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らせんのきおく  作者: よへち
静編
107/205

第107話 『帰還』


「ここはこんな感じ…かな?」


木を削り、他の材料と組み合わせて『弦楽器』を作る少年・結弦ユヅル

あらかた形は組み上がり、あとは弦を張るだけだ。


「なかなか良い仕上がりですね」


「まだいい音が鳴るかは弦を張ってみなきゃわかんないんだけどね」


イミグラの中心にそびえ立つ塔・中央教会。その先端部のメインルーム、父の眠る部屋へ道具と材料を持ち込んだ結弦。

最初は家で作業していたのだが、次第に作業にかかる時間が長くなり、ならばと父の寝所へ持ち込んだのだ。

無論、結弦に楽器製作の知識などない。しかし経験があった。小学六年の時、夏休みの自由課題で『カンカラ三線』の製作キットを買い、作ったのだ。

それに比べると一から作るのは難易度も高かったのだが、時間だけは過分にある、試行錯誤の末にそれが形になったのは静達がイミグラを出て、結弦がカノンとの出会いと別れを経てから150日も過ぎようとする頃だった。

鼻歌交じりに組み上げた楽器を眺める結弦。


「そうだハルカ、君は歌えたりするの?」


「ええ、可能ですよ。私には歌と音楽を奏でるプログラムならびにデータが存在します」


「そっか。なら君に歌ってもらうのも面白いかもね」


と、結弦はふと考える。人工音声マシンボイスに歌ってもらう…ん、それはボカロ?さすがにこれはナシだよね、と独り苦笑を漏らす。

ともあれ後の工程は弦を張って調整するのみ。切りがいいので今日はここまでにして、一旦道具類を片付けると結弦は眠る父の元へ。


「父さん。そろそろ母さん達も帰ってくる頃かな?父さんが目覚めたら話したい事いっぱいあるんだよ」


あ、でもせっかくだからこの楽器で音楽も披露したいな。それまでに間に合うかな?と父・祐樹に話しかけ、結弦は微笑む。


翌日にはその楽器に弦を張り、ギターと同じ様に調律、フレットは無いもののコードくらいは弾けるように仕上げた。結弦のこういう小器用な所は父親譲りのようだ。

そんな父、眠り続ける祐樹は外的な影響で目を覚ますことは無い。とは言うものの眠りにつく父の横で楽器を鳴らすというのも少々はばかられた。なのである程度練習をしてコツを掴んだら外の広場で練習することにした。


「おや、ぼっちゃん。あんたも吟遊詩人だったのかい?」


広場で練習している結弦に声をかけてきたのはいつも肉を買いに行く商店の主人の奥さんだ。


「あ、いえ、吟遊詩人というワケではないのですが、まあ何曲か歌を知ってますので歌ってみようかと思って練習中です」


「そうかい。なら一曲歌っておくれよ」


という奥さんのリクエストもあり、結弦はとりあえず今練習している曲を歌ってみた。


「ほう、やるもんだねぇ!」


と拍手をくれる奥さん。広場にいた他の人たちからも拍手をもらう。が、まばらだ。『楽器を演奏して歌う人』の物珍しさから貰った拍手のようだ。


「まああまり歌には自信がないもので…」


と苦笑する結弦に奥さんは


「ははっ、だろうね。そんな歌声だったよ。まあでもたくさん歌やぁ自信もついて良い歌人うたびとになれんじゃないの」


そう言って奥さんは笑い、結弦の肩を『ポンっ』とたたくとパンを一つ置いて市場のほうへ戻っていった。

そして広場の幾人かが結弦のほうへ来て『あれっ?黒石は?』とキョロキョロしている。


「あ、すみません、練習で弾いていただけなのでお代はいりません」


と結弦は慌てて辞退をする。


「そうなの?良かったわよ。また聴かせてね」


こうやって辞退を繰り返しているうちに、その結弦の歌はカノンの歌のように熱狂される事はないものの、次第にこの広場の人たちにBGMとして受け入れられるようになった。


そうやって流れる変わりのない平穏な日々。変わった事といえば、結弦がいつも行く肉屋の主人が風邪のような症状で倒れ、あの奥さんが店主をしている事くらいのものだ。その時の奥さんの話では


「まあでも大丈夫さ!あの人も教皇様に診てもらえたんだからね」


教皇様?察するに遥の事ではないようだが。その事を奥さんに聞くと


「なんだい、あんた知らないのかい?教皇・ミーツォ様だよ」


そっか、最近引っ越してきてたもんね、と奥さんが話してくれた『教皇・ミーツォ様』

今から七〜八年前、遥様より天啓を受けたという子供が現れて『私が遥様に言葉を届け、天啓を賜ります』と言って教皇に就任したという。


「そうだね、あんたと同い年くらいじゃないかな、教皇様は」


就任した時はホント可愛らしい子供だったんだよ、と奥さんは言う。

そんな幼い身なりにもかかわらず、その手腕は凄いらしい。

今ある教会騎士団を編成したのもその教皇ミーツォ様で、神官達に指示をして治安維持や市場の整備をしたり、今では体調の悪い者には謁見室で診療のようなものをも施しており、とかく多忙な毎日を送っているそうだ。


「あんたの歌、教皇様に届いてあのお方を癒してあげられたらいいのにね」


「あはは。そんないいものじゃありませんよ」


いつも裏口から教会へ入っていた結弦、そのせいか教皇様の姿を見た事もないし話も聞いたことがなかった。

とても多忙そうなので『見てみたい』という理由で謁見なんて絶対に出来ないしなぁ、なんて考えていると


「ああ、ミーツォ様を一目見てみたいのかい?だったらハルカ様の天啓を下賜かしして下さる時に皆の前に出てこられるよ」


じゃあその時に目にかからせてもらうようにします、そう言って肉を片手に結弦は店を立ち去ったのだった。


そんなある日の事。

いつもの様に眠る父に面会し、昼下がりに広場で楽器を鳴らす。そんな結弦に声をかける人物が。


「あら上手じゃない。なかなかやるものね」


「結弦、あんた何やってんのよ」


「ただいま戻りました、結弦」


そこに現れたのは、たくましい旅装に身を包んだ三人。結弦は満面の笑みで彼女らを迎え入れる。



「おかえりなさい、母さん。ヅキ姉。永遠」



彼女らがイミグラを出て約半年、目的を果たした彼女らはついに戻ってきたのだ。








まあ本編とは全く関係ないのですが、youtubeに『鳥獣戯画ジム』という映像作品があります。

旅を経て帰ってきた静たち三人は、鳥獣戯画ジムを経てムキムキになった三人のようにたくましい姿で帰還したんだろうなぁと勝手に想像してます。





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