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らせんのきおく  作者: よへち
静編
101/205

第101話 『レイ』



「おおっ!嬢ちゃん達!ホントにあの山まで行って帰って来たのか!?」


マジかよ!?と呟くのはナワの門番をしている例の結月ユヅキのお尻を触ったあの男だ。その眼は驚きの色を隠しきれていない。


「問題ないって言ったじゃない。それよりブルースはどうしてる?」


と門番の男と話すシズの姿を遠くから見つけ、駆け寄って静に飛びつき抱きつく女性が。エルマだ。


「シズ!シズさん!おかえりっ!ブルースが、ブルースが!」


その言葉に『ブルースが死んだのか!?』と血の気の引いた静だったが、抱きつくエルマの笑顔を見て『ブルースが一命を取り留めた』事を察する。


「そう。助かったのね」


良かったわね、でも少し落ち着きなさい。と静も安堵し、エルマを諭す。


「そりゃ仕方ねぇだろ、俺だって仰天したぜ」


なんせ死ぬはずだった男がよみがえったんだからな、と門番の男は相変わらずの驚きの表情だ。


「まあ今回はたまたまよ。ブルースもエルマに会いたい気持ちが強かったから助かったんじゃないかしら」


そう話す静とその一行を、その騒ぎで集まった街の住民達は遠巻きに見ている。だが中にはひれす者や、拝む者、畏怖の目で見る者など様々だ。


「ん、何があったの?」


「いや、実はな…」


絶対に助からない、生還した者など皆無の『狼男』になってしまったブルース。その彼に結月が血を分け与えた結果、彼は一命を取り留めた。

その『神の奇跡』とも言える一幕は多くの住民に目撃されており、『みずからの手から血を流し、それを飲ませてブルースに命を分け与えた。あの方は天人様に違いない』

と、噂が流れているそうだ。


「ええっ!?結月、あなた天人だったの!?」


と静も結月から二、三歩後ずさり、口に手を当てて驚きの表情を見せる。


「…母さん。バカなの?」


何よ、突っこんでよ、ノリが悪いわね。と静は口を尖らせる。


「とまあこんな感じのどこにでもいるような母娘おやこよ」


そこの彼はちょっと老けてるけど息子ね、と永遠トワを紹介し、永遠も一礼する。


「まあこんな所で立ち話も何だ、皆でエルマんトコにでも行ったらどうだ?」


これ以上ここに人が集まったらそれはそれで困んだよ、ブルースの顔でも見に行ってやってくれ。と静達は男にていくエルマの宿へと追いやられる。


ブルースは陽当たりと風通しの良い部屋の寝台ベッドで寝かされていた。その目が静達を捕らえると、首を少し動かして静達の方を向こうとする。


「ほらブルース、この人達よ。前に話したあなたの『命の恩人』って」


するとブルースは優しく微笑む。


「ごめんなさい、シズさん。ブルースはまだ話せないの」


だがこれでも意識を取り戻した頃よりかなり回復したという。

だがそもそもが死んでいたはずの感染症だ。モノを認識したり言葉を聞き取れて、さらに理解まで出来ているのだ。これは凄い事なのだろう。


「ブルース、あなたこんなに優しい顔で笑う人だったのね」


私は牙を剥いた顔しか知らなかったからね、と静が笑うと、ブルースは声に出さずに口を動かす


『ア・リ・ガ・ト・ウ』


どうやら運動能力が極度に低下しているだけで思考活動には問題はなさそうだ。この分だといずれ元の身体の状態に戻れる日も来るという希望も持てるだろう。


「ねえシズさん、今夜くらい泊まっていってくれるんでしょ?」


あらためてお礼もしたいし、腕をふるうから食べて泊まってってよ。というエルマの言葉に甘え、今日はここで英気を養って明日からまたカンド目指して出発することに。


街で旅に必要なものを買い足し、夜、エルマの宿へ戻ると、そこにはロッキングチェアに座るブルースの姿が。


「ブルース、起き上がって平気なの?」


「皆で食事をするのにこの人だけベッドの上ってのもなんだしさ」


本人に聞いてみたところ頷いたのでレイに手伝ってもらって連れてきたそうだ。


「レイ?」


「俺だよ」


向こうの寝室からブランケットを持って現れたのは、あの門番をしていた、結月のお尻を触った男だ。

レイはブランケットをブルースの膝に掛かると、そのまま椅子ごとブルースをダイニングテーブルの元へ運ぶ。


「ブルースが逝っちまったらエルマを貰い受けようと思ってたんだがな、嬢ちゃん達のせいで目論見が外れちまったぜ」


と言って豪快に笑うレイ。無論、それが冗談だとこの場にいる誰もが理解している。


「ふん、いい気味よ。私のお尻を触ったバチが当たったんだわ」


だからいつまでも独身なのよ、と悪態をつく結月だが、顔は笑っている。もうさほどそれを怒っているわけではないようだ。


「ふ〜ん、あなたレイって言うんだ。随分と顔も言動も名前負けしてるのね」


「へへっ。そりゃあ俺の親だってまさか我が子がこんな大男のおっさんに成長するとは夢にも思わなかったんじゃねぇか」


静の皮肉もどこ吹く風と笑い飛ばすレイ。静としてはこういう男は嫌いではない。結月のお尻を触った一件がなければもう少し好感がもてたのだが。


ともあれ宴が始まる。レイの他にも数名の人がいた。皆、ブルースの介助を手伝ってくれたご近所さんだそうだ。

そのお礼も兼ねて招待したようだが、彼らはその席に静たちが、というよりも例の一件で天人と噂されてしまった結月がいることに少々萎縮してしまっているようだ。するとレイが


