大罪人
幼女は話すことができないらしい。生まれつきの発声障害ではないかと学園長は言っていた。そのことを俺に伝えようとしたが、俺の行動が可笑しかったので黙っていたらしい。
まったく……とんだ女狐だぜ。幼女は男を手玉に取るのが上手いようだ……末恐ろしいな。
とりあえず、コミュニケーション手段をゲットしたのでずっと聞きたかったことを聞いてみることにした。
「幼女君、お名前は?」
『ない』
「ないて…………お、お兄ちゃん、変なことしないから……お、教えて、くれないかな?」
俺は変態的な声で幼女にすりよってみたが、幼女は首を振るばかりだ。まさか、名前がないなんてそんなことありえないでしょ?
名前っていうのは、魂そのものだ。やがて天の国へ帰衣する魂を呼ぶための記号。名前がなければ、その魂は永遠に地上を彷徨う亡霊となる。浄化されることなく、やがて悪霊となって人々に被害をもたらすと言われている。
ちなみに、全ての名前は仏陀により決められる。その魂が消滅した時、名前は仏陀に返され、ようやく魂は極楽浄土に向かう。この仕事は天神科で勉強することになるが……もう俺には関係ないね!
『名前ない。幼女でいい』
「いくない! 俺が変態みたいだから!」
『じゃあロリコン』
「それは俺の事か? 違います」
断じて、違うぞ…………。
『じゃあ、摩訶が付けて』
「いや……名前っていうのは仏陀が……」
『じゃあロリータでいい』
「そんなに俺を変態にさせたいのか君は!?」
間違いない。間違いなく幼女はその意味を知っている。自分の魅力に気づき、それを上手く利用する狡猾さを、彼女は持っているようだ。やだこの子怖い!
幼女は無垢なる瞳で俺を見つめる。う……期待されているのか? っていうか本当に名前ないの? 小説とかでよくある記憶喪失……とか?
だとしたら、仮にでも呼べるような名前が必要になるか。
しかし……仏陀の許しもなく、名前を決めるなんて……御仏に対する反逆的な行為ではないだろうか。
ま、いいか。俺、御仏じゃないし。
そうと決まれば、俺は迷うことなく幼女に名前を付けた。それは俺にとって特別な存在だった人の名前だ。俺が与えられる唯一の名。仏陀に還すことなく、俺自身が一時的に預かっている。
命よりも大切な名前だ。なぜか俺は、その命よりも大切な名を、幼女に与えなければいけない気がした。
「観音――――かのん、だ」
『かのん?』
「うん。すごい神様からとったんだけど、とりあえず名前がないと不便だからね」
『私は、観音?』
「うん。君の名前がわかるまではね――――って!?」
幼女はボロボロと大粒の涙を流していた。だが、決して声を上げない。声が出ないからだ。代わりに、姉のお下がりだった服の裾を、ぎゅっと力いっぱい握りしめて天に向かって涙を流した。
「そ、そんなに嫌だった……?」
首が取れるんじゃないかと思うくらい全力で振る。よかった、どうやら気に入ってくれたらしい。なぁ観音、よかったな。これは、何かの運命なのか。この先にお前はいるのか。
――――――教えてくれ、観音。
「その少女の身元は分かっている。仏陀により滅ぼされた村の生き残りだ。もちろん、現在の仏陀だよ」
「そんな…………じゃ、じゃあ、この子の親は……」
「絶望的だね。むしろ、彼女が生きていること自体が罪だ。阿修羅の連中に見つかれば殺される。ああ、そういえば……うちの学園には阿修羅科なんてあるんだったか」
俺と学園長は対峙するように見つめ合った。そう、学園長は既にデスクワークから離れ、俺の殺意の籠った瞳をじっと見つめている。殺意などと言ったが、当然殺す勇気などあるはずもなく、学園長を弱弱しく睨み付けているだけだ。
「彼女を助けたいか?」
「当たり前です。彼女の両親はもう絶望的だ。既に彼女は生きる術もなくしている。これ以上は何を奪おうっていうんですか?」
「もちろん、体から魂の一欠片まで、だ」
「…………このっ……!」
「身の程を弁えたまえよ、摩訶君」
ひっと喉を鳴らす音をどうにか我慢した。冷血と呼ぶに相応しい、一切の慈悲もない表情で俺を見る学園長は、かつて仏陀であったことを彷彿とさせる。俺の体は竦みあがってしまい完全に言葉を失った。やっぱり……女って怖い!
