TypedefStruct[3]="亜人";
パシンッ
乾いた音が響き渡る。
「お兄様なんて大嫌い! 分からずや!」
翌朝連絡があったので詰め所に行ってみると、そこは修羅場が終わるところだった。
どうやら、俺が来る前にサヤとマイケルの話は始っていたようで、そして着いた時にはすでに終わってしまったところだったようだ。サヤはそのまま裏門の方へ走り去ってしまい、マイケルは茫然と立ち尽くしている。
明らかに話は決裂。
これはまずいなぁ。マイケルとサヤの二択といったことなんだろうか?
けれどこの状態ならサヤをなんとか説得する方向にもっていかないといけないかなぁ。などと思っているとマイケルがこちらに気が付いたようで、睨みつけてくる。あぁ、一発ぐらいは覚悟しないといけないな。それで済めばよいが。
「カツミ」
「はい」
普段からは想像できない低い声。これは一発ではすまないかな?
「すみませ「サヤの事をよろしく頼む」んでしたって、え?」
大きく動いたので殴られると思ったのだが、目を開けてみるとマイケルが土下座をしていた。
「え、えっとそんな、立ってくださいよ。俺にも責任があるんですから」
「あいつは俺にとって、血はつながっていなくても唯一の兄弟なんだ。あいつに何かあったら、俺は、俺は!」
「分かっています。彼女は俺が守ります。彼女は俺にとっても大事な仲間ですから」
「そ、そうか。く、任務がなければ俺もついていきたいところなんだが」
「はい。ですが、ちゃんと順番に様子をみていきますのでそこまで危ないところには行きませんよ。とりあえずサヤが心配なので見に行きます」
「あぁ。済まんが頼む。あとで家に寄ってくれないか。渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの? 分かりました。伝えておきます」
「いや、おまえも来てくれ。多分役に立つ」
「はぁ、わかりました。では、サヤに会ってきます」
そう言って俺はサヤが向かって言った方へ走って行く。
裏門を出てあたりを見渡すが、見当たらない。てっきりウッディーに八つ当たり? でもしているかと思ったんだが。
「ご主人様! あっちで誰か戦っているようですよ?」
そうディーが指さす方向に耳を傾けると、たしかに誰かが戦っている。
「嫌な予感が当たりそうだな。間に合ってくれよ」
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「魔法を、唱える、隙がないじゃない!」
「ギャギャッ、チョコマカトヨケルナ、ウラギリモノメ!」
「私は、何も、してないじゃない!」
お兄様に反対されて走って来たは良いものの、カツミさんがいなければ特に何もすることはないことを思い出した。このまま戻るのも癪だったので、ちょっと遠くを見に行こうと思ったのが悪かったのだろう。横から何かの気配がしたので、とっさに避けたところ、ゴブリンがダガーを今まで私が居たところに突き出していた。
初めは驚いたものの、カツミさんの教えを思い出して回避に専念しているのだが、ウッディーよりも断然攻撃が早く、そして様々な攻撃パターンを繰り出してくる。
なんとか相手が大振りしたところに一発だけ魔法を当てたのは良かったが、それによって相手を激昂させてしまい、更に攻撃が速くなってしまった。
どうも、私がエルフの血を引いていることに魔力で気が付いたようなのだ。
「はぁ、はぁ、すぐに逃げれば良かったかな。」
こわいよ、お兄様。助けて、カツミさん!
ドンッ
「え? こんなところに木が?」
「ギャ、バカメ、マワリヲミナイカラダ、コレデモクラエ」
私がよろめいたのを好機とみたゴブリンが手に持ったナイフを振るってくる。
「痛っ。腕がっ!」
その攻撃を背後の木が邪魔で避けきれず、腕を切られてしまう。
「ギュヘヘヘイイテミヤゲガデキソウダ!」
もう、だめ、かな。やっぱりお兄様の言うとおり、じっとしていれば。
もう体力もなく、気力も尽きた。振りあげられたナイフをただ茫然と見上げることしか、私には出来なかった。
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「あ、あそこですよご主人様!?」
「ちっ、嫌な予感的中かよ。間に会え、スネアバインド!」
スネアバインドは行動妨害系ではもっとも下級のもので、足先だけを固定する。別に上半身は自由にできるため効果はかなり限定的だが、その代わり準備時間はほぼ無いに近く、コツをつかめば移動中でも使えるほどだ。ゴブリンの武器がダガーで、一歩踏み出さなければ当たらないと見切りをつけたため、最速で使えるこれを選んだのだ。
「ギャ、ギャ? ギャギャギャギャ! ジャマスルナニンゲン!」
ダガーを振りあげた瞬間に足の違和感を感じたのだろう。そして俺の存在に気が付いた。よし、こっちに注意が向いた。この間にサヤが逃げてくれればいいんだけど…だめか。腰が抜けているのか、動きがない。
「ディー、サヤが気が付いたら、なんとか逃がしてくれ。ほら、おまえの相手は俺だ、この亜人野郎」
ディーにサヤのことを頼み、間に割って入るようにゴブリンと相対する。
横目でサヤの状態を確認するが、どうやら腕を切られただけらしい。これだけの時間があってそれだけで済むとは、やはりこの子には才能があるな。
「ヒトリガフタリニナロウガ、ニンゲンゴトキニハマケン」
「そうかい、ほらよ」
既にスネアバインドの効果は切れているため、ゴブリンはダガー使いらしく足を使って左右に動きながら攻撃してくる。ダガー使いは一発一発の攻撃力は無いが、攻撃速度と機動力はトップクラスだ。そのために魔法使いにとっては天敵とも言える相手。
けれど、攻撃速度重視の者同士であるならば、純粋に攻撃速度が速い方が有利なのが道理で、二刀流の俺にはむしろ楽な相手となる。
