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裁きの国のニルヴァーナ  作者: ましろ
2/7

幼女! 幼女!

 燃え盛る炎の中。俺はそれをただ見つめていた。

 天罰……ああ、そうだ。

 これは、天罰。

 神は人に試練を与える。幾度となく繰り返されてきた、破壊と再生。その度に人間は絶望し、神を求めた。その絶望が、神によって与えられたものであることを知らずに。

 ゲーム。

 誰かがそんなことを言っていた。学校の生徒が、街を歩く若者が、テレビの評論家が-―――――俺自身が。

 この世界は、ゲームのようだと。塵芥のように人の命を奪い、信仰を集めるための、ゲーム。

 俺は逃げ出した。俺には無理だった。その現実を受け止めるだけの強さを持ち合わせていない。

 落ちこぼれ。それでもいい。

 俺には誰かを裁くことなんて出来はしない。俺は無力で、無価値な男だ。ただ、顔がかっこいいだけの、普通の好青年なんだ。

 だから、普通に結婚して、普通に家庭を持ち、普通に死にたい。

 それはただの我儘なのだろうか。

 いつか、誰かに聞いたことがあった。



「素敵ね。摩訶、それはとても幸せなことよ」



 そんなことを言ってくれた女の子は、もうどこにもいない。俺にたくさんの大切なことを教えてくれた女の子。世間知らずで、無知で、我儘だった――――愛しい人。

 だけど、たくさんの幸せを教えてくれた。

 命の価値を教えてくれた。

 生きていく、意味を教えてくれた。

 だから俺は生きる。自分の信じた道を真っ直ぐ進むんだ。

 彼女に、恥じぬよう……生に縋って。







 ………………おはよう、俺の世界。目覚めて早々だが、緊急事態だ。

 時刻は午前五時。リビングには俺一人。昨日、幼女を俺のベッドに寝かせてあげたので、仕方がなくソファで甘んじた結果、大変な事態が起こった。

 冷たいのだ、下着が。おパンツが。


「…………ウソだろ、おい」


 かかかかかかかかかかかか、勘違い、しないでよね! 別にエッチなこと考えてたわけじゃ、ないんだからねっ!

 …………いや、確かに女の子が夢に出てきたような気がするけど、決してそんな邪なことを考えていたわけじゃない。

 だけどパンツが冷たい。そして現実はどこまでも冷たい。

 受け止めよう…………夢精してしまったことを!!


「ど、どうしようどうしよう……ま、まずは洗濯して、シャワー浴びで、い、言い訳を考えなくちゃ……汗かいちゃったから、とか?」


 …………まてまて、一体誰に言い訳するっていうんだ? この家は今、俺しか住んでいないんだぞ? そうだ、俺が今、全力でオナニーしようが、エロ動画を大音量で見ていようが、まっぱでステップを踏んだとしても、誰にも咎められないんだ。

 これほどまでに自由を感じたことが、今まであっただろうか。俺は今、かつて感じたことのない安心感に包まれている。

 あとは、俺が夢精した、などという悪い悪夢を忘れることだ。要は俺がしていないと認識すれば、それはもう、現実のものとなる。もみ消して、捻りつぶす。

 とりあえず生まれたままの姿で、服を脱ぎ捨てる。丁寧に、パンツを服の下に隠して……だから、一体誰にばれるっていうんだ? 俺の臆病者! 弱虫! そうだ、堂々とすればいい。俺は無実なのだから。俺は、決して無実なのだから!! 

 そうして、俺は優雅にリビングを出ていくことにした。さっさとシャワーを浴びて、きれいさっぱり忘れてしまおう。



「…………え?」

「………………」



 幼女が俺の隣に立っていた。俺は股間を幼女の方に向けたまま硬直している。ちょうど先端の部分がぷらんぷらんと幼女の周りを騒がしく動いている。幼女は興味深そうにそれを目で追っていた。



 人生オワタ!!




「コホン、やぁ幼女君、ゆっくり眠れたかね?」


 あくまでも紳士的に俺は幼女に接することにした。もちろん股間は両手で覆い隠しながらちょっとだけ距離を置いて。

 幼女は興味の対象がなくなると、俺の瞳をじっと見つめてきた。

 う…………切れ目な眼差しが、なんだか責められているようで怖い!

