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神話戦線異常ナシ   作者: 田辺サトシ
11/12

終章 StaRT

その後、三十分と経たずして、本部の人々がやってきた。


「悪い、遅れた」


「お、酒々井じゃないか。本当にお前の班が来るんだな」


酒々井。フルネームは、酒々井多々羅。当人の見た目は線の細い眼鏡という感じだが、酒々井班と呼ばれる班の班長を務めている。さらに、彼の班は欠陥兵器の中でも機動力に優れる人物が集まっているようで(下手な自動車なんぞより速いらしい)こういう際に長駆してくるのは大抵彼の班なのだそうだ。

余談だが、関東本部では珍しい男性兵のため、お互いそこそこ親しい。


「そんな遅れてもなくないか?」


「いや、俺らならもっと早く着けた。すまない」


悔恨とプライドをにじませながら彼は呟く。そういえばこいつ、割と自信家でもあるのだった。にしても、本当に悔しそうである。


「それで、…………どういう状況なんだ?」


不思議そうな顔、というよりはむしろ訝しそうな顔を酒々井はした。まあ、わからないでもない。

現在、泣き疲れたのか、佐倉は俺の腕の中で眠りについている。俺より少し高い体温が、スウスウと寝息を立てている。起こしたり、ましてやどかしたりもできないので、抱きしめっぱなしである。

まあ、戦闘直後の光景には見えないだろう。しかも周囲はやたらと—沼人形の被害だけとは到底思えないくらい—ボロボロなのだ。

かくかくしかじか、ここに到着してから沼人形を討伐するまでのあれこれを、簡潔に話す。勿論、佐倉の話は大幅カットだ。


「お前なかなか頭おかしいぞ!?」


酒々井のリアクションは、思ったより良かった。にしても、眼鏡の男性がリアクション担当のイメージは、いつから始まったのだろう?


「いや市川お前のその余裕はなんなんだ!?」


久々に顔によって思考を読まれた。やはり不便だ。他人をいじりづらい。


「バカだろう……。しかもこれ、左脚は折れてるぞ」


「マジか。そりゃ動かないはずだわ」


にしても、自分で気づけないものなのか、こういうの。いや、初負傷初骨折なんだから、無理か。

俺のそんな思いを知ってか知らずか—もっとも、バレている公算が高い—酒々井はため息を一つ吐いた。


「とりあえず、戦線の車を二台こっちに回してもらってるから、もうちょい耐えてくれ」


俺にそう告げたあと、酒々井は自分の班員に指示を出し始めた。おそらく、佐倉さんと俺の応急手当と、本部への連絡の手配とか、その辺りだろう。


「あ、酒々井。そういや、一つ聞きたいことがあったんだけど」


「ん?」


「なんでお前みたいな真面目な奴の到着が遅れたわけ?」


「ああ、それか。単純な理由だ。単純な、指揮系統の混乱」


若干渋い顔で酒々井は言う。


「指揮系統の混乱?」


「ああ。時間でいうと、お前ら鴨川班に休暇が言い渡されて数分後とかだったかな。中央本部に逆井本部長が呼び出されたんだ」


その準備を終えた本部長がでてった途端、沼人形の出現ときたもんだ。

少し愚痴っぽい口調で、酒々井は続ける。


「そんなわけで、副本部長の指示を受けに行ったり、本部長向けの書類の手配をしたり、他にも細々とした手続きが重なったせいで、遅れた」


勘弁して欲しいがな。

そう言って彼は話を締めくくった。

真面目な彼にしてはベラベラと喋っている辺り、割と本気で思うところがあるのだろう。


(にしても、臨時の呼び出しか……)


