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神話戦線異常ナシ   作者: 田辺サトシ
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第五章 wild flower

沼人形が出現した地点へ、俺と佐倉さんは駆け足で向かう。駆け足といっても、欠陥兵器のそれなので、通例の人類の全力疾走よりも遥かに速いのだが。

それはさておき。

佐倉さんに連絡してきたのは、鴨川さんだった。

その時まで俺は知らなかったのだが、外出している欠陥兵器は、もしも沼人形が出現し、しかも本部の連中より近かったら、現場に向かう義務があるそうだ。まぁ、義務化しなくてと割とみんな駆けつけそうだが。

そうしなければ、存在理由がない。

そういった理由で、俺と佐倉さんは当該箇所へ急行している。


「近いの、そこって?」


「本部にいる人たちより優に十分は早く着くよ。多分、ここから二分くらいじゃない?」


それはつまり、二分後には、結果が浮き彫りになるということだ。

脳の奥が、痺れたように痛み、少し顔をしかめる。


(…………大丈夫だ、落ち着け)


死にたくないし、死ねないし、死んでほしくない。

欲張りもいいとこだが、まあ、なんとかなるだろう。

違う体温の先端を、気づかれないくらいに少し強く握った。


***


沼人形の現れた現地に到着しても、すぐに見つかるわけじゃないことの方が多いそうである。今回もそうで、出現した地点は廃ビルや廃工場が煩雑に建ったり壊れたりしている地域だったのだが、いかんせん見つからない。

仕方が無いので、今朝と同じく二人一緒に駆け足で探し回る。

朝の山と異なり、少し市街地に近いので、危険度はより高い。故に割と急がねばならないのだが。


「み、見つからないな……」


額の汗を拭う。まだ春とはいえ、昼前のこの時間にこれだけ走り回れば、疲れはせずとも体温は上がる。

一言ことわりを入れたあと繋いだ手を解き、服の裾で雑に汗を拭く。


「佐倉さんは、平気?」


「うん。…………ねえ、沼人形なんだけどさ」


彼女は、解かれた手を天に向ける。



「ビルの上から探すとかじゃ、ダメなの?」



そんなわけで、周辺で最も高いビルの扉をこじ開け、屋上まで一息に駆け上がる。


「さて、どこかなっと……」


周囲を見回す。佐倉さんは—ビルの内部が随分と埃っぽかったからだろう—ケホケホと咳き込んでいた。


「ど、どう?見つかった?」


「んー、まだ…………いや、いた!」


結構遠い所で、ビルが一つ崩れ落ちた。しかも普通の崩れ方じゃない。まるで、失敗しただるま落としのように崩壊したのだ。まるで、下部が忽然と消失したかのように崩壊したのだ。

しかし、遠すぎる。



…………あっ。



「佐倉さん、ちょっと手を離すね?」


「え?うん」


「ありがと。そしたら、ちょっと屈んで前傾になってくれる?」


「いいけど、…………なにするの?」


「んー、とりあえず謝っとくね。ごめん」


「いやいやいやいや!?言おう!?謝るくらいなら、言おう!?」


叫ぶ佐倉さん。しかし、なんだかんだ言いつつも言った通りのポーズをとってくれるあたり、押しに弱いのかもしれない。


(っと、余計なこと考えてる場合じゃないな)


注文通りの格好をしてくれてる佐倉さんの下に入り、背中を彼女の胸や腹の部分に当てる。……正確には、胸は当たらなかったが。それはさておき、彼女の左右の膝の下にそれぞれ手を当てる。


「ちょ、え?なにしてるの!?」


「簡単に言うとおんぶ」


「は!?……あ、君が何するつもりかだいたい予想ついた!!やめようね!?そんなバカなこと、ダメだよ絶対!!」


騒ぐ佐倉さん。無視し、助走をつけるために沼人形の対角線上をギリギリまで後退する。彼女の文句ももっともだが、これが一番早く沼人形のもとまで行けるのだから、許して欲しい。


「さぁ、行くよ!」


「いや、ダメだって……!?」


彼女の悲痛な声が、少し遠くから聞こえた。

俺は、全力でコンクリを踏みつけて走る。奔る。



そして、屋上の淵ギリギリで、宙に向けて跳躍した。



風が、皮膚を思い切り叩く。ほとんど頂点に達した日光が、俺と彼女のシルエットを地面に映し出す。

瞬く間に、沼人形の背中が近づいてきた。


「ねえ市川くん一つ聞くけど着地どうすんのこれ!?!?」


後ろで佐倉さんがうるさい。にしても、よく舌を噛まないものだ。


「大丈夫、ちゃんと考えてるよ!!」


叫びながら、左膝に添えていた手を外し、正面に突き出す。


「顕現」


銃口を沼人形に向ける。


(ああ、そうだ、名前……)


