プロローグ The End Of The World
日常、というものがある。
昨日と同じ今日、今日と等しい明日のことだ。
それは、どこにでもある。
アメリカでも中国でもドイツでもブラジルでもエジプトでも。
日本でもオーストラリアでもインドネシアでもイタリアでも。
均等に、均一に、均斉に、それは訪れる。
昨日と同じ今日、今日と等しい明日。
その日も、人々は日常を謳歌していた。
笑ったり、泣いたり、騒いだり、怒ったり。
ごくまれに、愛しあったり。
よく晴れた空の下、人々は自らの生活を満喫していた。明日からは低気圧により天気が崩れるという話だったが、それだってよくある一幕だった。
そう、昨日と同じ今日で今日と等しい明日が、続いていくはずだったのだ。
『人類の皆さん、ご機嫌麗しゅうございます』
その声は、地球上の全ての人類の耳に完全に同時に届いた。
その声は、女性のものだった。
しかし、それ以上のことは推察できない。
年老いているのか、うら若いのか。どこの誰なのか。
なにもわからないまま人々は、脳内に響くその声に強制的に耳を傾けさせられていた。
『わたくしの名は、ヒルコ』
その声の主は、透き通った声でそう名乗り、
『今から、皆さんを滅ぼさせて頂きます』
透き通った声でそう宣言した。
雲ひとつない、不吉なくらいの快晴な空の下でのことだった。
彼女の声は、ありえないほど甘美で、甚だしく優美だった。
そして、脳の隙間という隙間に入り込み、蹂躙しつくすかのような声だった。
当時、その声を聞いた人々の全員が、そんな証言を残した。
そんな宣言から、はや十五年。
例の宣言は、『ヒルコ事件』と呼ばれるようになっていた。
あの宣言は、本気だった。ヒルコ事件以降出現し始めた物体、沼人形の手により、世界は、半分くらい滅んでいた。
人類の、種族としての寿命のカウントダウンが始まった。
はずだった。