 やはり、幼女は何も喋らなかった。ただ、俺の目をじっと見つめ、離さない。どこまでも、純粋な青い瞳に、吸い込まれてしまいそうだ。


「これからのことを話したいのは山々なんだけど、とりあえずシャワーを浴びさせてくれないか? 昨日……汗をかいちゃって」


 なんだか言い訳っぽく聞こえるのはきっと気のせいです。俺の言葉が聞こえているのか、いないのか。とりあえず、幼女をすり抜けて自室へ下着を取りに行く。


「…………ん?」


自室のドアを開けようとすると、幼女が現れた。あれ、さっきリビングにいなかったっけ? まぁいいか、と幼女を華麗にすり抜け自室のドアを開けようとする、がそこにはまた幼女が姿を現した。


「…………こらこらおいたはいかんよ。お兄ちゃんにおパンティを取りに行かせておくれ」

 ふるふる、と金色の髪を揺らしながら、幼女は首を横に振った。

 え? 入っちゃダメってこと? いや、俺の部屋なんですけどー? マイルーム! 

 幾度となく幼女を避けようと右へ左へ移動するが、頑として幼女は俺を部屋に入れてくれなかった。

 自分の部屋に入れないってどういうことよ……。


「そうか……なら諦めるしかないか…………」


 俺は幼女すら退けることができないのか。俺がそこから立ち去ろうとすると、幼女はどこか安心しきった様子で胸に手を置いた。


「と見せかけてダッシュ!!」


 ふはは…………幼女よ、大人は汚いのだよ。これで幼女は一つ勉強になったはずだ。切れ目な瞳を大きく開き、必死で俺の尻を(全裸)叩きまくってきた。い、痛い、そんなに激しくしないで!


「こ……こらこら、いい加減にしなさい! 女の子が、男の子のお尻を叩いちゃいけません!」


 そういう問題じゃないけど、とりあえず俺のお尻が大変なので言っておいた。幼女はいたずらがばれたような顔で俯いてしまう。え、なに? 情緒不安定なの?

 …………ははーん。これは何かあるな。勘のいい俺は幼女が見られては困るようなことをしてしまったのではないか、と推測した。

 全く可愛い奴め……。俺は幼女が何をしても許してやることした。だけど、それを隠そうとすることについてはビシっと言っておかなくてはいけない。


 …………部屋は特に何の変哲もなかった。何も壊していなければ、何かをした様子もない。ただ、いつも乱れているベッドの布団がきっちりとたたんであるだけだ。それだけ。


「なるほどね…………」


 俺は幼女の方をチラリと横目で見つめた。何とも微笑ましいことだ。たかが、おねしょくらいでそこまで慌てることもないだろうに……。

 この年の女の子…………年齢はわからないが当然の生理現象なのだろう。慣れないところで眠ってしまったので緊張していたのかもしれない。


「幼女君…………別に恥ずかしいことではないよ。素晴らしい世界地図じゃないか」


 布団を剥ぎ取り、シーツに描かれた模様をまじまじと見つめ、俺は幼女を称賛した。幼女はひたすら俺のケツが赤くなるまで叩き続けている。うむ……慰めにならなかっただろうか。


「とりあえず……洗濯、しようか? ついでに、幼女君もお風呂に入ろう」


 どう接していいのかわからず、現状の最善策を幼女に伝える。幼女もそれに同意のようで、健気にシーツを小さな手で丸めていた。

ほんとうに、気にすることはないのだ。

だって、俺なんて…………。

俺なんて…………。


「よ、幼女きゅん…………実はね、俺も今日、おねしょしちゃったんだ☆」


できなかった。幼女が自分の罪を認めたにも関わらず、汚い奴のまま接することなんて……できるわけがなかった。

 これで、幼女の心が少しでも晴れるなら、俺は甘んじて恥を受け入れてやる。正しくは夢精したのだが、幼女にそんなことを言っても通じるわけがないし、言いたくない。



 幼女はシーツを持ったまま黙って俺を見つめてきた。同志よ、おねしょ同志よ、これから俺たちは絆よりも深い仲で結ばれることだろう。二人だけの秘密を共有し、生きていくのだ。まさに運命共同体。俺の熱い眼差しが通じたようで、幼女はゆっくりと手を差し伸べて…………俺の肩に手を置いた。憐れみの籠った眼差しで。


「ちょっと待て……幼女君、納得がいかないな。あ、こら待て、逃げるんじゃない!」


 幼女は素早く俺から離れると部屋を飛び出していった。

 どうやら幼女は俺のことを小股の緩いお兄さん、と認識したらしい。

 

 納得いかない! 事実だけどね!!






