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Make NewWorld /VR /Online;  作者: 山河有耶
5. Stream
59/59

seek[7]>>"待つものたちと行くものたち<中編>2";

「盛り上がってるところ悪いんだけど、あんたたち、囲まれてるわよ?」


 キキの不吉な忠告に、顔を上げて、俺は絶句した。冗談抜きに、掛け値なしに、囲まれている。


 石膏像のよう整った顔とたくましい上半身に、枝分かれした蛇の下半身、その先に三本の前足を持つ犬。

 この間倒した化け物の、ちょっと小ぶりなやつが、いったい何をどうしたのか宙を飛んでいる。


 背後に何やら動くものが見えるので、羽が生えたのか。上下左右に不安定に揺れて、とてもスマートな飛び方とはいえないが、とにかく飛行する術を身につけたらしい。それが、五、六匹ほどもいるだろうか。


 俺たちが気づいたことに気づいたのか、〈石膏像〉たちは攻撃の態勢を取った。

 殴りかかってくるのか、犬が飛びかかってくるか、酸を吐いてくるのか。どれにしても、この距離ではちょっと無理がないか? と思ったら、何かが飛んできた。


 透明な球体。


(ウォーターボール!?)

 避けなければ。とっさに手綱を握ったが、飛んできた物体は、俺たちに到達する前に、何かに阻まれて飛び散った。


「クワックワッ」

 得意げにスカンタが嘶いた。

「スカンタ……なの?」

 サヤが呟くと、スカンタは振り向いて、再び嘶いた。どうやら、攻撃を防いだのは、スカンタの結界らしい。

 囲まれていながらスカンタが何の警告も発しなかったのは、防ぐことができると思っていたからなのか。どっちかというと、知らせてくれたほうがありがたいのだが。


「クワッ」

 俺の心中を察したのか、スカンタが不満げな声をあげた。

「すいません」

 反射的に謝る。スカンタはふんと鼻息をもらした。


「どうしたの?」

 サヤが振り向く。

「なんでもないです」

 俺は首を振った。さすがに、スカンタに気合負けしています、とは、あんまり言いたくない。気づかれていないならそのほうがいい。


 前方に向き直ったサヤは、無造作にウォーターボールを放った。目の前にいた一体にぶち当たって、水球が爆発するように飛び散る。


「さっさとくたばりなさいよ!!」


 隣ではキキが、罵声とともに風の刃を浴びせている。哀れな魔物は切り裂かれてずたずただ。


 この調子ならすぐ終わるかな、と呑気に構えていた俺は、ふと振り向いて仰天した。


 薄暗い雲がかかっている……ように見えたそれは、群れをなして飛ぶ〈石膏像〉だった。


「量産しすぎだろ!?!?」


 思わず叫ぶ。このところ、大量の魔物を見慣れてしまったのは確かだが、それにしても多い。


 俺の声に気づいたのか、キキが俺の背後に目をやり、〈石膏像〉の雲を見て目を吊り上げた。

「ここ、任せたわよ」


 言い捨てると、雲めがけてすごい勢いで飛んでいった。さっきの罵声といい、いつもより攻撃的に思えるのは気のせいだろうか。


 こちらに残されている〈石膏像〉は二体。

 一体は、ゴムのように腕をひゅんひゅんしならせて近寄ってきた。下半身の犬たちは酸を吐いている。大盤振る舞いだ。


 もう一体は背後に回った。スカンタの結界があるとはいえ、背後を取られるのは嬉しくない。俺はアルミュスをショートボウに変えた。


 上体をねじり、〈石膏像〉に矢を放つ。たいした攻撃力ではないが、何もしないよりましだろう。


 だが、放った矢は、〈石膏像〉に届く前に、透明な刃に切り裂かれた。


「魔法……?」

「どうしたの?」

 

 正面の一体をまたたく間にウォーターボールで撃墜したサヤが、問い返しながらスカンタを反転させる。すかさず水の刃を放つと、背後の一体もあっけなく切られて落ちた。


「こいつら、いま、魔法を使ってこなかった?」

 問いかけると、サヤは小首を傾げた。


「うーん……そう言われればそんな気もする」    

 攻撃のことしか考えていなかったらしい。スカンタの結界があるから、いいといえばいいのだが。


「こいつら、こないだは殴ってくるか、犬が飛びかかってくるか、酸を吐いてくるか、基本的に近接攻撃しかしてこなかったのに、今日はずいぶん離れたところから攻撃してきたよな」