何をそんな話しているのだろう?少し、怖い気もする。


***


ほとんど同時刻、日本国内某所。


「いや、すまんのう、突然呼びつけて」


そこそこ広い会議室といったおもむきの室内で、円卓に座る一人の男性が声をあげた。

見た目は、七十代といったところか。座っているのでわかりづらいがかなりの高身長で、おそらく優に190センチはあるだろう。

彼こそが、神話戦線中央本部本部長、手賀沼藤十郎である。


「すまんとか言いつつ、貴方のことだから、遅刻しやがってふざけてんのかてめえらくらいには思ってるんでしょう?」


その老人の二つ右に座る女性が、面白そうに笑いながら言う。

豊満な胸、しなやかな手足をしているが、武石虎子という名の通り、目つきはやたらと鋭く猛獣のようだ。彼女は、四国本部の長である。


「……最近の女性は、サバだけでなく人の心も読むのかね、武石くん?」


「ぶっ殺すぞクソジジイ」


武石と呼ばれた彼女は、水牛でも殺せそうな視線で、老人を思い切り睨みつけた。


「ま、まあ、落ち着いてくださいよ、虎子さんも本部長も。会議が進みませんし」


二人の間に座る、文弱そうな青年がそう言って二人を宥める。

眼鏡をかけた華奢な彼は、星久喜雲助。全地方本部長の中で最年少だが、彼の統治する九州沖縄本部の戦果は高い。


「……ふむ、それもそうじゃな。揉めるために呼んだわけじゃなし」


「それにしても、なぜ呼び出されたのですか?しかも、全地方本部長を」


老人の三つ左隣に座る逆井が、挙手をしたのち質問をする。


「正直、半年前に定例会議があったばかりですし、そんな話し合うことがあるとも思えないのですが」


「あるんじゃよ、残念ながらな」


老人はため息を吐きながら、部屋の壁に張り付いているスライドに、一つの映像を映し出した。

それは、日本地図だった。そして地図上には、赤くマークされた地点が何箇所かある。


「これが、その半年前の会議の時の、残り出現予定地の数じゃ」


「確か、五十とかでしたよね?」


星久喜が、自分に絡んでくる隣の武石をあしらいながら確認する。


「その通り。それで、これが今現在の残りだ」


スライドの画像を、老人が入れ替えた。

途端、円卓に着く人間のうち、手賀沼藤十郎を除く全員が、声を失った。

なぜなら、マークされた地点の数が、ガクッと減ったからだ。おそらく、十地点ほどだろう。


「見て貰えばわかるが、もう北海道本部と東北本部と中国本部には、出現予定地はない。……呼塚くん、露骨に胸を撫でおろさんでくれ」


呼塚と呼ばれた女性は、ビクリと身体を震わせた。

呼塚点狐。東北本部の本部長で、彼女が本部長に就任して以降、東北本部から死者はでていない。もっとも、あまりにぬむすぎるその采配から、臆病者のそしりを受けることも多いが。


