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Make NewWorld /VR /Online;  作者: 山河有耶
5. Stream
56/59

seek[4]>>"山への道で待つものたち";

 空はあざやかに晴れていた。

 遠くに小さく、鳥が旋回しているのが見える。

「いい天気だなあ……」

 思わずため息がもれる。


 魔物の群れと遭遇した翌日。俺は輸送団の馬車の屋根にいた。


 あの後、俺とサヤは輸送団の面々から凄まじい拍手喝采で迎えられた。

 特に自警団のメンバーは興奮して手がつけられず、その場で祝賀会でも開きそうな勢いだった。さすがにそこまではやらなかったものの、馬車が動き出してからも入れ替わり立ち替わり誰かがやってきては、すごい勢いで褒めそやされた。


 サヤはまんざらでもなさそうだったが、俺は非常に居心地が悪かった。魔物の群の半分はサヤの魔法が倒したのだから、サヤは誇ってもいいと思うが、残りの半分を倒したのは俺ではない。どこからどう見ても俺がやったようにしか見えないだろうが、あれは完全にフェンの手柄なのだ。

 だがそれを言うわけにもいかず、かといって平然と賛辞を受け容れられるような神経の持ち合わせもなく、ついに閉口して、逃げ出してきたのだった。


 馬車の屋根には、見張りのための狭いスペースがあり、一人だけなら座っていられる。ここの陣取ってしまえば、他の者は追いかけてきようがない。

 先頭と最後尾の馬車には実際に見張りが座っており、時折目が合うと嬉しそうにぺこぺこされたりするのだが、それでも馬車の中にいるよりは格段にましだった。


「なあー、フェンー」

 空を見上げながら呼びかける。無視されるかと思ったが、一瞬遅れて返事があった。

「なんじゃ」

「フェンはなんで(スキル)が使えたの?」

「おまえが使えるからじゃろ」

 一刀両断だった。


 フェンは懐から出てくると、俺の肩に腰掛けた。横目で見ると、ちゃっかり手に食べ物を握っている。いつの間に手に入れたのか。

「サヤちゃんがくれたのです!」

 視線で察したのか、聞く前に答えが返ってきた。どうでもいいけど、その芸風はまだ続いていたのか。


「いや、そうなんだけどそういうことじゃなくてさぁ……。それに、俺のやったことないコンボとか、俺の知らないコンボまで使ったじゃん。魔法同士のコンボとか。あんなのなんで使えたのさ?」

 フェンはふんと鼻を鳴らした。


「おぬしはわしが何で死んだのか忘れたのか。おまえは我らの予測を超えるものを使った。この世に存在するはずのない技でわしは死んだのじゃ」

 俺はうろたえた。フェンを殺したのはたしかに俺なのだが、そのことを改めて持ち出されるとやはり動揺する。


「だからディーはずっとますたーの戦いかたを見てきて、ますたーのいう〈技〉とか〈コンボ〉とかがどういうものなのか考えていたのですね!」

 そう言って焼き菓子にかぶりつく。ふわりと甘い匂いがした。

「え、ディー……なのか?」


 思わず尋ねる。この口調で「わしは」と言われても困るのだが、これはフェンではなくディーなのか?

 が、妖精はそれには答えず、先を続けた。


「おまえの言う〈コンボ〉が起こるには、一定の条件がある。条件(それ)の見当がついたから、昨日はそれを使ってみた。魔法についても同じことじゃな」

「えっ、それ、教えてよ」

「断る」

 勢い込んで尋ねたら、即座に却下された。


「ちぇー……」

〈コンボ〉は、廃人と言われるほどのプレイヤーたちが検証を重ねて見つけ出したものだ。まだ知られていないコンボを覚えることができれば、リゥ将軍との戦いにだって大きな力になると思ったのに。


 フェンは蔑む目で俺を見た。

「わしに分かるということは、我が半身にも分かるということじゃ。我が半身もまた、あの技を見た。そして我が半身はいま、全身全霊をもっておまえのことを考えておる。そうであれば、わしの思いついたことに思い至らぬはずがない」