気が付けば幼女はぎゅっと俺の手を握ってきた。怖いに違いない。俺だって2ミリくらいちびったかもしれないし。帰ったらまたお風呂かな。俺は幼女の手を握り返し、その小さな体の前に立つ。
さぁ、交渉を始めようじゃないか、と意気込んで。
「――――何をすればいいんですか?」
「ふむ…………素直な子は好きだよ」
「……俺は、美人は大好きですが、あなたには全く邪な感情を抱けません。なぜでしょうね」
「くくくく…………それは残念だよ。私は君が大好きなんだけれどね」
妖艶に微笑み学園長。俺はその笑みの裏側にある感情を読み取れずにいた。
一体、どういうことだ? なぜこんなことになる? そんな疑問を抱く時間すら与えられず、俺は、俺と幼女は何者かの陰謀に巻き込まれてしまった。
『摩訶? あなたのお名前は摩訶っていうの?』
「そうだよ。ママが付けてくれた大切な名前だよ」
『ママ? ママって何?』
「そうか……ママのことも忘れちゃったのか……ママっていうのはね、君を生んでくれた人、君のことを愛してくれた人だよ」
しかし、もうその人は生きてはいないだろう。天罰は、咎人の血を根こそぎ断絶するための裁きの雷。罪は伝染するという医学的に何の根拠もない理由を掲げ、裁判長である仏陀が下す人類の救済。汚れた魂は、天罰によって清められ、仏陀の元に還っていく。罪に塗れた魂では、極楽浄土へ行くことはできないという俺たちの教えは、あまりにも人の命を軽んじている。
ちなみに、愛し、愛される、という定義については観音に対して模範的な答えを導きだした結果だ。観音の母親が観音を愛してくれたかどうかについては審議の余地があると思う。
『じゃあ、摩訶は私のママだね』
「いや……俺は赤の他人だよ。それに、俺は女の子じゃないからね。おっぱいも大きくない。お母さんっていうのは、綺麗でおっぱいの大きい淫らな人のことを言うんだ」
『嘘。私が子供だからっておかしこと、吹き込まないで』
「う…………ご、ごめんなさい!」
だって……ママのことすらわからなかったのに。どうしてばれたのだろうか?
『摩訶の顔、気持ち悪くなる時は変なこと考えてる』
どうやら俺に原因があったようだ。勘違いしてもらっては困るが、気持ち悪くなる時、があるというだけで決して俺の顔が気持ち悪いわけではない…………そうだろ?
『摩訶、どうして私を助けてくれたの?』
「え? …………」
『あの女の人、怖かった。摩訶も怖かった。でも私、生きている。摩訶が助けてくれた?』
「……違うよ。俺は、君を巻き込んでしまったんだ。本当にごめん」
どうやら、俺は簡単に自由になどなれないらしい。なんとなくそんな気はしてたんだ。このところ音信不通だったが、姉が俺を自由にするわけがない。儚い夢だったんだ…………。
だが、観音を盾に脅したことについては到底許せることではない。あの学園長には然るべき裁きを与えたあと、俺の息子によって制裁を食わえるとしよう――――などという妄想を悶々と繰り広げていた。
『別にいい。どうせ、摩訶に会わなければ、私は死んでいたから』
サラサラとスケッチブックを埋めていく観音。その表情は、やはり感情というものを映し出すことはない。何を思い、何を感じているのか。俺にはわからない。
『私、生きたい。でも、一人じゃ生きていけない。誰かに頼らないと、生きていけないの。子供だから』
「俺だってそうだよ。みんなそうさ。大人だって一人はさみしいと思うよ」
『摩訶、私を助けて』