「確かに、そうだけど」


 サヤは反対側に首を傾ける。 

 

「たまたまこの間は魔法を使わなかったのかもしれないし、使えない種類のやつだっただけかもしれないんだけどさ。ちょっと気になるのが、こいつら、ウォーターボールと、エアブレードを使ってきた気がするんだ」

「え?」


 まだきょとんとしているサヤに、仮説を披露する。


「もしかしてだけど、……こいつら、相手の攻撃を学習するのかな、って」


 ウォーターボールとエアブレード。どちらも、サヤとキキが〈石膏像〉相手に使ったものだ。     


 昨日の〈石膏像〉と今日のそれは別の個体だから、たまたま昨日のやつが使わなかったとか、今日のやつのほうがレベルが高かったとか、そういうことかもしれない。

 だが、偶然と片付けてしまうには引っかかる。


「よく分かんないけど、……ねえ、キキの手伝いに行ったほうがよくない?」


 蝙蝠少女の飛んでいった方に目をやる。

「あ、うん、そうだね」

 あちらの方が圧倒的に数が多い。考えるのは、こいつらを倒してからでもいいだろう。


//--------


 キキはすさまじい勢いで〈石膏像〉を倒していた。

 透明の刃や小さな竜巻があちこちを飛び回り、〈石膏像〉を切り刻む。これだけやられていても怯まない〈石膏像〉の果敢さに、むしろ感心するほどだ。いや、それだけ知能が低いということか。


 巻き込まれるのも怖いので、ちょっと離れたところに陣取ることにした。

 サヤの魔法は多少の距離などものともしないし、俺は空中戦ではそもそも戦力外なので、近くに寄ってきた敵に矢を射かけるくらいしかすることがない。地味にSEが貯まっていく。


「魔法、使ってるみたいな気がする」

 サヤがぽつりとつぶやく。

「あ、やっぱりそうなんだ?」

「うん。なんか、私とかキキの真似みたいなことしてる、気がする。あんまりうまくないけど」

 なんだか微妙な声色だ。腹を立てるほどではないが、愉快ではないらしい。

 

 矢を放つ合間に見ていると、確かに、〈石膏像〉の魔法はなんというか、不格好だった。

 ウォーターボールの水球やエアブレードの刃の大きさは、基本的に使い手の魔力に比例するのだが、こいつらが打ってくるのは、やたら大きいのに威力がないのだった。ウォーターボールやらエアブレードやらの、形だけ真似てみた、という感じがする。


 威力はそれほどでもなさそうだが、殴りかかってきたり酸を吐かれたりの合間にこれをやられたら鬱陶しいだろう。

 腹立たしいのか、キキの動きも荒っぽい。


 見るともなく見ていたら、キキに近寄ってきた〈石膏像〉が、いきなり爆発した。

「うわ」

「きゃっ」

 キキはすかさず竜巻をぶつけて防いだが、俺たちのほうが驚いた。


「自爆攻撃か……」

 なかなか嫌なことをしてくる。


 まあ、キキなら大丈夫なのだろうけど……と思いながら目の前の敵を削っていたのだが、飛ばした矢が妙な方向に逸れる。おまけに、吹き飛ばされた敵の体がやたらと飛んでくる。

 スカンタの結界があるので直接ぶつかることはないのだが、目の前に肉塊がぶち当たって四散するのは気分がよくない。

 いったいなんでこんなことに? と観察していて、元凶はキキなのだと気づいた。


 わざとやっているわけではない。キキは戦闘に専念している。むしろ没頭しすぎるほどだ。


 例えは悪いが、いままでの戦い方が、雑巾を洗うときにバケツから水滴を飛ばさないように気遣っていたのだとしたら、いまの戦い方は、雑巾の汚れを落とすために、盛大に水を跳ね散らかしながら洗っているようなものだ。