まず右手のダガーでゴブリンを押しのけるように切り、そのまま左手のダガーでも切り裂く。
切られながらもゴブリンは俺にダガーをふるってくるが、少し後ろに引くことで避ける。
そして攻撃後の隙にまた両手で一回ずつ攻撃。傷だらけになりながらも、ゴブリンは勢いをつけて突いて来たので、それも避ける。
「クソウ、モウスコシデアノムスメノニクヲクラエタノニ!」
「そうされちゃ、俺が困るんだよ。諦めて俺の獲物になりな」
とはいうものの、俺が圧倒的に優位かというと実はそうでもない。サヤよりも俺に向かってきてくれているから良いが、やけくそでいまだに腰を抜かしているサヤを攻撃に行かれたらたまらないので、常にサヤとゴブリンの間に立つようにしながら回避しなきゃいけない。
パラティン系の、耐える盾といったスキル構成と違い、俺は忍者やローグといった回避系のスキル構成になっている。極めれば色々妨害系のスキルや魔法もあるのだが、今は、瞬時に使える防御手段がほとんどないのだ。そのため、体を張って行動を阻害し、なおかつ避け続けると言ったことをしなくてはいけない。
「ある意味、この時期が一番回避盾にとって苦難の時期、なんだよなぁ」
回避と攻撃を続けながら、そうぼやく。
回避系は極まってくると、普通の雑魚であればタイミング良くスキルを使っていくだけでノーダメージ勝利確定となるのだが、今はさっきのような初級妨害魔法以外には普通に避けて切るしかない。
そして、ウッディーだけなら特に問題がなかったため、このレベルになってもまだ初心者装備のまま。威力は低く、そして食らえば致命傷だろう。
一分ほどだろうか。ぎりぎりでよけては攻撃、を繰り返していたところ、ゴブリンが少し距離をとった。このまま逃げてくれれば、などとも少しは期待したが、恐らくそうではないだろう。
こちらが技エネルギー、TEを使って技を繰り出せるように、敵ももちろん使えるのだ。そしてゴブリンの技は「ゴブリンタックル」。
ただのタックルと侮るなかれ。正確には、「攻撃+タックル」であり、普段なら攻撃できる隙である、攻撃と攻撃の合間が一度だけとはいえ埋まるのだ。そして食らえば数秒「怯む」。つまり行動不能になる。初心者の死亡原因の上位がこの「ゴブリンタックル」である。
「オクノテダギャ!」
そう言ってまたナイフを繰り出してくるゴブリンを避ける。すると、一瞬、黒い靄がゴブリンの周りに現れた。
「サイドアタック!」
もう、反射的に回避のための技を使う。瞬間、ゴブリンの体は今まで俺が居たところへ移動し、俺はそのゴブリンの真横に移動した。
「とどめだ」
「ゴブリンタックル」は発動すれば一瞬で移動してくる代わりに、攻撃後に普通の攻撃よりも隙がある。
その隙を見逃さず、背後から急所を突く。
「ギャ」
敵を呼ぶ断末魔の叫びをあげないように、骨の間から肺を突く。このあたりはゲームのころから変わっていない。(一時期、あまりにもえぐいと議論になったほどだ。)
そのため殆ど声もあげずに、ゴブリンは倒れていった。なんとか倒した。辛勝、といったところだろう。
「大丈夫? サヤ」
「は、はい。傷はディーちゃんが直してくれたので」
「え、ディー回復魔法なんて使えたの?」
「はい! ウォータオレンジを食べていたら使えるような気がしてきたのです!」
確かに、質の良い果実の説明欄には「妖精が好むようだが」なんていうものたついてはいたが、そんな効果があったとは。これは果物は売らずに全部ディーに食べさせた方が良いな。
「そうか、よくやってくれた。ご褒美にオレンジは全部食べても良いぞ」
「やったですよ!」
「あ、あの。すみませんでした」
「何、良いさ。サヤが無事、とは言わないけど助かったわけだし」
「えっと」
「マイケルが、キミのことを頼むってさ」
「え?」
「だから、今度からは一人で行動しちゃだめだよ?」
「あ、あの」
「分かってるよ。急に襲われたんだろ? キミがそこまで無謀じゃないことぐらいは分かっているつもりだ」
「はい……」
「もちろん、今日の出来事で怖くなったのならやめても良い。
そんな事態にするつもりはないが、それでも冒険を続ければ今日のようなことが起きないとは限らない。
街に居る間は安全だし、街に居ても協力できることはある」
「……いえ、がんばります。決めましたから」
「そっか。じゃあ、一度装備を整えに街に戻ろう。この装備じゃ俺でもきついよ。あぁそうだ、マイケルが家に寄ってくれってさ。渡したものがあるとか」
「渡したいもの? なんでしょうか」
立ち上がりながら小首をかしげるサヤ。どうやら体力は回復したらしい。
「ま、なんにせよ仲直りだ。けんか別れしたまま、なんて嫌だろ?」
「……はい。ありがとうございます」
「気にするな。パーティーメンバー、だからな」
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わからない。仲間と言われてうれしくて、そして何故か寂しくて。
私は自分の気持ちがわからない。カツミさんに言った、戦う理由に嘘はない。でも、それだけじゃないことには理解している。でも、それが何かと言われると、言葉には、できない。
一緒に、もっと一緒に冒険すればわかりますか? カツミさん。
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「仲間、ですか。……はい。そうですね。わかりました、うちに帰りましょう」
一瞬悲しい顔をして、そしていつもの表情、いやいつもより良い表情になった。やはり少し怖かったんだろう。ちゃんと準備して、今度こそ怖がらせないように戦わないといけない。
そう気を引き締めながら俺は街へ戻って行った。