観音はもう泣かなかった。これからどうして生きていくかを必死に考え、己の導き出した結果、どこの馬の骨ともわからない男にその身を委ねることが最善の策なのだと判断した。一体、どれだけの勇気が必要だったことか。俺は、その強い眼差しにしばし見惚れてしまった。これは、生に縋る人の目だ。強く、逞しい、大いなる意志。
俺は観音の手をそっと握る。小さな手だった。守りたいと思った。あの時、どうすることもできなかった命の代わりに。この少女を、命を懸けて守りたいと思った。
それは、贖罪のつもりなのかもしれない。だけど、この希有な運命の糸を手繰り寄せればきっと、何かに辿りつけるのではないかと思ってしまった。
「観音、君の居場所を見つけるまで、俺と一緒に暮らそうか」
『…………ロリコン?』
「ちがーーーーう! お風呂は一人で入ってもらうし、寝る時も別々! 男女七歳にして席を同じうせずといって、古来から男と女がいると間違ったことをしてしまうからこういうルールがあるのです!」
『私は七歳だからギリギリセーフ』
「ギリギリらめなのぉ! お家では俺のルールに従ってもらいますからね!」
『残念……私は別にかまわないのに』
観音はまるで俺を弄ぶかのように巧みに筆を動かす。やっぱり末恐ろしい少女だ……。もし、万が一、俺がロリコンで観音に欲情してしまった時には、俺は去勢することを心に誓う。
でないと、俺のプライドが許さない。幼女におっきしてしまったなんてことが学園長以外にばれてしまったら、久遠ちゃんから完全に嫌われてしまう。そしたらもう、生きていく意味を見つけられない……なんとしても、健全な暮らしを心懸けなければ!
『摩訶』
観音は俺と握った手を大きく揺らしながら、スケッチブックに大きな字を書いた。
それはどんな言葉よりも、俺の心を揺さぶった。
『ありがとう』
俺たちは歩く。
長い、長い、道のりを。
その先に、明るい未来があることを信じて。
今、物語が始まろうとしていた。
突然ですが、ニュースです。今朝方、摩訶という男性の部屋に不法侵入者が現れました。男性は下半身全裸のまま眠っていたため、突起物を丸出しのままだったそうです。目覚めた彼は今朝も夢精していたことに絶望を感じ、それらを隠そうと必死に策を練っていたところ、幼女が現れました。幼女は男性の方をじっと視姦したあと、哀れな目で見つめ、優しくシーツを取り替えてくれたそうです。突然の出来事に男性は戸惑っていたようでしたが、幼女の寛大な心に感謝の意を示し喜んでおパンツを渡していた、とのことです。
その姿……まさに変態!
『摩訶、おねしょをしてはダメだって、あれほど言ったでしょ? 分からない子はお尻ペンペンの刑だよ』
「はい……ごめんなさい……」
俺はこれからずっと観音に足を向けて寝ることができないだろう。まさか、七歳の女の子におパンツを洗ってもらうことになるなんて……そんな男、世界広しと言えど、俺だけだろう。世の男子諸君、羨ましいだろう……ふふん。
『何笑っているの、摩訶? 悪い子はおしおきです』
「いででででででででででででででででででででででででででで!! お、お尻は感じちゃうかららめぇぇ!!」
観音は無表情のまま俺のプリティぷりんぷりんなお尻を容赦なくぶっ叩いてきた。何度も、何度も…………く、悔しいけど、感じちゃう!
なんて言っている場合ではない。俺は男として、この子の一時的な保護者としての威厳を取り戻さなければ…………!
