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裁きの国のニルヴァーナ  作者: ましろ
4/7

やっぱり久遠ちゃんはエロい

「あんたさ、確かに無理だとは思ってたけど……まさか、ここまでとはね」

「ううう……からだがぁ……体がぼろぼろじゃぁぁい……」



 おい、おいおいおいおいおいおいおいおい…………おい!!

 俺は主人公だ。主人公は大抵の苦難は簡単に乗り越えるし、どんなことでもあきらない強い精神を持っているはずだろう。

 お前たちもきっと俺にそんなかっこいい姿を望んでいるはずじゃないか?

 だったら飛ばせよ。こんなシーンいらないから。飛ばすんだ!


「飛ばせ! こんなかっこ悪い姿! とばせぇぇぇぇ!」

「何言ってんのよあんた……現実を見なさい。はい、体力テストの結果。あんた最下位よ? ご愁傷様」

「ふ、ふん! こんなの、形だけだろ? 気にする必要なんてないもんね!」

「えい」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 足がおれるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「……だっさ」


 予想通り、このクラスは狂っている。一時間目から四時間目まで体力テストと称したマラソンを永遠と続けやがった……俺のカモシカのように美しい足が見事にプルプルと生まれたての小鹿のように震えあがっている。輪廻は俺の無様な姿を呆れながら見下ろしていた。む、ムカつく……パンツが見えそうで見えない。ムカつく!


「ほら、お昼休み終わったら、模擬訓練よ! さっさと立つ!」

「も、もぎくんれん? 世界は平和だからしなくていい思います!」


 俺はまたもや筋肉祭りの匂いを感じ、瞬時に現実逃避した。だが、そんな儚い望みを打ち砕くように輪廻が俺に一言呟く。


「あんた、本当にやっていけるの?」


 輪廻が何気なく言った一言に俺自身が激しく同意していた。だって、初日からこんな無様な姿で無様に這いつくばり、あわよくば下着を覗こうと腹ばいになっているっていうのに、俺はこの先やっていけるのだろうか? 

 自慢じゃないが、俺は根性なしだ。勉強も並。身体能力に至っては並か下。顔と性欲だけが以上に高いジェントルマンだ。紳士なんだ。だって、まだ童貞だし……。

 そんな俺が、体育会系なクラスになんて入ったら……入ったら……僕はもう!!


「こんなクラスに入ったら僕はもう……!」

「ふざけるだけの体力はあるってことね。よろしい、なら午後もしっかり扱いてやるわ」

「し……? 輪廻、もう一回いってく」

「死ね」

「目がぁぁぁぁ! 俺のパンツを見るための目が見えなくなったぁぁぁぁぁ!」


 ちなみにここでは俺への仕打ちも体育会系だった。こんなクラスにいたら俺がマゾヒストな変態に間違われるかもしれない、ということが悩みの種だ。俺はドSでガンガン責めるタイプなので(童貞)久遠ちゃんをいつもいい声で鳴かせている(童貞)間違っても輪廻の足で股間を踏まれたいなんて考えていない(童貞妄想)


「な……なんであんた……こ、股間が」


 おっといけない。これだから息子は困る。そりゃここ数日満足に自家発電できていなかったわけで、かなり溜まっていたわけで、俺は何も悪くないわけで、つまり――――


「輪廻、俺の股間を踏んでくれないか?」

「…………このあと、模擬訓練あるけどそこでもフルボッコにしてやるから覚悟してなさい」


 お兄さんとの約束。絶対に女の子に股間を踏ませてはいけません。あなたの子孫が危機に陥る可能性が大です。もし、どうしてもやってほしい場合は、優しい彼女か風俗嬢に土下座して頼むこと! 摩訶お兄さんからでした!








