第001話 『真ん中にあるプロローグ』
「なあエイ、その『街』まであとどれくらいなんだ?」
「そうじゃな、あと四〜五日といったトコかの。なんじゃユーキ、もうへばったのか?」
昼なお暗い森の中。そこに街へ向かって歩く二人の男女の姿があった。先を行くのは壮年女性、そしてその後に続く青年男性。
『だらしがないのぉ』と笑う彼女に青年は何かしら反論しようとするのだが、それを瞬時に表情を変えた彼女に手で制される。察するに『何か』の気配を感知したようだ。彼も意識を集中し、その『気配』を探る。
…いる。確かに『感じる』覚えのあるその『気配』。だがどこだ?
彼女は黙って青年に目配せをする。彼女の目線の先にある茂み、そこからより強く気配を感じる。あそこか。
すると今度は青年が彼女に目配せをする。それだけで彼女は彼の次の行動を理解したのか、肩を竦めると横に一歩移動し進路を譲る。
青年は静かに腰のナイフを抜くと逆手に構え、その茂みを睨みつける。そして意識を集中、スキル[加速]を発動させる。
世界は時の流れを忘れる。ただ彼だけを残して。
その停滞した時の流れの中、青年は飛ぶように駆けると茂みに飛び込み、瞬時に目的のモノをその眼に捉える。
そしてナイフを一閃!
彼の正確で素早いその一閃は、狙い通りにそいつの角だけを斬り落とした。
「ふぅ。」
青年は溜め息をつくと、スキル『加速』を解く。
角を斬り落とされたホーン・ラビットは文字通り脱兎のごとく逃げていった。
「あいよ、一丁あがり。っと」
「ほんに優しい御仁じゃのう」
斬り落とした角を片手に、彼は再び苦笑まじりの溜め息をつく。
この角は街の商店で買い取ってもらえる。その金で食事をとり、宿に泊まり、そして旅を続ける。
だがそれが何なんだ。
この旅の終わりに、全てを失った自分に何があるというのだ。青年は、祐樹は忌々しげに真昼の空に浮かぶ巨大な月を睨みつける。
全ての終わりと始まりは十日ほど前の事だった。