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Almighty God & Goddess

作者: 間取 尊

二つの世界を守るため、本人の意思とは関係なく闘いへ導かれてしまう。

毎日、激しい訓練を受けながらも、少しずつ変化してく。お茶室での精神修行で己を磨きながら、闘いのための準備へと進んでいく。

今日は久しぶりの休日。毎日、仕事場と部屋を行き来しているだけで、退屈な日々を送っている。よく言えば、仕事人間で立派とも言えるが、実は単純に仕事の要領が悪く、そのため日宿関係なく出社していただけ、さらに趣味もなかったというのが本音である。特に彼女がいるわけでもなく、特別な遊び仲間もいるわけではない。もてないしがない普通の社会人である。〈PBR〉

「今日どうしようかな?何しようかな?」〈PBR〉

布団のなかでぼんやり考えている。しばらくして、ゆっくりと周りをみやる。するとゴミの散乱した汚い部屋が目に飛び込んできた。その瞬間、めまいがし大きな溜め息とやる気の無さが一気に込み上げてきて、改めてもう一度布団に潜り込む。〈PBR〉

小一時間位経ったであろうか、意を決し起きあがり、やみくもに掃除を始める。それはそれは何にも例えがたい異臭も漂っているのではないかというぐらいの汚さであった。大体の男の部屋なんてそんなものだが、その許容範囲をはるかにしのいだ汚さである。どこから手をつけるわけでもなく、とにかくやみくもに片付ける。そのゴミの量も半端ではない。いくつかたまるごとに外へ運び出す。〈PBR〉

やっとの思いで綺麗になった部屋。それを見渡し、疲れがのしかかってくるのを感じながらふっと時計を見ると、もう昼過ぎであった。それから一緒に遊びに行けるかもしれない友達に電話してみるも、皆出払った後のようで、誰一人捕まらなかった。「もっと早く起きればよかった」と、一人寂しげに着替える。これといってあてがあるわけでもないし、行きたい場所・行ってみたい店などもない。「とりあえず町に出てみるか?何かの気晴らしぐらいはできるだろう」と、一人憂鬱そうな顔ででかけた。〈PBR〉

電車に乗ると、周りの連中は大きな声で話に夢中な奴、カップルは人目も憚らずいちゃついているし、中には迷惑も省みず大音量で音楽聴いている。その風景を見ながらボーとした表情でいる自分もそこにいる。全てに無関心といっても言えるだろう。〈PBR〉

電車を降り、地上に出るととても暑っ苦しくて、一気に汗ばんだ。あてもなくしばらく歩いているとデパートが目に飛び込んでくる。「そういえば、このデパート、最近リニューアルしたんだよな?とりあえず暑さしのぎでここに入ろう」と、ちょっとした期待もあり中へ入ってみた。そこは以前とは全く違い、最近流行りのコミュニティーの場所としても最高の空間がこれでもかというぐらい広がっていた。まさに期待以上である。先程までとは違いどことなく楽しい生き生きとした表情へ変化していた。一階フロアーをくまなく散策し、次のフロアーへと行こうとエレベーターで移動した。乗っている最中、突然真後ろから「どん」とかなり強く押された。何が起きたのか全くわからず、ただ驚いて後ろを振り向いた。すると一人の女性が俺とその後にいる数名の客との間で体制を崩しながら転びそうになっている。思わず「大丈夫ですか?」と声をかけたが、女性と周りの数人の客達が睨み会っているように感じた。彼女は、俺の声にとっさに「大丈夫です」

と一言だけ言ってその場を離れ、その後にいた男性客達は「しまった。まずい」と、小声で話ながらそそくさと登りどこかへ消えていった。「何なんだ、こいつら?感じ悪い連中だ!せっかく楽しい気分になったてたのに」と、少し怪訝そうな態度になっていた。エレベーターで上がっていき二階が見えてくると、先程のことなんかどこふく風といった具合で嫌なこと全てを忘れた。それというのも、最近ちょっと肉付きが良くなってきたのか、今までの背広がかなりきつくなっていた紳士靴売場だったからだ。特に強いこだわりはないが、デザイン・色などは特にこだわりはないが、そろそろ新しく買い直そうと思っている最中だった。これはラッキーとばかりに、展示商品をじっくりと眺めながら歩を進める。気に入ったものは履いてみる等、かなりゆっくりした時間を過ごしていた。〈PBR〉

そんななか、今までに感じたことのないような恐ろしいぼどの視線を感じる。その視線が誰からなのか、確かめようにもあまりの恐怖心で見ることができなかった。「なんだろう?この嫌な感じ!俺、何かしたか?」と思いながらも、手に持っていた紳士服をそこへ置いたまま次のフロアーへと小走りに走った。やっとのことでエレベーターに乗り、恐る恐る振り返ってみたが、しかしそこには自分と同じごく普通の客と思われる人達と店員しか見当たらなかった。こちらをじっと見てる奴などはどこにもいなかった。ふっと先程のことを思いだし「まさかあの男性客達か?それとも店員?そんな風にはとても見えないけどな。それに俺の思い過ごしだったかも知れないな」と、気にしないようにした。そこのフロアーは女性用の服売場である。全く興味など全く持ってないし、下手すれば変質者と間違えらるかもしれないと思い、目線を下へ落としながら素早く素通りした。次のフロアーは、女性用下着売場など、さらに目のやり場に困るところだったので、さらに急ぎながら上へ行く。そんな時、またあの鋭い嫌な視線を感じる。しかも、今度は一人からではなく複数の連中からだと感じられた。〈PBR〉

「いったい何が起きているんだ?何故だ?」と、徐々に疑心暗鬼に陥っていく。そして、「やっぱり今日出てくるんじゃなかった。部屋でゴロゴロしていればよかった」と、後悔の念に陥っていく。俺も今度は覚悟を決めて、さっきまでとは違い、その場に立ち止まり即座に振りった。しかし、今回もそのような連中は誰も見受けられない。しきりに周囲を見回すが、確かにいない。ただ、最初に出会った連中が近くにいることに気づいた。「なんだよ。またこいつらか!変なことに巻き込まれないようにさっさと上へ行こう」と考え、その場を離れようとしたその瞬間、どこからか声がした。「逃げろ!そこは危ない。早く逃げろ」と。〈PBR〉

「誰だ?誰に言っている?俺?何で逃げないといけない?わからない。誰か説明してくれ」と、苦悶に満ちた表情で心の内で叫ぶ。そんなとき、突然また彼女が現れた。「こっちらへ来て。早く!」と、口パクで俺に話しかけてきた。彼女の目の前まで行き

「さっきの声はあんたか?あんた、誰だよ?俺、何をした?わかるように説明してくれ」と、怒りやら恐怖心やらでかき乱れた、まさに錯乱しているかのごとく聞いてみた。彼女は「説明は後にしてください。とにかく今は私と一緒に逃げて。私についてきて」とだけ言い、俺の手を握るや否や唐突に走り出した。〈PBR〉

「何だ?どうして俺が逃げないといけないんだ?恨まれるような、ましてや狙われるようなことなどした覚えなんか何にもないぞ!何が起きている?」と、思いながらも走っていた。後ろを振り返るとさっきの連中が鋭い眼光を放ちながら激しく追いかけてきている。「あの鋭い嫌な視線、やっぱり俺に向けられていたんだ。しかし、俺、こんな連中、全く知らないぞ」と、一人考えながら、わけわからないまま走った。挙げ句に「そうか?もしかしてこの女が狙われているのか?俺を道連れにする気か?だったら早く離れないと!」等と考えていた。そしたらまたあの声がどこか遠くから聞こえてきた。〈PBR〉

「狙われているのはあなた自身です。あなたを守るためにその女性は私が使わした者のです。今は何も聞かずに私たちのことを信じて、葵の言うとおりにしてください。お願いします!あなただけが頼みの綱なのです」と。益々、頭が混乱し何がなんだか事態を把握できないでいた。ただひとつわかったのは彼女が葵という名前であることだけ。葵は何も言わず、ただ俺の手を掴んだまま走り逃げている。また後ろを振り返ると、何と今度は連中はピストルを持っていた。「嘘だろ!これはヤバい。ここはアメリカじゃないぞ?日本だぞ。何でこんな町の真ん中でそんなもの平気で持ってんだよ。これじゃまるで映画か何かの撮影に絶対違いない。そうでなきゃ信じられるか」と自分に言い聞かせていた。

「そうだ。そうだよ、間違いない。だからあのピストルも模型だよ。こんなのが簡単に手元に有るわけがない」と。しかし次の瞬間、「パンパン」と、渇いた音と共に撃ってきた。何とも言いがたい衝撃であった。「おいおい、嘘だろ?もしかしてまさかの本物?」と思ったとき、葵が真剣な眼差しで「そうよ。連中は本気よ!これはね、あなたが思っているような映画の撮影でも何でもなく、本当にあなたを殺しに来たの。ごたごた考えてないて、もっと本気で走ってよ!おのお方からもそのように言われてたでしょ」と、初めて話してきた。俺は突然止まり、手を激しく振りほどき「いったい何が起きてんだよ。ちゃんと俺にもわかるように詳しく説明しろよ」と、葵の両肩を掴み激しい口調で問いただした。〈PBR〉

今度は複数発の銃声。一瞬にしてフロアーにいた人々全員パニック状態である。沢山の女性の悲鳴が飛び交い、フロアーに這いつくばっている人や、何が起きたのか理解出来ないまま立ち尽くしている人でいっぱいである。中には、撃たれ血を流しながら倒れている人もいた。「ちょっと退いて」と厳しい口調で叫びながら、俺の手を引いたまま、右へ左へと必死に逃げまどう。何も理解できずにただ走るしかない。時には柱の角に隠れたり、マネキンの後に隠れたり、そして売場の商品の影に隠れ、しばらくそこに潜んでいた。「いったい誰なんだよ」と、声を荒げながら問いただした。俺の口元に指をあてがいながら「しっ!少しは静かにして!奴等に場所を知られてしまう」と、密かに周囲を警戒しながら「あいつらや私は異次元から来たの」と、真顔で言いのけてけた。俺は思わず吹き出してしまったが、唐突にそんな事言われて「はいそうですかと信じられるわけがない。ましてや同じ人間だし、着ているものも・・・」と返している最中に、「信じられないのは当たり前です。でも、こちらの世界と全く同じ世界がもうひとつ存在するとしたら?」と、質問してきた。以前、マンガか何かで読んだことがあったが、それは現実ではなくあくまでもマンガの世界の話。そんな作り話、誰が信じるかよと、怒りも込み上げ、かつ、真剣な眼で睨み付ける。「これはマンガでも嘘でもない、真実なの。信じられないのも無理はないけど、今は信じて欲しい」と、自信に満ち溢れた表情で俺を見つめている。そんな話をしていた時、「しまった。気づかれた」と急に厳しい表情へと変化し、また走り出すのであった。連中は誰がいようとお構いなしに平気で銃を撃ってくる。目に飛び込んできた、血の海のなかに何人も倒れていたのを見て、「早く手当てしないと」俺が心配そうに言うと「可哀想だけどそんな余裕などないの!そんなことしてたら今度は間違いなくあなたがあのようになるのよ!そんなことになったら私たちの世界が無くなってしまう」と言いのけた。「じゃ、聞くがお前たちの世界のためならこっちの人達がどうなっても構わないと言うのか?そんなこと絶対許されるわけないだろう」正直にふざけるなという強い気持ちで言った。葵が

「ごめんなさい。でも今そんな話をしている場合じゃないの。今はとにかく何とかここから脱出することだけを考えて!」と、切羽詰まった表情で俺に訴えてきた。従業員専用階段を全力で、必死に逃げた。そしてとうとう屋上まで来てしまった。「ここ、屋上だぜ。もう逃げ場はないぞ!どうすんだよ」と彼女の胸ぐらを掴みながら吠えた。初めて気づいたが、彼女も逃げることで精一杯だったのか、「しまった!ここまでか!」と小声でいい放ちながら、キョロキョロと周囲を見回し、ちらっと塀の下を覗きこんだ。「まさか、ここから飛び降りようというんじゃないよな?そんなことしたら間違いなくあの世行きだぞ!」とそんなことあるわけないだろと信じながらも、恐る恐る尋ねた。俺をぐっと見つめながら、「この下に私たちの世界へ行く扉があります」と、言った。「はあ、とうとうお前、正気を無くしたのか?」と、俺はくらくらしながら下を見た。「あの・・・。地べたのアスファルトしか見えないけど?そんなものはどこにもないぞ?それに私たちの世界といわれても、ここが俺の生きている場所なんだけど」

と、そんなバカなことしないよなと思いながらも恐怖心でいっぱいになっていた。彼女が手を強く握りながら行こうと誘う。俺は体が硬直し意識朦朧状態。そんなとき、「頼みます。一緒に私たちの世界へ来て下さい。あなたでないとこの危機を乗り越えられません」さらに強い口調で、「それにあちらが消滅したら、こちらの世界もバランスを崩しどうなるのかわからないのです。だから、お願いします!来て下さい」と。俺は茫然自失になりながらも、しかも彼女の言うことが本当だなんてとても思えないし、どうしようか迷っていた。それでも俺の中のもう一人が「どうなったとしてもいいではないか?行くだけ行ってみようぜ!」と、呟いている。どうしようどうしたらいいんだと必死に考えるが、名案なんてそう簡単に出るものではない。そんなときまたあの声がした。「到底信じられることではないでしょう。しかし、葵の言うことは真実です。両方の世界を救うためには、どうしてもあなたの力が必要なのです。あなたには両方の世界の未来が託されております。どうぞ我々を信じ、飛び出してもらえませんか?今のあなたには入り口が見えないでしょう。しかし、事実そこにあります」と。今回は、何とも言えない優しく、愛に満ちたさらに深い声であった。それも、以前、どこかで聞いたことがあるような。「今のお声は、私たちの母であり、お守りしてくださっている女神様です。あのお方から、私たちは、あなたをお連れするようにと進言されたのです。お願いですから、一緒に来て下さい。もう、時間がありません。奴らも、もうそこまで来ています。奴等に私達の居場所がばれないうちに!お願いします」と、真剣な眼差しで説得してきた。「もう一人の自分も行こうと言ってる。そうだよな、今さら俺を必要としてくれる連中がいるならそれでもいいかな?」と理由をこじつけ、意を決し、思いっきり右手拳で壁を叩き、何故か彼女を守るように抱きながら飛び降りた。そこへ連中が、「しまった。間に合わなかったか。俺たちも急いで後を追うぞ」という声が追いかけてきた。「どうなるんだ?これからどうすれば?」と、これで俺は間違いなく死ぬんだろうなと、半ば諦め気分で小声で尋ねた。すると「何も考えずに、ただ目を閉じて信じてください。それでだけで十分です。私が責任を持ってあちらの世界へお連れいたします」と、俺の手をゆっくり優しく繋ぎながら言った。今までに経験のない、何とも言えない深き心・愛を深く感じながら、言われた通り、ただじっとしていた。〈PBR〉

「どのぐらいたったのだろう。時間の感覚さえない。これがいわゆる死後の世界なんだろうか」と、心の中で密かに考えていた時、「着きましたよ。もう、目を開けて大丈夫ですよ」と、葵に言われた。全身震えながらも、恐る恐るゆっくりとまぶたを開くと、そこに見えた光景は、先程までいた俺の世界とほとんど同じ光景が写り出されていた。たった一つを除けば。それは、雨雲とかではなく、今までに見たことのない恐怖すら感じる重たく淀んだ、心までも腐れてしまいそうな空だ。〈PBR〉

