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らせんのきおく  作者: よへち
静編
104/205

第104話 『母さんは皮肉家さん』



「じゃあまた明日朝、ここに来るわね」


そう言ってジェイクの家を後にするシズ。港を見ると乗る予定だった船が出航するところだった。


「ま、仕方ないわよね」


静は笑う。と結月ユヅキ永遠トワも『尾行者』の存在に気付く。


「リーゼ、もう帰ってもいいのよ」


静がそう言うと背後の物陰から少女が出てきた。


「あの…」


さとだ。自分が助かって嬉しいはずなのに、それがただ『静の死』に置き換わっただけで、決して喜んでいい事ではないことを理解しているのだ。

少女の命を犠牲にして安穏と暮らしているこの街の連中はこのを見習うべきよね、と静は憤慨する。


「じゃあリーゼお願い、私達は食事を採れる所と泊まる所を探してるの。どこかいい所ないかしら?」


「え…あ、はい、わかりました。私が給仕の仕事をさせてもらっている店でよかったら案内します」


そうして案内された店は、漁師の妻が切り盛りする『漁師宿』だった。


「あらリーゼ、どうしたの?もう仕事はしてもらわなくてもいいって言ったはずだけど…」


「それが…サブリナさん、明日からも雇ってもらえますか?」


「へっ?」


リーゼは先ほどまでの出来事をサブリナに説明する。


「そうかい。そりゃもちろん大歓迎さ。あんたみたいに気の利くがいてくれたらあたしゃ大助かりだけどさ」


とサブリナは静を見る。


「あんた、見たところ旅の人みたいだけど『海人様の花嫁』って何の事だかわかってんのかい?」


「ええ、さっき漁長のジェイクから聞いたわ」


するとサブリナはうなだれて目を瞑り、首を横に振る。


「あんた、なんだってそんな…」


「いいわよ。たかだか旅人が一人、消えようが死のうがあなた達『この街の大人』には関係ないでしょ?」


その皮肉の効いた静の言葉に、サブリナは顔を上げることが出来ない。


「ねえサブリナ、私達食事の採れる所と宿を探してるの。ここ空いてるかしら?」


「え、ああ、もちろんだよ。座っておくれ、今、料理を出すよ」


リーゼは『シズさんすいません、失礼します』と言うと『サブリナさん、手伝います』と言って奥へ入っていった。


「あんなに犠牲を強いるなんて…まあ誰であれ犠牲になんかしちゃいけないけどね」


と苦笑しながら憤慨する静。


「でもさ母さん。始めから『海人様』がバケモノか何かって気づいてたの?」


「ううん、そんなの知らないわよ。まあ迷信か何かのたぐいだろうとは思ってたけどね」


小舟で島へ流されたくらいじゃ私は死なないわよ、と静は笑う。


「まあ何にせよここは『地球』よ。『この世にらざるモノ』なんて存在しないわ」


私に斬れないモノなどない、と静は豪語する。

まあそれに関しては結月も同意だった。


「お待たせしました、シズさん。それに…」


リーゼに二人を紹介していなかったことを思い出し、静はあらためて結月と永遠を紹介する。

出された料理はいずれも魚料理だった。マイルで食べたレインの料理には劣るものの、新鮮な魚介類を使ったその料理に静達もご満悦だ。


そのままサブリナの宿に泊まることにした静達。夜になって静達の元へ来訪者が現れた。


「シズさん、ジェイクです。他にも数名います。食堂で少しお話よろしいでしょうか?」


「ええ、いいわ。すぐに行く」


静達が食堂へ赴くと、そこにはジェイクの他にサブリナとその亭主の漁師、そして数人の老人達がいた。

老人達は静の姿を見ると『こんな若い娘が…?』だとか『逆に海人様を怒らせてしまうのでは』だの、どうやらジェイクが老人達に静が海人様を討つ事を相談したようだった。

その遠巻きにボソボソ言う男達の様子に、静の口からも皮肉の効いた悪言が溢れる。


「ねえあなた達、それでも本当に元は『海の男』だったの?股間のイチモツは魚に食べられちゃったのかしら?」


そう言って高らかに笑う。憤慨する老人達。さらには


「あらごめんなさい。現役の漁師ですらこんな有様だもの、歳取りゃぁこんなものよね」


とジェイクやサブリナの夫にまで挑発の矛先を向ける。一度へし折られているジェイクはともかく、サブリナの夫は怒りに顔を紅潮させ、老人達も口々に『小娘のくせにっ!』だとか『よそ者がっ!』などと吠える。