「とにかく、残り十、いや、先ほど関東本部の管轄で一体出現したらしいから、残り九地点じゃな」


そこで言葉を切り、手賀沼は部屋を、正確には自分以外の人間の顔を、見回す。


「さて、お主ら、これでこの戦が終わると思うか?」


その質問に対するリアクションは、十人十色だったが、おおむね終わらない派が多そうである。


「ふむ。……わしは、続くと思うとる。ヒルコと名乗った奴からは、それだけの意志を感じた」


手賀沼のその言葉を耳にし、逆井もあの日のことを思い出す。

ヒルコの宣言。あの宣言には、なるほどたしかに、並々ならない感情が含まれていた。抑えつけようとして抑えられず、堪えようとして堪えられない、そんな感情だ。


敵意殺意害意悪意。

恨み妬み嫉み僻み。


そんな、負の感情の群体である。あれならば、生半可なことではこの闘争を辞めはしないだろう。


「まあ、個人がどう思うかは、ここでは問題にせん。ただ、できるだけの軍備はしておいてくれ。それだけだ」


手賀沼のその一言で、会議は終了した。続々と退出する他の本部長にならい、自分も出て行こうとした逆井であったが、


「あ、逆井くんはちょいと残ってくれ」


こう言われては、残らざるをえない。

全員から、大なり小なり、訝しげな視線を向けられつつ、逆井は一人部屋にとどまった。


「で、なんです?爺さんとランデブーして喜ぶ趣味はないですよ?」


「安心せい、ワシも歳下はタイプじゃないからの」


そう言って、二人で軽く笑みを浮かべる。


「ま、残ってもらった理由の想像は、ついとるんじゃあないか?」


「……例の検体ですか?」


「うむ。どうじゃね、アレは」


「さあて、どうでしょうかね。今朝初陣でしたが、まあ、しくじるとは思いますが」


「ほう?まあ、『劇薬慧眼』と名高いお主が言うなら、そうなのじゃろうな」


正直、そんな悠長にもしとれんのじゃがなぁ。

そう呟き、老人はため息を漏らす。


「まあでも、多分次からは平気ですよ」


「妙に確信じみた声色じゃな。さては、なにか仕掛けおったな?」


「ええ。いい感じに煽りに使えそうな奴が、いたものですから」


「…………悪い奴じゃのう、お主」


「ま、いいじゃないですか、そんなことは」



「人類希望の星は、きちんと光らせますよ、私が」


***


「うおっ」


奇妙な寒気に襲われ、不意に声をあげてしまった。


「どうした、市川?なんかあったのか?」


「いや、なんでもない。多分、大丈夫」


心配そうな顔をしてきた酒々井を、手を振っていなす。


「そうか?さっきの応急手当になにかミスがあったとかじゃないな?」


「あぁ、違う。安心してくれ」


というか、十代の人間とは思えないレベルの手当で、割と驚いた。随分慣れているのか、手際も良かったし。


「そうだ。俺より、佐倉はどうなんだ?」


「彼女?外傷はほとんどない。単純に、疲労だのなんだので、寝てるだけだ」


「そうか、良かった……」


胸をなでおろす。無論、彼女が負傷していないことはわかっていた。しかし、改めて他の人からそう言って貰えると、本当に安堵する。


(…………生きてるんだなあ、俺も佐倉も)


「……なあ、ちょっと妙な質問なんだが、酒々井は死ぬのって怖いか?」


「ふむ。……妙というより、唐突ではあるな?」


「悪いな。でも、大事なことなんだ」


「ふうん?……怖くないといえば嘘になる。嘘になるが、別にそうでもないよ」


「…………強いな」


「慣れただけだ。お前より長く戦線にいる、それだけさ」


そう呟き、彼はちょっと遠い目をみせた。

その目は、先ほどの佐倉の目とよく似ていた。

記憶の中身を、既にいない誰かに向けている目だった。

いつか俺にも、そんな目で思い出す相手ができるのだろうか。


「いないに越したことはないぞ、そんな相手は」


酒々井が、つまらなそうにつぶやく。


「何の自慢にもならない。かつて自分の掌からこぼれ落ちた運命を、数え上げて積み上げて見つめるなんて作業を繰り返したところで、どうにもならない」


「…………そうかい」


正論だ。それも、超弩級の。


「……でもさ、見つめられないよりは、ずっとマシなんじゃないか?」


「………………?」


「いや、なんでもないよ。悪かったな、変なこと聞いて」


半ば無理矢理話を打ち切る。普通の奴なら怒っても良さそうなもんだが、酒々井は小さな声でそうか、と言ったきり何も言わない。いい奴だ。

何にせよ、酒々井からは視線を外す。

そして、佐倉のことを考えた。彼女は今、俺や酒々井が座っている座席の後ろで、くたりと寝ているはずだ。

彼女は、ようやく自分の記憶を過去にできた。前を向くスタートラインに立つことを、自分で自分に認められた。


(まったく、重畳だぜ)


心中、ひとりごちる。



いつの間にか佐倉に対するさん付けが取れていたことに気づいたのは、本部に帰り着く直前だった。


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