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らせんのきおく  作者: よへち
静編
105/205

第105話 『自切』



「ねえ結月ユヅキ。私、この街の人たちをあまり好きになれそうにないわ」


部屋に戻ったシズ達。静は溜め息まじりに呟く。


「だって生贄いけにえだってわかっててやってるのよ、そんなの高層ビルの上から突き落としているのと同じじゃない。なのに彼らは平然と言うのよ『殺したのは俺たちじゃない。地面にぶつかって死んだ、殺したのは地面だ』って」


母の言っていることはよくわかる。だが


「でもさ母さん。確かにそうなんだけど、みんながみんな母さんみたいに強いワケじゃないんだよ。あんまり責めるのも酷じゃない?」


昔の事は詳しく聞いていないが、もしかしたら過去に『海人様』に挑んだ人もいたのかもしれないし、その上でこの形に落ち着いたのかもしれない。


「それでもよ」


だってジェイクなんてその現場を二回も見てるのよ?と静は憤慨する。


「母さんってば『強すぎて』そういう部分が麻痺してるんだよ」


やっぱみんな死にたくはないもん、良くない事だろうけどこの街の『因習』にならった彼らをあたしは責められないな、と結月は彼らをフォローする。と珍しく永遠トワもそこへ口を挟む。


「静様、私の持つデータによりますと生物は自らの身を切り捨ててそれを敵に捕食させ、その間に逃げる、とあります。これもそういうモノなのではないでしょうか?」


「あのね永遠、それは『自切じせつ』って言ってトカゲとかナマコがする行動なのよ。それとこれとは…」


と、静は黙り込んでしまう。


「…そっか。『自切』なんだ」


それが『個』の細胞の集まりであるか、『個』の命の集まりであるか。

『街』という一つの群体、それがその身を守る為に行われる『海人様の花嫁』という名の『自切』。悪意のない必要最小限の切り捨て。


「それでも…だとしても、私は容認なんてできないわ」


---


翌日。

静達がジェイクの元へ赴くと既に準備は成されていた。多くの漁師達がモリを掲げ、勇ましい姿で静達の到着を待っていたのだ。


「ねえ、『花嫁の輿入れ』ってそんな物々しい姿で同行するものなの?」


するとジェイクは苦笑し


「いえ。今回、皆で覚悟を決めました。我々カンドの漁師20余名は、海人様、いやあのバケモノと討ち違えて帰れずとも、この因習を断ち切る所存です」


ジェイクがそう言うと、海の男達は銛を頭上に掲げ『ウォー!』と一斉に応える。


「ふーん、そう」


と冷たく答えた静だったが、その表情は複雑だ。彼らとて好きで少女を捧げ続けてきたわけではない。それは静も昨夜の結月との話で気づかされた。

だからといって『生贄を捧げた過去』を容認は出来ないし、じゃあどうすればよかったのかと結月に問われると答えに詰まり、静は己の無策さと不甲斐なさを思い知らされた。

なので静はついキツい言葉を返してしまう。


「そんな事で過去の罪は軽くなったりしないし、捧げられて死んだ少女達も戻らないわよ」


言うならばこれは『八つ当たり』だ。だがジェイクはそれを真面目に受け止める。


「それはシズさんに言われずともわかってます。皆、悪いとは思いつつ因習に従ってました。ですが今回、ようやく目が覚めました」


「ふんっ。遅いわよ、そんなの」


と静は言うが、その口元は昨夜ほど硬くはなかった。

そして静も準備を始める。『花嫁衣装』に着替えるのだ。用意されていたその衣装は、純白の…巫女装束?


「毎回、そちらの装束で『輿入れ』をしてもらっております」


普段の格好で行って海人様そのバケモノが現れなかったらそれはそれで面倒よね、と、おとなしくそれに習い静は着替える。だが


「これ『花嫁衣装』って言うより『死装束しにしょうぞく』よね」


静は皮肉を込めて苦笑する。だがそれは紛れもなく『死装束』だったのだ、過去に捧げられた少女達の。


純白の巫女装束、さかきの葉の髪飾り、そして腰には急遽きゅうきょ永遠トワに作らせた『白鞘の刀』。これで全て準備は整った。

『船団』は静達を乗せると沖合に浮かぶ『海人様の島』へと舳先を向け、港を出港する。


「ねえ母さん、彼らヤル気満々だけど…」


むしろ邪魔じゃない?と結月は心配する。はっきり言って母が出れば一人で問題ないだろうし、むしろ足を引っ張られてしまいそうな気もする。


「いいんじゃない?見せてもらうわよ、彼らの覚悟」


順風と天候に恵まれた海で、船団は程なく島の付近に到着する。


「ではシズさん、我々も準備が整いました。こちらの小舟であの島へ向かって下さい、途中でヤツは現れますので」


漁師達はその小舟の航路を取り囲むように散開している。静が小舟に乗るとジェイクは曳航していたロープを解いた。すると小舟は潮の流れに乗り、島の方へと進んで行く。


見た所、海は波もなく一面穏やかだ。時折、魚が跳ねるのが見える程度でバケモノとやらが潜んでいる気配もない。

と、その時、小舟の後ろあたりに巨大な『背』のようなモノが姿を現わす!


