二品目 勇者と私
今日も今日とて平常運転な魔王城ですが、この魔王城にも来客というものが存在します。まぁ、城があってそこに魔王がいるとわかっているのであればこの来客が一体どのような方々であるか想像には困らないかと。かく言う私も一千年前はこの大陸に召喚された異世界の勇者でしたので他の方に文句を言える立場ではありません。
結果? そんなものは私の現在の生活を聞けば火を見るよりも明らかです。惨敗でした。惜敗でも敗北でもなく惨敗。玉座に座っている魔王様に触れるどころか立ち上がらせることすらできませんでしたよ。
「魔王様、勇者一行が来たのできちんと正装して玉座にてお待ちください」
「わかっちゃいるけどさぁ。それよりもマントの色、黒と赤どっちがいいと思う?」
「ご自身でお決めになられては?」
「決められないから聞いてるってわかってるくせに。ユッキーは意地悪だなぁ」
ため息を思わずついてしまいましたが、私とて魔王様のお気持ちがわからないわけではありません。
先ほど口にした通り、私が勇者としてこの世界に召喚されたのは一千年ほど前。それよりもずっと昔からこの方は魔王として君臨されているのです。カラーバリエーションに飽きてきてしまったと言われても誰が責められましょう。ちなみに私は魔王様に敗北した後、力加減を間違えたと口走った魔王様に魔族として転生させられ現在に至っているのですが、今回の勇者はどうなることやら。
「魔王、今日こそ年貢の納め時だっ」
意気揚々に扉を蹴破って玉座の間に姿を見せる勇者一行。
勇者に魔法使い、戦士と僧侶。パーティーバランスとしては結構いい線いっている気がしますが、マナーに欠けています。扉は蹴破るものではなくノックをして開けるものです。誰がその扉を直すと思っているんですかね、この人たちは。私ですよ? 私が直さなければずっとそのままなんですからね。
「最後に何か言い残す言葉はあるか?」
勇者が剣を魔王様に向けて吠えていますが、魔王様は無反応。大方瞳を開けたまま眠っているのでしょう、私の時と同様に。
第一に彼らは勘違いしています。
魔王様は魔界だけでなく人間界に天界すらも掌握していますが、自治を認めているどころか放置状態。どこかで戦争や飢餓に流行病が起こればすべて魔王様の所為にされますが、良くも悪くも魔王様は何もしていません。以前私が気になって聞いたところ、
「統治するのって意外と面倒なんだよねぇ。俺には無理無理」
髪をかきむしりながら答えてくれました。そんなわけで魔王様は君臨しているだけで何もしていないのです。魔界の各地にいる貴族や諸侯からの相談に乗ったり、税収の計算を手伝ったり、地味な仕事しかしていません。
「馬鹿にしやがって。いい気でいられるのもこれが最後だ」
魔法使いが何やら唱え始め、戦士と勇者が魔王様に肉薄します。隣で立っているだけの私が言うのもなんですが、彼らは大きな間違いに気づいていません。魔王様は馬鹿になどしていません。それどころか魔王様は興味がないのです。
私が勇者としていろいろな人間に崇め奉られていい気になって挑戦した時もそうでした。
私も今目の前にいる勇者一行と同様に気づいていなかったのです。どうして魔王様が三つの世界を掌握し、それでも君臨し続けていられるのかということを。単純な理由です。ええ、誰にだって分かるほど簡単すぎる程に。
魔王様は強すぎるのです。
誰と肩を並べることもなく、その影を踏むことが叶わないほどにかけ離れているのです。五百年ほど前に天界屈指とうたわれる大天使が天界の総力を結集して攻撃を仕掛けてきましたが、玉座に座ったまま指を軽く上下させただけで殲滅させられました。姿を見せることも立ち上がることも狼狽することもなく、ただ埃でも払うぐらいの無造作な動きで。その時私は痛感させられました。魔王様にとって私を含めた大多数が敵にすらなりえない程、ありふれた存在であることを。
「お前ら、つまらないから帰れよ」
魔王様が無自覚で垂れ流している魔力で形成された壁、私たち魔族は天蓋と呼んでいるものに剣を弾かれ、自分自身の攻撃の威力で傷ついていく勇者一行。それを見るに耐えなかったのでしょう。魔王様は見逃すとおっしゃっております。彼らもまた自分には届かなかったと。
「くそっ、お前さえいなければ。俺達は日常を謳歌していられたのに」
「ああ、お前らもこの世界に召喚された類か。だったら俺を恨むのはお門違いだ。恨むのなら、お前らを召喚したやつらを恨めよ。どんなことを吹き込まれたのか大方予想はついているが、強引にお前らをこの世界に引っ張ってきたのはそいつらだ」
「ふざけるなっ」
「ふざけてなんかいないさ。お前らは気づかないようにしているだけ。ここに来るまでの間に十分わかってるはずだ。貴族階級、お前ら人間が上位だの中位だの分類している魔族たちが一切関与してきていない事実に」
奥で控えていた僧侶の顔から血の気が引く。おそらくですが、彼女は魔王様の言葉に含まれていた意味に気づいてしまったのでしょう。
魔王様は君臨しているだけですが、各地方を任されている貴族階級は命令を下されれば一切の不満を持たずに動きます。魔族は完全に実力による縦社会を形成しており、その頂点に位置する魔王様に逆らおうとする愚か者が存在しないのです。魔王様が私を魔族として転生させる少し前、人間に手を出すなと命令を下しているからこそ彼らはここまで来られたのです。でなければ貴族階級と遭遇しただけで人間の勇者程度では塵も残りません。
「知能がロクに備わっていない下級魔族が人間にどのような危害を加えているかは知らんし、興味もない。それ以上の奴らは俺が下した命令を守り、俺が作り上げた世界を隔てる門から足を踏み出してはいない。わかるように言ってやる。お前らの方が俺達魔族にとっては侵略者だ」
「うるさいっ」
正論というものは時として刃よりも凶悪に響きます。今回も勇者にとってそう受け取れたらしく、愚かにも特攻してきます。触れることができないと先ほどの攻防で学習できたはずなのですが。っと思っていた私が浅はかでした。勇者はこともあろうに魔王様ではなく、私に対して特攻を仕掛けてきたのです。これはいけないと私が判断して動くよりも早く、魔王様が動いてしまいました。
「消し飛べ、屑共」
先ほど見逃してあげるとおっしゃっていたのはどの口だったんでしょうか。デコピンの動作ではじかれた右手の中指。そのせいで玉座の間が綺麗さっぱり崩壊という名の誰もそんなことしないよレベルでリフォームされてしまいました。ええ、もう直すというよりは建て直したほうが早いぐらいに。
「やっちゃったね、これ」
舌出して対して悪びれていないその言葉でこの惨状を片付けるつもりですか?