 幼女と共に浴槽へ入る俺は、まるで変質者のようだった。それは認める。だけど、本当に俺は幼女に欲情することはなかった。あたりまえだけど。

 とりあえず、かなり臭かったので頭をしっかりと洗ってあげた。金色の髪から汚れを全て取り除くと、驚くほど綺麗なプラチナブロンドが俺の目の前に現れる。まるで作り物のように完璧な金色に、俺はしばし見惚れてしまった。

 体も洗ってあげたいところだったが、紳士的にNGなので自分でやらせてあげた。ちょこちょこと動く手足が何とも可愛らしくて自然に笑みがこぼれてしまう。

 

 全く…………せっかく自由になれたというのに。不思議なことあったものだ。しかしそれももうじき終わる。幼女を然るべき機関に預け、俺は日常に戻るのだ。

 平凡な、日常を。




「じゃあ…………あとはお願いします」


 俺は警察に幼女を届けに来た。人間である幼女には行政の手が届くはずだ。結局、幼女だったことしかわからなかったが、人の出会いは一期一会。もし、次に会うときはきっと素晴らしいレディに育っていることだろう。

 願わくば、幼女が俺のことを覚えていますように!

 

完 結




「こ、困りますよ……御仏関連の仕事を持ってこられても」

「へ…………」

「勘弁してください、上からも言われてるんです」

「いやいや……俺はもう人間なんで」

「とにかく……お引き取りください」



 …………俺は幼女の手を引きながら、来た道を引き返す。

 どういうことだ? 俺は退学になったはずだ。昨日の試験はほぼ白紙、実技試験では何の神通力も発動させていない。結果的に見れば棄権したようなものだ。あの試験を突破できなければ二学年に昇格できないと、俺は先生に言われていた。そのとおり、俺は退学処分になったはずだ。

「ひょっとして…………まだ、学籍が残っているのか?」


 最悪だ。さんざんかっこつけて出て行ったくせに、またあそこに行かなくちゃいけないのか。久遠ちゃんや輪廻とはもう顔を合わせない気持ちだったのに。いや、確かにまた会えるのは嬉しいけれども。あのおっぱいを拝めることはかなり嬉しいけれども!!

 男には……引き際ってもんがあるんだよ。


「だけど……まぁ会わなければいい話か」


 俺が勇気を奮い立たせ、再び学校へ向かうことを決意したその時、携帯が鳴った。

 着信は学校からだった。どうやら、俺が昨日いきなりいなくなったことで連絡してきたようだ。ちょうどいいタイミングだ。観念したように、俺は通話ボタンを押した。








「摩訶さん、昨日担任の先生から私のところへ来るように連絡がいったはずだけど」

「ええ……まぁ」


 学園長先生は、俺の顔を見ることなく書類を書いていた。この人は確か、過去に御仏の頂点たる『仏陀』にたどり着いた数少ない人物らしい。

 仏陀は、『天罰』を行うか否かを決める裁判長みたいなもんだ。感情をなくした人形みたいなやつがなれる御仏の長。

 くそくらえってやつだな……。


「まぁいいわ。今日あなたを呼んだ意味はわかっていますね?」

「うっす」

「あなたは退学です」

「うっす」

「無能な神は必要ない。いい意味でも悪い意味でも、ね」

「うっす……」

「ましてや……神通力が使えない御仏なんて認められるわけがない」


 がつん、と頭を殴られたようだ。さすがに堪えた。事実をただ、突き付けられただけの話だが、それでも言葉にすると現実味を帯びてくる。


 そう、俺は神通力が使えない。

 正確には使えなくなってしまった。

 使う、気力も、意味もなくしてしまった。

 俺は、御仏になりたくないんじゃない。

 もう、なれないんだ。


「ところで摩訶さん……随分と可愛らしい子を連れているのね」

「…………親戚の子です」

「親戚なんて、いないでしょ――――人間に」


 一瞬で見抜かれてしまった。だからこの人に会いたくなかった。女だてらに学園長なんてやってる人だ。相当の切れ者に決まっている。さっきから、蛇に睨まれた蛙のように恐縮している俺を面白そうに眺める学園長。ちなみに幼女は、ぺろぺろキャンディを与えられて既に馴染んでいる。とんでもない大物だよ。


「困ったわねぇ……お姉さんからは、あなたを卒業させるよう強く言われているのだけど」

「帰りますね」


 俺は素早く幼女の手を握って学園長室を出ていこうとした、が入口に立っていた男たちに無言で脅されてビビる。あ、ななななななんだよ。おまいら!