「えっ」

 俺は絶句した。


「ですから、いまのリゥさんは〈コンボ〉を使うことはできないけれど、防ぐことはできるのです。〈技〉と〈コンボ〉だけを頼りにするなら、あのとき二人ともを完全に(・・・)殺してしまわなければいけなかった、というわけなのです!」

 にこにこしながら言われたが、俺はぎょっとした。……これでは俺がもうリゥ将軍に勝てないと言われたようなものじゃないか。


 俺の妖精は、もういつものいやらしい笑みを浮かべていた。

「我らは強くなりたいと望み、世界のすべてを知ろうとした。であるからして、この世界の理の内にあるものであれば、我らに分からぬはずがない。だがおまえは、世界の理の外から来て、世界の理に縛られぬ力を持ち、世界の理に縛られぬ考えを持つ。

 じゃから、おまえが自ら考え、導き出すのであれば、我が半身の思惑を超えることも可能であろうよ」


 俺は思わずフェンを見つめ直した。いやらしい笑顔だが、なんだかすごく励まされている気がする。結果的に状況はまったく変わっていないし、フェンがスパルタであることにも変わりはないのだが。


 フェンは素知らぬ顔で、今度は干した果物にかぶりついた。

「ところでさー、フェンなんだかよく食べるようになったよなー。ディーに影響されたの?」

 照れ隠しでそんなことを口走ったら、フェンは真顔で俺を見た。

「《知識の聖者(パヴロスリング)》は《竜の卵》より格下じゃからもちろん影響は受けておるが、そもそもこの体がよく食うのはおまえのせいじゃな」

「え??」


 何気なく軽口をたたいただけのつもりが、思いがけない返事が返ってきた。



  ——一つの王冠、三つの宝珠、四つの守護、七つの不思議、十二の騎士、十三の聖者、二十四の宝貝、四十四の輝石を解き明かせ。さすれば門は開かれん——


 ゲームの世界で何度も耳にしたフレーズを思い出す。


《竜の卵》は〈七不思議〉のひとつ。水の神殿で見つけた《竜の卵》は、俺たちをここまで連れてきた騎獣、グリフォンのスカンタになった。

 フェンは《パヴロスリング》に宿る記憶で、《パヴロスリング》は〈十三聖者〉の秘宝だから、《竜の卵》より格下になる。

 それはそうなのだが、この言い方ではまるで、ディーが《竜の卵》であるかのような……?


 だが、俺はじわじわと思い出していた。

 そうだ、《竜の卵》はもうひとつあったのだ。


 そもそも俺がこの世界に来るきっかけになったクエスト『創造主への挑戦』のクリア報酬。 もらえるという話は聞いたものの、実際に目にすることなくこの世界に来てしまった、


 フェンは言っていたじゃないか。七不思議は『所有者の望む生き物の姿を取る』のだと。

 妖精とは名ばかりの無機質なシステムでなく、本当に生きている相棒がいてくれたら。そんな、自分でも気づいていなかった望みが投影されたのがディーなのだとしたら……。


「ディーが、《竜の卵》……」

 フェンは頷いた。

「目覚めてからの竜は生き物じゃからみずから成長していくが、そもそもの性質は所有者によって定められるからな。こやつがよく食うのは、おまえのせいであろ」

 そう言って、また干した果物にかぶりつく。


 肯定されて、俺は改めて驚いた。

 貰ったきりで結局見ることのなかった、とばかり思っていた《竜の卵》。俺はずっと、そこから(かえ)った竜と一緒にいたのか。

 そういえば、スカンタを見つけたとき、ディーは「なつかしいにおいがする」と言っていた。ディーの他にも妖精がいるのか、と思って、その後のどさくさにまぎれて忘れていたのだが、あれはディーとスカンタが、元は同じ《竜の卵》だからだったのか。