葵が「さ、行きましょう」と言い、歩き進め始めた。俺は「いったいどこへ行んだ?」と聞いたが、彼女は黙ったまま歩き続ける。「それぐらい教えてくれてもいいじゃないか?」と、思わず彼女の手を掴み、振り向かせると同時に両肩を掴んだ。少し強ばった表情になったが、うつむきながらゆっくりと、「今からお連れする場所は、あなたをお守りしながここへお連れするようにと指示を出された方の元です」と答えた。「あの何とも言えない愛に満ち溢れたような優しい声の人のところじゃないの?」と、何気に言葉が出てしまった。微笑みながら、「それはあのお方が判断されます。私はただおのお方の指示通りにしています。あなたの感じとった女神様は、まず、あのお方の許可がなければ近づくこともできません」と言いのけた。思わず腹立たしくなり、「ここまであんたを信じて来たんだぞ。少しくらいは・・・、それにあの方とは誰なんだよ?また隠し事か?いい加減にしてくれよ。教えてくれないなら今すぐ元の世界に戻せよ!今すぐにだ」

と、怒鳴った。そんな俺に葵は俺の口元に人差し指をあてがいながら、「それは嘘です。ただ、あなたがどうしようもなく来たこと・・・」さすがに頭に来た俺が、怒り心頭の表情で「だからあんたらの言う女神とやらに会わせろよ。そのぐらいしてくれてもいいだろ」と、喰ってかかった。偉く落ち着いた表情で、「ですからまずはあの方の許可がないとお目通りは叶いまん。ましてや嘘をついたり、ごまかしたりしないでください。全てをお見通しですから」と、ちょっと俺を小馬鹿にした面持ちで促してきた。

「なんだよ?俺はあの人の声を信じてここへ来たんだよ。会わせるぐらいのこと、大したことじゃないだろうが?どうせ何を言っても無駄かよ!アホらしい」呟きながら後を付いていった。彼女が突然、「着きましたよ」と、言われ目線を上げると、そこには古びた小さな寺があった。「さっ、中に入りましょう。すでにお待ちかねです、あのお方が」と、言い残しながら石段を登り始めた。マンガや映画のひとこまに出てきそうなシーンだなと思いつつ、黙って付いていく。〈PBR〉

固く閉ざされた門の前まで来ると、思わず自動扉かと思うぐらい静かにゆっくりと厳かに「ぎぎぎ」と音をたてながら開く。一礼し、静かに歩を進める彼女。俺はキョロキョロと辺りを見回しながら同じ仕草で入る。俺が中に入ると、まさしく恐怖館かと思うような音をたてながら門が閉まった。ただ単に古びた寺のはずが、あの門の閉まる音により、実は物凄い由緒正しき寺かと思わせるのである。その事を確信できることがある、歩を進める旅に足取りがどんどん重くなり、ひんやりとした空気が漂っているのがより強く感じられていたからだ。このような経験は今だかつて一度たりともなかった。しかも沢山の僧侶達が両サイドに物々しい様子で立っていた。「何なんだ?ここはいったい・・・」と考えながら進んでいると、一番奥の入り口に着くと、突然彼女が立ち止まり正面に立ち尽くす一人の住職に深々と頭を下げた。見たところ、普通の住職と全く変わらない出で立ちのように思えたので、同じように一礼し、さっさと先へ進もうとしたその時、「ようこそ、こちらの世界へ」と、につこり微笑みながら話しかけてきた。その言いぐさに腹立たしさを覚えた俺は、住職の胸ぐらを掴み、「一体俺が何をした?ここはどこだよ」と詰め寄った。彼女があわてふためき、「そのようなことをしては決していけません」と私の手を掴み見事な足裁きで「ぎぇー」と声を発しながら投げ飛ばした。その瞬間、目が回り、腰に激しい痛みを感じた。

「いってーよ、何があった?」と、辺りを見回すと地面に腰から倒れていた。何が起きたのかすら全く記憶にないし、理解できないで、ただ茫然とその場に倒れていた。「もう、全くしょうがないわね」と笑いながら俺を起こす彼女。「なんだ?いったい何が起きた?」とあわてて訪ねると、「あのお方が・・・、なぜこんな情けない臆病者のやつに・・・。」と、途方にくれた表情で冷ややかに俺を見ていた。住職が、彼女に優しく微笑みながら「まあ、無理なかろう。あちらの世界で我々のことを知っているものは誰もいないのだから」と、ちょっと寂しそうな眼で俺を見つめながら話しかけてきた。俺は改めて「未だに全く理解できないんだが、わかるように教えてくれないか?頼む」と、尋ねた。すると「まあ、ここでは何だから、奥の部屋にお越しなさい」と、ゆっくりと歩き始めた。まさか、またずっと歩くんじゃないだろうなと疑いながらしぶしぶ付いていく。まるで迷路のような廊下を進んで行くと、一つの部屋に到着した。住職が、「さあ、お入りなさい」と誘ってきた。俺は恐る恐る中を覗き込み、ゆっくりと入ると、そこにはでかい阿弥陀如来像とそれを守ろうとしているかのような像達が神々しく祀られていた。

「この像は?」と聞くと、住職がにっこり微笑みながら「このお方こそ、あなたをこちらの世界へお誘いされたのです」と返ってきた。俺は勿論疑った。「もともと信仰心等全くない俺だ、それを今さら改心しろと言われてもな」と、密かに呟いていた。それをあたかも察知したかのように、「このお方こそ、この世界の善良な神であり、数百年もの長い間戦い続け、やつと邪神を封印してこら、このようなお姿になられた今も闘われておられるおそれ多い方です」と話を続けてきた。全く理解出来ない俺は、ただ像を見上げながら、「今でも闘ってるのか?単なる像になっているのに?」と、そんなバカなことあるわけないだろと嘲り笑いなが言い返した。葵がどんどん不機嫌になっていくのはわかっていたが、そんなこと関係ない。葵が「女神様を侮辱することなど我慢できない」と、怒りと失望の面持ちで怒鳴ってきた。しかし俺にとっては、どうでもいいことで、とにかく一刻も早く家に帰りたい、ただそれだけの気持ちで一杯だった。俺の気持ちを分かってくれたのか、住職が「まさしくその通りです。お姿こそ、このようなことになられましたが、今でも精神の中で闘っておられます」と、涙をこらえながら切々と続けた。そこで、俺はここへ来たとき気づいた曇よりとした不吉な感じすらした空模様のことを聞いてみた。「ところで、あの空の様子はいったい・・・!向こうでもこんな空は経験したことがない。あれは一体・・・」と。

「もう、気づかれましたか?」と言われた瞬間、「おいおい、あんなの誰だって気づくだろ?」と、俺自身、思いながらも話を聞いた。「あれこそがまさしくやつの邪気、つまり、この世界の暗黒の神の気です。今までは奴を封印し、ある場所に閉じ込めていましたが、その封印を誰かが解き放ったらしく、それで邪神が蘇ってしまったのです」と、住職が説明してくれた。葵が「邪神とは、簡単に言うと、こちらにいらっしゃる女神様をこのようなお姿にした張本人なのです。それまでは、常に我々を守るため、両方の世界を守るために、必死に闘い抜かれてきたのです」と付け加えてきた。しかし、俺にはある疑問が浮かんだ。そこで「封印したのに何故あんな姿に?」と、葵を問いただした。すると住職が「捕まえた邪神を封印しようとした時、奴はもしもの時はあいつも同じように封印するよう術をかけていたのです。もちろんあのお方もそれに気づかれましたが、永遠の闘いを終焉させるには今しかないとお考えになられ、奴を封印されました」と、がっくりと肩を落としながら話してきた。俺は、「その術とやらを誰も止められなかったのか?あるいは今をこらえ次でも良かったんじゃないのか?」と切り返すと、さらに悲しみにくれた目になり、

「その頃、奴の術を跳ね返せるだけの僧侶達が誰一人いませんでした。それにあなたのおっしゃる通り、我々もあのお方をお止めしました。しかし、あのお方が今やらねばおそらく、明るい未来は来ないだろう、誰にも奴を倒せないだろう。従ってこうする以外に方法はありません!後のことは頼みましたよと言われ自らの強い意思で奴を封印されたのです。我々にはどうすることも出来ませんでした」と締めくくった。「こりゃまさに映画だな。どうせ嘘つくならもっとまともな話にしろよ!」と憤りを感じながらも、「ところで、住職!あなたにぜひ聞きたいことがあるがいいか?」と、切り出した。「何なりとお聞きください」と、住職が涙を拭いながら言った。〈PBR〉

「女神がこんな姿になってから、いったいどのぐらいの年数が経つんだ?」と、疑いの眼差しで聞いた。俺は「どうせ二百年かそれとも三百年か、所詮マンガか映画の世界だろうから答えてみろよ」と考えていた。が、「あの日から、千年経ちますな」と真剣な顔で言いってきた。正直、俺は耳を疑った。まさか想像をはるかに越えた年数だった。思わず「あはは」と笑うしかなかった。「全くこいつはとぼけた爺さんだぜ!そんなに生きられるかよ?こいつらどう見ても俺と同じ人間だろう。そんな連中が、千年?笑わせるな!どれだけ長生きしてるんだよ」と怒りを覚えながら「おいおい、よく言うよ」と、俺がどうしようもないなと呆れ顔で言うと、「あなたのいる世界と我々の世界では時間が違うのです。私達の十年という期間はあなた方の世界ではおおよそ一年ぐらいの時間なのです。更に付け加えるなら、二つの世界は表裏一体であり、従って、もしこの世界が邪神に支配されようならば、そちらの世界でもおそらくとんでもない天変地異が起こるかもしれません。今だかつて経験したことがないので、どのような影響が出るのか想像出来ないのです」と、今までになく真剣な凄まじいほどのオーラを漂わせながら話してきた。

「俺に何をしろと?まさか、邪神とやらと闘えって言うのではないか?そんなバカなことはないよな?先に言っとくが、俺は、今だかつて闘ったことなんかないし、ましてや拳銃などの飛び道具なんかもっての他使ったこともない。ましてや武術など全く経験ないんだぞ?そんな俺にどうしろというのだ?」と、逃げ腰の態度で言い返した。そしたらまた、住職があの強いオーラを纒ながら優しい声で、「そこで今から、訓練してもらわねばなりません。時間がないためかなりのハードになるでしょうが、ここは一つやり遂げていただきます」と、自信満々で言ってきた。思わずその場を逃げようと試みたが、住職の凄まじい気に押されて全く体がいうことをきかない。「まあ、そう言わず、実際の訓練を見てみればわかります」と語りかけながら、別の部屋へ歩き始めた。俺は何度も逃げ出そうとするが、自分の意思とは逆に体が勝手に住職の後を付いていく。まるで見えない鎖か何かで引っ張られるように。目の前の扉を開けると、そこには沢山のモニタがあり、さながら現代のコンピューター集中制御室といったところだろう。それぞれのモニターには、剣の稽古が映し出されていたり、武術のような格闘風景が、さらに別のモニターへ目を向けると拳銃やライフルといった飛び道具を使っての訓練と、俺が知り得るありとあらゆる闘いの訓練が映し出されていた。〈PBR〉

「こんなの無理だ。俺なんかに人殺し等できるわけがない。だいたいそんなことしたら俺は殺人罪で捕まってしまう。そんなこといくらなんでも出来ない」と、自分の逮捕されたシーンを想像していたが、住職が俺の心を見透かしたように、「これは死闘です。やるか殺られるかの。さらに両世界の存亡が掛かっているのです。迷っている暇はありません。何せ、あのお方が選ばれた唯一の戦士なのですから」と、俺をさも納得させようという気持ちで話してきた。が、そんなこと俺には関係のない話であり、人殺しで捕まるぐらいなら闘わず死んだ方がまだましだと思い、「現に、今までの話が本当かどうかも怪しい。さらに本当の話ならこの俺を信じさせるような証拠を見せろよ」と吐き捨てた。 すると、「では、今からお見せましょう。その代わり、非常に危険ですので、私達から決して離れないで下さい。よろしいですね?」

と、俺を確かめた。「どんな証拠だよ!そんなのあるわけないだろうが。どこまでバカにすれば気がすむんだよ」と激怒していたが、その瞬間、今いたはずの部屋が消え失せ、何故か目の前にデパートで追ってきた変な連中がいる。思わず身を隠したが、居場所がばれてしまったようだ。「どういうことだ?何故急に連中が出てきた?」と、不思議な現象に驚いていたが、そんなことお構いなしに、「いたぞ!あっちだ!急げ急げ!早く片付けないと我々があのお方から抹殺されてしまう!急げ!」と、凄まじい怒鳴り声が、そこら辺一帯に響きわたる。「どういうことだ?何のことだ?」と考えながらも、住職の後ろにくっついていた。突然葵が、「ここに隠れていてください。何があろうと決して出ないでいてください!いいですね?」と俺に念押しして、勢いよく飛び出していく。住職は、彼女に「気をつけて行ってきなさい」と一言だけ言い、一歩とりとも動かずその場にいる。「なぜだ?彼女が出ていったぞ?危ないだろう?何で皆一緒に助けにいかないんだよ」と叫んだが、次の瞬間その理由に何となく、この住職の本当の強さ・尊さ・思慮深さ等に気づいたのである。以前、聞いたことがあった。「達人・仙人と呼ばれるごく一握りの中には、想像も出来ないこと、非現実的なことをいとも簡単にやってしまう強い精神力、肉体、判断力を持っている。そのため並大抵の修行ではない、相当過酷な修行をしてきている、それに耐え抜いてきた特別な選ばれた人達だ」と、テレビか何か、はっきりと覚えていないが聞いたことを思い出していた。今現実に、俺の前にいる住職からは凄まじいオーラと気迫が出ている。しかもそれだけではないほどの風圧となっている。敵がいくら銃弾を浴びせようとも一発すら当たらない、逆に俺自身ちょっとでも気を抜くと吹き飛ばされてしまうぐらいの、まるで嵐の中にいるような感覚、しかしそれでありながら、何故か落ち着いていられるそんな空間である。「こればいったい?現実なのか?」と目を疑うばかりであった。葵に目を向けると、訳のわからない連中とこれまた目を疑ってしまうような凄いスピードで闘っている、もう目がついていけない位のスピードであった。「いったいここで何が起きているんだ?ここは地球か?それとも宇宙のどこかなのか?」と、まさしく頭の中が真っ白になっていた。俺は、茫然自失状態で見ていたが、連中を確実に瞬時に一人ずつ倒している。「ピストルで撃たれているのに何故か当たらない。こいつら下手なのか、それとも当たらないようにわざとはずしているのか?あれっ、よくみると彼女の周囲だけ空気?風?が違う。あれは葵が作り出しているのか?だから、当たらないのか?」と考えていた。そんなとき、

住職が、「もう、十分だろう。この辺で終わりにしましょう」と言うと同時に、葵はその場から遠くへ移動し、住職からは凄まじいほどの気が「はっ」という気合いと共に連中に向かって放たれた。その瞬間、連中が吹っ飛び消し去られてしまった。「俺は夢を見ているのか?」と、起きているのか寝ているのかすらわからなくなっていた。気づくと先ほどの部屋にいつの間にか戻っていた。「あれはどういうことだ?わかるように説明してくれ。もう頭が変になりそうだ」と、住職に聞いた。そしたら葵が「今、ここは住職の造り出している異空間です。この中にいる限り、とりあえず安心です。我々を追っていた連中も、この中には入ってこれません。そして、さっき闘っていた空間そのものがこちらの世界の本当の姿です。連中は、邪神の配下の者。殺らなくては我々が殺られてしまう、あなたの世界の素晴らしい空気や空、同じものがこちらでも見れますが、しかし、誰か悪意を持ち邪神の封印を解き放とうとしているのです。そのため、奴の邪気に全てを飲み込まれようとしています。もし、この世界が邪神の手に堕ちてしまうと、あなたの世界も全く同じようなことになると思われます。」と、初めて何となく納得できるような説明してくれた。さらに「従って、あなたにとって裁きもありませんし、善良な神であり、その方をお守りするために私達は闘っているのです」と続けてきた。思わず神妙な気持ちとなっていた。