 いままでのキキは、周りに影響を及ぼさないよう、過度なほど気を使ってくれていたのだ。サヤにうるさかったのも、自分がそれだけ配慮しながら戦っていたからなのだろう。

 そのキキが周りに気を使うのをやめた結果、魔法の余波がこちらにも及んでいるらしい。た


 それはいい。気持ちのいいものではないが、実害はない。


 だが、この程度の敵相手に、キキが周りへの配慮をかなぐり捨てて戦っている、というのが気になる。


 などと考え込んでいたら、目の前にいきなり〈石膏像〉が出現した。

「げっ」

 完全に対応が遅れた。どうやら、スカンタの下から近寄ってきたらしい。


〈石膏像〉は触手を伸ばしてこちらに掴みかかってくる。

 だが、どうせスカンタの結界に阻まれるし……と思っていたら、次の瞬間、〈石膏像〉が大きく膨れあがり、その勢いのまま激しく爆発した。


「クワクワッ!!!」


 結界のおかげでダメージはなかったが、爆音と激しい揺れは伝わってきた。バランスを取ろうと、スカンタがせわしなく羽ばたく。


 爆発の余波が落ち着き、平衡を取り戻したところで、サヤがねぎらうようにグリフォンの首を撫でた。

「スカンタ、ありがと」

「クワッ!」

 スカンタが得意げにいななく。


 スカンタの結界がなかったら、〈石膏像〉に掴まれたまま自爆されていただろう。とっさに薙ぎはらうなり吹き飛ばすなりができればいいが、そうでなかったらかなりのダメージを食らっていたはずだ。


 そう思って顔を上げ、目にした光景に、俺は青ざめた。


 十数体の〈石膏像〉が上下左右からキキを取り囲み、触手を伸ばしている。

 あの状態で、掴まれて自爆されたら……いかにキキといえど、無事ではいられまい。


 キキの魔法が〈石膏像〉を薙ぎはらうが、数が多い。


「スカンタ!」

 サヤが声をあげ、グリフォンがキキの元へ矢のように飛んでいく。サヤの魔法では、キキごと吹き飛ばしかねない。近くに寄れば、まだなんとかできるかもしれない。

 

 が、キキを取り囲む〈石膏像〉たちが膨らみだした。爆発の予兆だ。


 間に合わない!!


 思った瞬間、体が動いていた。

 アルミュスを短剣に変え、スカンタの背を蹴る。


 が、飛び出した瞬間に悟った。

(遠い!)

 空中からのジャンプでは、キキに届かない。


 俺はとっさに、キキにいちばん近い〈石膏像〉を見据えて、右手のアルミュスを突き出した。

《サイドアタック》。体が移動する感覚を味わいながら、続く攻撃をキャンセルする。


 目の前に黒い上着と黒いスカート。

 出現した瞬間に左手でキキを抱え込み、視線はできるだけ遠くの〈石膏像〉に向け、《サイドアタック》を発動させた。


 間に合わなかったら、キキもろとも俺も粉微塵だ。うまくいってくれと願うほかない。


 一瞬の空白。

 たなびくキキの髪と爆煙の向こうに、スカンタの鷲の頭が見えた。どうやら、間に合ってくれたらしい。


 心の中でほっと胸をなで下ろして、……俺はまた青ざめた。

(で、この後どうするんだよ!?)


 爆発から助け出したまではよかったが、その後どうやって安全な場所に退避するのかをまったく考えていなかった。

 考えなしはいつものことだが、ここは空中だ。何もしなければ、このまま地面に真っ逆さまだ。


 ふわっと胸にくる、落下する感覚。


 パニクってしまって、頭が働かない。

(えっ、えっと、えっと)


 せめてキキだけはどうにかしないと。

(でも、どうやって??)



 動転のあまり硬直していたら、胸を強く押された。思わず開いた腕から、抱え込んでいたキキが、するりと落ちていく。


 そこに突風が吹きつけた。体が錐揉みするような速度で飛ばされ、息ができなくなる。

(!?!?)


