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神話戦線異常ナシ   作者: 田辺サトシ
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第三章 ファントムペイン―上

何か腹部に違和感を覚え、俺は覚醒した。

なんだか悪夢を見ていた気がする。しかしまぁ、内容は覚えていないし、悪夢ならば思い出す必要もない。

しかしこの感覚の正体はなんだろうか。視線をそちらへ向けながら上体を起こす。


「……………………は!?」


思考が停止した。『思考が停止した』ということを考える暇もないくらいに停止した。



何故か?



佐倉さんが膝立ちの状態で俺の腹の上で腕を組んで寝ていたからだ。


「いや、ちょっと待ってくれ」


誰に向けるでもなく、そんなことを呟く。

これはもう、なんか、どうしようもない。下手に起こせば犯罪者な気もする。しかし、起こさないとそれはそれでヤバイ。あ、詰んでる。


「んっ……、ふみゃあ…⁉」


(起きたッー⁉)


さらば我が人生。十日足らずの付き合いだったけれど、楽しかったよ。


「あ、おはよー、市川くん」


「セーフだとォ⁉」


「ひゃ、何で大声出すのぉ?」


「あ、ごめんごめん。ちょっと嬉しくて」


死ぬのが怖くなくとも、社会的に死ぬのは勘弁願いたいのだ。


「で、なんで佐倉さんが俺の部屋にいるの?」


「え?ほら、言わなかったっけ?先輩が後輩を、本部長のとこに連れてかなきゃ行けないんだよねぇ」


そういえば、数日前にそんなことを聞いたような。あまり覚えていない。というか、寝起きだからか、佐倉さんの喋りがやたらとふにゃふにゃしている。可愛い。


「で、予定より早く目覚めちゃったから、部屋で待ってようと思ったら、寝ちゃったんだぁ」


「そっかそっか。ありがとね」


えへへー、と本当に寝ぼけたように彼女は笑う。やばい、なんだろう、色んな意味で破壊力高い。


「というか、聞きたいんだけど、着替えないの?」


「え?」


「いや、佐倉さんの格好、どう見てもパジャマだし……」


まぁ、それも相まって可愛さ三割増しだから、超許せるけど。

なんて俺の思考を余所に、佐倉さんは、


「……?」


よくわからないというような顔をして服の裾や袖を摘んでいたが、三回ほど瞬きしたのち、


「…………~~ッ⁉⁉」


顔を一瞬で真っ赤にした後、慌てたように立ち上がる。そして、その速度のまま部屋を出て行こうとして、扉に一度思い切り激突したのち、疾風のように退室した。



……な、なんだったんだろう?



よくわからないが、わかったら殺されそうな予感がしたので、黙って着替えることにした。



***



結局、合流したあとも、起きた直後のことに関して佐倉さんからの言及はなかった。俺が質問しようとした時も、やたら先手を打たれて尋ねることも叶わなかったし、だいぶ気にしているようだ。

それならわざわざツッコミをいれて不興を買う必要もないだろうと、テクテク廊下を進む。本部長のいる部屋は、この施設の最上階にあり、つまりめっちゃ遠い。それはつまりめっちゃ面倒くさいということとイコールである。