「だけど何で俺なんだ?」と、改めて聞くと「それはわかりません、私にも」と葵が返答した。住職が、「我々はあのお方の意思を尊重しています」と話してきた。俺は「しかし、あのお方と言っているが、像にされて話すことなんかできなんだろう?それなのにどうやって、何故わかるんだよ?」と質問をぶつけた。すると、住職が「お姿こそあのようにあられますが、心は生きていらっしゃいます。心を持って繋がることであのお方のお考えが伝わって来るのです」と言った。そこで「それで俺を名指しでもしたのか?」と問いただすと、葵が、「私達は、あっちの世界にこの危機を救えるだけの人間などいるはずがないと思っていた。むしろ私達の中の誰かだろうと思っていました。しかし、あのお方からのお言葉であったにしても最初はとても信じられませんでした。しかし、間違いなくあのお方の強い意思が伝わってきましたので、それで私がお迎えに行ったという次第です」とかなり心配そうな表情で話した。俺達の世界を舐め腐っているその言いぐさにかなり腹をたて、「あっ、そう」とだけ返事し、そっぽを向いた。そういう俺の態度を見て、住職が、「まあ、そう起こらずにお聞きください。正直なところ、私も何故あなたなのかわかりませんでした」と付け加えてきた。さらにそっぽを向くと、「何となくですが、何故あなただったのか、先程葵の闘いを見ておられたあなたの様子で、何となくですがわかったような気がします」

と続けてきた。思わず、「はあ?何を言ってるんだ!こいつ」という気持ちで振り返り住職を見ると、「前ほどの闘いの中で、私の言っていたことを何となくだと思いますが感じ取っておられたようです。こちらの世界でも中々気づく者は、残念ながらいません。そういうあなたを垣間見てあのお方のお考えが何となくわかりました」と、言いながら俺に一礼し、さらに「今から、私達が貴方を闘いで勝てるように訓練いたします。ぜひ、私共を信じて協力下さい」と、手を握りながら訴えてきた。 何とも優しく深いオーラで、まるで宙にでも浮いているのかと勘違いするくらいであった。「じゃ、一体どうすればいいんだ?」と尋ねた。住職や葵が安堵の表情で「それはよかった」と言いながら、顔を見合わせた。住職が「取り敢えず、こちらへ来てまずはお茶でもお飲み下さい。そしてお気持ちを静めてからにしましょう」と、茶室へ連れていかれた。中に入ると、厳かな雰囲気でありながら安らぎと温かい空気に包まれて、飾られている掛け軸や茶道具などどれをとって見ても、俺には初めてだったが何とも言えない空間であった。お点前で、時折する音や風の響き、全てが優雅に奏でていた。お茶を飲みほしたその瞬間、住職が突然険しい目になり、彼女に、「案内してさしあげなさい」と指示を出した。「私が思うに、ゆっくりと訓練している時間はないと思っております。従って、かなりハードで厳しいことになるかと思いますが、どうか耐えて下さい」と、優しい表情で諭してきた。〈PBR〉

モニターの前まで来た俺は、ただ彼女の指示に従った。「最初は、このモニタールームから行くことにしましょう。ご住職のおっしゃられたように想像を遥かに越えたかなり激しく厳しいと思いますが、それでも容赦はしません。覚悟しておいてください」

と、今まで見たことのない険しい顔の彼女がそこにいた。「ええっ、どういうこと?まさか、あんたが指導するの?いくらなんでもそれは・・・」と、恐怖でおののく俺に意味ありげな微笑みで

「そうですよ」と答えてきた。「女相手なら何とかなるかな?きっと優しいだろうし、いくらなんでも殺すようなことはしないよな。何せ、俺、世界の救世主何だから」と少し安心した俺だったが、そこへ住職が、「なめてもらっては困りますよ。何せ彼女はこの世界で一番強い戦士の一人ですし、それに彼女は今でもあなたのことを全然期待していないようですから、もしかしたら本気で殺しにくるかもしれませんよ!」と、鼻高々に笑いながら伝えてきた。俺は思わず「冗談だろ?嘘だろ?そんなことあるわけないだろ?」と叫んだが、俺の言葉を聞いて住職が嘲り笑いながら

「ま、まずは殺されないようにすることですな!せいぜい頑張って下さい」と囁いた。「冗談言ってるんじゃないよ!嘘だろ」そんな話聞いてないぞ?」と、あの優しい顔と想像すらしたくない闘うときの彼女の顔が頭のなかをぐるぐる駆け巡った。そんな状況ではあったが、いつどこからかどのように襲ってくるのかわからないためしばらくじっとしていることに決めた。「何をじっとしている?そちらが動かないならこちらから行くよ」と、微笑みながら、しかしその目はすでに狩りをする百獣の王のごとく鋭く変化していた。凄まじい身動きできないほどの視線を感じていたが、よく見ると彼女の手には紛れもなく鋭い光を発している刀を持っていた。奴が一歩づつ確実に近づく度に俺は同じように後退りする。「どうした?殺されるのを待っているだけか?本当に情けない奴だ!」と、俺に失望を隠せない表情で言ってきた。「これが先程までのあの葵なのか、何て殺気だよ!まじでヤバい!とにかく逃げないと!本当に殺られる」と、一目散に逃げた。今までにない必死な自分がそこにはあった。「何で、俺がこんな目に会わないといけないんだ?逃げるしかないのかよ!逆にきゃふんと言わしてやりたいが、どうすればいいかわからない!こんなことなら剣道でも柔道でもやっとけば良かった」と後悔しながらも逃げるしかなかった。本気で襲ってくる彼女を一瞬見たが、何の戸惑いもない容赦ないまさに獲物を狩る目であった。かなり走り回ってばっかりだったが、俺の心の中に少しずつ心境の変化が起きているのに気付き始めていた。もうどうでもいいやと諦めの境地になったり、全く逆のまだ死にたくない!ましてやこんなところでという気持ちが、駆け巡っているのだった。〈PBR〉

そんな中、葵が「お前はただ逃げてばかりなか?本当に失望したぞ。あのお方の勘違いでは?と本気で思えてくる。そろそろ本気で行く!覚悟しろ!」と、何故か苛ついた表情で叫んた。「そんなこと知るかよ!そんな言われてもどうすることもできないんだよ」と言い訳しながら、何故か無性に腹立たしくなり、というより、逆ギレ状態の心境に陥っていた。その頃、住職は「やっと、やっとのこと本来の自分の中にあるもう一人の自分が目覚めようとしておられる」と、座禅を組み瞑想しながら、二人の様子を見守っていた。そして彼女も俺の心境の変化を捉えていたようだ。「どうした?空気が少しずつ変化している。しかしまだまだだ。本当のこいつの姿はこんなものではないはず。そうでなければ・・・」と、本の少しだけ安堵した気持ちでありながら、もっと本気で行かなければ、本当の自分を放出できないかもしれないとさらに気を上げていた。そんなこと知る余地もない俺は、いつしか逃げながらもどうすれば反撃できるかということを考えていた。ぶっと気づけば、周囲を確認し、武器となりそうなものを探しながら攻撃を掻い潜っていた。勿論、最初の一撃で葵の本気さが、わかっていた。まさかそんな?という甘い気持ちはとっくの昔にすっ飛んでいた。やっとのことで大きな戦力にはならないだろうが、多少の反撃なら何とかなりそうなものを手にし、体制を低く保ち呼吸を悟られないように息を殺し待ち構える。誰からか教わったものでなく自ら勝手に、俺のもう一人の本能とも言える行動である。葵の真剣な凄まじいほどの殺気が犇々と伝わってくる。俺にはこれ以上走れないほど、身体全体に疲れがきていた。俺は「早く呼吸を整えなければ、間違いなくとどめを刺される」と、気持ちだけ焦っていた。身体中傷だらけだが、しかし不思議なことに、どの傷も深手ではない。「わざとはずしているのか?ふざけやがって。女だからといってもう容赦しない」という気持ちで俺はいた。彼女から、さらに激しい剣さばきと剣から繰り出される風圧で突っ込んできた。何とか必死に受けながらも、どんどん追い込まれ崖っぷちに立たされてしまった。必死の思いで、何とか体制を取りなおそうと反撃を試みるが、全く歯が立たない。そおっと崖下を覗き混むと「落ちたらまず間違いなく助からないな」と思える高さがあり、思わず足がガタガタ笑っていた。そんな恐怖を受けていながら、いつの間にか俺も相手の目をじっと見据えていることに気づく。「何でこんなに冷静なんだ?一体何が俺に起きているんだ?」と、頭の中はパニック状態であったが、「奴の速さ、正確さどれをとっても桁違いだ。どうやってこの状況から抜け出ようかな?」と、あれだけ凄まじい攻撃を受けながらも絶体絶命の状況をどうにかしようとしているし、それに何と言っても致命傷を避けている。思わず「俺って、もしかして、強い?」と勘違いするほどである。そんな時、心の中にもう一人の俺が「お前はばかか?お前に何ができる?逃げるだけだろう、本当に情けないよな!今、何とか生き延びているのはもう一人の俺が寸前で助けてやっているからだ、そんなこともわかっていないのか?ほとほと泣けてくるよ。もういいからお前は引っ込んでいろ!いい加減俺を出せ!」と俺にけしかけてきた。しかし俺にはどうすればもう一人の俺を引きずり出せるのかその手段が分からなかった。そんなことより、どうやって攻めるかだ。俺は「どうやれば反撃できるんだ?テレビでよく見るちゃんばらで構わないから、あの女より早く振り抜き叩かないと、そのためには・・・?」と考えを張り巡らせた。俺の中のもう一人が「奴が動いた瞬間では遅い。それより早いタイミングでなければ・・・」と言ってきた。俺は「だから一体どうやれば・・・?」と、俺が話しかけようとしたら、奴が「簡単なことだ。あいつの呼吸・鼓動を感じとり、それに合わせることだ。それができれば奴の動きを察知できる。どうしても俺を前に出したくなければ、お前がそれをやるんだ。お前が殺られたら俺もやられてしまう。そんなことはお断りだ。集中しろ、いいな?」とだけいい、心の中から消え去った。俺は一瞬「消えるな!もっと助けろ!」と心中叫んだが返事もないしあいつの気配も消えてしまった。奴の言ったように、まず目を閉じて集中することをやってみた。まさに茶室での時の流れを思いだし、あの神々しくゆっくりとした空間・時間の中にまさにいるような心境を得た瞬間、閉じていた目をゆっくりとした開いた。すると何となくだが、あいつの動きかたがわかってきたような気がした。じっと動いていないはずの相手が、少しずつ間合いを詰めているのがわかった。「いつだ?まだか?」と、動きを見ていたとき「もっと全身の力を抜き、相手の呼吸・鼓動・動きに合わせてみなさい」と、住職の声が頭に響いてきた。どうしてかはわからないが、俺は素直に従っていた。自分なりにあいつの呼吸・鼓動を感じとり、覚悟を決め、敵が動いた瞬間、受に行くのではなく自ら攻撃を掻い潜りながら先に振り抜くことができた。俺の攻撃があいつに当たったかどうかはわからないが、確かな手応えがあった。「あれ、今の感触!何だ?」と不思議な感覚に襲われながら、恐る恐るあいつを見た。その時「あなたもやればできるじゃない。今の感覚を忘れないで下さいね。今日はこれまでにします」と、安堵に満ちた優しい眼で見つめていた。俺は「本気で殺しに来てたよな?もしかして違ったのか?何のためにそんなことしたんだ?」とわからなかったが、そんなことなどどうでもよかった。そんなことより、あの一瞬の感覚はいったいなんだったのか、もう一人の俺から言われた通りやってみただけなのに確かに彼女から一矢報いることができた。それでも不思議なことに普段より落ち着いた自分がそこにいた。その俺を見た住職が、「お疲れだったでしょう。とりあえずお茶でもお飲みなさい。私が、煎れて差し上げましょう」と別の部屋へ案内された。そこは何とも心地よい、でもほどよい緊張感のある茶室だった。ゆっくりとした時間。先程までの殺気からは想像も出来ないほど優しく微笑ましいぐらいの可愛い葵が横にいる。俺にとっては、二度目の優雅な時間が過ぎ、いつの間にか落ち着きを取り戻していた。改めて俺に飲み方の作法を彼女が何とも心地いい声でゆっくりと教えてくれる。ためらいなどなく、美味しくいただきながら話が続く。

俺は「どっちがこいつの本当の姿なんだろう?今の彼女ならどんな男だって振り向くのにな」と考えていたら、「両方とも本当の姿ですよ」と、にっこり微笑みながら葵が言ってきた。一瞬ドキッとしたが「何で俺の心を見透かせるんだ?」と聞こえないぐらいの声で一人呟いたが。彼女がちらっと俺を見てクスクスと笑いながら「私達位になると相手の心を見抜くことができるのよ!ですから、悟られないように気を付けてくださいね、これも訓練の一つなのですから」と微笑みながら話してきた。「そんなことできるはずないだろ?同じ人間だろうが。例え世界が違っても」と言い返したら、「もちろんですよ。このぐらいのことができなければ神に支えることなどできませんよ」と返ってきた。「まるで仙人だな!まあ、俺がなるわけもないし、ましてや目指してもいないからな」と言うと、住職がにっこりと、しかし、厳しい目付きで「あなたには私達をさらに超越された存在になってもらわなければなりません」とせっついてきた。それを聞いた俺は驚愕した。それまで気づかなかった痛みが急激に襲ってきて、初めて自分の身体が傷だらけで腫れ上がっていのがわかった。彼女が「今のうちゆっくりあ休み下さい」と部屋へ連れていかれたが、それ以降は何も覚えていない。〈PBR〉

翌朝、葵が心地よい優しい声で「起きてください。訓練を始めますよ」と起こしてくれたが、よく見ると拳銃片手に笑顔で枕元に立っていた。ビックリして飛び起きたものの状況を呑み込めないままでいると、「何をしているんですか?わざわざモニターの中へ行く手間を省き、ここで始めてもいいんですよ」と冷めた目付きで俺を上から見下げていた。やっと状況を呑み込めたところで、「いや、ここはまずいでしょ」と、やっと起き上がり、モニターの前に移った。彼女の格好を見れば、今日何の訓練かは理解できた。「昨日は、剣で今日はこれか?あまりに現実からもかけ離れすぎてやいませんかって言っても聞きもしないし、どうせ説明もしてくれないんだよな?」と、天を仰ぎながら大きなため息をついた。住職が、庭をゆっくりと掃除しながら、にこにこしていた。彼女はというと、すでに物凄い殺気を放ち始めている。まるで今から狩にでもいくぐらいの感じである。「わかってるなら、早く準備しろ!」と、完全な上目遣いだ。その顔を見ながら、「昨日の茶室での可愛い女性はどこ行ったんだよ。今はどう見ても、こいつ・・・」と思ったが、「訓練と言ってもただ単なる訓練ではない!本気でやらないと意味がない。いい加減甘い考えは捨てることだ」と怒鳴ったが、「だからといって、拳銃となれば、かすっても大怪我じゃねーか?そんなのをまともに喰らったらまず命・・・。俺、ここでいよいよ死ぬか?それだけはごめんだ」と勝手なことを考えながら準備をしていた。それにしても本物を見たことも触ったことも、ましてや扱ったこともない道具ばかりだ。いい加減しびれを切らしたあいつが、拳銃の照準をつけた状態で、「何をしている?この期に及んで悪あがきのつもりで時間稼ぎか?無駄なこと!さっさと覚悟を決めて着替えろ」 とあおってきた。「そんなんじゃない」と怒りを露にしながら「道具の付け方がわからないんだよ!文句ばっかりいってないで教えろよ!」と噛みついた。そしたら、思わず吹き出しながら、「それならそれで早く言え!お前は私の獲物!こんなところで逃げることは許さない」と、非常な目付きでいいのけた。まさに背筋の凍る、ぞーとした。〈PBR〉