 事態に頭がついていかない。


 と、何者かに襟首ががしっと掴まれた。

「クワアッ!」

 続いて聞きなれた嘶き。ということは……。


 首をめぐらせて上を見ると、ふかふかした金色の獅子の足があった。

「スカンタ……」

「クワクワッ!」

 世話の焼ける奴め、と言いたげな声だ。


 スカンタは俺の襟首を捕まえたまま、大きく羽ばたいた。ぐん、と加速する感じがあって、一気に〈石膏像〉たちの群から抜け出す。


 キキは? と見回したところに、すばやく黒い影が滑り込んできた。

「……あのね、空はあたしの場所なのよね」


 キキは肩をすくめた。ふわふわした髪が、風に遊ばれて揺れる。


 そうか、いまさらだがキキは鳥人だから飛べるのだ。突風で俺を吹き飛ばしたのも、キキの仕業だったらしい。


「でも、さすがに、掴まれたままじゃどうしようもなかったから、助かったわ。ありがとう」


 えらく素直に礼を言われて、俺はうろたえた。


「えっ、あっ」

 うろたえる俺を見て、いつになく素直な自分の態度に気づいたらしい。キキは慌てたように目を逸らした。視線を忙しく動かしながら続ける。頰がほんのり赤い。


「べ、別に、いつもだったらなんとかなったかもしれないけど、助けてもらったのはほんとだし、あんなに腹を立ててなかったらこんなことにはなってないんだけど、だけどあんなの見てたらちょっと平静じゃいられないじゃない」


 えらくうろたえられて、俺までなんだか照れる。


 キキはわずかに顔を背け、小さく息を吐いた。


「鳥人じゃないものが空を飛ぶのが許せない、って一族の者が言うの、理解できないと思ってたけど、あたし今日初めて、その気持ちが分かった気がした……あんたたちが飛んでてもあたしは平気だけど、あれは許せないわ。あんな醜い紛い物が空を飛ぶなんて、空に対する冒涜よ」


 なるほど。キキの言葉で、ひとつ腑に落ちた。グランデまでの道中で鳥人たちに襲われたあれは、領土を侵犯したというのもあるが、鳥でもないのに空を飛んでいることが怒りに触れたというのもあったのだ。


「でも、いくら腹が立ったからって、あんな隙を見せるのはあんまりだったわ」

 キキの目の色が深くなる。


「もう大丈夫。あんなヘマをやらかしたりしないし、ここはあたし一人でも大丈夫」

 そう言うと、キキはすばやく身を翻し、再び〈石膏像〉たちの方へと飛んでいった。


(えーっと……)

 残された俺が呆然としていたら、スカンタが苛立たしげに嘶いた。

「クワクワッ」

「うわっ」

「きゃっ」


 前足で捕まえていた俺の体を放り投げ、一回転した俺は、サヤの後ろ、スカンタに乗るときの定位置におさまっていた。


「クワッ」

 スカンタが振り向いてまた啼いた。俺がいつまでもぶら下がっていたのがご不満だったらしい。

「どうもすみません……」

 頭を下げると、ふんと鼻息を吐いて前に向き直った。


「スカンタはカツミが好きなのね」

 サヤがくすくす笑った。いったいなにをどうすればそう見えるのか、教えていただきたい。


「キキはああ言ったけど、放っておいていいのかな……」

〈石膏像〉の数はまだまだ多い。

「キキは大丈夫じゃないかな……この魔物たちは無理して飛んでるだけだし、空はあの子の場所だもの。……それより、王子さんと狼さんが気になります」


 サヤの言葉に、俺は二重の意味ではっとした。


 確かに、いくら空にいるとはいえ、敵に囲まれた挙句絶体絶命に陥っているのに、王子と狼から何の反応もないのは妙だ。俺たちはともかく、キキは彼らと行動を共にしてきたのだし、王子と狼も余裕のない状態にある、と考えるほうが自然だ。


 そして、俺が迂闊にも気づかなかったことまで、サヤは考えているのだ。


//--------


 さて、王子と狼はどこにいるのか。


 探すまでもなかった。森の中に、小規模な爆発が繰り返し起きている一角がある。

 スカンタが高度を下げると、大量の〈石膏像〉の間に、王子と狼の姿が見えた。


 一体一体はそれほど強くないようだが、数が多いのと自爆攻撃を仕掛けてくるのとで手こずっているらしい。

 危機的状況に陥ってはいないようで、まずほっとする。


「危ないことになってなくてよかったけど、なかなかめんどくさそうだな……ま、時間をかければどうにかなるだろうけど」


 そうつぶやいたら、サヤが何か言いたげな顔で振り返った。目顔で促す。


「あの、ね。王子さんと狼さんの手助けがカツミだけでも大丈夫そうなら、……私、あの子のとこに行ってきてもいいかな」


 やはりキキが気になるのだろう。サヤの力を借りなくてもなんとかなりそうだし、向こうもキキ一人よりは誰かがいたほうがいい。そして俺ではキキの手助けはできない。


「うん、俺も、そのほうがいいと思う」

 頷くと、サヤは安心したように笑った。


 少し離れた森の中に下ろしてもらい、スカンタとサヤはキキのいるほうへ引き返していく。その影を見送りながら、なんとなく胸の中が温かくなるような気がした。


 さて、俺のほうはどう手伝えばいいだろう。

 森の中を歩きながら考える。

 遠距離からちょっとずつ削るか、主力をこちらに引きつけて二人の負担を減らすか。得意なのは後者だが、サヤの援護がないので無茶をしないほうがいいかもしれない。


 などと考えていたら、不意に、腹の底から湧き上がるような、静かな興奮を感じた。


(!?)