「いたっ!ヤツだ!」


若い漁師が猛烈な勢いで船で切り込んできて銛を投擲する。それを皮切りに漁師達が次々と切り込んで来る。だがヤツには潜られたようだ、姿は見えない。


再び海には静寂が戻る。


その不気味な静寂の中、静は意識を集中し、その気配を探る…と下の方、小舟の直下に強大な気配を感知!静は一番近くにいた漁船に跳び移る。


その刹那、小舟の下から現れたワニにも似たその巨大な『あご』が小舟を噛み砕く!そのまま飲み込んでしまった。


「くっ、ワニにしちゃ大きすぎるわね」


顎だけで4mはあろうという巨体だ。それにそもそもワニは海にはあまり住まない。と潜っていたヤツは他の漁船に襲いかからんと海面上に跳び上がり、その全貌を明らかにする!


その全長は25mくらいだろうか、ここにいるどの漁船よりも大きい!

その姿、ワニのような顔にワニのような身体。違うのはその巨大な体、短い尾、そして手足の代わりに付いている長い『ヒレ』


ハルカ…あんた何てモノまでつくってんのよ!?」


今の地球に住まう者達、それを創造したハルカ、その遥を生み出した静達と同じ古代人類、それらがこの地球に現れるはるか昔にこの地球に存在した『大型爬虫類』

その時代『ジュラ紀』の海の食物連鎖の頂点に君臨したコイツは


「たしか…リオプレウロドン?」


海上に、海中にと暴れまわる海竜リオプレウロドン。漁師達は巧みに操帆して銛を投擲し、魔法を浴びせては離れ、なかなかの善戦を強いているように見える。

だが硬い皮に阻まれ、あまり効いていないようだ。その時、海面に顔を出した海竜は大きく口を開き、咆哮とともにその口から炎を吐く!


「げっ、コイツ『魔獣』なの!?」


それに怯んだ一隻の漁船が操帆を誤り、転覆して一人の漁師が海へ投げ出される。そこへ襲いかかる海竜!


「あ、ダメ!危ないっ!」


と海面を走ってきた人物が彼を拾い上げ、とっさに隣の漁船へ跳び移る。結月だ。


「母さん!もう様子見はいいでしょ!?」


早くやっちゃってよ!?と結月は叫ぶ。


「別に様子見してたワケじゃないんだけど…」


と静は言うが、様子見していたのだ。彼ら『カンドの漁師達の覚悟』を。


「じゃあ私は私の『お仕事』、しますか」


静は漁船の舳先に立ち、暴れまわる海竜を見据える。


「あなた、多分言葉を持たない『魔獣』よね?あなたにも『悪意』がないのはわかってる。でもごめん、死んでもらうね」


そう言うと刀を抜き、構えると舳先から海へ飛び降りる。

そしてそのまま神速の速さで海面上を駆ける白い巫女装束の静。

それに気づいた海竜はその顎を大きく開く。静をもうとしたのか炎を吐こうとしたのか。


だがその顎は二度と閉じられる事はなかった。それの横をすれ違った静が向かいの漁船に乗り移り、その刀の血糊を払って鞘に納める。するとそれの顎から上はズルリと海に滑り落ち、大きな波しぶきをあげた。


一面赤く染まる海。その血の匂いを嗅ぎつけ、死体に群がるサメや魚達。

それの最期を眺め、静は船の舳先に静かにたたずむ。


やがて海には何事もなかったかのような元の静寂が戻る。


その光景に漁師達は皆、カンドの街の因習が断ち切られたことを悟る。だがそのあまりにもの呆気なさに、誰一人、歓声を上げることもなかった。


港へ戻った静と漁師達。カンドの街のほぼ全員が彼らの帰りを待っていた。

今回、『海人様』を討つというのはどうやら周知の事実になっていたようだ。

さほどの損傷もなく、誰一人欠ける事もなく港へ戻った一同を見て怪訝な表情を見せる老人達。

そんな彼らに船を降りた静が『終わったわよ』と一言だけ告げ、静はそのままそそくさと着替えると、住民達の大歓声を気に留める事もなくサブリナの宿へ戻ってしまった。


「母さん、お疲れ様。ちょっと怒ってる?」


「ううん、怒ってるわけじゃないんだけどね」


やっぱり何かを殺しに出向く、ってのはあまり気持ちの良いものじゃないわね。と静は苦笑する。


「でも今までも散々魔獣達を撃退してきたじゃない?」


「それとこれとは違うわよ」


売られたケンカを買うのとこっちからケンカを売るのとは違うでしょ、と静は言う。


「でも仕方がないじゃん、そんなの」


「ええそうよ、『仕方がない』のよ」


でもね、その『仕方がない』と、この街の生贄を捧げる事が『仕方がない』ってのは同じモノなのよ、と静は溜め息をつく。

どちらも他に方法があったかもしれないのに、『仕方ない』という言葉でその選択肢を捨ててしまっていたような、そんな感覚に陥り、静はまた考え込んでしまう。

すると港に戻って早々に部屋に閉じこもった静を心配して、リーゼが静達の元を訪問しに来た。


「でもさ、母さん。そのおかげでこうやってリーゼの命も救われたんだし、もうシンプルに『これで良かった』って思っちゃっていいんじゃない?」



静は心配げな瞳で自身を見上げるリーゼの頭を優しく撫でると『そうね』と呟き、優しく微笑んだ。







『大型爬虫類』

まあ恐竜の事ですが、そもそも爬虫類には大声で吠えたり鳴いたりするモノは少ないですよね。ワニは鳴くようですが。

某・有名恐竜映画では恐竜は吠えまくってますが、実際はどうだったのでしょう。恐竜は鳥類へと進化したようなので案外可愛く鳴いていたのかもしれませんね。




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