「死んでも、卒業させるように言われているのよ。仏陀様に」

「…………死んだら、卒業できませんけど」

「違うわよ。死ぬくらい脅しても卒業させなさいってこと。例えば、その子を人質にする、とか」

「随分、キツイ冗談を言いますね…………」

「冗談だと思う?」


 脅されているのか? それとも、からかわれているのか。いずれにしても気持ちのいい話ではないな。知らず知らずに俺は手に力がこもっていることに気が付く。そして幼女も俺の手を強く握っている。そんな俺たちをさもおかしそうに見つめる学園長。この人嫌い!


「困るのよ、摩訶さん。うちから退学生なんて出たら学園の沽券に関わる由々しき事態よ」

「ええと……つまり、どういうことなんですかね? 俺は、どっちでもいいんですよ。退学になろうがどうなろうが。ただ、御仏にはならない。それだけなんです」

「御仏にはならない。けど、曼荼羅は持っている。そんなことが許されると思っているのかしら?」

「曼荼羅なんて、もう何年も発動してません。壊れてるんじゃないですか?」

「曼荼羅を失えば、御仏は死ぬ。あなたの曼荼羅は今もしっかり刻まれているわ。お母様そっくりの物がね」



 曼荼羅は、生まれた時に刻まれた御仏の印だ。大宇宙の真理を描いた模様なんだとか。これがあるかないかで御仏か否かを判断している。まぁ、御仏は神通力が使えない者を一目でわかるからあんまり関係ないけど。幼女を人間と判断したのは、そのためだ。



「とにかく、俺はもう学校には来ませんから」

「そう…………なら、その子を殺しましょうか」

「だから!! なんでそうなるんですか!? この子はなんにもかんけぇねぇだろうが!!!!」


 あ、やべと思った瞬間俺は机を吹き飛ばさんばかりに立ち上がり、意味の分からんことを言ってくる学園長を睨み付けた。おいおい、男を舐めるなよ? いざとなったら俺の息子が火を噴くぜ? ……今日夢精しちゃったけれど。


「関係あるわよ? だってその子、人間のくせに曼荼羅を持ってるもの」

「あ…………? そ、そんなわけないでしょ。どこにも描いてありませんでしたよ??」


 そう、俺は今日一緒にお風呂に入ったのだ。その時、幼女の裸体を隅々まで調べた結果…………いや、チラリと見た結果、小さな突起物以外に興味のあるものはなかった(ゲス)


「そう、あなたはその子の曼荼羅を探すという名目で、変態的な行為に及んだ犯罪者なのね」


 その時、俺はようやく学園長の策に気が付いた。俺を社会的に抹消する術をこの人は持ち合わせているんだ。人間になった瞬間、司法の犬である警察に身柄を拘束させ、豚箱で一生過ごすことになるよ、と暗に示している。

 ロリコン犯罪者という名目で!!

「か、確証がない。俺はただ、曼荼羅らしきものは見当たらなかった、と言っただけですよ」

「曼荼羅は上半身から腹部にかけて描かれる。それがわからないわけないでしょ」

「し、知りません、そ、そうだったんですかぁ!?」


 冗談じゃない。こんなところで弱みを掴まれてたまるか。っていうか俺は決してロリコンじゃないし、小さな子に欲情したりしない。そりゃ、確かに幼女はかなり可愛い幼女だけど、幼女だから! あくまでも妹的、あるいは近所に住んでいる奥さんの娘的なポジションだから! エロゲー的に言えば、攻略不可! 魅力的だけど攻略不可な対象なの!!



「往生際が悪いわね。なら、その子に聞いてみましょうか?」



 バカめ…………学園長は完全に幼女が普通に喋られると油断している。その子はとっても恥ずかしがり屋さんで気難しいのだ。俺にだって心を開いてくれないんだから、あったばかりのあんたには無理無理!! 

 この勝負、貰った…………。

 そんな時期が、俺にもありました。






「なになに……一緒にお風呂に入った? 楽しかった? へぇ……何か変なことはされなかった?」

『髪を洗ってもらいました。湯船に浸かっている時、何か固い物がお尻に』

「摩訶さん…………それは、ないわー」


 幼女は、スケッチブックを手渡され、大きな文字で朝の出来事を鮮明に書いている。

 しばらくしたあと、俺は学園長から汚物を見るような目で見られつつも、これからの方針について諾々と従うのであった。


 幼女君、君喋れなかったの?

 ていうかもう、俺…………。

 人生、オワタ!!




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