いよいよ訓練がスタートと同時に真っ先に容赦なく狙い撃ってきた。「ちっ、少しずれたか?まあ、一発で殺しても面白くないからな」と、余裕の表情で言いはなった。俺はただ呆然と何もできないまま、凄い痛みと意識が飛び倒れそうになったが、岩の陰に回り込み身を隠し、どこに命中したか確認しながら、「あのバカ、何言いやがる!これだけでも十分倒れるというものだ!」と独り言を言いながら、何と心臓の真横に当たっていた。ただ、全身防具で覆われているから何とか助かったが、逆にそれにしても迷いなく正確に撃つもんだと感心してしまった。「これじゃ、いつまでもつかわからんな?昨日みたいに、逆ギレだけじゃまず無理だ!どうすりゃ勝てるんだよ!」と、俺はこの現状を見て、気持ち的にもかなり焦っていた。そんな時、住職が「落ち着いて考えるのです。どうすれば勝てるのか、どうやればあの子を倒せるかを・・・」と、余裕たっぷりの声で話しかけてきた。バカにしやがってと思いながらも考えた。奴は、やみくもに撃っているわけではない。確実に急所を狙いながら、狙撃してくる。ただこいつのお陰で何とか生き延びている。しかも今気づいたが、昨日の腫れや傷がいつの間にか治っているではないか。自分でも理解できないが凄い回復力だと思った。「この世界だからなのか?俺の世界なら考えられないことだ」と、強く感じながらも、今はそれどころではない。そんなことよそに相変わらず無駄なく、的確に撃ってくる。あいつがどこにいるのかもわからず、しかも見つけたと思い構えた瞬間には標的を見失い、逆に撃たれる始末。この繰り返しであった。何故だろう、どこがそんなに違うのかと思いながらさらに頭の中で追及する。脳裏に甦ってきたのが今までに見てきた色んな映画のシーンで、頭の中をぐるぐる駆け巡っている。どのシーンだったか覚えていないが、拳銃を使えなくするためにわざと至近距離での攻防へ持ち込むという内容のシーンを思いだし、「よし、ならばやってやろうではないの?」と気合いを入れ、そのためには、とにかく相手の気配を感じれるように集中することと俺なりに結論を出した。早く急げという気持ちもあったが、今は、物音や気配を探るように全身全霊傾けて集中している。「どこだ?どこにいる?」息を殺し、じっと探る。あいつの今まで見せてきた殺気を感じ取ろうと心を無にしていく。昨日の茶の部屋での気持ちになっていた。「何をしている?せっかく待ってやっているのに、お前が来ないなら私からいくぞ」と、更なるプレッシャーをかけてきた。以前の俺ならば慌てて飛び出したり、恐怖のあまり後退りしていただろうが、今は全く違う。冷静に物事を考え、行動できていた。動揺することなく、さらに集中度が増している。と、同時にどのように近づくかも考える。それまでに逃げていた場所をゆっくりと思い出しながら、ここだという場所を直感的に見つけた。その場所は、周りを瓦礫で三方向囲まれた、そんな場所だ。ここなら俺の動きも制限されるが、それはあいつも同じはず。あいつの機動力を押さえつつ、俺の動ける範囲で闘える場所である。もちろん大きいリスクを背負うことでもある。あいつの拳銃を何がなんでも先に使えないようにすることだが、そんな都合よくいくかどうか全く何の保証もない。ましてやあいつは、格闘もかなりのレベルだろうと簡単によそうできるからだ。しかし、迷っている時間はない。何も考えず、徐々にそこへ逃げ込む。「ふう、ここまでは何とかできた。これからどうすべきか?どうしたらあいつの拳銃を押さえられるのか?」と考えているうちに、ついに奴の殺気を感じることができた。「来た!さあ、どうしよう?」と考えていたが、何と俺自身無意識に勝手に体が動いていた。壁をよじ登り屋上へ登り。殺気を殺そうと、息を潜む。本当は走り続けていたので、当然息が荒く呼吸を静めることなんかできないはず。しかし、この時は何故かわからないが、非常に冷静に判断できた。奴は、堂々と俺の気を感じながら、迷いもなく歩を進めている。「どうした?何故撃ってこないのだ?せっかくのチャンスなのに!そんなお前は私の相手ではない」と、全く慌てた様子はない。それでも今の俺は「俺に一体何が起きているんだ?」そう、以前では考えられないくらい落ち着き払っていた。さらに昨日とはまるで違い、あんなにどたばたしていたのが恥ずかしいくらいの不思議な感覚を覚えた。だからといって命を軽んじているわけではない。「本当の悪人だからといって命までも奪うのは・・・」という迷いは常にある。かといって、自分が命落としていいということにはなおさらならない。

「俺、何を考えているんだ?今、それどころじゃないだろ?目の前のなの生意気なあいつを何とかしないと?」と、あの優しい彼女の微笑んだ顔を思い出しながら照れる。「バカか?今は、それどころじゃないだろ?今のあいつは間違いなく俺を仕留めようと襲ってくる魔物!何がなんでも倒さないと!」と改めて強く願う。〈PBR〉

遂に、その瞬間が来た。ここだ!ここしかないぞと思いながらも、本当に今なのか?と迷う。俺の飛び出す速度や距離を考えると、「もう一歩待つのがいい、が、奴の瞬間の動作や正確さを考慮すると、もう後二歩待った方が・・・」とまた迷う。なかなか考えがまとまらない。そんなこと考える間にも確実に俺を殺るために一歩一歩と近づいてくる。もう迷っている隙はない。最後のチャンスとばかりに何も考えず奴目指し飛び出した。一発で思った通り奴を捕まえることができた。一瞬「やった!」と思った。

ついに拳銃を使えない状況となった。〈PBR〉

いよいよ待望の接近戦。こいつの戦闘能力はどんな武器でもちゃんと使いこなせるし、おそらく接近戦での格闘技術も相当なものだろうぐらい想像できる。しかし飛び道具を持たれていては反撃どころか近付くことすら出来ない。だから、わざと接近戦を挑むことにした。そんな俺を尻目に奴は「お前は本当のバカか?」

と、言ってきた。そんなことお構いなしにど素人ながら突や蹴りで必死に闘いを挑んでいる。奴は嫌らしいほど満面の笑みで「私が接近戦闘が得意だということを言ってなかったっけ?」と言った。俺は「はあ?何?そんなこと聞いてないぞ?」と答え、さらに「そんなこと関係ないだろうが?とにかくこの窮地をどうにかすることしか考えていない。そんなこと知ったことか?」と続けながら、手足を出すが、すべて簡単にかわされている。それどころか、まるでダンスでもしているような華麗な舞で楽しんでいるように見える。「何でこんなことしてるんだろ?」と、俺自身徐々にむなしくなってきたし、息も上がってきた。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。やっとつかんだチャンス。「後もう少し。もう少しで終わる」と自分に言い聞かせながら奴に照準を合わす。あいつの堂堂とした態度を見ているうちに膓煮えくり返っていた。自分でここしかないというタイミングで奴に襲いかかった。「やった!やっとこいつを捕まえた」と安堵した瞬間、目を疑った。俺が捕まえたものは、奴ではなく何と板の切れ端であった。「どうしてだ?今の今までここに間違いなく奴はいた。なのに何故?一体何が起きたんだ?」と全く理解できないでいた。次の瞬間、「バーン」と真後ろから声がしたので振り返ると、そこにニコニコしながら俺を見下した誇らしげな表情でそこに立っていた。悔しいやら驚きやら騙されているかんじであった。住職から「ここまで」と言われ、さらに「お茶室へお越し下さい。ゆっくりしましょう」と誘ってきた。意識も気力も全て吹き飛び、もうろうとなりながら茶室へ向かう。

ここへくると不思議と落ち着く。まだ二日目に過ぎないのに何故か精神・肉体共にリラックスし、見えなかったものも見えてくるような感覚に陥る。「そのまま、目を閉じて下さい。そして何も考えず、かといって寝るわけでもありません。何も余計なことを考えず、ただ集中してください」と言い、住職も自ら目を閉じた。俺もその通りにしてみた。〈PBR〉

あれからどれくらいの時間が経ったであろう。全ての迷いが吹っ切れ、清々しさえ感じる自分がそこにいた。「どんな状況であろうと、何が起きようとも今のあなたそのものが一番大切なことです。冷静かつ正確な判断ができるのです。よろしければこのまましばらくここに居られても構いませんよ」と言いながら、どこかへ行ってしまった。俺は動くことも出来なかったが、この居心地のよいこの部屋でそのまま寝入ってしまった。「ここではいくらなんでも・・・。神聖なお部屋ですよ、住職?」と彼女の声が聞こえた。「いいのです。今日はお許ししましょう。あのお方もきっとそうされるはずです」と彼女を諭した。二人ともそのままどこかへ去り、気配すら感じられなくなった。俺は、そのまま気を失なったかのごとく深い眠りについた。〈PBR〉

急に目の前が明るくなり、気づくとそこには今までに見たこともない何と艶やかで神々しく、優しい愛に満ち溢れたオーラを強く放つ女性がいた。「お前、誰だ?」と尋ねると、「あなたをこの世界へ導いたものです」と、包まれてしまうような笑顔で返してきた。「そうか、あんただったのか、俺をこんなところに連れて越さしたのは。なら一つ聞いてもいいか?」と、俺が切り出した。何とも優しい微笑みを浮かべながら「どうぞ、何なりとお聞きください」と返答してきた。そこで俺は迷うことなく「どうして俺なんだ?俺は闘ったこともないし、弱い男だ・・・」と、不思議そうに、さらにこのまま元に戻してくれないかなという淡い期待を込めて尋ねた。「そうですね。あなたにはある運命が定められています。これはどうしようもない逃げられない定めなのです。実際、ここ二日で相当な訓練を受け、その度にかなりの傷を受けておられましたが、どうですか?」と逆に質問された。よく考えると、あれだけ大怪我をしたし腫れも酷く、本当に普通なら数週間、いや、それ以上の状態だったのが、一眠りして起きると治っていた。痛みや腫れも見事になくなり元の俺に戻っていた。

こっちの世界だからなのかと考えていたが、もしかして、別の理由があるのだろうか。そこで「何故、こんなことが起きているのか教えてくれ!」と聞いた。「それもいづれわかることです」とにっこりしながら答えた。「どういうことだ?教えてくれてもいいじゃないか」と内心思いながらもうつむいて黙った。周囲が明るくなり、それでやっと目覚めた俺だったが、そこには誰も居なかった。「全くもって不思議な夢だ。本当にいたはずだ思ったけど、夢だったのか」とちょっと疑いながらも朝食を貰う。いつもなら住職か、彼女が「さあ、訓練開始です」と声をかけてくる時間であったが、今日はゆっくり過ごしている。「どうしたんだろうな?もしかして今日は訓練なしかな?なら嬉しいけどな」と一人密かに喜んだ。そこへ住職が、「お喜び中、申し訳ありませんが、今日の訓練は、もう少ししてから始めます。昨夜、あのお方があなたのところへお越しになられました。我々は気づいていましたが、そのままお二人でお話しなさるのが一番よいだろうと考え、そっとお見守りしておりました」と話してきた。「そうかやはり夢ではなく本当だったんだ」と初めて実感した。「何故、あれほどの大怪我が翌日には治っているのかなど、あなたにとっては不思議に思われるでしょうが、これはどの世界かなど関係なくあなた自信の中に眠っておられるもう一人の存在が、されていることです」と住職が話してきた。俺は思わず驚き、「もう一人の存在?」と聞き返した。住職はうなずくと共に「そうです。その通りです。少しは気づいておられるようですが、最初、あなたをと指示を受けたとき、正直疑いました。本当でしょうか?あるいは何か別の目的がおありなのかとも思いました。しかし、この二日間あなたを試させて頂き、あなたの本当の姿を垣間見ることができたことで、何故なのかやっと我々にも分かってきたところです」と続けてきた。俺には何のことだかさっぱりわからず、完全にお手上げ状態である。「夢ではなかったんだ。本当に美しく凛とした誰よりも女性らしい高貴な感じ。と、同時に誰よりも強く気高い戦士としての風格をも持ち合わせ、それでいて溢れでらんばかりの愛、本当に素敵な女性だ」と、いつの間にか俺も心底敬意を払っていた。そういう時、彼女が「さあ、そろそろよろしいかしら」と、冷たい一言が放たれた。俺はそれを聞いた瞬間、肩を落とし「もうちょっと気を効かせろよ!」と怒りをとっくに通り越し、かなりむかつく表情で奴を見上げた。「いつまでもあのお方のことを考えてるんじゃないわよ!」と言わんばかりの厳しい目付きで俺にガンを飛ばしてきた。仕方ないなと諦めの態度で「ハイハイ!わかりましたよ!それで今日はどんな訓練?」とわざと聞いた。こいつは思いっきりにやっと笑いながら、「さらにレベルをあげていくよ!」と嘲り笑ってきた。俺は、正直レベルをあげると言っても何のことだか理解できなかった。二日間の訓練だってかなりのものだったと思うが、それよりアップするとはどういうことなんだと興醒めしてしまった。住職は反対側を向き、それでもニヤリとしているのがわかった。〈PBR〉

いつものモニター前にきて、初めて気づいたことがある。それはモニターの右下に小さい数字で「1」と示されているのだ「あの数字は何だ?」と聞いてみると、「彼女のお話ししたレベルですよ」と、さも意味ありげな表情で、住職が教えてくれた。そこで聞くのも怖かったが、「最高レベルは?」と聞いてみた。二人とも呆れ顔になりながらも、「最高レベルというのは特にありません。あなたが作り上げていくものですよ」と説明された。「俺が作っていく?どういう意味だ?」と聞くと、「あなたの戦闘能力が高くなればなるほど上がっていきます。従って限界はないということです」と、住職が真剣な表情で説明された。「上限なしって、ところで、お前はどんなレベルなんだよ?」と、彼女に聞いてみた。「あなたの今のレベルが、だいたい私の十分の一ぐらいというところですね」意味ありげな嫌な微笑みで答えてきた。たった数日のことだから仕方ないよなという心境だった。〈PBR〉

「さあ、今日から少しレベルアップしてもらいますよ!急がないと間に合いませんから」と突然言われ、その声に驚きステージに急いだ。思わず「誰だ?こいつは?お前より強いのか?」と葵に聞いた。というのもいかつい体格で何とも鋭い眼光で俺を見ている男がそこにいたのだ。「紹介いたします。この人は、雷雲と言いまして神の化身と言われるぐらいとてつもなく強く、そして私の師匠でもあります。本来ならば、まだまだ紹介できるレベルではないのですが、今回ばかりは時間がないのでやむ終えずこの方をお連れしました。微笑みながら生きて帰れると思わないでください。よろしいですね!」と、さも嬉しそうな表情で俺に言った。「あいつの師匠?そんなの聞いてないし、神の化身と言われるぐらいならこいつが闘えばいいじゃないか。それなのに何で俺なんだよ?どうして俺でないといけないんだ?」と、改めて俺の心の中で不満が大爆発していた。〈PBR〉