「やっぱ部屋割り下手くそだって……」


「うん、なんかフォローできないや」


ため息を吐く俺とヘラヘラと笑う彼女。

地下にある訓練所と浴場も含めたら、この建物は五階建てとなる。しかも、ワンフロアがデカい。


「そうだ、市川くん。一ついい?」


今までで一番の真剣な表情を見せる佐倉さん。


「いいけど、怖い話?」


「んー、ちょっとだけ、怖いかも」


マジか。やっぱり、伊達に戦争中じゃないか。

しかし、そう言った後、佐倉さんは口籠った。どうやら、喋るか喋らないか逡巡しているらしい。


「大丈夫だから、話してよ」


死が怖くない人間に、気遣いなんぞ不要である。


「……わたしはね、一ヶ月だったの」


「…………?」


「顕現ができるようになってから、本部長のとこに行くまでの期間」


ポツリポツリと、雨水が屋根から垂れるような声で話す佐倉さん。


「それは、遅い、のかな?」


「ううん、君が早いの。早すぎるんだよ」


彼女の身体が、少し震えていた。


「沼人形の映像って、二日目とかに見たんだっけ?」


「え?うん。見たけど……」


アレは、醜悪だった。色も形も声も、一切合切一事が万事、醜く醜く醜く醜い、化物だった。


「アレはね、一度出現したとこには、現れないんだ」


「……あぁ、そんなことも、聞いた気がする」


田喜野井さんか深夜が、そんなことを言っていた。統計と地図を照らし合わせた結果発覚した事実らしく、欠陥兵器の発明に次いで、人類の戦況を好転させた物事らしい。


「うん。それでね、もう、殆どないんだよね」


「……何が?」


「沼人形の現れてない場所」


「…………そうなの?」


「うん」


「………………えっと?」


そうすると、どうなるのだろう。

一つは、二度と沼人形が現れないという優しいパターン。

もう一つは。


「この闘いが、新しい局面に向かうパターン……?」


「その通り」


男性の声がした。無論、知らない声ではない。

しかし、ここでするはずの声でもない。


「……本部長?」


見えない佐倉さんが、心の底から驚いたという風に声をあげた。


「そうだよ、みんな大好き逆井本部長だ」


カツカツと廊下の向こうの方から彼がやってくる。


「いやぁ、待ってようと思ったんだけど、そうも言ってられなくなってね」



「さっそくだけど、初陣だ」



『は?』



***



沼人形が出現したため、一部隊出撃させる必要がある。しかし、まだ早い時間のため、起床している人間の方が少ない。

結果、班員の半数(俺と佐倉さん)が起床しており、関東本部のエースである鴨川真昼もいる鴨川班に白羽の矢が立った。

以上が、現場まで車両で輸送されている間に、運転手からなされた説明である。


「アタシ、若干巻き添えじゃねぇか……」


深夜の寝起きの機嫌は悪いらしく、先ほどから不満が多い。


「それもあるけどよぉ、お前がいるのが不満なんだよ、お前が」


「え?俺?」


酷い。


「いや、そうじゃなくてな?一週間で初陣って、死なす気かよ、って感じでさぁ」


半開きの眼で、そんな風に愚痴る。


「ま、私たちが守れれば大丈夫じゃない?」


「そうそう。それに、銃士ならそこまで前には出てこないし」


鴨川さんと佐倉さんが口々にフォローする。


「そうだけどさぁ……」


しかし、どうも深夜は納得がいかないらしい。


「そんな、死にそうですか?俺」


「そうねぇ。深夜の話を聞いてると特に、ね」


「そうっすか……」


そこまで異常なことを言ったとは思えないのだが。

まあいい。昨日から妙にハイなのは確かだ。……あれか?戦線に立つってことでテンション高いのか?トリガーハッピーかなんかか俺は。イカレか。


「……大丈夫か?」


「大丈夫」


心配そうな顔でこちらを覗き込んできた深夜にそう返す。


「その安請け合いが不安なんだけどな……」


「まぁでも、さっきひーさんの言った通り、わたしたち剣士がガンバれれば問題ないって!」


空元気気味に佐倉さんが言う。なんだろう、そんなに心配されていると思うと、若干申し訳なくもある。


『そろそろ着きますよ』


俺たちを輸送していた運転手が、声を発した。

いよいよ、初陣である。



***



沼人形が出現したのは、とある山の中であった。まだ一度も沼人形が出現していない場所であったらしく、警戒はしていたらしい。そんな山中を、班長である鴨川さんを先頭に、佐倉さん、俺、深夜の順に並んで疾走する。山道の移動は困難なのが相場だが、欠陥兵器特有の強化された体力や筋力により、ほとんど平地と変わらない行軍速度を出している。


「…………っと」


正面の佐倉さんにぶつかりそうになって、慌てて立ち止まる。どうやら、先頭の鴨川さんが停止したようだ。現在地は、山の中腹に差し掛かるか否かといったところだろう。


「この辺りにいるはずなんだけど……」


立ち止まった彼女は、硬い雰囲気で周囲を見回す。


「手分けして探すか?」


「……そうね、そうしましょうか。私、深夜は一人で、紗玖羅ちゃんと市川くんはペアで、それぞれ探して」


別に全員単騎でいいんじゃないかと思ったが、おそらく、佐倉さんは俺の護衛で、俺は佐倉さんの眼の変わりなのだろう。


「見つけたら、これで知らせること。決して無理はしないこと。いいわね?」


そう言って彼女は、ポケットから小さな端末を取り出した。今朝出撃する際に渡されて初めてその存在を俺は知ったのだが、探知機らしい。形はほとんど防犯ブザーだが。

小型の割に丈夫で電池も長持ちすることから、関東本部どころか国内全部の神話戦線で使われているというのだから、驚きである。

それはさておき。

そんな訳で、三手にわかれた。


「そういやさ、朝、何を言おうとしてたの?」


「あー、それ?答えてもいいけど、もうちょっと歩くの遅くしてくれたら、いいよ」


「んあ、ごめんごめん」


言われて、速度を落とす。そういえば、彼女の右手は俺の左手の中にあるのだった。別に何か突飛な理由がある訳ではなく、山中で盲目の彼女が一人で歩くのは難しかったからである。

なんにせよ、先ほどとは打って変わって――とは流石に言い過ぎだが――遅めの行進である。


「それで、今朝の話だっけ?」


「うん。できれば、教えて欲しいかなって」


「そっかそっか。まぁでも、大したことじゃないよ?会敵しそうになったら、絶対に逃げてってだけで」


「あ、ごめん。それ無理」


なにせ、俺の眼前で、沼人形が暴れているのだから。



***



沼人形と実際に対面してみると、その醜悪さが際立つ。茶色い、ブヨブヨとした胴体、腕、脚。胴体の上のところにポコリと膨らんだところがあり、そこには眼と口が一つずつある。顔や頭に相当する部分らしいが、いかんせん醜い。また、腕の先端についた手には指や鉤爪に似たものが三つ伸びている。それが例の、触れた物体は跡形もなく消えるという曰くつきのアレだ。

