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らせんのきおく  作者: よへち
静編
103/205

第103話 『海人様の花嫁』



「まああんたらに言う言葉でもないとは思うが、気をつけてな」


降って湧いた夜祭りの翌日、レイにそう言われてナワの街を立つ静一行。

最初に来た時は色々と事情があって水をかけられたりもしたものだが、今、この街を出るに際して幾人か見送りに立ってくれている。

昨夜、進行役をしていた男、と言うか街のおさだったのだが。それに結月と手合わせをした若者たち。

たった一夜、剣を合わせただけの縁だが、皆、名残惜しそうな表情を見せている。


「また来る事もあるかもしれないわ。その時はよろしくね」


結月は彼らにそう別れの言葉を告げ、月斜の朝、街を出る。


あの岩山までの往復の旅の事を思うと、ナワからカンドまでの道のりはハイキングのようなものだった。

馬車移動、途中に補給の集落もある、常に川がそばにあり飲み水や行水にも困らない、至れり尽くせりだ。

相変わらず魔獣とのエンカウントは多発するが、それにももう慣れてしまった。

途中で挟む二度の月陰も、馬が動けないので移動は出来ないが魔獣も活動できないようなので、むしろ静達には快適な安息日だった。


そして月出の朝、カンドへ到着する。


「うん、嬢ちゃん達か。生きとるようじゃが目的は果たせたのかのぅ?」


「ええ、おかげさまでね。むしろコレを返す先のあなたがポックリ死んでないのか心配だったわよ」


と笑って馬車を返す静。

あとは今日出る船に乗ってマイルへ渡り、一路イミグラだ。

急ぐつもりのない旅だったが少しばかり事情が変わった、なるべく早くイミグラへ、祐樹の元へ戻らなければ。


港へ行くと船は既に停泊していた。昼前には出航するようだ。静は乗船券を買い、さっそく乗り込む。


「なんだかんだあったけど、まあ無事に戻れそうね」


船の上からカンドの街を眺め、呟く。もう海を渡ってしまえば魔獣の脅威はほとんど無い。自分からトラブルに首を突っ込まなければ50日くらいでイミグラに戻れるだろう。

と、結月が港にいる女の子に目を奪われた。


「母さん、あの子…泣いてない?」


護岸に腰掛け、海の遠くを眺めてそのまま静かに涙を流している女の子。歳の頃は十二、三歳くらいだろうか。

ちょうど船に乗り込んで来たカンドの住民夫婦がいたので静は聞いてみた。


「あの、すみません。あの子、どうかしたのかしら?」


泣いてるようだけど、と静が聞くとその婦人は


「あら、あの子『海人様の花嫁』ね。明日が輿入れですもの、辛い役目だけど仕方ないのよ」


「その話、少し聞かせてもらってもいいかしら?」


婦人の話によると、この街の漁業の神『海人様』に四年に一度、花嫁を捧げるのだそうだ。

それにより豊漁を願うという事らしいのだが。

婦人は船から見える沖合の島を指差すと


「あそこが『海人様の島』なの。あそこへ向かって小舟で流されるのよ」


なんて事だ、要するに『生贄いけにえ』だ。そんな迷信の為に命を捨てさせるとは。


「仕方がないのよ、あの子、『孤児みなしご』なの。昔からそうするのがこの街の習わしだから…」


と婦人は伏し目がちに言う。曰く『海人様の花嫁』は孤児の少女の中から選ばれるらしい。


「わかったわ。丁寧にどうもありがとう」


と婦人にお礼を言うと


「結月、永遠、船を降りるわよ」


二人とも静がそう言うのをわかっていたようで、結月は苦笑まじりに『だよね』と言い、それに従う。

船を降りた静は女の子の元へ。


「ねえ、お嬢ちゃん。あなた『海人様の花嫁』になるの?」


突然現れた見知らぬ女性の唐突な質問に驚きながらも、少女は涙を拭き、気丈に答える。だが


「はい…でも大丈夫です。ただ家に残していく妹のことを思うと…」


と、また涙を流す。

明日が自分の人生が終わる日だという事を知る身でありながら、此の期に及んでまだ妹の事を想い心配しているのだ。

こんな健気な子が死んでいいはずがない、思わず静もその目を潤ませる。


「ねえお嬢ちゃん、私『シズ』っていうの。あなたお名前は?あなたにその役目を与えた人の所、連れて行ってもらえないかしら?」


少女は名を『リーゼ』といった。家族で隣の集落へ行った帰りに魔獣に襲われ、妹と命からがらカンドへ逃げ帰ったという。

両親がいない中、つたないながらもやっと仕事を手に入れ、妹と二人でなんとか生活ができ始めていた矢先に『海人様の花嫁』に抜擢された、のだそうだ。


リーゼに案内されたそこは、海の祭祀も取り扱う漁師の長の家だった。


「漁長さんおられますか?リーゼです」


そう声をかけると中から精悍せいかんな青年が出てきた。


「やあリーゼ、明日のことかい?」


と、漁長はリーゼの横に立つ静達を見て、一瞬、怪訝な表情を見せる。


「あなた方は…旅の方ですか?彼女か私かに何か用でしょうか?」


静はおもむろに、そして単刀直入にこう言い放った。


「ねえ、『海人様の花嫁』、私にやらせてよ」


その言葉に静以外の皆が仰天をする。結月もだ。


「え、あ、何言ってんのよ母さん!生贄いけにえなんだよ!?」


「わかってるわよ、そんな事。ねえ、どうなの?私じゃダメかしら?」


静のその言葉に漁長の青年は少し考え


「…意味をわかっておっしゃられているのですよね?」


「ええ。捧げられるんだったら何もこのじゃなくてもいいんでしょ?」


「…ともかく上がって下さい。話を聞きます」


そう青年は言うのだが