 生きている。そんな当たり前のことすら俺は今まで感じたことがなかった。いや、大抵の人は自分が生きていることに感謝などしていないだろう。

 例えば、難病を抱え、余命幾ばくもない者ならば、一日を精一杯生きようと努力する。その背後に死という漠然とした恐怖を背負っているからこそ、人は生に感謝する。生きることと死ぬことは常に拮抗しあっている。その二つが合わさるとき、それは命の誕生と滅亡の時だけだ。

 人は、俺たちは、あまりにも傲慢だ。進化するごとに常に新しい何かを求め、いつしか生きていること自体に絶望する。最近は自殺する人間が増えていると聞く。他の宗教では自殺は絶対にしてはいけないらしい。魂は永遠に浄化されず、死してなお、苦しまなくてはならないのだとか。

 命は軽い。本当に、まるで羽のように軽い。それを扱う御仏という存在の命もまた、羽のように軽い。どんな者にも須らく、死は訪れるのだ。

 大切なのは、どれだけ生きた、ではなく、どのように生きたか、だ。俺は自分の命が一番大切だ。死にたくないし、それを恥だと思ったことも一度もない。どんなに惨めになろうとも生きていきたい。

 ―――――そう、思っていた。



『迎えに来た』

「か、観音……? ど、どうして? いや、ここはまずいな……」



 俺は最初、妖精でも見たのかと思ってしまった。アホみたいな訓練を凌ぎつつ、ぼこぼこにされつつ、凌ぎつつ、ぎったんぎったんにされつつ、なんとか生還することができた。今時、刀を使った剣術なんて……ただの中二病としか思えない。俺は二次元の女の子は大好きだが、暴力は嫌いだ。不良とかもう、この世からいなくなればいいと思う。

 いやいや、そんなことよりもうちの妖精こと、観音がこんなところにいることが驚きだ。確か、勝手に外を出歩くと大きいお友達に連れ去られるからだめだよ、と言っておいたはずだが……。

 本来、この場所は御仏しか立ち入ることができない『神域』と呼ばれる地域だ。人間である観音がこんなところにいることが、他の者にばれたら厄介なことになる。ちなみに人間が住む地域を人域っていう。普通のネーミング、ありがとうございます。



「と、とりあえず、お家に帰ろうか……な?」

『おうち、退屈』

「って言ってもなぁ……ここは危ないし、遊びに行くなら人域の方が楽しいぞ?」

『どこでもいい。一人は嫌』


 何この子……ごっさ可愛いですけど……今すぐお持ち帰りしたいわ。いや、家に住んでいるんだけど。ギュッて手を繋ぐの反則でしょ? 静まれ……静まれ、俺の分身よ!



「何、しているの? あなた……」



 俺の心が罪悪感で張り裂けそうになっている時、涼やかな、冷たい、凍てついた声が真っ直ぐに耳を通る。

 恋い焦がれ、恋い焦がれ、一日の大半を彼女のことで費やしているのではないかと思うほど想い続けいている彼女、久遠ちゃんの声だ。

 俺の胸は弾んでいる。それが喜びだけだったらどれほどよかったか。瞬時に場の状況を把握し、俺はゆっくりと、久遠ちゃんの方へ顔を向けた。


「や、やぁ久遠ちゃん、相変わらず、愛している結婚してください」

「いやですごめんなさい。まさか、あなた……遂にやってしまったの?」

「や、やってしまったって?」

「そういうことはしない人だって思っていたけれど。やっぱりただのゲス野郎だったということね」



 …………この距離からだとわからないものなのか? 俺の危機感は次第に薄れていく。久遠ちゃんは天神科のエリートだ。人間がこんなところにいることが知れたら、俺の知る彼女なら、決して許さないだろう。

 御仏か否かは曼荼羅が書いてあるかいないかで判断できる。だが、そんなものを見なくてもわかるんだ。感覚的に。

 そんなことを考えていると、久遠ちゃんがこちらに氷のような瞳で近づいてきた。俺はどうしていいかわからずただ立ち尽くしている。

 何もできない。何もない。何かをする意志も力もない。俺よりも何万倍も優秀な久遠ちゃんなら、一発で気が付くだろう。観音が人間であることを。これ以上、近づけさせるわけにはいかない。俺は観音の手を握り、走り出した。