「こら、観音! 男の子の部屋に、勝手には言っちゃダメだってあれほど言ったでしょ!」
『摩訶が起きないから、起こしに来た』
「あ、ありがとうございました」
気が付けば、時間は朝の八時を悠々と過ぎていた。観音はわざわざ俺の様子を見に来てくれたらしい。ほんと、ありがとうございます。
今日は特別な日だ。二学年に昇級した俺の初登校日。嬉しくもなんともないが、それでも約束がある以上は行かなくてはならない。かなり憂鬱だ……。
『ご飯作った。目玉焼きは焦げちゃったけど』
「え? ご飯、作ってくれたの?」
『私、いそーろーだから』
「観音……そんなこと、気にしなくていいって。それより、火を使うからあぶないよ」
『大丈夫。これから上手くなるから』
観音はぐぐっとスケッチブックを俺に押し出した。どうやらこれからも朝ごはんを作ってくれる気らしい。うーん…………別に気にしなくてもいいんだけど、それで観音の気が収まるなら、まぁ……。
「わかったよ。そのかわり、俺と一緒じゃないと台所は使っちゃだめだからね」
『子供扱いしないで』
「そういうことじゃないよ。ただ、俺が観音と朝ごはんを作りたいだけ。一緒に作った方がきっとおいしいよ」
『なら、いい』
ふう…………観音は子ども扱いするとすぐ機嫌を損ねる。しかも表情に出ないから厄介だ。俺としてはまだ七歳だから子供扱いして当然の年齢なんだが……俺なんて多分最高にわがままな時期だったと思う。
観音は、その歳にしては妙に落ち着いている。逆に心配になってくるくらいだ。それとも、まだ俺に対して心を開いていないだけなのだろうか。
まぁ、数日過ごしたくらいじゃそんなもんか。これから観音とめくるめく共同生活が始まるんだ。徐々に距離を縮めていき、成長したその時、その体を心ゆくまで堪能することにしよう(ゲス)
まさに、光源氏計画…………!
…………もちろん、冗談だよ?
『さぁ、早くパンツを履いて、制服に着替えて、ご飯を食べよう』
「イエス、サー!」
俺はフルチンであったことに今になって羞恥心を覚えたため、変なノリのまま急いでパンツを履いた。観音は俺の脱ぎたてのパンツの端を、嫌そうに手で撮みながらシーツと共に脱衣所に向かうのだった。いや、しょうがないけど傷つくな僕……。
「ふう……久しぶりの我が校は何とも味気ないものだな」
家から学校まで全力疾走を駆け抜けた結果、なんとか遅刻ギリギリの時間帯に校門をくぐることに成功した。べ、別に遅刻してもいいし、俺は不良だし! だけど観音が急かすから仕方なく走ってきたのだ。
『遅刻はしちゃだめ。めっ!』
なんて幼女に言われたら、そりゃ走りたくもなる。しかもせっかく作ってくれた朝ごはんも捨てがたい。ちょっと目玉焼きが消し炭になったくらいだからとてもおいしかったです。おかげで慣れない激しい運動を朝からやる羽目になってしまった。
運動なんて、夜におんにゃのこのとにゃんにゃんするときだけでいいと僕は思ってます!
「それにしても……何かが足りない。ここには……何かが」
そう、俺はこの場所に何かが足りないと感じていた。いつも心の拠り所としていた癒しが。あの巨大なおっぱいの山が。俺の隣にいた可憐な少女が。
「く……久遠ちゃんが、いない、だと?」
「あたりまえでしょ。ここは護衆科なんだから」
的確な突込みを俺に入れたのは、新しいクラスで隣の席になった輪廻だ。俺が学校に来ていることに最初驚いていたが、なんとか誤魔化して逃げてきた。それが、まさか同じクラスの、隣の席なんて…………これは、抱いてほしいってことか?
「悪いけど、無理だから」
「は? 何が?」
「俺には、心に決めた人がいるから!!!! 無理だからぁあごぅ!!」
「なんで私が振られたことになってんのよ! 誰があんたみたいなキモ男好きになるか! 一遍、魂ごと浄化しろ!」
教室に響き渡るほどの叫び声は、輪廻の鉄拳制裁によりねじ伏せられた。全く、照れなくてもいいのに……。でも、久遠ちゃんがいないのは寂しいな……。
元気でやっているだろうか。俺がいなくて変な男につかまっていないだろうか。ああ、やっぱり俺が守ってやらなくちゃ! あの、大きな二つの果実を! そうと決まれば、俺は久遠ちゃんの胸に飛び込み……じゃなくて会いにいくため、席を後にした……と思ったが、隣の貧乳に行く手を阻まれた。
「ちょっと! どこ行く気!?」
「て、天神科! 久遠ちゃんが心配だよぅ!」
「何言ってんの! そろそろ先生がくるわよ! それに久遠は羅刹と付き合ってるじゃない! あんたの出る幕はないの!」
どよーーーーーん。そうだった。久遠ちゃんはもう開発されているんだった。処女じゃない久遠ちゃんなんて……久遠ちゃんなんて……!