 同時に視野がふっと遠くなり、目の前に半透明のウインドウが開いた。


『フェン さんのアクセスを許可しました』


(またこれか……)

 もういい加減慣れたものだ。諦めて、見物モードに入る。


 それにしても、この高揚感はなんだろう。そんなに興奮するようなことがあっただろうか。まるで俺の感情ではないかのような……

 

「行くぞ」

〈俺〉は呟いた。

 そのたった一言に、静かな喜びが滲んでいて、俺は驚いた。


 いつも冷ややかで皮肉げなフェンが、こんなに感情をあらわにするのか。


 なんの説明も予告もなく、〈俺〉は森の中を駆け出した。身を沈め、木の枝をかいくぐり、巧みに疾走する。

 そして、眼前に宙に身を躍らせた。〈石膏像〉の群れの真ん中に着地する。

 思いがけない闖入者に〈石膏像〉たちが動きを止める、そこに〈俺〉は斧に変えたアルミュスを叩き込んだ。


〈石膏像〉が玩具のように吹っ飛んだ。周囲の〈石膏像〉たちの間に動揺が走る。

 だがそれには目もくれず、〈俺〉はアルミュスを大剣に変え、手近な〈石膏像〉に叩きつけた。


 体液を撒き散らして〈石膏像〉が切り裂かれる。さらに一歩踏み出して別の個体を切りつけ、体を返してもう一体を切り捨てる。


 息を呑むのも忘れるような動きだった。


 一歩進むごとに一つの屍が作られる。


 フェンがいままで見せてくれていた戦い方は、あれは本当に、教科書のような、型どおりのお手本だったのだと、いま知った。


(次元が違う……!!)


 目の前で繰り広げられているのは、もっと凄まじい、悪夢のような何かだった。


(戦うとは、こういうことなのか)


 自在に動く大剣の攻撃は、速くて重い。斬るというより、叩き潰すのに近い。

 だが決して力任せの無様な動きではない。巧みな軌道を描く剣は、悪魔的なまでのタイミングで確実に敵を捉えている。


 まるで悪夢のような、この戦い方を、俺は知っている。


(リゥ=バゥ……!!)


 身体能力では本物のリゥに及ぶはずもない俺の体だから、速度も、力も、本物の攻撃には劣る。

 だが、何百回となく戦い、倒された、苛烈なあの動きを、忘れるはずもない。


 そう、フェンは今、俺の体で、別れた半身、《最強》リゥ=バゥの戦い方を再現しているのだ。


〈石膏像〉たちが怯みはじめる。じりじりと〈俺〉から遠ざかろうとする。

 だが、〈俺〉は勢いを緩めない。構わず距離を詰め、頭を叩き割り、胴をなぎ払う。


 驚いたような顔の王子と、ほとんど恐怖といっていいような表情を貼りつけた狼が視界の隅に映る。

                                

(そうか、狼はリゥ将軍を見たことがあるんだったな)

「〈我ら〉に相見えて逃げ切った」とフェンは言っていた。見たことがあるなら、分かるのかもしれない。

 絶対防御も、二段階に曲がる関節もないけれど、これはあの《最強》の戦い方なのだ。


 敵は遠ざかりはじめているのに、〈俺〉の勢いは止まらなかった。

 大剣を振り上げた勢いのまま〈石膏像〉の目の前に飛び込む。叩きのめした刃のその先には別の〈石膏像〉がいて、ガラス細工のようにあっけなく潰される。さらに一歩踏み出せば、また新たな〈石膏像〉が、大剣の前に導かれるように歩み寄って、脳天を砕かれた。