「でもなんで、フェンはディーの中にいるんだ?」

 俺の問いに、フェンは果物から顔をあげた。


「秘宝は、自分より格下の秘宝の世界に介入できると言うたじゃろう。

 パヴロスリングは、本来ならおまえが身につけるはずのものじゃった。だがおまえはあのとき気を失っておった。そしておまえには、手に入れた「あいてむ」は妖精が管理するものだという認識があった。

 そこでパヴロスリングは、妖精の持つところとなった。ここで、《竜》が《パヴロスリング》を取り込んだ」

 そう言ってフェンは少し笑った。


「本来であれば、《知識の聖者》は生きていたころのわしの姿になるはずなのじゃが、我らはひとつであった故に、わしはどこからどこまでが自分であるかという明確な認識がない。そもそもそのようなことを考えたこともなかったからな。そのあたりも、この体に宿った理由かもしれんの」

 フェンもリゥ将軍も、自分たちのことを「我ら」と言っていたな。いつも一緒にいたから、自分と相手の区別をつける必要を感じていなかったのかもしれない。

 とはいえ、どこからどこまでがフェンなのかは俺にもよく分からないが、『双頭』のフェンの側は脳の露出した老人の頭だ。今くらい気楽に話ができるようになってからならともかく、初対面についてはディーの姿で出てきてくれてよかったのは間違いない。


「竜に取り込まれたことで、いろいろやりやすくはなったからな、これでよかったのであろうよ」

「やりやすく?」

 フェンは残りの果物を平らげると、俺に向き直った。

「本来、知識の聖者は、自ら所有者にかかわってくることはない。初めの頃、おまえと会うのはおかしな四角い部屋じゃったろう。あのように、知識の聖者と会うための場所があって、何か引き出したいと思うたら、所有者がそこに出向く。むろん、本当に訪ねていくわけではなく、意識の上でじゃがな」


「え、でもフェンは思い切り出てきてるよね?」

 出てきているだけでなく、俺の体を使って実際に戦うようなことまでしている。

「竜に取り込まれるというのは、そういうことなのです! パヴロスリングさんだけでは、そういうことは起きないのです! できるだけ楽をしたいというますたーのお願いを(ディー)が叶えたのです!」

「えー……」

 確かにいろんなことを教わってありがたいと思ってはいるが、こんなスパルタを望んだ覚えはないのだが。


「まあ、わしがよく食うようになったのは、妖精の影響だけでなく、食うことで力を得て、消える時間を先延ばしにしているというのもあるがな」

 さらりとフェンが付け加えた。俺は耳を疑った。


「え、消える、って」

「竜のほうが格上だと言うたじゃろう。

 《知識の聖者》は竜に取り込まれて、同化しつつある。そうなると当然、格下のこちらが消えることになるわけじゃ。現にそろそろ同化が進んでいて、わしが表にいるときでも、妖精がちょいちょい出てきておるであろ」

(あれってそういうことだったのか!?)

 確かに、フェンらしからぬふざけかただと思っていたけれど。フェンが消えかけていて、ディーに戻った結果だったということなのか。


「おまえに教えておきたいと思うことがまだいくらかあるのでな、完全に同化してしまうのはもう少し先にしたいと思うておるのじゃが、そもそもわしは記憶の残滓であって、もはや生きてはおらぬ。本来とうに死んでいるはずのものの過去の姿が、秘宝の力で留められているにすぎぬのだから、消えてしまうのはむしろ自然なことであろう。……どこまで抗うたものか、ちと考えるところではあるな」

 そう言って、遠い目をする。


「え、それ駄目だよ」

 その姿が、いまにも消えてしまいそうに見えて、気がついたら俺はそう口走っていた。

 フェンは首をかしげた。


「パヴロスリングの持つ知識は妖精が持っているのじゃから、別におまえが困ることはないぞ」

「そういうことじゃなくて!」

 思いがけず、強い口調になった。ちょっと驚いたようにフェンが俺を見た。言ってから俺も驚いた。

「そういうことじゃなくてさ……」

 つぶやきながら、もやもやする胸の内を咀嚼する。


(そんなのは駄目だ)