そんな化物が、俺の眼の前で大暴れしている。

腕を振り回して樹をへし折り、脚を踏み下ろして岩を粉砕し、そしてそれらを消していく。しかし、全てが消失する訳ではないため、虫食いのような、欠損した景観が作り上げられている。

これが市街地で起きたらどうなるのだろう、とぼんやり考えた。

おそらく、ビルが抉られ道が抉られ看板が抉られ信号機が抉られ、最期にヒトが抉られ、穴ぼこだらけのゴーストタウンが出来上がるに違いない。

なるほどなるほど。それは随分、滅びと呼ぶに相応しい光景だ。


「市川くん?ちょっと、ねえ、市川くん!?聞いてる!?」


「え、ああ!ごめんごめん。ぼうっとしちゃってた」


振り返ると、真剣な、ちょっと過剰なくらいに真剣な形相をした佐倉さんが、例の探知機を使用していた。


「多分、二人もそう遠くにはいないはずだから、すぐ来るはずだよ」


「そっか。まあでも、あの子達に仕事は無いかな」


「え?」


驚きの声をあげた佐倉さんから、握った手を解き、顕現させながら暴れまわる彼――彼女だったらなんかヤダな――の側面に立つ。

銃を構え、引き金に指をかけた辺りで、遅まきながら向こうも俺に気づいたらしい。ゆっくりとこちらを振り向いた。


「ちょ、ちょっと!?」


「大丈夫、ちょっと待ってて」


別に、一人で闘って格好つけたいわけじゃない。ただ、『女』の佐倉さんより『男』の俺が闘ってるほうが、絵的に悪くないだろうという話だ。

とか、言ってみたり。


「戻ってよ!し、死んじゃうよ⁉」



それが俺にとって何だって言うんだ。



引き金を引く。



しかし、予想した炸薬の音も、予感した衝撃も発生しなかった。



「は?」


呆然として、手元を見つめる。

しかし、事実としてうんともすんともならなかったのだから、これは自殺行為もいいところだ。



なにせ、目の前で沼人形の必殺の腕が振り上げられたのだから。



あ、死んだな。



普通に、何の躊躇いもなくそう思った。

その瞬間、形容しがたい何かが足元からせり上がってきた。

でも、それが何かわかる前に俺の命は刈り取られるのだろう。

沼人形の腕が、勢いよく振り下ろされ「顕現、空亡!!」……なかった。

振り下ろされる腕以上のスピードで飛び出してきた鴨川さんの手によって、正確にはその手に握られた剣によって、沼人形の腕は切り取られ、クルクルと宙空を舞ったのち、幻想のように消えた。


「深夜、二人を連れて下がって!」


「オーライ姉御。援護は?」


「要らないッ」


二人で叫ぶようにして会話しつつ、深夜は俺と佐倉さんの首根っこを掴んで後退する。


「喜べ、エースの闘いを観れる特等席だぜ。ハリウッドでも一等賞だ」


「バカ言わないでちょうだい。そんな上等なもんじゃないんだから」


言いながら、鴨川さんは刀を構える。

彼女の戦闘力は、関東本部どころか、日本国内でも五指に入る高さらしい。無論、補填兵装が戦闘向きというのもある。しかしそれ以上に、有象無象も森羅万象も、敵(この場合は沼人形)とわかれば遠慮や容赦が一切無くなるという彼女の欠陥が、大きな理由となっている。そしてそれは油断や慢心の無さに通ずる。なんでも、年齢が二桁になるかならないかくらいから欠陥兵器をしているそうで、その職歴は国内トップである。

いずれにせよ、彼女のその性質を表すかのように、刀剣は黒い。深夜の補填兵装も黒いが、まだ人間味のある黒さだった。哺乳類チックな温かさと言い換えてもいいかもしれない。悪くいえば、底のある黒だった。

鴨川さんの兵装は、ただただ黒い。夜の闇より、なお暗く深い、人の闇を思わせる黒だった。


「ま、ある意味見れたもんじゃないのは事実だけどよ」


「うるさいわね、はっ倒すわよ⁉」


軽口を叩きつつも、その真っ黒い剣を動かした。それだけで、一度の瞬きの合間に、沼人形は消失していた。

なるほど、これはある意味見れたもんじゃない。というか、バドミントンの線審のように素直に告白させてもらうと、見えなかった。


「さて、帰りましょうか。……と言いたいところだけど、その子大丈夫?」


「あ、俺は、大丈夫です」


「いえ、市川くんじゃなくて……」


ちょいちょいっと、鴨川さんが俺の後ろの方を指差す。

つられるように振り返ると、頭を抱えてガタガタと、病的なくらいに震える佐倉さんがいた。



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