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僕と年上の彼女

作者: 竹仲法順

     *

 日曜日の朝、ベッドの上で眠っていた。昨夜、今いる年上の彼女の穂乃香(ほのか)のマンションで寝乱れたからだ。僕も大人である。普段ずっと街の会社に勤務し続けながら、昼になると食事に出かけたり、合間の時間にコーヒーメーカーでコーヒーを淹れて飲んだりしていた。疲れるのである。通勤手段は自転車だったにしても、夜遅くまで残業すれば、帰りにスーパーで安売りのお弁当を買ったりして、家に帰り着いてから食べていた。さすがにきつい。毎日仕事が続くのだが、土日など休日になると、彼女のマンションに行く。そしてゆっくりと時を過ごしていた。穂乃香は僕よりも十歳年上で、四十代である。だけど付き合う際、全然抵抗がなかった。僕も普段会社ではずっとキーを叩きながら、疲労を覚えている。課のメインフロアの中央席にいる課長の吉岡は男性で、手元のパソコンをネットに繋ぎ、ずっとディスプレイを見続けていた。何もしないのである。僕たち平の社員が作った資料や書類等は全て吉岡のパソコンのアドレス宛にメールで送っていた。別に居座り課長など、この世の中吐いて捨てるほどいる。気に掛けていなかった。単に仕事をしない人間だなと思う程度で……。三十代が中心になってうちの社は回っているのだった。もちろんいくら株式会社でも規模は小さかったのだが……。

     *

「恭二」

「何?」

「コーヒー淹れたから飲むでしょ?」

「ああ、すまないね」

 ベッドからゆっくりと起き出してきて、キッチンへと入っていく。疲れてはいたのだが、いつまでも眠っているわけには行かない。休日でも午前八時半にはすでに目が覚めていて、自然と起き出すのだ。僕も健康的である。仮に夜遅く眠ったとしても、翌日は定時に目が覚めるのだ。そして歯を磨き、洗顔までして、ゆっくりとリビングへ歩き出す。いつもは電動ヒゲソリ機で髭を剃るのだ。身嗜みにはある程度気を遣う。平日はずっと仕事ばかりしていた。疲れるのが分かっていても……。今は穂乃香のマンションにいる。今日は仕事が休みだから、ゆっくりするつもりでいた。こういったときは気を抜いていいのだ。彼女も普段別の会社で管理職にいる。多分管理職というのは部下を見張るのが仕事だからだろう、胃が痛くなると言っていた。神経性の胃炎だろう。掛かり付けの病院で処方された胃薬を服用しているらしい。コーヒーを飲んで大丈夫なのかと思っていたのだが、別にいいようだ。コーヒーは胃の粘膜を壊すのだが、平気らしい。穂乃香もコーヒーは朝起きてすぐに一杯飲み、昼間の休憩の合間と昼食後、夕食後に欠かさず飲んでいるようだ。しかもブラックで。苦いのに慣れているらしい。現にビールなども普通の三百五十ミリリットル入りのレギュラー缶を一日に二缶ほど飲んでいると聞いていた。カップに口を付けて飲みながら言う。

「穂乃香」

「どうしたの?」

「疲れてない?」

「ああ、まあね。……でも管理職って案外サラッとしてるわよ。ずっと社員を見張るんだけど、単にそれだけで別に他のことはないし」

「そう?そんな感じなの?」

「うん。だけど、やっぱ胃は痛むわね。疲れるし」

 彼女がそう言って、またコーヒーの入ったカップに口を付ける。カフェインを取るには緑茶などもいいのだが、穂乃香は飲み物に関しては完全に洋風派で、コーヒーかルイボスティーしか飲まないようだ。眠前のルイボスティーは眠りにいい。僕も彼女から勧められて最近飲み始めた。確かに効く。寝付きの悪さもかなり解消された。その日の午前中、僕たちはDVDレコーダーに録画していた邦画を見て、その後食事を取る。ゆっくりと寛ぎ続けていた。休日は二人きりで過ごすのに絶好だ。心の中に溜まっていた疲労が解消されるような気がする。もちろん暇があれば体を重ね合い、愛し合う。抱き合い続けていた。別に不自然なことでも何でもないのだ。単にお互い溜め込んでいた疲労もそれで解消されると思い。

     *

「恭二、もうそろそろ帰るんでしょ?」

「うん。時間も時間みたいだからね。ちょっと眠気も差してるけど」

「歩いて帰れる?」

「大丈夫。俺も普段、体鍛えてるから、わけないよ」

「注意してね。夜間の交通事故とかあるし」

 どうやら午後九時を回ったようだった。穂乃香の掛けてくれる何気ない一言はとても優しい。僕もその言葉に癒される。確かに普段仕事がきついのだが、休日の終わりにその一言をもらえればかなり楽になる。確かに会社でもムカつくヤツがいるのが実情だ。だけどそういったことをチマチマ考えるよりも、自分の仕事を充実させた方がいい。そう思っていた。彼女と休日を過ごせるのは実に幸せだ。

 穂乃香の自宅マンションを出て、歩き出す。また今度の週末まで会えないのだが、別に平気だった。ずっと仕事漬けになるのだが、その合間でも上手く休憩しながら、なるだけ気持ちを落ち着ける。考えてもしょうがないことは考えない。漠然とした不安もあるのだが、それがあってこその人間だ。気になることがあれば、彼女のスマホに連絡して相談する。年上の恋人は実に頼りがいがあるのだ。気になることは遠慮なしに言っていた。お互いいろんなことを相談し合える仲だからこそ、関係が成立する。僕たちは大人同士のカップルだ。子供じゃない。確かにこれからも仕事は続く。だけど、休日は穂乃香のマンションがオアシスとなるのである。社のフロアでパソコンのキーを叩きながらもいろいろと想うのだし、疲れるのも分かっていた。だけどいいと思える。仕事をするのは生活するためだからだ。近いうちに物価が値上がりするのも分かっている。だから尚更仕事に意欲が出るのだ。そんなことを感じながら、マンション出入り口で彼女と別れ、ゆっくりと外へ歩き出す。また明日から新たな日常が待ち構えている。もちろん互いにメールのやり取りなどをして、コミュニケーションは欠かさないようにしていた。大抵、出勤時間前にスマホに穂乃香からのメールが入ってきている。普通にメールを送ったり、返信をもらったりすることはあった。その繰り返しである。そして僕も自宅へと帰りながら星空を見上げた。たくさんの星を見つめながら、ゆっくりと歩き続ける。互いに歩いていける距離に住んでいるので別に困ることはなかった。現実逃避こそしなかったのだし、週末は穂乃香のマンションで過ごすのが一番だった。やっぱり二人がいい。口移しにロマンを注ぎ合い、遠慮なしに抱き合う。その繰り返しでいいと思っていた。別に取り立てて何かを気にすることはないと思うのだし、考えても仕方のないことは最初から考えない。そう割り切っていた。だから生きていける。お互い手を携え合って。愛は育んでいくものだ。たとえ年の差などがあったとしても、相手を愛おしく思う気持ちに変わりはない。これからもこの週末同棲関係がずっと続いていく。おそらく絶えることはないだろう。相手を大事にする気持ちに変わりはなかったので……。

                                (了)


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― 新着の感想 ―
[良い点] ぶれない一人称視点で主人公に入り込みやすい [気になる点] 改行が少なく行詰めで、少し読みにくい [一言] 拝読させていただきました。 「疲れた」がくどいほどに出てくるのは、なんだか荒んで…
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