とっても、魅力的だった。男に調教された久遠ちゃんがテクニックを身に着け、やがて俺が娶ってその技術を提供してもらう! おはよう世界! 未来はきっと明るいぞ!
「久遠といい、学校のことといい……あんた、往生際が悪いわよ」
「久遠ちゃんは諦めない。けど、学校は別にどうでもいい」
輪廻は、俺の言葉に気に入らないところがあったらしい。憎々しげに俺を一瞥したあと、ふんっと鼻を鳴らし、窓際へと顔を背けた。
「忠告しておくけど。あんた、そんな心構えじゃ、一週間も続かないわよ」
「噂には聞いたけど、そんなに厳しいの? 護衆科って?」
俺は輪廻の機嫌を取り戻すため、それとなく質問してみることにした。案の定、輪廻はこちらを振り向き、俺に詳しく話してくれた。世話焼きで優しい女の子だ。美人だし。貧乳だけど。
「私たちは、御仏を守るためにその身を捧げる守り人よ。これからかなり厳しい訓練が待っているわ。人間たちが作った軍隊っていう組織があるじゃない? あれと一緒よ」
「うっへ……訓練とか、俺の一番苦手な分野だなぁ」
なんだが、非常にだるくなってきた。こんなことで俺はやっていけるのだろうか。そんな不安に駆られてしまう。
自慢じゃないが、俺は非常に貧弱な体の持ち主だ。心はビッグだが、肉体はそこんじょそこらの子供の方がまだマシなくらいだろう。訓練なんてしたらすぐに根を上げること間違いなしだ。
「いやなら、帰れば?」
輪廻は冷たく言い放った。当たり前だ。輪廻はかなり努力してこの学園へ入学してきたのだ。当初、神通力の数値が低すぎたため、試験を通過することが不可能と言われていたが、なんとか努力で合格したらしい。すごすぎ。努力で、神通力って何とかなるのか? という俺の疑問を払拭してくれたのだ、彼女は。
「ここは、御仏になれなくて、それでもせめて御身を守るためにその命を燃やす者が集まる学び舎。こんなこと、言いたくないけど、落ちこぼれのあんたが生きていけるほど優しくはないわよ」
そこには、前にいたクラスでは感じられないほどの熱意があった。これ以上下はない。その先は、崖っぷちだ。護衆科はつまり、神としての位を保つための、最後の砦なのだ。
俺にはわからない。なぜ、そこまでして人間を嫌うのか。弱いから? 脆弱だから? 無力で傲慢な生き物だから?
ならば、御仏である彼ら一体なんだというのだろう。神通力が使えるというだけで、人間と何もわからない俺たちは、本当に神なのか?
当然、そんな疑問は口に出さない。所詮、神通力を使えなくなった俺は人間と同じだ。だからこそ、見えるモノがある。もし、使えていたら、俺もみんなと同じ考えだったかもしれない。
「やめないよ、俺は一人の人間としてこの学校を卒業してみせる」
「…………どうしたの? この前まではどうでもいいって言ってたのに? やっぱり人間になるのが怖くなったわけ?」
「言っただろ。人間として、この学校を卒業するって」
「……それって、どういう意味?」
俺は、学園長と、ある約束をした。この学校を必ず卒業すること、それだけだ。
そうすれば、観音の身柄は俺の付き人としての位を与えられ、殺されずにすむ。
当然、仏陀の耳に入ればどうなるかわからない。俺や、学園長も含めて、そのリスクはあまりある。
「君には期待しているよ、摩訶君」
「…………何をっすか?」
「君が、仏陀になる日を、だよ」
「なるわけないでしょ。あんな人殺し」
「君だって、殺してるでしょ? ねぇ……摩訶君」
「ねぇ、摩訶? 摩訶ってば!」
「…………おっぱい揉みたい」
「は?」
「久遠ちゃんのおっぱい揉みたいからちょっと行ってくりゅ!」
「あ、こら逃げんな! 授業始まるわよ! 摩訶――――!!」
俺は、人間だ。咎人という人間だ。俺にはもう、神通力を使うことはできない。許されない。
なぜなら――――
「神殺しの、摩訶――――君は神を殺したじゃないか……その手で」
俺は、母さんを殺した大罪人なのだから。