 魔物たちは恐れおののいているのに、吸い寄せられるかのように〈俺〉の元にやってきて、斬られていく。


 このうえなく恐ろしいのに。

 そこには死しか待っていないのに。


 ……だが俺も、見ているうちに、その気持ちがわかる気がしはじめた。

 このうえなく恐ろしいのに、その動きにはいわく言いがたい美しさがあり、惹きつけられずにはいられないのだ。


 見ずにはいられず、見てしまえばその先には死しかない。……そんな、無情で残酷な美しさ。


 吸い寄せられるように眺めていた俺の目の前に、無数の月が降ってきた。

 いや、月ではない。刃だ。一瞬遅れてそう気づく。


 月輪の形をした刃が踊り、魔物達を切り刻む。まるで《フルムーンスラッシュ》と《ダンシングソード》のコンボのように。


 だが、〈俺〉は普通に戦っていて、技を使っているようには見えない。このコンボは大剣の技とソードブレイカーの技の組み合わせなのに、握っているのは大剣のままだ。


 さらに敵をめがけて、天から光の槍が降り注いだ。《ハイ・チャージ》と《アローレイン》のコンボだ。槍も弓も持った様子がないのに。おまけに、フェンは視線を動かしてもないのに、敵をターゲットして狙い撃ちにしている。


(どうなってるんだ……)

 動いているのは俺の体なのに、完全に俺の理解を超えている。


 呆然と見つめていたら、ふと、〈俺〉の動きが止まった。

 なぜだろうと見回して、気がついた。


 あたりにはもう、生きて動いている敵は一体もいなかった。


 ふっと視界が切り替わる。大剣を握った手が近い。俺は俺の体に戻っていた。


 アルミュスを短剣に切り替えて、鞘に戻す。

 顔をあげた先では、王子と狼が立ち尽くしていた。共に夢を見ていたかのような顔だが、その表情は、同じものを見ていたとは思えないほど対照的だった。


「……見事だ……」

 呆然としながら、どこか興奮に輝いた顔で、王子がゆっくりと手を叩く。言葉にできない思いのすべてを、その手つきに込めているかのようだった。


 傍に立つ狼は、恐ろしい悪夢から覚めたかのようなだった。戦いは終わったはずなのに、殺気が消えていない。むしろ殺気が増したかのように思える。


 思わず俺が近寄ろうとすると、狼はふっと目をそらし、何も言わずに森の中へ消えた。


 追いかけようかと思ったが、背に滲む強固な拒絶の気配が、俺をその場に留まらせた。

 そのまま動けない俺の耳に、わずかな羽音と、言い合うサヤとキキの声が近づいてきた。


//--------


 夜はその近くで野営になった。


 狼は結局戻ってこなかったが、王子は何も言わなかったし、キキとサヤが、どっちが邪魔をしたのどっちの魔法が下手だのと仲良くじゃれあっていたので、深刻な雰囲気にはならずにすんだ。