 ……考えてみれば、俺とフェンは別に、一緒にいたくていたわけじゃない。たまたま渡されたパヴロスリングの前の持ち主だった、というだけのことだし、そもそも俺はフェンを殺した張本人だ。フェンのほうだって、俺に好意を抱いているほうがおかしいくらいの関係だ。


 言うことは嫌味だし、始終俺のことを見下した顔をしているし、とんでもない無理難題ばかり吹っかけてくる。ディーがパヴロスリングの知識を受け継ぐんだったら、いなくなっても何も困ることはないはずだ。

 そう言い聞かせてみたけれど、胸の内からすごい勢いで言葉が湧き上がってきた。

(違う、そうじゃない)


 そもそもが敵同士で、仇で、仲がいいほうがおかしいくらいの間柄で。

 だけどフェンはずっと俺のことを見守って、手を貸して、育ててくれたのだ。

 フェンは別に俺のことが好きでやったわけじゃないだろう。リゥ将軍を戦って勝てる人間を育てたかっただけなんだろう。


(だけど、それでも、そんなのは駄目だ)

 たとえそうだとしても、俺はフェンがいなくなるのが嫌なのだった。


「駄目だよ……そんなの駄目だよ……」

 駄々っ子のように繰り返していたら、ふいに泣きそうになった。泣いても仕方ないのに。駄々をこねたからって、フェンにもどうしようもないのだろうに。


『記憶の残滓』だとフェンは言った。『とうに死んだものの過去の姿』なのだと。

 だけど、俺はフェンと一緒にいて、話して、いろんなことを教えられて、頼りに思うようになって、認められたいと思ったのだ。

 それは、生きている人間と過ごしたのと何が違うというのだろう。


 渦巻く感情で胸がいっぱいで、何も言えない。

 俺は黙って顔をそむけ、遠ざかる岩山をにらみつけた。


 しばらくそうしていたら、右の耳を引っ張られた。仕方なく顔を向ける。

(なんだよ)

 声を出せなくて、視線で尋ねた。


「いずれ消えるのは避けられぬにしても、まだ時間はある」

 仏頂面をしたフェンが、そっけなく言う。

「そんな顔をするな」

 そう付け加えたフェンの声が妙にやさしく聞こえて、俺は急いでまた顔をそらした。フェンの前で泣くのは嫌だった。


//--------


そのままフェンと顔を合わせているのがなんとなく気まずくなって、俺は午後から馬車の中に逆戻りした。

 また輸送団の面々に取り囲まれるのかと覚悟していたのだが、サヤが俺の側にくっついてきたので、他のメンバーは寄ってこなかった。どんな気を使われているのか、深く考えたくないが好都合ではある。

 サヤはここにきて人見知りを発揮しだしたらしい。まあ、初対面の会話がひととおり済んだ後、どうしていいか分からない気持ちは俺にも分かる。というか、サヤほどではないが、俺だってそれほど社交的なわけじゃない。


 他に人がいるのでそう込み入った話もできないが、サヤと話すのはひさしぶりな気がした。グランデに来てからはあれよあれよというまに事が進んで、ゆっくり喋る暇などなかったのだった。グランデに着くまでは、蝙蝠少女、じゃない、キキのせいで機嫌をそこねてしまい、ろくに口も利いてもらえなかったし。


「お兄様はどうしているのかしら」

 どことなく寂しげな顔でサヤが言った。

 そうだ、マイケルにろくに挨拶もせずに出てきてしまったのだ。そろそろホームシックになってもおかしくない。


「水神はマイケルに話しておいてくれるって言ってたけど……。そういえば、マイケルの部隊もこっちに向かうって言ってたんだよな」

 来るとは聞いていたが、いつごろどこに現れるのか、俺はまったく知らない。これでは再会のしようがない。


「ああ、お兄様は船で土の都(グランディア)に向かうんだって。ウォータの船はそんなに早くないので、到着にはだいぶかかりそうなんだけど」

 そう言うと、サヤはぺろりと舌を出した。

「内緒にしているけど、お兄様は船酔いするので、本当は船に乗りたくないのです。でも、ウォータで船に乗ることを許されるのはすごく名誉なことだから、断れなかったでしょうね」