雷雲が俺の心を見透かしたように「お前の気持ちや考えなどどうだっていい。奴に勝つために俺の全てを叩き込む。あの子のレベル等、軽々と超えてもらうぞ」と言い放つや否や、いきなり向かってきた。「えっ、武器は?何の訓練なんだ?」と叫んだ。奴がにっこりと余裕綽々の表情で「武器に頼るな!お前の付いている全て、手・足・頭が武器だ!」と叫んだ。俺は当然のごとく混乱していた。「では、今まで何のために剣やピストルとかの飛び道具の使い方や、闘いをしたんだ?」と。そんな考えている余裕などはないぞとばかりに「今は体で感じとれ!」と、言いながらさらに厳しい目付きに変わっていた。奴の全身から出ている気を集中し感じ取ろうとした。俺が、ここでの訓練で学んだ唯一の方法で凌いでいた。ところが今日はどうだ?全く通用しない。こいつの攻撃スピードが今までと全く違うし、その攻撃一つ一つの威力も半端じゃない。動きを見てからでは受けることすらできない状態。それ以上に反撃なんか出来ない。一体・・・!何とかしないと」と、ぐだぐだ考えている間に、身体中アザだらけ、骨も砕かれている。それでも攻撃を止めず、鬼の形相でさらに仕掛けてくる。その瞬間からの記憶が全くない。「動き出してからではダメだ。動く前に何とか察知しないと?でも、今の俺にそんなことできるのかよ?」と色んなことを考えながら色々と試みるが、全く無駄であった。もう、立っているのかどうかさえわからなくなり、目の前が真っ暗になり頭もぼーとなって、気が遠くなってきた。「いつもならもう一人の俺がしゃしゃり出てくるはずなのに今日に限って全然出てこない。どうしてだ?もう完全にグロッキーなんだ。出てこいよ!」と、必死にあいつに叫ぶ。しかし全く無反応である。諦めたとたん膝からがっくりと倒れこむ。そのまま飯も食わず眠り込む。ふっと気づくと、またあの慈愛すら感じる優しいオーラ。しかし、目を開けることすら出来ないが、優しく微笑んでいるのがわかる。〈PBR〉

「いつまで寝ているんだ?始めるぞ」と雷雲の低いどすのきいた声で、最悪の目覚めだ。「今日は俺が訓練なんて出来る分けないだろ?勘弁してくれよ」と言いながら、ふてくされながら布団をかぶり直した。そしたら不思議なことにまた「あれ?痛みがない。それに骨も砕かれていたのに・・・!何でだ?そんな馬鹿なはず?」と、恐る恐る起き上がった。まただ、傷が全てが癒えているし、骨も元通りに治っている。「どうして?わずかな時間でどうして元通りに?」と、我を疑う。もう訓練が始まってからずっと同様のことが繰り返されている。そして激しい恐怖の時間がまた繰り返される。今日は、昨日以上に殺られてしまい全身から血が吹き出ている。途中からは全く記憶すらなかった。〈PBR〉

「傷が一晩で癒える不思議な現象を今夜こそその・・・。絶対何かあるはず、絶対に間違いない。それを今夜こそ突き止めてやる」と、そんな思いで寝た振りをし、今か今かと待ち構えているが、誰も来ない。「おかしいぞ、これは?俺の考えを見抜かれたか?」と、そのうち「どうでもいいや。とにかく今は寝よう」と気持ちを切り替えて眠りに入ろうとしたその瞬間、「あれ?少し痛みがあるが、訓練終了の時とは全く違う」あれっと思い、起きて自分の身体を観察してみると、腫れも傷もかなり治ってきているではないか。「ということは、俺自身が治している?いや俺はなにもしていない。それなのに勝手に治るとは一体どういうことだ?」考えれば考えるほど気分が悪くなってきた。大きなため息を一つ突き、そのまま眠りに入る。〈PBR〉

翌朝も雷雲のあの声で起こされる。そこには怒りなど当に過ぎた心境で「ハイハイ」と言いながら、布団をたたみ、片付ける俺がいる。以前の俺では信じられないことだ。何せ布団は万年床で畳んだことすらない、ゴミもそのままで散らかしっぱなし、全く片付けなどできなかった。それがこちらへ来てからというもの生活リズムも変化していた。〈PBR〉

激しい訓練が続く。相変わらずド派手にやられてばかりだ。一体どうすれば勝てるのか全く見当すらつかない。もう一人の俺も全く反応しない。肉体的にもかなり筋肉がつき、これが自分なのかと目を疑い、惚れ惚れするぐらいの体型になっていた。〈PBR〉

どのくらい日にちが過ぎただろう、茶室でのことだ。俺にとって、楽しい唯一精神的にくつろぐことのできる時間となっていたが、そんな時雷雲が、「お前に足らないものがある。それはもっと集中力を高め、周り全体を気で感じることだ。お前自身の気で闘うことだ。目で見てからでは遅い、気で感じることだ」と言った。俺が何を言っているのかわからないという顔でいると、「こちらへ来たばかりの頃のあなたに気など全く感じられませんでした。しかし、訓練を受けることにより少しずつですが確実に出て来ておりますよ。さらなる精進をお願いします」と、住職が説明してくれた。俺は「へー、俺にもその気とやらが出てるんだ。知らなかった」と納得できないでいたが、しかし、訓練で気づいたものもある。それは、あれだけ全くついていくことすら出来なかったのが、何とかやられながらも、少しずつではあるが傷も少なくなり、攻撃も何とか致命傷を避けられるようになっていたことだ。剣の時や、ピストルの時の心境の変化が大きく左右するということもわかっていた。「何かはわからないが、自分の中の何かが変化しないといけないのか?それはなんだろう?だから奴も出てこないのか?」と、モヤモヤした気持ちで訓練に望んだ。奴は、俺の心の変化を見ながらさらなるオーラを放っていた。「一体どこまで大きくなるんだよ。こいつの本気度は一体どこなんだよ!」と、恐ろしかったが、逆に必ずそこまでなってやると、まるで楽しんでいるかのような俺がそこにいた。〈PBR〉

さらにここ数日の訓練で変化してきたことがある。あいつの攻撃をかわせるようになってきた。反撃までは行き着かないが、何故かあいつの考えや攻撃がわかるようになり、さらに呼吸が読めるよになっていたのだ。最初のころは何度も殺されていたが、それらを掻い潜れるまで成長しているということが自分でもわかっていた。「俺の今のレベルは、どのぐらいになった?」と思いながらも、あえて聞かなかった。今日の訓練を終えて、いつものように茶室へ向かう。〈PBR〉

異様な感覚を感じる。ふっとその方向を見上げると、以前はどんより重い雲だけの空が、今は全く違う。その空気に触れただけで殺されそうなぐらい、恐ろしいほどの邪気だ。しかし、恐怖のあまり立ち尽くしていたあの頃とは比べ物にならないくらい、真正面に立ちはだかっている自分がいた。「大丈夫か?あれを見て何ともないか?」と、あいつが話し掛けてきた。俺は、雲から目をそらすことなく「ああ、もちろんだ。それにしてもあの邪気の大きさは一体・・・?」と質問した。あいつがかなり不安げな表情で、「彼女は大丈夫でしょうか?」と、優しく住職に話し掛けた。「かなり厳しいようです。どこまで持ってくれるか?」と心配そうに返答した。俺は何のことか全く理解できずにいたが、最近彼女の姿が見えなくなっていたことには気づいていた。「また新たな仲間でも探しにいってんだろう」ぐらいに気軽に考えていた。しかし、それは全く違っていた。「あなたの成長に邪心が気づき、それであなたの成長の邪魔をしようとしているのです。そこで、彼女が中心となり命に変えて邪気を浄化しております。それもいつまでもつかどうか・・・?」と、改めて住職が説明してくれた。「もう、一刻の猶予もないということだ」と、雷雲が付け加えた。「じゃ、休んでいる場合ではないじゃないか!続きをやってくれ!俺をもっと早く鍛え上げてくれ!邪心という奴に勝てるように」気だけが焦った。雷雲が、「まだ、早すぎる。今闘うと、一矢報いることすら出来ない。今は焦らずもっと自分を磨くことが先だ」となだめ、さらに住職が「身体を休めるときはしっかり休めることが大事です。ゆっくりと確実に落ち着いて進めましょう」と、俺の肩を叩いた。悔しさと怒りと情けなさが交差した。〈PBR〉

葵のことが心配でとてもゆっくり休むことなど出来るはずなどなかった。どのように闘っているのか、どんなに辛く寂しく厳しいか想像すらできなかった。そうした無駄な時間を過ごしていたその時、とんでもない気を感じた。「一体これは何だ?」と思いつつ、その気を辿った。茶室の前まで来たが、障子を開けることさえ出来ない、もし開ければ遠くまで弾き飛ばされそうなくらいのとてつもなく強いオーラを感じた。茶室の中から「何をやっている!今はゆっくり休め!明日からはいよいよお待ちかねの最終段階に入るぞ」と雷雲の声がした。二人で何をしているのか、全く想像できないが、彼女と一緒に闘っているんだと強く感じ取れた。なにもできず苛立ちを覚えながらも部屋に戻った。座禅をくみ、彼女の心の支えに少しでもなればとの気持ちからが自然と行っていた。〈PBR〉

翌朝、雷雲から「夕べは少しは寝れたか?」と聞かれたが、俺は「いや、寝れなかった」と素直に返答した。しょうがないなという表情でありながらも「あいつにもお前の気持ちは通じただろう」と、大きなため息を吐きながら言った。思わず俺は「葵に何かあったのか?」と動揺しながら聞いた。「いや、今までは何もない。ただ、ある瞬間、今までの葵のレベルでは考えられない凄まじい気をだしはじめたから・・・、しかしそれでもかなり厳しい状況になっているのは事実だ。後はお前次第だ!早くお前自身が闘えるように、いくぞ!」と、いきなり攻めてきた。ビックリし、最初の一歩が遅れたが、何とか避け反撃の体勢をつくる。しかし、その頃には次の攻撃体勢を整え攻めてくる。これは昨日までであった。しかし今日は、奴も驚くぐらい反撃の体勢を自然と整えられていた。案の定、いとも簡単に交わされたものの、反撃までもっていけたことが、俺の自信に繋がり、勇気へとなる。そのお陰で、奴も距離を取り始めていた。〈PBR〉

何故か俺は接近戦を望んでいた。おそらく邪神との闘いは接近戦になると思っていた。思いきって飛び込むんでみるが、雷雲はまるで待ってましたと言わんばかりに、「お前、俺の最も得意とする闘いを知っているか?」と余裕綽々で話し掛けてきた。そんなこと知ったことは知らないし、それどころではないというのが正直な気持ちだった。「俺の最も得意な闘いは接近戦だよ。今頃気付いても遅いがな。いかんせんこの闘いを望んだのはお前だからな」と嫌らしいほどの笑みがこぼれていた。今は雷雲の表情などどうでもよく「あいつは今も、こんな程度ではないもっときつく辛い闘いをしているんだ。俺が早く行ってやらないと、俺がここにいる理由がなくなるだろうが・・・」と心の底で願った。〈PBR〉

「おい、余計なことを考えている暇なんかないだろ?」と、雷雲が相変わらずにやつきながら諭してきた。その時のやつの顔を見た瞬間、今まで感じたことのない怒りがこみあげて来たのが分かった。何かが吹っ切れたような、身体が異状に軽く、考えるより早く、自分の意思とは無関係に何でこっちに動く?逆だよというぐらい、勝手に動いている。そして、気づくと奴と五分五分の勝負をしている。攻撃を受けても気を失うことなく、いや、そんな余裕などなかったというのが本当だろうが、しかも今朝気づいたが、住職とこいつも寝ずに彼女と一緒に闘っているのだ。俺の訓練なんかしている場合ではないはず、それどころか本当なら真っ先に彼女のところへ行きたいはずなのに、それなのに、俺のために感情を押さえ訓練してくれているんだと、初めて気づかされた。しばらくして、雷雲が「今日はここまで」と言い、訓練が終了した。雷雲も俺同様、息があがっていたが、何食わぬ顔で「今夜はゆっくり休め!いいな!」と言い残し、どこかへ行ってしまった。どうせまた茶室で住職と二人、葵を助けるために何かするんだろうなと思ったが、そこには雷雲の姿はなく住職だけが待ち構えていた。どうしたんだろうかと思いながら中へ入ると、住職が安堵した面持ちで「よくこられました。今日までよく耐えていただきました。普通ならもっとじっくりと時間をかけ育てていくのですが、今回は特別なあってはならない異例の事態となり、急を要したのです。雷雲は、あのお方のお守り約であり、共に闘ってこられました。彼の実力は私どもから見てもあのお方と同等と思っております。それでも、邪心には勝てないのです」と、きっぱり言いきった。俺は思わず「ちょっと待ってくれ。女神様と共に闘っていた?邪心を封印した女神と同等の力があるなら勝てるんじゃないのか?」と、聞き返した。とても優しい眼差しで住職もうなずきながら、「確かにあなたのおっしゃる通りです。それでも勝てないのです。そこには我々でさえ理解しがたい理由があるのです」と続けた。俺は息を呑み込みながら敢えて聞く。「どのような理由なんだ?」と。住職が、「あなたもお感じになられたと思いますが、あの女神様は、誰も持ち得ない大きな慈愛を持っておられます。しかし雷雲は確かに強いのですが、彼もまた慈愛をお持ちなのです。邪心にはもちろん慈愛の欠片もないのですが、彼の慈愛が本当の闘神になるには邪魔なのです。どんなに強くとも、慈愛など持たない本当の闘神でなければ、あの邪神には勝てません。」なんとなく違いが分かったが、「そんな慈愛なんて、俺は持ち合わせてなどいない。だから、俺なのか?今はどこにいるかもわからないが、もう一人の俺、闘い好きなもう一人がいるからなのか?」と、尋ねた。「あなたは気づいておられないよですが、私にはわかります。あなたの心のなかにも慈愛が存在します。しかし、あなたの中のもう一人は、間違いなく慈愛など持ち合わせてなどおりません。そのもう一人を自在にあなたご自身コントロールできれば、必ず本当の闘神となれるはずです。残念ながら、まだ完全にコントロールされていないようですが、あのお方が何故あなたをお連れするようにとおっしゃったのか、今は十分理解できます」と返答してきた。俺は、「解放?何のことかさっぱりわからん」と、呆れ顔でこたえた。住職がさらに、「あなたは今までの訓練で実際に何度も殺されました。本当には殺してなどいませんが。そして、かなりの深傷をされましたが、不思議なことに普通なら数日、いや、それ以上、下手をすれば数ヶ月は要するだろうだけの怪我をわずか一晩で自然治癒されていました。私はそれを見たとき、なぜあなたなのかやっと理解できました。あなたこそあの方の分身、生まれ変わりなのだと」と続けてきた。俺はそれを聞いて、「確かに自分でも信じられなかったが、いつの間にか治っていた。あれはどういうことなのか?」と、俺自身不思議と思っていたので、尋ねた。そしたら住職がうなずきながら、「あれは、こちらの世界では神にしか出来ないことです。傷ついた人を、生き物をその幹部を撫でるだけで治すこともでき、何よりその方自身が闘い傷ついてもその場で自然治癒されると聞き及んでおります。それが出来る方のみ闘神。過去にそのような方が一人おられましたが、おそらく私が思うにあなたこそ、その方の生まれ変わりだと思われます。あのお方は、おそらくその事を見抜き、あなたをここへ誘ったのでしょう。もっと自身を信じ、心の奥底に眠っておられる闘神の心を呼び起こすことです。それができたとき、あなたは本当の神となられるのです」と。しかし、そんなことを言われても全くそのような実感もないし、本当なのだろうかと疑った。「もっと私たちを信じていただきたい。あなたご自身、私達を信じてくださらなければ、我々もあなたと心を共に一闘えません。どうか信じていただきたい」と、初めて住職が頭を下げてきた。俺はどうすればいいかわからずその場に棒立ちのままだった。〈PBR〉