すると静はそこにいる全員を見渡し


「黙りなさい」


と静かに、だが強く一言だけ言った。

それだけで、その一言だけで男達は凍りつく。まるで死神に心臓を握られたかの如く、その『殺気』に飲まれてしまう。その時だった。


「ほっほっほっ。なあ嬢ちゃん、弱いものイジメはそれくらいで勘弁してもらえんかのぉ」


と食堂の入り口から一人の老人が入ってきた。誰かが『長老…』と呟く。どうやらその老人がこの街の長のようだ。

だが静はその人物を知っている。


「あら、貸し馬車屋のお爺ちゃんじゃない」


あなたが長老だったのね、と静は心底意外だという目で老人を見る。


「儂も驚いたぞ。嬢ちゃんが『天人様』じゃったとはな」


ナワに『天人様』が現れたと聞いたんじゃ、と長老は笑う。その長老の言葉に皆がどよめき、一斉に静に注目する。だが静は


「違うわよ。天人はコッチよ」


と結月を指差す。


「え、あ!?母さん!何言ってんのよ!?」


「冗談よ。私もこの子も『ただの人』よ」


と静は笑う。すると長老は皆に向かい


「皆の衆よ、ここはこのおかたに頭を下げて願ってみてはどうじゃ?」


おそらくじゃがこのおかたはあのバケモノを討つ力を持っておられるぞ、と長老は言う。


「のぉ嬢ちゃん。儂は長く貸馬車屋をやっておるが、ナワまでの往復であんないたまずに返ってきた馬車は初めてじゃ。ゆっくり走ってきた証拠じゃな」


そう言ってニコリと笑うと長老は皆の方へ向き返り


「皆の衆。このおかたはな、月斜の日にこの街を出てナワへ行き、今日、月出の日にここへ戻ったのじゃ。すべて『ゆっくり走って』の。この意味がわからんかのぉ?」


通常、ナワへの旅は月出の朝に乗合馬車や行商人達が集団を組んで行くのがセオリーだ。もしくは多くの護衛をつけるか。でなければ魔獣の格好の的になってしまうからだ。それは帰りのナワからカンドとて同じだ。

だが静達は誰とも徒党を組むこともなく、護衛も無しでたった3人で往復したのだ。


「のぉ嬢ちゃんよ。お主らは並み居る魔獣どもから一切逃げる事なく、全てほふってまかり通ってきたんじゃろ。その腕を見込んで頼みたい。この街の因習を、悪しき習わしを断つのに力を貸して貰えんじゃろうか?」


そう言うと長老は膝を折り、手をついて『お願いじゃ』と静を見つめる。いわゆる『土下座』だ。

それに習い、他の老人達、そしてジェイクもサブリナの夫も、さらにはサブリナまでも土下座して『お願いします』と言っている。


「いいわ。もとよりそのつもりよ。でも誤解しないで、私はあなた達の為にやるんじゃない。今まで捧げられてきた幼い命の為に、明日捧げられるはずだったリーゼのために、そしてこれからも捧げられ続けたかもしれない幼い命を守る為にやるのよ」


そう言うと静は視線を強め、皆を睨みつけながら


「あなた達『大人』はこの街の為に何をすべきだったか、これから何をすべきかしっかり考えて反省なさい」



そう言い、誰の反論も許さず食堂を後にした。






いきどおっている静なのですが、ジェイク達だって別に悪人と言うワケではありません。

守るべきものを守るため、痛みを最小限にとどめるための慣わしを受け継いでいる、というだけです。




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