 ……それはまた気の毒に。


 というか、本当は俺たちもグランディアに向かわなければならないのだった。

 グランデではオーガ以外の種族が同盟を結ぼうとしているという。その中にウォータを加えさせるのが、俺とサヤの役目だ。

 詳しいことは何も聞いていないのだが、取っつきやすさからいってもまず人間と話をすべきだろうし、だとしたら首都グランディアに行くのがいちばんだろう。

 それを二の次にして、こんな山奥まで来てしまっているわけだが……まあ、困っている人を放っておくわけにもいかない。本当にまずければ、たぶん水神が文句を言ってくるだろう。


 そんな感じで数日が過ぎた。

 あれからは魔物に出くわすこともなく、平穏な旅が続いていた。

 俺の心中を知ってか知らずか、人のいない隙に出てくるのはディーばかりで、フェンはいっこうに現れなかった。まさかもう消えてしまったということはないだろうと思うが、フェン以外に尋ねる相手もいない。もしかしたらディーは知っているのかもしれないが、改めて尋ねるのはなんだか怖い。


 そして輸送団は、今日のうちにはマウンテに着くだろう、というところまでやってきた。


 俺は馬車の隅で、サヤと並んでぼーっと座っていた。

(結局、俺は何にもしなかったってことか……)

 側から見たら俺は大活躍したことになるのだろうが、実際に戦ったのはフェンであって俺ではない。


 旅の終わりが見えてきて、馬車の中にはどことなく安心したような空気が漂っている。緊張が解けたのか、小さくあくびを繰り返すサヤを視界の端にとらえながら、俺はふと、疑問を覚えた。


(そういえば、サヤの魔法ってどうなってるんだろう?)

 サヤに実戦での魔法の使い方を教えたのは俺なので、使える魔法はだいたい把握していたのが、あのときのサヤは火魔法を使っていた。水の巫女として覚醒し、水魔法を使うようになってからのサヤがどんな魔法を使えるのか、俺は知らない。

 というか、実際に目にしてはいるのだが、サヤが使う魔法は、俺がいままで見てきた魔法の中にはないようなものばかりなのだった。

 普通なら、効果を見れば大概の魔法は分かるし、だいたいのレベルも見当がつくのだが、いまのサヤにどんなことができるのか、俺にはまったく分からない。


 とはいえ、一緒に戦っていくのに、お互いの手の内が分からないというのはよくない。考えてみれば、サヤも俺にどんなことができるのか知らないはずだ。

(しまったな……)

 馬車の中ではできることに限りがあるとはいえ、せっかくこれだけ一緒にいる時間があったのだ。話だけでもしておけばよかった。

 

 マウンテに着いたらそんな話もしよう、と思ったそのとき。

 いきなり馬車が止まった。


 声にならない声で、車内がざわ、と揺れる。


「アニキ……!」


 転がり込むように自警団の男が駆け込んできた。


「アニキ、見てくれ! もうアニキじゃなきゃどうにもならねえ!!」

 嫌な予感しかしない。


 俺は男について馬車の外に出ようとし、そのまま動けなくなった。


 馬車の入り口からは、もうマウンテの村が見える。

 小さいがしっかりした石造りの家が点々と並び、煮炊きをしているのか、それとも鍛冶屋の工場なのか、ところどころで細々と煙が立ちのぼっている。絵葉書にでもしたいような、のどかな風景だ。


 そこからほんの少し視線を動かすと、木々と岩の間で、何か黒いものがうごめいているのだった。巨大な蛇のような、あるいは流れ出た溶岩のような何か。


「……!!!!」

 ……それは、恐ろしい数の魔物の群れだった。


 この間フェンが片付けたのも相当だったが、その比ではない。本当に、真っ黒にしか見えないほどの数の魔物がひしめき合っている。

 しかもその群れは、細長く列をなし、村に向かって這い寄っているのだった。


(……やばい)

 このままでは、村が襲われてしまう。これだけの魔物に襲われたら、ひとたまりもないだろう。


 その前にどうにかして、こいつらを食い止めなくては。

(でも、どうやって?)


