれでは…」


と、みるみる歳を経て行く永。


「どうじゃろか?」


今度ばかりは静も感嘆の声を上げる。程よく歳を経た、スラッとした中年女性。シンプルで無地だったはかま長着ながきにも柄が入り、鎖骨が見えるまで着崩された胸元にはサラシが巻かれている。

そして腰に差された一本刀。これが浪人感、というか遊び人感を高めていた。それはかなり静のツボに入ったようで


「いい!すごくいい!あなた最高よ、永!」


と大絶賛。


「ではユーキ殿が目覚めたら、これで出迎えさせてもらおうかの」


その口調まで対応させた変身ぶりに静も大満足だった。が、そこで思い出す。それに浮かれている場合ではない、静は大事な話をまだ永にしていなかったのだ。


「あ、そうそう、永。私から一つ大事な約束、と言うかお願いがあるの」


すると静は今までの笑顔から一転、真剣な表情を浮かべ


「どんな事があろうと、いかなる場合でも、祐樹には人を殺させないで。これは『絶対に』よ」


「うむ、お任せくだされ」


本当は貴女あなたにも人はあやめてはもらいたくないんだけどね、と静は念を押す。


「ではユーキ殿が起きられたら静様やご子息の事を告げて、連れ立ってそちらへ合流するとしようかの」


と、永のその言葉に静はもう一つ意地の悪い笑顔を浮かべ


「あ、それは黙ってて。私たちの事は伏せて祐樹を私の元へ連れてきてもらえる?」


その言葉に永は少し顔をしかめる。


「のう静様。それは構わんのじゃが、それでは少しユーキ殿がかわいそうではないかの?」


『死の記憶』から目覚めたらこんな地球かどこかもわからない場所で、家族との再会も絶望的。となれば祐樹自ら『死』を選びかねない、再びの。


「そうね。きっと『殺してくれ』なんていうんじゃないかな、この人。でもね永、そこは貴女あなたの腕の見せ所じゃない?」


すると永、快活に笑い


「はっはっは!参りましたな。では善処いたしましょうぞ」


「ありがとう。じゃあ祐樹の事、くれぐれもよろしくね」


永はニコリと笑うと一礼し、その姿を遠に戻す。どうやら祐樹の中のコアの方へ戻ったようだ。

静は眠る祐樹のそばに屈むと愛おしそうにその手を取る。


「じゃあね、祐樹。私に会いにきてね。待ってるわ」


そう言うと祐樹に口づけをし、名残惜しそうに祐樹の顔を一撫ですると立ち上がる。



「うん、いいわ。私たちは私たちのすべき事、しに行くわよ」






エイにナイフ一本を託して祐樹をこんなところに放り出す静。

それは祐樹の友人であり静の恩師でもある、この夫婦の仲人なこうどでもあったあの人の言葉


『祐樹、お前はナイフ一本あればアフリカの砂漠ど真ん中でも大丈夫だもんな』


から来る無茶振りです。第100話でも書きましたが。

ホントにそんなコトしちゃって、あの人はどう思うのでしょうね。





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