「!? 待ちなさい! 縛りの型……金縛り!」

「ぐっ…………」


 久遠ちゃんが唱えたのは神通力だ。対象は、俺! ミー!! 見事に身動きが取れなくなった俺は観音の手を握りしめたままズコーーーー! と地面にめり込む。顔面から直で……久遠ちゃん、鬼畜やであんた……。


「に、逃げろ観音……!」

『摩訶を置いていけない』

「て、天使……だけど、いいんだ俺のことは!」

『だけど』

「…茶番はそれまでよ、ロリコン変質者!」



 ……俺的にはかなり真剣なつもりだったんだが……なんだろう、このチープな感じが漂う三流映画みたいなシーンは……。

 っていうか、ロリコンちゃうわ!


「さぁ、もう大丈夫よ、怪我はない?」

『摩訶に何をしたの?』

「その男はあなたに変態的な行為を強要しようとしたゲス野郎よ。いつか地獄に落ちる哀れな男なの」

『摩訶を許してあげて。悪気はなかったの』

「悪気しかないわ。ロリコンは罪です」


 ろ、ロリコンじゃない。俺は久遠ちゃんのおっぱいにしか興味がない、とこれほど声を上げて叫びたいと思ったことはない。だが、いかんせん、俺の体はピクリとも動かない。このままだと、まずい、そう思い続けて一五分経ったわけだが、一向に久遠ちゃんは観音の正体に気付いた様子はなかった。


「あなた、お名前は? 親御さんと一緒ではないの?」

『私は、観音。親は摩訶』

「……観音……ですって……?」


 観音に対しては比較的優しい声色だったが、名前を告げた途端、一瞬にして変わった。

 久遠ちゃんにとっては、辛い名前なのかもしれない。

 だけど、それは今の観音にとって、何の関係もないことだ。

 俺もそう思ったからこそ、その名を授けた。二人の間に入って今すぐそう告げたい。だけど俺は見事に何もできない屑でした! もう、ほんと、ごめんなさい!


「…………どういうことなの、摩訶」


 説明したいけどとりあえず術を説いてほしいかな! 俺の意思が伝わったかのように久遠ちゃんは浅く頷いた。さすが、運命の赤い糸が絡みついて絶対に離れない仲なだけはあるな。以心伝心ってやつ? 

 ま、解けた瞬間、逃げるけどね。

 だがいくら待っても俺の体は一向に動く気配はなかった。


「く、くそ……以心伝心のはずなのに……やっぱり、体も繋がらなくちゃダメなのかっ。く、久遠ちゃん、早く俺とセ」

「さっさと説明しなさいゲス野郎。そのために喋られるようにしてあげたのよ。だいたい、なんであなた、まだ学校にいるの? この子は誰? あなたは何をしているの? ロリコンなのは間違いわね……」


 ……お、おこなの? いや、怒ってても嬉しい! 久遠ちゃんが俺のことを気にしているっていうことがわかっただけでも今日は三回抜け、じゃなくてご飯三倍は食える! ごっつぁんです! けどロリコンじゃねぇし!


「……いろいろ理由があるんだ。み、見逃してくれないかな?」

「…………ま、別に私には関係なことだから、いいけど。一つだけ聞かせて、この子をどうするつもり?」

「どうするって……この子は身寄りがないから一時的に預かっているんだ」

「……それは、その子が可愛そうだから?」

「うん、可愛そうだ。観音は俺に助けを求めた。だから俺は観音を預かっているんだ」

「観音、観音って……あなた」

「言いたいことはわかる。けど、もう、大丈夫だから」


 久遠ちゃんには感謝の気持ちでいっぱいだ。俺は久遠ちゃんがいたからこそ、俺という人格があるのだと思う。だから、俺は久遠ちゃんが大好きだ。もちろん、体も含めて。

 ところで、なぜ、俺はシリアスな展開にシリアスになれないのだろうか? 久遠ちゃんの心配そうな表情にぐっときてしまった。主に、下半身が!! 死ね、俺の分身! いや、死ぬな生きろ! せめて、自重してくれ……。