 魔物の群れは、村のさらに向こうにいる。全力で馬車を走らせても、やつらより先に村にたどり着けるかどうか。

 だが、間に合わせなければならない。迷っている間はない。

 拳を握りしめた瞬間、背後から、凛とした声がした。


「スカンタ!」

 振り向くと、いつの間にやってきたのだろう、黒髪の少女が立っていた。

「サヤ……」

 サヤはにっこりと笑ってみせた。俺に、ではなく、俺の頭上に向かって。

 同時に、視界が暗くなり、ばさっと大きな羽音がした。馬車の内外からざわめきが起きる。


――クワッ!――


 どこから現れたのだろう、グリフォンのスカンタが馬車のすぐ外に舞い降りて、サヤに向かって首を突き出してみせた。

 俺の脇をすり抜け、馬車の外に歩み出ると、サヤは嬉しそうにスカンタの首を撫でながら、俺を振り向いた。

「スカンタなら、あそこまですぐに連れていってくれます」


――クワックワッ!――


 グリフォンが得意げにいななく。


 確かに、ここはスカンタに騎乗して飛んでいくのがいちばん早い。俺は驚きと賞賛を込めて、サヤの顔を見返した。


「その通りだ。よろしく頼むな、スカンタ」

 俺が声をかけると、スカンタは、そんなことは分かっている、とでも言いたげな顔をしながら膝を折った。首に抱きついたサヤの背後に跨って、手綱を取る。


「俺たちで食い止めてみます。皆さんは急いで村に向かい、危険を知らせてください」

 あっけに取られている輸送団の男たちにそう言い残すと、俺たちは慌ただしく、魔物の群れに向けて飛び立った。


//--------


 上空から見ると、魔物の数が尋常でないことがよく分かった。

 山の反対側から、岩と木々のわずかな隙間を縫う様は本当に蛇のようだが、この蛇は、マウンテの村をぐるっと一周してもまだ余りそうなくらい長い。しかもどうしたことかやたらと密集している。


 これをどう攻めたものか。見下ろしながら考える。

 

 単純に考えれば、群れの先頭に立ちふさがって食い止めればよさそうなものだが、数がただごとではない。この距離では、討ちもらした魔物が村を襲うのを防げない可能性がある。

 だとしたら、列の途中に攻撃を仕掛けて、別の方向に誘導するしかない。大がかりな釣りだ。

 そこまで考えて、ふと気が楽になった。要するに、モンスタートレインを作ってしまえばいいのだ。


「サヤ、ここから魔法を撃てる?」

「できます!」

 即答だ。どことなく嬉しそうでもある。


「じゃあ、俺が言うところを狙って。それで足止めできるはずだから」

「分かりました! 任せてください!」

 振り向いたサヤの笑顔が眩しすぎて、俺は思わず目を逸らしてしまった。


「よ、よろしく頼むね。スカンタも」

「クワッ!!」

 こちらは、分かっとるわ、とでも言いたげな調子だ。


「まず、魔物の群れの先頭に一発頼む。まずは村に向かうのを止めなきゃならない。そう、壁になるような……」

「壁ですね! 分かりました!」


 言うが早いか、サヤは呪文の詠唱をはじめた。俺はあわてて手綱を引き、スカンタを方向転換させる。

 詠唱が進むにつれ、周りの温度が下がりだしたような気がした。寒いのとは違う、ひんやりとした……そう、滝のそばにいるような感覚。


 俺は高度を下げ、魔物の列を舐めるようにスカンタをゆっくり飛行させた。後ろから追いかけるように、列の先頭に向かう。頭上の影に気づいたのか、こちらを仰いでいる魔物がちらほらいる。


 魔法陣がぐんぐんと膨らんでいく。

 それが広がりきった次の瞬間、目の前に、巨大な壁が出現していた。


(っっっっっ!!!!)