「これから、一体どうすれば・・・」と、俺が尋ねると、「正直、闘うにはまだ早いです。しかし、邪心もあなたの存在を感ずいたようです。それで、邪魔立てをしようとしているのです。今はとにかくあなたの心力を開花させることに全神経を集中して頂きたい。力では及びませんが、あなたの心眼はあのお方も認められておられるように、そこが、闘いに勝つための鍵になると思われます」と、住職が目を見ながら返答してきた。さらに、「もし、よろしければお茶室で精神修行を行ってください。それこそ一番の成長を得られるでしょう」と続けた。俺はなにも言わず中に入り、静かに座禅を組んだ。住職がいつものようにお茶を点ててくれ、それを美味しくゆっくりと飲みほす。すると精神的にキツかった訓練が、楽しい時間となって思い出させる。そしてさらに、ふっと気づいたことがある。それは、訓練の途中で我を忘れた瞬間、明らかに自分とは違う意志が加わり、第二の自分とでも言おうか、別人になっていることだった。「一体どうなっているんだ?誰なんだ、あの時の俺は?」と、自問自答をしていると、

「それが、あなたの心眼と言われるものです」と、住職が説明してくれた。俺が、「二重人格なのか、俺の中にもう一人の俺が居るってことは?そんな馬鹿なことあるのか?」と、驚きながら尋ねると、「二重人格とは明らかに異なりますが、あり得ます。それが、武術における最も崇高な心境、つまりは無心の境地と言われるもの。誰にでも会得できるものではない、しかもそれをあなたご自身で極める、これがもう一人のあなたを覚醒させ、心眼で闘うことができるのです」と。〈PBR〉

そこへ雷雲が、「葵たちは、明日まで持つだろうか?」と、不安げな表情で言った。住職が、「おそらく大丈夫でしょう。ここは彼女たちに任せましょう。何とか踏ん張ってくれるでしょう」

と、切なる希望とも言える表情で返した。雷雲は俺に「我々から指示があるまで、絶対にここを動くな!そして出来る限り精神修行に励め!いいな?」とだけ言い残し、強い意思の姿で、その場を歩き去った。「さあ、ゆっくりされながら、座禅をしてください。そして、何より強い精神力を持てるように、何のために闘うのかお考えください」と、厳しさの中に優しさを兼ねた目付きで言った。〈PBR〉

「何のためにか?何もわからないし、俺自身どのぐらい強くなったのか、邪心という奴がどんな奴なのか、どれ程強いのか、全く想像すら出来ない。しかしやるしかないんだよな?負ければ俺は死ぬだろうし、両方の世界も暗黒になってしまうんだろうからな。たぶんな?」と、自分に言い聞かせながら、お茶室から見える立派な日本庭園を拝見しながら座禅に没頭した。〈PBR〉

そのころ、葵達は邪心を何とか封印場所から出れないようにするため必死に闘っていた。邪心の下部達と激闘を繰り広げ、呪文を唱え続けていた。そんな仲間達が次々と倒されながらも、同様に奴等も倒れた。住職と雷雲二人は、その仲間達を守るためにあのお方の前で祈祷していた。さらに仲間が倒される度に身体の一部に傷をおびながら、それでも痛みなど感じることなどないぐらいの気迫で闘っていたのだ。そんなことを、全く知らない俺であった。〈PBR〉

どのくらい時間が経ったか、突然俺の心の中に悲鳴が響き渡った。「もうこれ以上、耐えられない。もうこれ以上は抑えきれない」と。さの声の主は葵だった。その瞬間俺は「今、立ち上がらなければ、彼女まで殺されてしまう」と感じた。指示を無視する形になったが、今の俺はどこにいけばいいのかさえわからないはずなのに勝手に身体が動いている。そして心の中にも一切迷いはなかった。〈PBR〉

「ついにこのときがきたか?まだあまりにも早すぎたと言わざるを得ませんが、ここは一つあの方の覚醒を信じるしかありませんね」と、雷雲に相槌を求めた。雷雲も「奴は己自身気づいてないでしょうが、この短期間で私をも越すほどのレベルに到達出来たのです。後は、住職のおっしゃる通り、闘いの中で覚醒できるか否かだけです。ここは、奴を信じるしかありません」と、返してきた。〈PBR〉

俺が、急ぎ足で進んでいると、少しずつではあるが葵の気配を感じとれてきた。俺は「もうすぐだ。もうすぐそこに着くから無事でいてくれ」と心の中で叫びながら、導かれるまま全力で走った。一歩一歩近づく度に、今までに感じたこのない恐ろしく暗く重苦しく、一瞬でも気を抜くと闇の中に呑み込まれてしまいそうな、そして何よりも強い邪気を感じていた。それでも俺が闘えるまで命をかけて奴を解放させないように必死に守っている仲間達が沢山いる、今ここで逃げるわけにはいかない。「俺に求められたもの!命とは何なのか?仲間とは?己自身とは?覚悟は決まっている」と自問自答しながら、さらにスピードアップをし敵の懐に乗り込む。〈PBR〉

敵地に着き、辺りを一望するとそこには修羅場となった、この世のものとはとても思えない、血生臭い異様な光景が目に飛び込んできた。血の気も無くなってしまうような無惨な仲間達の姿があちこちにあった。「葵は?無事なのか?」と、彼女の気配を探ると、その修羅場の中心にいた。その姿は、今にも息絶えそうなぼろぼろの状態であるが、しかし、あの姿からは想像すら出来ない誰よりも強い意志、闘争心、さらにあのお方にも似た慈愛を持ち闘っていた。俺は、「よかった、間に合った」と胸を撫で下ろした。〈PBR〉

葵が「何をボーッとしている!もうすぐ奴は完全復活する。今だ!今奴を・・・」と、安堵と疲労困憊の状態で呟いてきた。俺は、そんな彼女に「おい、大丈夫か?しっかりしろ!」と、そういうのが精一杯だった。それに奴に対し怒り大爆発し、「こんなにしやがって!絶対お前だけはどんなことがあっても許さん」と血が逆流を覚えた。葵が、「あなたを何故?こんな弱い奴では無理でしょうと、ここ最近まではずっとそう思っていましたが、ここ数日で想像を遥かに超えて成長していくあなたの強い心を感じ取り、なぜおのお方があなたを選んだ理由が解ってきました。それでも今のあなたでは奴には勝てません。その理由は私にもわかりませんが、あなたに垣間見た本当の姿を呼び起こし、そうすれば間違いなく勝てます。そして私達の念願でもある、闘いが永遠に終わるはずです。ですから、私達も例え命朽ち果てようと一緒に闘います」と、瀕死状態なのに気丈に言った。ただ俺は、「わかった」とだけ返事をし、彼女を安心な場所へ移し、さらに突き進んだ。「確かに今の俺だけでは無理かも知れない。しかし、これ以上犠牲者を出したくない、出すわけにはいかい!何がなんでも俺が勝たなければ・・・」と、そこには不安など微塵の欠片もなかった。〈PBR〉

今にも一気に噴出しそうなぐらいの邪心に満ち溢れた邪気が充満している。普通の人なら呑み込まれ死んでいるだろうが、今の俺には何ともなかった。それどころか、冷静に奴の居場所をはっきりと掴んでいた。俺は、颯爽と構え、迷うことなく一撃を繰り出したとたん、邪気の一空間がきれいな空気へ変化していった。

それを眺めていた邪神が、「ほー、少しはやるではないか?こちらへ来た頃とは比べ物にならないな」と、何とも例え難い低い背筋も凍るぐらいの声で、しかもにやついた汚い顔つきで言い放った。さらに「それでも残念ながら今の闘神では、私には勝つことなど不可能。あいつの強さに比べれば全く大したことはない。これでは、せっかくの復活祭なのにもの足らないな」と、ほざいてきた。しかし、俺には彼女の姿を見たからだろうか、奴の言うことなど全く意に介することなく、むしろ落ち着き冷静な気持ちである。勝てる相手ではないということは、奴の気を感じたときからわかっていた。それでも全く臆する気持ちなどどこにもないのである。その理由はわからないが、ただ言えることは、捨て鉢でもない、一矢報いることでもない、俺の中の何かがそうさせていることだけははっきりと感じていた。「これが、住職や雷雲の言っていたもう一人の俺なのか?」と思いながら、でもどうすればもう一人の自分を覚醒できるのかわからないままである。その時は、そのうち必要があれば勝手に覚醒するだろうぐらいの気持ちだった。〈PBR〉

邪神が、「未だにお前の実力をお前自身分かっていないようだな。俺は、以前のようにお前とワクワクするような闘いをしたかったが、こうなっては仕方がない。だからといって一気に殺しては面白くない。復活祭の余興として、人間のあの苦しみ、恐怖のあまり声すら出せないときの顔、最高の舞台で殺してやろう」と嘲り笑っていた。俺は、微動だにせず、ただじっとその場に立っていた。奴が、「何をしている?恐怖のあまり動くことすら出来ないのか?お前はそんなに弱いのか?おかしいな?あれは俺の勘違いだったのか?」と言った。俺は、「こいつ、何を言っているんだ?勘違い?どういう意味だ?しかも以前?俺は、昔こいつと闘ったことがあるのか?」と、思いながら、奴の気を探った。すると奴が、「来ないならこっちから行くことにしよう。俺の気を読もうとしているようだが、それは無理なことだ。今のお前などに読めるはずがない」という声と共に、凄まじい連続攻撃をしてきた。自分でも不思議に感じるほど、奴の攻撃を軽々とかわした。奴の気を読んでからの動きではない。いやむしろ、そうなのかも知れないが、何となく奴の動きが読めているのは事実である。〈PBR〉

邪神が、「ほおー、私の連続攻撃をかわしたか?これはこれはなかなかお見事!今ぐらいなら避けることも出来ない攻撃といこうではないか」と余裕たっぷりな言い方で、次なる攻撃をしてきた。周囲の風・空気が複雑に入り乱れ、俺と奴のお互いの気が凄まじい勢いでぶつかり合っている。少しでも気を抜くと一気に殺られてしまうだろう空気の激流が起きている。その中でも、俺は逃げることなく奴の全ての攻撃を全て跳ね返していた。奴の「俺の本気はこんなものではない」という声が今にも聞こえてきそうな感じだった。もちろん俺には余裕などは全くないが、何故か奴の攻撃がわかり交わしているのだ。自分自身、不思議な感覚である。「これが、住職の言っていた無の境地なのか?勝手に身体が反応している」と、思った。当然、今のところは奴も本気ではないというのはわかっていた。というよりは、むしろ今の奴を倒すより、奴自身の本来の姿・強さになってから倒したいという欲望に襲われていた。もちろん十分過ぎるぐらい不利なのは理解していたが、女神はそれでも闘い抜いたのだから俺もという気持ちだった。〈PBR〉

邪神が、「なぜ、来ない?それとも攻撃できないくらい怖いのか?まだまだ本来の姿には程遠いのに、俺を倒すなら今だぞ?今でさえお前がこの私に勝てるかどうかだぞ」と、痺れを切らしたような声で挑発してきた。しかし、何故か冷静な俺は、「待っているんだよ。お前の本当の姿・力になることを!」と、ゆっくりと返答した。邪神が、突然けたたましく笑いながら、「お前は馬鹿か?私がわざと力を抜き、気も押さえてやっているのさえわからないのか、この馬鹿が!」とかなり苛立ちにも思える声で言ってきた。さらに「ならば、望み通り見せてやろう!私の本当の力を」と大きくため息をついた次の瞬間、今までの奴とは異質でとてつもなく大きな澱みきった邪心だらけの気が充満していた。一瞬奴を見失ってしまった。「しまった!どこに行った!早く探さないと」と、少し焦りながらも、冷静に「気を感じろ!あれほどの気だ。必ず察知できる」と考えいた。ところが、あまりにも凄まじい邪気のためにこの空間すべてが、同じように感じられてしまっていた。俺は「これはまずい!このままでは俺が殺られてしまう!何とかしないと・・・」と、気持ちばかりが先行してしまう。奴本体の邪気をやっと感じ取ったときは、瞬間的移動しながら、俺の真正面で凄い邪気を纏いながら拳を振りかざしてい。俺は、直感的に「この拳に触れたらまずい」と感じ、真横に跳びながら何とかかわした。直撃は避けたものの、その風圧と邪気の凄いことと言ったら、というのも間違いなく交わしきったはずの皮膚が引きちぎられたような感覚さえ覚えるほどの激痛が走ったのだ。俺は内心、「やばい、ヤバイ!こんなに凄いとはな?雷雲でも勝てないはずだよな。この威力だもんな?」と思った。そんな時、雷雲から、「なぜ、奴が完全体になる前に倒さなかった?お前、何か勘違いしてないか」と、怒りの声が聞こえてきた。「お前こそ、全くわかってないな」と俺は思いながらも、奴の気配を感じとろうとさらに研ぎ澄まされた慣性を自らに課した。何度も拳を交わしたことで、何となくだが奴の動きを見れるようになった。が、どう反撃しようか悩んでいた。そうしているうちに、奴はさらにパワーアップしていく。俺は、相変わらず奴の動きに目が追いつかないが、それでも奴の気配が真後ろからしたため、前に大きく裁こうとした瞬間、奴はまたもや瞬間的早さで俺の前に回り込んできた。俺は「何故だ?後ろにいたはず?」と思いながらも避けきれないと思い、初めて奴の邪気という鎧で纏われた拳と蹴りを素手で受けた。その衝撃はいかなるものか、一瞬受けた身体部分が引きちぎられたのではないかと錯覚を起こすほどの衝撃だった。幸いにも何とか耐えられたようではあるが、あんなのをまともに何発も喰らったら、それこそ命がいくつあっても足らないと強く悟った。ただ、それとは全く逆にあることも感じていた。それは、訓練が始まった頃の俺ならいざ知らず、今はあの頃とは全く違う自分がここにはいる。その証拠にあれだけ動き回ったにもかかわらず、呼吸一つ乱れていない。それどころか受けたときの衝撃でかなりの傷を追ったもののあっという間に完全治癒している。これは、俺自身の中の何かがさらに変わってきていると自身感じ取っていた。奴との闘いで、俺はさらに成長・進化しているようにさえ思えた。〈PBR〉

奴が「お前は勘違いをしているようだ。私はもうじき完全体になるが、その時からはお前は、私に触れることも、ましてや姿すらも見えなくなるのだ。今のお前ではそのぐらいの力しかないということだ」と、鼻高々と笑い飛ばし言いはなってきた。俺はというと、何も感じない、むしろ今までに感じたことのないくらい落ち着き払い、冷静であった。次々と攻撃の手を緩めることなく攻めてくる。少しずつだが交わしきれなくなってきているのがわかる。徐々に身体中に傷やアザが増えていく。力の差を歴然と感じ取れる瞬間だ。そんな中、俺は「不思議だ?何故これだけの差を見せつけられているのに、何故こんなに落ち着いているんだろう。死を覚悟しているからか?それとも他に何か・・・」と、いろいろ考えていた。そういう思いを巡らせている間に、ついに奴が完全復活をしてしまった。それまで必死に復活阻止をしていた彼女もついに力尽きてその場に倒れこんだ。住職や雷雲も凄い形相で、目は真っ赤に充血し、それでも諦めることなく必死に闘っているのが伝わってきた。なのにこの余裕みたいな感覚は一体なんだろう。それまで徐々に交わし蹴れなくなっていた奴の攻撃をいつの間にか受け、しかも奴の威力まではなくても、反撃もしていた。奴の一発の攻撃力は地面をえぐりとってしまうぐらいの破壊力。しかし、その攻撃を時には受け流したり、時には真正面から受けながら、確実に奴の急所ばかりを狙い反撃している。しかも、わずかではあるが奴の懐に入り込み、鋭い一撃を繰り出しているのである。確かに奴にとって俺の攻撃など、蚊に刺されたぐらいのものだろう。ふっと、茶室での優雅な一時を思い出していた。流水のかすかな音、一つ一つの熟練された動き、大胆かつ繊細で、気品溢れる所作、まさに侘び錆びの世界だ。精神的に落ち着き、止まった時の流れ、今俺はあの空間にいるような錯覚さえ覚えていた。〈PBR〉