 とりあえず、今は叫んだ方がいいだろう。

 思う存分かっこつけた何かを。



「………飛縁魔ッ!!」



中空を舞う閻魔。叫ぶと同時に引き金を引いた。

轟音と衝撃が、俺の左腕を襲った。

どうやら、今度はきちんと弾が出たらしい。

空気中の分子をかきわけ弾き飛ばしながら、弾丸は宙を猛スピードで突進する。

無論、一発だけではない。

補填兵装の装弾数はわからないが、おそらくその辺も欠陥兵器個人に委ねられているのだろう。

そう信じて、とにかく銃弾を放ちまくる。一度できれば、あとは案外余裕だった。

ばら撒いたそれらは、沼人形の体表を削ったり、体内に刺さったり、或いは外れて大地やコンクリを抉っていた。

しかしそろそろ、着地の頃合いである。



俺は、眼前に迫っていた沼人形の頭部らしき部分を思い切り蹴飛ばした。



思ったよりもぶよぶよとしていたそれに慄きつつも、なんとか沼人形を蹴倒し、その上に着地する。見た目からしてクッション代わりになるだろうという雑な予想だったが、うまくいって良かった。

なんて安堵していたら、勢いを殺しきれなかったのだろうか、前方へ投げ出された。


「くっ、……うおぁあ!?」


空中で無理矢理体勢を変えた俺の視界に入ったのは、二つの物体。

一つは、あれだけ弾丸を喰らいクッション役まで押し付けた沼人形が立ち上がるという、ギャグのような光景。なるほど、吹っ飛ばされたのはそれが原因か。

そしてもう一つは、いつの間にか俺の背中から降りて、沼人形の正面に立っていた佐倉さん。



肺から心臓から、全ての空気が体中から抜けた。



「…………がッ!?」


体勢を捻じ曲げたせいで着地にしくじり、かなりの速度で大地に叩きつけられたのだ。無様に地面を跳ねる。ちょっと意識が途絶えた。


(クソ、さっさと援護しなくちゃならないのに……!)


それでもなんとか視線は佐倉さんへ向ける。その手には、いつの間に顕現したのか、煙々羅が握られていた。

沼人形は、彼女に向かって右腕を振り上げる。

その胸元へ走り込んだ佐倉さんは、リーチの短いその刀剣を振るう。そこは、完全に彼女の間合いだった。

沼人形が、その歪な丸太のような腕を振るって彼女に当てようとするが、間に合わない。

腕が、そして必殺の手が、佐倉さんを捉える寸前、彼女の腕が沼人形の胴を刺し貫いた。

ポカリと身体に穴を開けたそいつは、少しの間挙動を停止していたが、ついに消失した。

あとには、地面に倒れ伏す俺と、見えないはずなのに、刀を握った手をいつまでも見つめる佐倉さんが残った。


「…………市川くん、どこ?」


「今、佐倉さんに向かって這い寄ってる」


ズルズルと匍匐前進の要領で進む。脚が酷く痛み、立てないのだ。まぁ、酷使したのは俺だし、文句は言うまい。


「そっか。…………生きてる?」


「……当然だろ?」


正直、死んだと思った。これは、約束守れないなと、脳裏をそんな考えがよぎった。

だから、今俺が生きているのは、完全に偶然だ。

でも、それを言ったら彼女は怒るし、何より悲しむだろうから。


「俺は、誓いを守る男なんだ」


こうしてカッコつける。


「そっか」


佐倉さんは、崩れ落ちるように大地に座り込み、ぼんやりと手元の剣を見ていた。


「わたしも、決意を果たす女になれたよ」


震える声が、俺の鼓膜を揺らした。

それと同時に、彼女の元へ辿り着いた。

佐倉さんは、予想に反して泣いてはいなかった。

それでも、彼女の中で、様々な言葉が渦巻いているのはわかった。

たくさんのごめんなさいが、ありがとうが、さようならが、半年前から彼女の体内でくすぶっていたそれらが、出口を求めていた。


「…………泣きなよ」


ハッとした表情を、少女は見せた。


「いま君は、みっともなく情けなく、そして気高く、泣くべきだよ」


なんとか上体を上げ、彼女の肩を抱く。

佐倉さんは、俺の胸に顔を埋める。暫くすると嗚咽が漏れてきた。

彼女の感情の矛先になれる彼らを少しだけ羨みながら、佐倉さんが泣き止むまで、ずっと空を見上げていた。

冗談みたいに青い空を、灰褐色の鳥が一羽、視界を横切って消えた。


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