 王子はむしろ、いつもより機嫌がよさそうに思えた。いつも機嫌がいいといえばいいのだが、何か迷いの晴れたような、曇りが取れたような気配があった。


 夕食を終え、皆が早々に床につき、サヤが眠りに落ちたのを確かめて、俺は野営場所から離れた森の奥へと踏み入った。フェンと話がしたかったのだ。


「フェン」

 小声で呼びかけると、すぐに返答があった。右肩に軽い重量が乗る。

「おぬしは不思議に思っていたようじゃが、おぬしの言う〈技〉や〈コンボ〉は、条件を満たせば使える。だが、その条件はおぬしが思っていたのとは違う。そういうことじゃ」

「え」


 いきなり流れるように喋られて、俺は面食らった。


「ここではまだ近い。もう少し歩け」

 言われて、ゆっくりと歩みを進める。夜の森は暗いが、この程度なら俺でも歩ける。


「条件って……」

 そろそろと歩きながらつぶやく。


「一定量のSE(スキルエナジー)が必要ということ、

〈技〉の開始時に相手を認識していること、

そのときに〈技〉に必要な武器を手にしていること、

〈コンボ〉であれば、〈技〉が当たってから次の技が当たるまでの時間が一定時間内であること。この四つが条件じゃ。


 最初と最後はおぬしの知っておるのと相違ない。だが、二つ目と三つ目に関しては把握が甘い」



 切りつけるように言われた。


 甘いというか、考えたことがなかった、というのに近い。

 敵の認識についてはゲームのときの自動ターゲットと同じ感覚で、これより早くできるなんて考えたことがなかった。

 武器の持ち替えはアルミュスの変形を待つしかないので、短縮しようなんて考えたことがなかった。どうせコンボのタイミングは待たねばならないのだし。


「え、でも」

 問い返そうとしたら、かぶせるように強く、フェンが喋り出した。


「世界はおまえが思うより早くなる。おまえはただ過去の習慣で、これが最も早いと思っているにすぎない。

 そして、的とする敵を認識しつづける必要はない。ただ〈技〉が発動するその瞬間にだけ認識しておればよい」

 確かに、ゲームのときの自動ターゲットの感覚で敵を捉えていたし、あれが最速なのだと思ってはいたけど……あれより早くできるのか。そんなことが可能なのか。


 それはいいとして、フェンはコンボを連発していたけれど、その間ずっと武器は大剣のままだった。〈技〉の開始時に必要な武器を手にしていること、という条件はどうなるのか。


「世界は認識で変化する。大剣の姿をとったときが大剣なのではない、大剣に変じよと願った瞬間からそれは大剣なのじゃ」

「え」

「そしてこれも、〈技〉が発動する瞬間にだけその武器であればよい。短剣の〈技〉だからといって、短剣であり続ける必要はない」


「それってつまり、さっきのフェンは、〈技〉を使うときは相手を瞬間的にターゲットしながら、アルミュスを別の武器に切り替えて、その合間に通常攻撃もしてたってこと……?」

「そういうことじゃ」


 俺は絶句した。

 だって、分かっていた範囲だけでも、あれだけ凄まじい戦いぶりだったのだ。その裏で、実はそんな細かいことまでしていただなんて、


「真似をしろとは言わん」


 無理だよ、と言う前に、先回りされた。なんだか、今夜のフェンとは、会話している感じがしない。意図的に会話を避けて、一方的に情報を流し込まれているようだ。俺を嘲笑う以外の感情はほとんど見せないフェンだが、口調がなんとなく切迫しているような気もする。


「じゃが、技を使うための条件を正しく知らねば、ひと通りの戦いかたしかできぬ。おぬしの〈技〉を使えば、あのような戦い方もできる。知って捨てるならそれも良いが、知りもせずに幅を狭めるのはあまりに愚かじゃ」


 そう言われればそのとおりなのだろうが、そんな細かい条件、分かっていても使いこなせる気がしない。結局知らないのと同じような気がするのだが。


「そして、わしに分かることは当然、我が半身も分かっておる」

「えっ」


 つけ足された一言に、どきりとした。

 リゥ将軍が、そんな、まさか。


「一度戦っただけでは分からんだろうと思うか。そのようなことはない。我が半身はあれから、全身全霊でおぬしのことを考えておる。あの戦いのときに見たすべてを幾度となく胸のうちでくり返し、得られる限りの情報を集めて、それで何を考えていると思うか。あの日対峙したおまえのことではない、いつの日か相見えたとき、おまえがどのように強くなって現れるか、そのおまえをどうやって倒すかじゃ」


「……!!」


 予想以上の衝撃だった。

 リゥ将軍が俺のことを考えているだろうとは思っていた。いつか俺を殺しに現れるだろうと思っていた。だから、できるだけ強くなって立ち向かうんだと思っていた。

 だが、俺が強くなる未来を予想して、さらにそれを倒す方法まで考えているとは、俺は思ってもみなかったのだ。


「世界の理の内のことであれば我等は読み解くことができる。おまえのあの〈技〉はこの世界に存在しなかったものであるから我等を出し抜くことができたが、あの〈技〉もまたこの世の理の内で働くもの、一度目にしたからには読み解くことは難しくない。

〈コンボ〉なら見ておらぬと思うだろうが、目にしたものと、その後のおまえの動向を考え合わせれば、これもまた、読み解けぬ我が半身ではない。

 おまえにあれをやれとは言わん。我が半身ならここまでは分かる、それを見せるための今日の戦いじゃ」


 追い討ちをかけるようにフェンが言い、俺は思わずその場に立ち尽くした。


 俺には到底できない鮮やかな剣技、その合間を縫うように繰り出された〈技〉と〈コンボ〉、どれだけ努力してもたどりつけないだろうその高みまで、リゥ=バゥは把握しているのだとフェンは言う。


(そんな敵に、どうやったら勝てるって言うんだ……!?)


 黒く心が塗りつぶされかけたその瞬間、凄まじい殺気の塊が俺めがけて飛び込んできた。


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