ついにすべてが完全に復活し、さらに進化した。そういう奴の攻撃を受けながらも反撃を試みるが、全くダメージを与えられていない。邪心の勝って当然と言わんばかりの表情に憤りを覚えながらも、「考えが甘かった。もう、本当になす統べなく朽ち果てるのか?もう一人の俺は、一体どこに行きやがった?何で出てこない?やはり完全復活する前に倒すべきだったかな?」と、俺は嘆いた。そんな心境の中、突然あの女神から「あなたの力はそんなものではないですよ。あなた自身、もっと素直な気持ちで、あなたを信じてごらんなさい。その時こそあなたの課せられた運命の扉が開きますよ」と、今の俺よりも優しさと力強さ、両方を感じ取れる声が聞こえてきた。朦朧とする意識の中で「誰だ?俺に話し掛けてきたのか?俺自身に素直になり信じろ?どういうことだ?」と一人言を言っている間に、ついに奴が「復活祭の余興にすらならない。むしろ今のお前を見ていると腹立たしくなってくる。見苦しいお前の姿はこれでおしまいにしてやろう。弱い奴はとっととこの世から去れ」と、怒り狂った声・邪心の気で最後の攻撃をしかけてきた。〈PBR〉

受けた瞬間「うっ!」と、小さな声を発することしかできなかった。そのまま口を押さえたが、大量のどす黒い血が口から吹き出した。皆の夢も希望も全てが消え失せていく。「全ては俺の責任。何ておろかなことをしてしまったんだろう」と、後悔の念ばかりが心を支配していた。意識も遠のき、身体全体が燃えるような激痛で覆われ、指一本すら動かせず、前のめりに地べたに倒れこんだ。「死ぬとはこういうことか?」と感じた。その俺の姿を見て、住職とあいつが「ここまでか?とうとう唯一の希望の光である闘神への覚醒が出来なかったか」と、うちひしがれた。そんな時、「お前、いい加減にしろ!私達は何のために、どんな思いで皆、犠牲になったと思ってるのよ。私だって何で、何のためにここまで闘ってきたのよ?いい加減、あんたの本当の姿を見せてよ!あのお方が、他の誰でもない唯一信じているあんたの本当の姿を・・・」と、倒れたままで意識すらないはずの葵が俺の心の中に叫んできた。やっとこさもう一人の自分が初めて俺に呟いてきた。「葵の奴、魂で叫ぶなんて何てやつだよ!自分の命をかけて必死に闘い、倒れ、意識もないまま魂で・・・」と。そしてさらに「お前は何で言い訳ばかりしやがって」と続けた。俺が「何のことだよ?俺は俺なりに必死に闘ったよ!何がいけない?」と切り返すと、「お前さ、この俺が全然気づかないとでも思っているのか?」と諭してきた。俺は「一体何のことだ?」としらを切る。「じゃあ、お前がここに来てから仲間の連中、誰一人死なないんだ?それは、お前がこいつらの守りながら奴の攻撃を受けてきたからだろうが?」と怒鳴ってきた。さすがにそこまで見抜かれてはこれ以上ごまかすことはできず、ただ黙っていた。その心の中の会話を仲間達皆聞いていた。住職をはじめ、皆己自身のいたらなさに涙を流し、この俺に「もう、これ以上、私たちを守る必要はありません。おそらくもう一人のあなた様は闘神様とお見受けいたしますが、我々のことはお気にせず思う存分闘いに集中し、必ずや邪心を倒してください。何卒よろしくお願い申し上げます」と、震え涙を流しながら切望してきた。しかし、一体どうすれば奴と交代出きるのか全く分からなかった。〈PBR〉

突然、女人像が激しい神々しい強く温かい光を発しはじめていた。「これは一体何事だ?」と、俺が叫ぶと、「落ち着いてください。今から、私もそちらへ行きます。一緒に闘いましょう。そして奴を倒すのです」と力強く心に話しかけてきた。邪神が「何を女々しいことを・・・。もう、死んだも同然のこいつに何ができる?」と、不愉快な声で叫んできた。仲間達全員が、俺を見つめている。その放たれた光が分割し、それぞれ仲間のところへ向かう。まるで頑丈な防御壁のようにそれぞれの仲間達を守っている。「私は仲間全員を守ります。ですから、全てを忘れ、闘うことのみ全神経を集中してください」と、さも微笑んでいるようにその光が見えた。邪神が、「これしきのことで守だと?笑わせるな!こんなもの一瞬で吹き飛ばしてやる!」と、言い放つと同時に、今までで最高の邪気を撃ってきた。一瞬邪気に包まれ黒く変色していく光。しかしその邪気が払われてみると、全く変化のない神々しい光の中に、住職と雷雲の鋭い眼光を持ち呪文を唱えている姿が目に飛び込んできた。〈PBR〉

全く動けない俺にも背中から光が舞い降りてくる。全身を貫く激痛がどんどん和らいでいく、さらに使い果たした力が心の奥底から沸々と沸き上がってくる。同時に、俺が俺でなくなり、そこには新しい俺がいた。今までの俺ではなく、間違いなくもう一人の俺だ。俺は身体こそないが、間違いなく奴の心の中に存在している。もう一人の俺、闘神が「これがお前の身体か?思ったより小さいな?」と、少し驚いた様子で身体の確認をしていた。そして小さな声で「わかった。これで俺本来の闘いができる!何年ぶりだ?」と、ワクワクしながらいい放つと同時に、邪神目掛け一直線に閃光の如く攻撃を仕掛ける。俺とは明らかに異質な性格と強さで、闘いのことしか考えていない奴だった。〈PBR〉

内心「こいつこそ本当に大丈夫なのか?下手すれば、この世界をも壊しかねないほど凄まじいエネルギーだ」と心配をした。「お前が余計な心配をするな!この世界を物壊すようなことなどするはずもなかろう」と、返してきた。俺は、「お前のこのとんでもないエネルギーのことを言っているんだ」と言い返したが、奴は不適な笑みを浮かべながら「前も同じように奴と闘ったが、それでも大丈夫だったぞ!そんなことよりお前はお前にしか出来ないことをやっとけ」とさらに返してきた。「俺にも出きることって、一体・・・」と、首を傾げると、「皆から何も感じないのか?」と、せっついてきた。周囲を見回すと、住職や雷雲、その他の仲間達全員が座禅を組、呪文を唱えている姿が目に飛び込んできた。「そうかそういうことか?あれぐらいなら俺にも出きるよな!」と、思いながら俺は心静かに座禅を組んだ。闘神が「やっと少しは理解できてきたようだ」と、安堵の表情へ変化した。この時、俺はまだ闘神の言った本当の理由を知るよしもなかった。〈PBR〉

邪神が「立ち上がった?どういうことだ?」と不思議そうに言った。「何をそんな寝言を言っている?そんなに不思議なことではないだろう?お前、俺が誰なのかわからないのか?」と、言い返した。しばらくしてから「そうか、やっとわかった。そういうことだったのか。俺はお前そのものにおののいていたわけではなかった。お前の中に奴の影を見たのか!それで・・・」と納得した。闘神が「やっとわかったか?数百年前の闘いの中で俺は死んだはずだった。ところが、ある奴が俺を助けてくれた。そして完全に再生するまで、人間の輪廻の世界で傷を癒していたのさ!そして今がこいつなんだよ」と話した。「お前の今の身体がこの闘いで本当に持つのか?人間ごときの身体で!」と邪神が舌を舐め回しながら聞いてきた。「お前こそ気づかないのか?衰えたのはお前の方ではないか?」と闘神がニヤリと微笑んだ。その様を見て、「どういうことだ?」と聞き返してきた。「こいつの身体こそ、あの女神の旦那になる、唯一の神になる俺の兄なんだよ。これは偶然ではない!必然的な巡り合わせなんだよ」と、闘神が初めて事実を口にした。俺は「一体何を言っているんだ?俺がそんな万能の神のはずないだろう!俺は人間で向こうの世界で生きているんだぞ」と、奴に話しかけた。「後から分かるよ。この永遠の闘いに終止符を打ったとき、初めて分かるよ!だから、今は皆のために、そしてあの女神のために兄さんのするべきことをやるんだ」と、訴えてきた。俺は思わず「わかった」と、一つうなずき改めて瞑想の世界へ入った。〈PBR〉

向こうの世界にいたときから、時々変な夢で魘されていたことがあった。それは、これから起こるであろう天と地がひっくり返るほどの凄まじい死闘が繰り広げられ、その結果、俺は一人の大切な友を亡くし、そして俺の胸の中で涙を流しながら悲しみにくれる一人の神々しい女がいるというものだ。俺は、思わずそれを思い出していた。「まさか、本当のことだったのか?正夢だったのか?」と、心が一筋の涙と共に震えた。女神の方を見ると、彼女も俺と同じ思いのように見えた。「もし、正夢なら、もう一人の闘神は死んでしまう。そんな事は誰も望まない!望んでなんかいない。生きてくれ、俺のためにも女神のためにも、何より皆のために、頼む」と心の中で叫んだ。女神が「それは願わぬことです」と涙声で言った。「どうしてだ?俺たちは神なんだろう?だったら・・・」と言いかけた時、さらに「あなたはまだ思い出していらっしゃらないようですが、前の闘いの時、あなたは倒されてしまいました。そして私も封印されてしまいました。誰も奴を止めることができなかったのです。そんな時、まだ幼かった私の弟、闘神があなたの命を守るため自ら飛び込み、命と引き替えにあなたをお守りしたのです。そして、あなたをもう一つの世界でゆっくりと治癒させたのです。身体こそ滅びても弟の魂はあなたの中に生きているのです」と付け加えてきた。俺は全身が震え、

天を仰ぎながら大きな涙を流した。「ならば、この闘いで弟が勝ったときは俺の心の中でずっと生きていけるはず、そうではないか」と女神に問うてみた。住職が声を震わせながら「それは無理でございます。弟様の身体はこの世にはすでに亡く、邪神を憎む気持ち、つまり怨念としての魂でございます。従って、邪神が倒れ命を落とせば、必然的に弟様の魂も導かれていきます。そのため、あのお方は邪神を封印されたのです」と、真実を口にした。

俺は自分の情けなさに嘆き、そして自分の弱さに苛立ちを隠せなかった。「そんな事はないよ!あんたは十分強い。ただ奴が強すぎた。そして奴はお姉さまを自分のものにしようともくろみを図ったのだ。そんな奴を生かしてはおけない、この世の平和のためにも!そのための最後の闘いだよ、だから二つの世界のためにも御姉様と貴方は生き延びなければならない。それが、二人の宿命であり、俺は奴を倒し旅立つことが俺の宿命。皆で闘おうぞ、いいな?お兄さん」と、全く迷いなどない、将来俺の弟になるはずの闘神の言葉だった。いつの間にか、俺と女神の涙が激しい雨となり、三人の心が一つにリンクすることで今までにない強く神々しい光となり、皆の想いが激しさの中にも周囲を囲む温かい風となった。その奇跡の現象を見ていた邪神が、とうとう本当の見るに堪えないおぞましい姿へと変貌し、と同時に邪気が荒れ狂う風となり、怒りが激しい雷へとなった。まさしく、この世の闘いとは思えない想像を絶する闘いの火蓋が切って落とされたのだ。〈PBR〉

怒濤のような地響きと激しい雷雨。二つのとてつもなく大きな気のぶつかりあい。皆、息を潜めじっと闘いに見いる。さらに祈りの声が大きくなっていくそのさまはまるで地獄絵図のようである。二人の神同士の死闘の幕開けであった。〈PBR〉

住職や雷雲、その他の仲間達全員も、女神様が守っているからその場にとどまることができた。俺は、改めて女神様の意思の強さ・慈愛がどれ程大きいかわかった。〈PBR〉

雷鳴と共に激しい闘い、互いに譲ることなどない、荒れ狂う空気の中で闘うその姿。今後、誰も二度と見ることも感じることもできない、これを最後としたいという闘神の強い気持ちが犇々と伝わってくる。邪神の得意な足蹴りが飛んで来る。それを交わし反撃しようとした瞬間、奴の蹴り足が視界から消え去り、次の瞬間には逆の足でこめかみを一撃されてしまった。今まで見たこともない恐ろしい技である。闘神が、思わず膝から折れていく。暗闇がスピードを早めながらこの世界を呑み込もうとしている。住職や雷雲達も「まさか?」と、そんな視線で見つめている。邪神が、ここぞとばかりに攻めてくる。膝まずきながらも奴の攻撃全てをしのぎながら、逆襲のタイミングを図る。「お前の力はそんなものか?」と、邪神がもはや勝ったと言わんばかりに雄叫びを上げた。俺は、「やばかった。おの技はさすがに要注意だ!まさに逆風の如く、死角がない。やるじゃないか?しばらく見ないうちにあんな技を編み出しやがって」と、何故か喜んでいた。本当の俺が「お前、自分で何言ってるのかわかってるのか?」と聞くと、「もちろんさ!当たり前だろ?」と平気で答えてきた。さらに「どうすればあの技を見切れるか、ワクワクしてしょうがないんだよ」と続いた。俺が、「負けたら当然死が待ち受けているんだ。何を呑気なことを・・・」と言いかけたとき、「勝っても死ぬんだ。だったら俺の編み出した究極の技で、冥土の土産とさせてもらおう。なおさらこいつなら誰も文句ないだろう」と言い退けた。「どういうことだ?何をするつもりだ?」と、俺は怖くなり止めなければ、とんでもないことになると直感した。「心配無用だよ!誰も巻き込まないし、これで永遠に終わる」と優しい弟になるはずだった闘神の本当の気持ちが今ごろになって伝わってきた。女神が、俺を見てうなずく。「俺は、何一つしてやれないのか?それが、どんなに辛いことか?今の俺にやるべきこととは本当に何もないのか?本当に」と、必死に考えた。〈PBR〉

住職を見ると、血の涙を流しながら、血管全てが膨れ上がりあちこちから血が吹き出している。雷雲や、周囲にいる仲間達全員が同様であった。そのあまりにも過酷な修羅場を見たとき、改めて思った。「皆、それぞれの定めに従い、必死に闘っている!その姿の美しさ!だからこそ、温かく穏やかな平常心でいられるのだ。そんな皆のために俺に生きろというのなら、その定めを受け入れ、闘おう!女神と一緒に。そして闘神のためにも」と、今更ながら、俺の本来やるべきことがわかった。ただじっと闘神の闘いを見守り、その姿に全てをこの目に焼き付けよう。皆のこの姿も、同じだとやっと決心がついた。女神が微笑みながら、「それでいいのです。我が弟もきっとそう願っているはずです。弟のために二人で祈りましょう」と優しく誘ってきた。俺も、その言葉にうなずき、改めて座禅を組んだ。〈PBR〉