『摩訶、お腹空いた。帰ろう?』

「あ、ああ……そうだな。じゃあ、久遠ちゃん……また明日」


 明日会えるかなんてわからない。もう、久遠ちゃんは天神科だ。護衆科と天神科では雲泥の差がある。よって久遠ちゃんに近づくことはもうないのかもしれない。生まれ、育ち、能力、地位、あらゆるもので、俺たちは差別する。それは、そうすることで自分自身を守りたいからなのかもしれない。自分という誇りを。


「摩訶、また会えるわよね?」

「うん……俺の恋人になってくれるならいつでもおけぇ」

「ごめんなさい。けど、ずっと友達だから……その子、大切になさい。なにかあったら、何でも相談しなさい。お願いだから、一人で抱え込まないで」

『バイバイ』

「ふふ……バイバイ――――観音」


 痛々しいほど、その名をつぶやく久遠ちゃんは苦しそうだった。それは、忘れていた痛みを無理やり呼び起こしてしまったかのように。それをしたのは俺。与えたのは観音。

 観音はスケッチブックを持ったまま、久遠ちゃんへお別れの挨拶をしている。切れ目な青い瞳がずっと彼女を見つめる。負けたのは久遠ちゃんだった。逃げるようにその場を去っていく。愛想笑いすら上手くできていなかった。


『摩訶、久遠の事好き?』

「大好きだよ」

『どこが好き?』

「全部」

『私は?』

「こらこら……幼女のくせに、生意気をいうものじゃないよ」

『摩訶は、誰かを好きになったことがあるの?』

「俺くらいスペシャリストになると何人も愛しているものだよ」

『愛されるって素敵なこと?』

「素敵なことだよ、きっと」

『私は、愛されたことがあるの?』


 俺はその問いに、答えることができなかった。それは、観音が愛されたか、愛されていたかという単純な質問に答えることができなかったわけじゃない。ちなみにその答えはイエスだ。観音の境遇がどうあれ、俺はその解答には真っ直ぐにそう答えるだろう。

 答えることができなかったのは、俺がベラベラと偉そうに何を語っているのか、と馬鹿馬鹿しくなったからだ。

 馬鹿馬鹿しくて、嫌になって、口を閉ざしたからだ。


『摩訶は、私の事好き?』

「好きじゃなかったら、一緒に暮らせないよ」


 なぜ、観音がここまで愛を求めるのか。理解できなかった。そこまで愛に飢えているのだろうか。愛されたいと願っているのか。

 いつも通りに小さな手を優しく握りしめて帰路を共にする。なんて綺麗な少女なのか。金色の髪が夕焼けに反射してキラキラと輝いて見える。ほんと、俺じゃなかったら危険な目に逢っていたと思うよ?  


『でも、嫌いじゃなくても一緒に暮らせる』



 そう、書かれていたと思われるスケッチブックは俺に向けられることはなかった。

 代わりに、強く俺の手を握りしめる指先が妙に熱かった。

 やれやれ、難しいね、ほんと。

 ただ、わかったことがある。

 俺は、可愛そうだから観音を助けたわけじゃない。観音が俺を利用して生きることを望んだから、結果的に俺が観音を助けたように見えただけだ。

 俺は何もしていない。これからもずっと何もしないだろう。


『私、摩訶を助けたい。だから一緒にいたい』

「俺を? ……ありがとな。俺はHでダメな男だけど、顔だけはいいから宜しくな」

『顔は普通。だけどよろしくね』


 ばっさりと俺の長所を切られてしまった。顔……イケメンだと思うんだけど。

 助けたい、と観音は言った。

 いったい、何を助けるというのだろう。

 堕ちて堕ちて、光の見えないどん底に沈んだ。俺の何を。



『摩訶、愛を、教えてね』


 救いは、どこにあるのか。

 スケッチブックから目を背けたまま、俺たちは夕暮れの丘を登るのだった。


「そういや、久遠ちゃん、観音が人間だってこと気づかなかったな……」


 いつの間にか一番危惧していた問題をすっぱり忘れてしまっていた。

 とりあえず、久遠ちゃんがエロすぎるのがいけない。以上。

  


 


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