「じゃあこの、リーゼは帰してあげて。明日の役目を解いてからね」


私がなるのだもの、この娘はもう関係ないわよ、と静は言う。青年は静をしばらく見つめると


「リーゼ、帰りなさい。明日の任は解きます。妹と仲良く暮らすんだよ」


と言われるも、複雑な表情を見せるリーゼ。


「大丈夫、あとはあたし達に任せて」


と優しい笑顔の結月に言われ、リーゼは『失礼します、ありがとうごさいます…』とその複雑な表情のままその場を後にする。


「ではあらためて。私はこのカンドの漁師の長を務めますジェイクと申します」


「私はシズ、こっちが結月ユヅキ、そっちの男が永遠トワよ」


静に紹介されて会釈をする二人。


「ねえジェイク、私達は『旅人』よ。ここで聞いた話は漏らさないし、この街の誰にも聞かれる事はない。本音を聞かせてもらえないかしら?」


あなたはこの『因習』、どう思うの?と静は問う。


「それは…もちろん反対ですよ。ですが仕方がないのです」


と伏し目がちなジェイク、渋々ではあるが『カンドの漁師の因習』について語ってくれた。

それがいつから続くものかはジェイクも知らない。だが『海人様』に花嫁を捧げた後の3年は豊漁が続き、そして4年目にまた『海人様』は花嫁を求めるのか、必ず不漁の年がくるという。

過去に花嫁を捧げない決断を下した年もあったのらしいのだが、するとその年から数年間も不漁が続き、さらに『漁船の遭難』が相次いだという。

それ以来、4年に1度、必ず『花嫁』を捧げてきたのだそうだ。

そして『花嫁』に選ばれるのは、身寄りのない女の子に限られる。


「『花嫁』とは聞こえがいいですが、あなた方がおっしゃったとおり『生贄いけにえ』ですよ」


街の人間に反対できる『親』のいないを選んでいるのですよ、バカらしい話です。とジェイクは言う。


「あなたが決めたのじゃないの?」


「ええ、この街は漁師を引退した老人達が取り仕切っています。彼らによる選別なんですが、この街は漁師街ですので言うならば『街の総意』による決定です」


それに反することは『街からの追放』を意味する、すなわちそちらも『死』だ。


「ここまで話しておいてなんですが、リーゼは任を解いてもう帰してしまいました。貴女あなたには必ず『海人様の花嫁』になっていただきますが?」


もし放棄したら結局のところリーゼが生贄になるだけのことだ。そんな事は静にもわかっている。


「ねえジェイク、あなた『海人様』とやら、見た?」


するとジェイクは意識を集中し、周囲の気配を探る。自分達以外に誰もいない事を確認すると


「見ましたよ。私は過去に2度、『花嫁の輿入れ』に同行しています」


その時に見たという。大トカゲのような肌をした巨大なその『生き物』を。


「あんなモノが私たち漁師の『神』であるワケがありません!」


ただエサを与えて満足させて追っ払っているだけですよ、と憎悪の表情で言葉を吐き捨てる。


「じゃあジェイク、もう一つだけ聞かせて。この街の漁師の中で、その生き物を本当に『海人様』だと信じて崇めてる人、いる?」


ジェイクは静かに首を横に振る。


「皆無です。みんなわかってますよ。でも仕方がないから『海人様に花嫁を捧げる』とていく言って生贄を捧げ続けているんです」


それがこの街の総意です、と力無く呟く。それを聞いた静は腕を組んでわざと偉そうな態度を取り、見下すような目線でジェイクに言葉を吐きつける。


「ふんっ。やっぱりそう、あなたも『クズ』ね」


「なっ!?」


とジェイクは怒りの表情で静を睨み返すが、その静の殺意とも取れる鋭い視線にその身を硬直させる。


「総意?仕方がない?はぁ?誰がどこでそんな事言ってんのよ?老人達が決めたですって?あなたは嫌々従ってる風だけど、その総意にはあなたも含まれているって事、あなたわかってんの?」


珍しい。静が、母が叱るのではなく感情的に怒っているところを結月は初めて見たのかもしれない。


「いやしかし…」


「いい大人が『でも』とか『だって』とか言ってんじゃないっ!」


静から喝が飛ぶ。


「話は簡単でしょ?その生き物を殺せばいい、それだけじゃない」


あんたそれでも男?股間にちゃんとモノぶら下がってんの?と品のない挑発を受けるジェイク。


「あなたは見ていないから言えるんです!あんなバケモノに敵うワケありませんよ!」


「ふんっ!戦いもせずに負けを認めて、その上に弱いに犠牲を強いる。あなた自分が私に、他の人にどう映ってるかって考えた事ある?」


その言葉にジェイクは黙り込んでしまう。


「いいわ。今回だけ特別よ。そのバケモノ、私が倒してあげる」


ジェイクは驚きの表情で顔を上げる。静が自ら生贄になると言ったので何かあるとは考えていたが、まさかアレを倒すと出るとは。


「え…何か秘策でもあるのですか?」


ジェイクは武人ではない、彼から見た静はタダの旅人の女性だ。こんな人があんなバケモノに勝てるとは彼には到底思えなかった。


「ないわ。斬って伏せるのみよ。それにね」


と言うと静は身も凍るような妖艶な笑みを浮かべ


「私ね、つい先日言われちゃったの、『あんたはまごう事なきバケモノだよ』って」



『バケモノにはバケモノを』よ、と静は笑うのだった。







『海人様の花嫁』

人柱であったりスケープゴートであったり。ですがこの場合、明確にそれを喰らう『バケモノ』が存在します。

しかしながらここは地球、幻獣や悪霊といった不明瞭なモノは存在しません。相手は過去に地球に存在した生き物です。




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