邪神が「どうした?手も足もでないか?やはり、この程度だったか。つまらんな」と吐き捨てた。「本当にそのように思っているのか?だとしたら、やはり御姉様とは結ばれるはずもない貴様の宿命。ならば、今ここで俺の手で貴様を殺すしかない」と、俺は笑っている膝をゆっくりと立たせる。その頃には世界中がすっぽりと暗闇に閉ざれ、どこを見回しても一点の光すら見つからなかった。ところが、闘神となった俺が立ち上がればたちあがるほど、まっ暗闇で自分の居場所もどっちを向いているのか全く感覚すらなかったが、そこにさっきまでは見えなかった一筋の化細い光が輝き始めた。〈PBR〉

「ほお、お前まだやるれるのか?どちらにしてもこの俺に殺されるのだ!バカめが」と、嘲笑いながら言い退けた。奴の言いぐさを聞き、その瞬間皆の心が一つとなった。一筋の光が、一つになった気を吸収しながら、少しずつ太く強く、しかし優しい温かい光へと変化している。皆の呪文の声が、さらにこの異空間を吹き飛ばすぐらい大きく木霊する。それを聴いていた邪神が耳を塞ぎながら、「お前らがいくら呪文を唱えようと、この俺には何一つ出来ないのがわからないのか?」と、怒りを露にした。「どうした?さっきまでの威勢はどうした?この俺には皆の呪文が子守唄のように聞こえる」と、嬉しそうに言った。その証拠とも言える出来事が、それまでかなり押されぎみであった闘神の気が徐々に黄金色にまばゆいばかりに光輝き始め、邪神の気を押し返しはじめた。さらに、皆が鋭く強く呪文を唱えていく。すると、ついに眩しいばかりのまさしく新しい世界へ導こうとする、手で目を覆いかぶさなければつぶれてしまいそうなぐらい、激しく輝く光が、闘神に向かい走った。それを阻止しようと、邪神が暗黒の闇で包み込もうとするが、その闇をも切り裂きひた走る。そして闘神は、それを全身全霊で受け入れた。「バカめ!お前ごときがあの光を受け入れられるはずないだろう!光に焼き尽くされるがいい」と、自信ありげに言い退けた。呪文のことなど、完全に無視し、じっと立ち尽くしたままの闘神。しばらく経ち、突然胸を押さえながら、この世の声とは思えないもがき苦しみながら、前のめりに倒れこんだ。〈PBR〉

邪神が「当たり前だ!あれを受け入れられるのはただ一人!弱いあいつのみなんだよ。闘神としてのお前では堪えきれず受け入れることなど不可能!そんなことすらわからないのか?」と嘲り笑った。皆は、息を殺しただ祈りながら見守っている。ついに邪神が、邪神としての最高の一撃をもって、我々全員を殺そうと動き出した。そして、ついにその一撃が放たれてしまった。「お前達全員、俺の造り出した異次元の世界で苦しみながら生きろ!そして魂となり一生闘い続けろ!それがお前達に与えられた運命なのだ」と、声高々と言いはなった。皆、死を覚悟し、無念の胸中でいた。攻撃の衝撃で異次元へ吹き飛ばされようとした、その瞬間、女神様でもないそれをはるかに越えた次元の優しさと温かさと強さ、そして何より誰よりも強い慈愛にあふれでた気が我々全員を包み込んだ。皆、何が起きたのか、誰なのかを確かめようと目を開けると、目の前には闘神が立ち塞がっており、邪神の最高の一撃を、逆に一撃で打ち返した姿を目の当たりに見て我を疑った。「闘神は倒れたはず?ではこの方は、一体どなたなのだろうか?」と。俺が「そんなに驚くことではない」と話を切り出した時、住職が、「まさかあなたなのですか?何故ですか?闘神でなければ・・・」と、驚愕しながら言ってきた。俺は「あの光を弟になるはずの闘神が俺の身体で受け入れた。その時、私はわかったのだ。あの光が何なのかを」と話した。皆、ただ黙って聞いてくれた。「あれは、私にとっての母であり、神であった。私に試練を与えてくださったのだ。あの光こそ本当の神の魂であり、またそれを受け入れることで新たな私がここに生まれたのです。もう、皆大丈夫です。私が両方の世界を必ず元に戻します」と続けた。〈PBR〉

雷雲が「住職、これはどういうことですか?」と驚きのまま聞いたが、住職も「私にもわかりません。一体あの方に何が起きているのか全くわかりません」と、驚きの目を見開いたまま返してきた。闘神が「やっと、俺もこれで心置き無く旅立つことが出きる」と胸を撫で下ろした。〈PBR〉

邪神が「一体どういうことだ?先程までの貴様ではないな?誰だ?」と、あわてふためきながら聞いてきた。俺が「お前には分かるまい。俺も最初は驚いたよ!あんなのを誰が受けきれられるか、到底無理だと!しかし、血が逆流し血管が避け一瞬心臓が止まったとき、これで死ぬのかと思ったが、死を受け入れた瞬間から激痛が徐々に弱まり、そして苦痛を乗りきった時、逆に今までにない心地よさを感じるくらい落ち着き、全てのことが見通せるようになった」と、返した。住職等も何が起きているのか理解できなかったか、そこへ女神様が「これはもしやあの神の中でも最高位の神の魂が今まさに舞い降りたのでは・・・」と、信じられない様子で話した。住職が、はっと我に返り「女神様、まさかとは思いますが、それはつまり・・・」、と言いかけた時、「そのようです。かつて一度だけお見受けさせていただいたあの方のことです」と、感慨深げに続けた。葵が「住職、それはどなたのことですか?」と尋ねた。雷雲を始め周囲の仲間達も同じ気持ちであった。「もう、あれから何百年経つでしょう?まだ、皆がこの世に生まれていなかったので皆は知るはずもないが、今以上の危機があったのだが、その時、最高位の神が降臨され、闘いに破れてしまったその方に乗り移り、闘いを制したとまで言われるお方が、おられたというのは聞いたことがあります。もし、そのお方なら間違いなく、このお方も最高位の神に匹敵されるだけの資質を持ち合わせているということになります」と皆に教えた。誰もが信じがたいことと思ったが、女神様が「あの方なら、私と結ばれる運命のあのお方なら十分あり得ます。そこに、弟の闘神の存在を感じとりここへ導きましたが、あのお方からは時折想像をはるかに越える何かを感じ取っておりました。それが、まさかとは思いましたが、数百年、いや数千年にたった一人現れるかどうかの新たな最高位の神として選ばれたのです。何と言うことでしょう?まさかこれほどのお方だったとは・・・」と目頭を熱くしながら説明してくれた。雷雲が「お言葉を返すようですが、では何故最初からあいつに降臨しなかったのでしょう?もっと早くそのようになっていたら、誰一人としても命を落とさずに済んだのでは・・・」と、聞き返した。住職が「雷雲!女神様に言葉が過ぎるぞ?」と、止めに入ったが、女神様が「それは私にも分かりかねますが、ただわかっているのは、あの光、つまり最高位の神の気を受け継ぐには、相当な覚悟とをもち、慈愛・勇気・強さ全てを兼ね備えなければ、受け入れようとしたその時、命を落とすでしょう。それほど大きな気です。あのお方が闘い、次は弟の闘神が闘い、過去の真実を聞かされ、皆の今の様を見て、嘆き苦しみの境地から何かを悟ったのでしょう。つまり、今初めて全てを飲み込み自分の宿命を受け入れられたので、最高位のあのお方のあれだけの試練に耐えられたのだと思われます。そして、今あの方は全能の神となられたのです」と、言って天を仰ぎながら頬を涙の雫で濡らしていた。住職が、「あの方が、己の全てを受け入れたことにより初めて試練を与えてくださり、そして今、全能の神となられたのです。分かってもらえましか?皆の者?」と、改めて皆に尋ねた。皆、涙を流しながら一同うなずいた。〈PBR〉

「たった一つの皆の願い」〈PBR〉

それは、これを最後にしてほしいというものであった。それを一身に受け入れ、これから最後の闘いが火蓋を切っておとされた。

大地は凄まじい地響きをたてながら真っ二つに大きく裂け、天は暗黒の闇と清々しい青空とが激しく激突し、激しい火花を散らす。皆は、め神様のご加護で何とかその場に留まることができていた。また、女神様も皆を守りながら、最愛の全能の神を無事を祈りながら二人の闘いを見守っている。〈PBR〉

一撃繰り出すごとに、一瞬で吹き飛んでしまいそうな風圧が押し寄せ、我が身が押し潰されそうなぐらいの衝撃が体全身に走った。それらの攻防を目で追うことが出きるのは、女神様と住職とそして雷雲だけである。葵ですらそれが出来ないでいた。そこには、言葉では言い表せないほどの熟練され卓越した精神力と格闘技術、そして何より汚れなき純粋な心を持ち合わせてなければ叶わぬことであった。〈PBR〉

一撃ごとのダメージは、計り知れないものである。並大抵の人間ならば、まちがいなく跡形もなく吹き飛ばされているだろうが、邪神と全能の神は全くそんなこと関係なく闘った。全能の神に進化した奴のことを見て、邪神は「俺こそ全能の神にふさわしいのだ。なのに何故だ?こんな奴に何故、未来を託すのだ?俺の何がいけないのだ?全能の神になるために俺は今までどんなこともどんなことでもしてきた。ただ強くなりたいと、ただそれだけだったのに!それなのに何故だ?何か俺には足りないのか?どうしたら俺はなれのだ?誰か教えてくれ?」と、頭をかきむしりながら悲壮感一杯の、さらに執念すら感じられる声で泣きわめいていた。「それそのものが間違いなのだ。お前は何を言っても理解できないだろう」と全能の神が思い口調で言った。邪神の目が真っ赤に晴れ上がり、今まで以上に凶暴化しているのが犇々と伝わってくる。暗黒の闇がより邪気を強くし、私達を呑み込もうとしているのだ。〈PBR〉

全能の神が、光の先にある一点をめがけ閃光の剣を裁いた。その瞬間、闇全てが吹き飛び、今まで閉ざされていた暗黒の世界の一点を除き、闇が消え失せ以前のように清らかな温かい空気に戻っていた。その一点の中では、全能の神の全身全霊をかけた一撃を必死に受けた邪神の姿があった。「こんなことで死んでなるものか?私こそ全能の神にふさわしいのだ」と、雄叫び狂っていたが、「私はお前を救えなかった。許してくれ」と涙を流しながら邪気を全能の神は気遣っていた。「ただ誰よりも強くなりたいという思いのどこがいけないのだ?全能の神ならば、なおさら誰よりも強い。だから全能ではないのか?」と邪神が悲壮感溢れる最後の闇で呻いていた。「お前は、最初、純粋に強さを求めただけだったが、そのうち女神様に愛を求め始め、さらにそのためならば、どんなこともする野心家に変貌していったのだ。我が弟になろうはずの闘神もお前の犠牲になり、彼女はその事によってどれ程嘆き悲しんだことか。そんなこと、お前は、考えもしなかっただろう」と説明をしたが、「だから何だと言うのだ。俺の邪魔をする奴は容赦なく切り捨てる、それのどこがいけないのだ?」と逆にけしかけてきた。大きなため息をつき、しっかりと邪神の目を見つめながら「お前は生き方を間違えた。もっと人間としての愛情に触れていればこんなことには・・・。あのとき止められなかった私にも責任がある。お前を救えなかった、そして止められなかった・・・」と、哀れみの涙で見つめていたのである。〈PBR〉

「俺は後悔などしていない。今でも最強の強さが全てであり弱いものは生きる資格すらないのだ!そのためなら、俺はどんなことでもする」と、邪神が強い語気で言った。そこには何のためらいもない強い信念すら感じられた。〈PBR〉

「本当の強さ・優しさ・愛を捨てたものにはわからないだろうな」と、心の奥で嘆いたが、「今さらどうすることも出来ない。そして、今度こそ闘いを、全てを終わらせることこそ、邪神を救うことになるであろう」と我を改めて律して、最後の神としての気を作り出した。女神様初め仲間達全員が心を浄化され、疲れを癒され、神の心に触れることで自らを高められる、そんな清らかで崇高で、誰よりも慈愛に溢れた最高位の神がそこにいた。

お互いに見合い、間合いを図る。いよいよ最後の時がくる、誰もがたたずを飲み込みながら、ただただ見守るしかなかった。〈PBR〉

互いの信念を元に、最後の攻撃が始まった。そこにはすでに邪気が無くなっていたのである。全能の神と闘うことにより、邪神も浄化されていたのだ。住職が「何ということだ。あの邪神を浄化されるとは・・・。何という心の奥深さでしょう」と感心させられていた。「あの邪気に満ち溢れ、誰も止められなかった、あの女神様ですら浄化できなかったほどなのに、一瞬でそれを成し遂げた。何て凄まじい力?いや、まさしく全能の神としての慈愛なのだ。あいつがこれほどの力を持っていたとは、さすがの私ですら全く想像すらしてなかった」と雷雲が、改めて俺のことを認めた。もちろん当の本人が一番驚いているのだが。〈PBR〉

女神様がどことなく懐かしむ表情で「あの頃、私達がもっとしっかりとした心得を持ち、対処していればこんなことにはならなかったはず!これはまさしく私達が未熟であったばかりに、皆に苦労を強いることとなり、残念な結果を導きだしてしまいました。本来ならば、このように互いを高めるため、修行のために競いあうべきであり、私達の不徳のいたしたこと」と、肩を落とされていた。そこへ「たしかにその通りだ。こいつが邪気に取り付かれたとき、闘うべきであった。取り返しのつかないことを我々はしでかした。この罪を一生背負い、奴の本来のあるべき姿を我が眼にしっかりと刻み込み、これからも生きよう」と全能の神が女神様の肩を抱き抱えながら話し、最後の一撃を邪神へ浴びせた。邪神は受けることもなく、二人の神の裁きを受け入れたようにも見えた。次の瞬間、あの憎き邪神が優しい気さくだった頃の顔に戻り、「これが、お前達の気か?何とも温かく、優しい愛に包まれているのだ?俺はいつ、この愛を捨ててしまったんだろうが?全能の神よ、悔いることはない。これでよかった。彼女を大切にしてくれ」と、最後に本来の邪神としての努めを終えた。〈PBR〉

しばらくして、全能の神が突如膝から倒れ、自らの胸を激しく鷲掴みにした。皆も女神様も「どうなされました?」と、一斉に心配しました。女神様の手をしっかり繋ぎ、「弟は、私の胸の中にいまだに生きている」と、苦しい表情から一転、嬉しく優しい表情に変化した。女神様が驚きながら、「邪神が亡くなると同時に弟は・・・」と、言いかけたとき時、「俺は生きているよ。本来なら死ぬはずだったが、最後に邪神が俺にかけた封印をといてくれた。だから、身体は無くとも私の魂は闘神としてこの世に留まることが出きる」と説明するや否や、全能の神の身体から強い光を放ちながら、どこかへと飛んで行った。住職が、「闘神様はどちらへ・・・」と言いかけたとき時、女神様が「探さないでおきましょう。また、闘神の力が必要なときは必ずや来てくださります。そう信じましょう」と、皆へにっこりと微笑みながら諭し、また何とも温かく慈愛あふれでんばかりの二つの神々しい光も同時にまさに手と手を取り合い、さも戯れているようにシンクロしながらどこかへ旅立たれて行った。

全ての思い・憎しみ・怒り等を受け入れることで最高位の神・全能の神へとなる。お茶室での静寂な一時から、精神的な影響を大きく受ける。そして、敵である邪神から、闇を取り払い本来の姿へと戻した。その慈愛に満ち溢れた姿を見ることで、本当の強さとは、本当の優しさとは、本当の愛とは何かを邪神は初めて知った。強さ・優しさ・愛とは何かを考えてみたい。

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