「おお、嬢ちゃん。お前ぇもっと肉を喰えよ。あんな尻じゃ元気な子は産めねぇぞ」


と結月の皿に肉の塊を『ドン!』と置く。


「ふんっ!すさまじく余計なお世話よっ!」


少なくともあなたには全く関係ないっ!と結月はレイを睨みつける。が


「そっか。天人ってのは口から卵を吐いて産卵して増えるんだっけか」


「んなワケないでしょ!どこの宇宙戦闘部族よ!?」


と漫才を繰り広げる結月とレイのその姿に、招待されたご近所さんも緊張をほぐし食事と歓談を始める。


こうやって酒を酌み交わしていると『種族の隔たり』というモノを全く感じられない。よくある創作物ではドワーフとエルフは不仲であったり、獣人は虐げられていたりという設定を聞くものだが、静が今まで旅してきた中ではそういうのを見た覚えはない。

現に今、この宴にも隣家のエルフの主婦と近所の商店のドワーフの男性が参加しているが、普通に井戸端会議的なご近所話をしている。


そして何より気になり、静の考えが『結論』に至ったそもそもの発端、それが『混血』だ。


人間はチンパンジーとはその遺伝子の90%以上が同じだと言われている。だが絶対に混血しない。

受精卵は出来なくはないのだが、自然には着床しないのだ。

だがこの時代に生きる『人々』は見た目が獣の者から金髪碧眼のエルフ、胴長短足のドワーフまで、皆『混血』する。


それは種族としての、いや生物としての『枠組み』がめいりょうかつ未完成なのでは?と静に思わせたのだ。

だからこそ、その考えが根底にあったからこそ結月の血が持つ情報でブルースを救えるかもしれない。というアイデアに結びついたのだ。


そして静の予想どおり、その血の情報を取り込めたブルースはそれにより一命を取り留める。だがその事が皮肉にも静の至った『結論』の正しさを裏付ける事になってしまった。

その『結論』、静がこの時代に目覚めた時から持っていた疑問の答え。



『なぜハルカは真島家の4人を再生したのか?』



全てを演算し、『正しい答え』に向かって判断を下す人工知能のハルカ。そんな彼女が酔狂や、ましてや善意で4人を再生するとは思えない。理由があるのだ、彼女が完全解析されたゲノムから再生する『人間』を必要とする理由が。それは…


「なあシズさん、あんたこのの母親なんだろ!?こいつを何とかしてくれよ!」


壁にもたれてグラスを持ち、思考の底へと潜っていた静を呼び戻したのは中々に焦った顔をしたレイだった。

見ると少々酔った結月に絡まれている。


「なによレイ、あんた自分から喧嘩売っといて何母さんに泣きついてんのよ」


「喧嘩なんか売ってねぇよ、前にちょっと尻を触っただけじゃねぇか!」


あたしに触ろうなんて1000万年早いのよ。さあ来なさい、その手を斬り落としてあげるわ」


どうやら結月は先日の一件をまだ根に持っていたようだ。その酔ってサディスティックに笑っている結月の姿に、静は己を見ているようで小恥ずかしくなってしまう。


「結月、恥ずかしいからやめなさい。呑むなとは言わないけど節度を持ってね」


レイ、あなたは自業自得よ。とやはり静もレイをフォローしない。

周りの者達は止めるのかと思いきや、なんだかんだと火に油を注ぐ。やれ『そんな手は本当に斬り落としてしまいなさい』とか『尻くらい触られても減るモノじゃないだろう』やら。

見かねた静が打開案を出す。


「ねえレイ、あなた腕に覚えがあるんでしょ?この今武者修行しているの、明日の朝にでも手合わせしてあげてよ」


するとレイは腕を組んで考え、頭をクシャクシャとかくと


「あー、仕方ねぇな。じゃあ今からだ。でなきゃ俺は受けねぇぜ」


明日は門番の仕事があんだよ、と溜め息を吐いて答える。すると結月は嬉しそうに顔を歪め


「うふふ、良い度胸ね。酔って手加減できるほど器用じゃないわよ、あたし


それを聞いたご近所さん達は楽しそうに『じゃあ表の広場の準備してきますね』と言って出て行ってしまった。

それを見てまた溜め息をつくレイ、と静。結月だけが『楽しくて仕方がない』という感情を顔から隠せずにいた。


「ねえユヅキさん、この街のあたしが言うのも何だけどさ、こいつ強いよ?」


心配げな顔でエルマがレイを指差し、結月に忠告をする。


「あら、私も弱くはないつもりよ」


と言い、結月は不敵な笑みを浮かべる。そしてその様子をブルースは微笑んで見守る。

だが静も結月もまだ知らなかったのだ、この街の住人達はこういう『イベント』が大好きだという事を。



すこし酔いを覚まし、準備をして夜の表の広場に出た静と結月。

急遽きゅうきょ決まったはずの『ただの手合わせ』、それがすでにまさかこんな盛り上がりを見せているとは微塵も思ってなかったのだ。





広場の準備に行ったご近所さんは『レイがあの例の娘さんと手合わせするから広場に篝火かがりびを焚くのを手伝ってくれ』と街の皆に頼んだのですが、皆は


「そんな一大イベントを見逃す手はない!」


とさらに大勢に伝播してしまい、そのおかげもあって準備はアッという間に終わるのですが、それはただの『レイと結月の手合わせ』では収まらない規模になってしまうのです。




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