 壁だ。半透明で、うっすら木々の緑が透けて見える、ものすごく大きな壁。それが、俺たちの目の前に立ちふさがっている。


 とっさに体が動かない。

(ぶつかる!!)


 そう思った瞬間、

「クワアアアアアッ!」

 スカンタが身を翻し、壁に沿って急上昇した。そのまま、壁の少し上で、ホバリングするように羽ばたいている。


「あ、ありがとう、スカンタ……助かったよ……」

「クワッッ!!」

 優秀なグリフォンは俺に一瞥をくれると、短く嘶いた。なんだか「しっかりしろ」と言われている気がする。


(だってまさか本当に壁ができると思わないだろ……)

 内心で呟く。俺としては、先頭を叩き潰して足止めしたいというのを比喩的に表現したつもりだったのだ。そりゃ比喩より本物の壁があれば、物理的に村への道を塞ぐことができて助かるわけだが、そんなことができると思っていなかったのだから、うろたえても仕方ないと思う。


「壁を作りました!! 次はどうしよう!?」

 俺とスカンタの間のやりとりに気づいているのかいないのか、サヤはきらきらした笑顔で俺を見つめてきた。

「ありがとう! 助かったよ!」

 こんなに無邪気な顔をされると、どうしていいのかわからない。が、壁と言ったのは俺で、サヤはその通りにしただけだ。戦いに慣れていないのも分かっていたことで、つまりは、サヤの能力を把握できていない俺が悪い。


(ほんとに、ちゃんと話さないとな……)

 サヤはこんなにも俺を信じてくれているのに、それに甘えて放ったらかしにしているのはよくない。俺は深く反省した。


 ともあれ、壁のおかげで、村に向かう道は遮断された。遠回りをすればたどりつくことは可能かもしれないが、それにしても当分時間は稼げるはずだ。


 俺は気を取り直して、再びスカンタの向きを変えさせた。今度は列の後方をめざす。

「次はね、俺が言うところに攻撃してほしいんだけど、ええとね、挑発しておびき寄せたい。だから、叩き潰すんじゃなくて、ウォーターボールくらいにしてくれるかな?」

「分かりました! 任せてください!」

 元気のいい答えが返る。


 狙う位置のやや後方に陣取り、サヤにGOサインを出した。サヤが手を伸ばし身構える。顔は見えないが、背中から伝わる気配が変わる。

 詠唱に続いて、先ほどよりは控えめだが、それでもずいぶん大きな魔法陣が描き出され、巨大な水球がすごい勢いで落下していった。


「あっ、ちょっと大きすぎた……?」

 サヤが小首をかしげる。

「……まあいいんじゃないかな」

 思っていたよりはだいぶ大きかったが、クレーターができるほどではないから、いいだろう。地面が抉れて敵の列が分断されると面倒だが、そこまでの威力ではなかったし、敵の数を減らしてくれるのは助かる。


 サヤは俺に言われるまま、続けて何箇所かに魔法を放った。何度か繰り返すうちに、ウォーターボールの大きさがちょっとは調整できるようになったらしい。ただ、まだ思うようにはいかないようで、しきりに首をひねっている。

 サヤは納得いかないようだが、一連の魔法攻撃は、魔物の群れにとっては十分な挑発になったようだった。水の壁に行く手を阻まれた魔物たちが向きを変え、グリフォンの影を追いかけてくる。


 そこまで確認して、俺はいったんスカンタの高度を上げた。

「じゃあサヤ、俺は降りて攻撃するから、こないだみたいな感じに、魔法で援護を頼むね」

「はい!」

「スカンタ、サヤを安全なところに連れていってくれる? あの岩の向こうあたりの」

「クワァァァ」

 張り切ったサヤの返事とは対照的に、スカンタは「分かっとるわ」と言わんばかりの一鳴きを返した。


 進もうとする魔物と引き返そうとする魔物で最も混乱しているところ、そこから少しだけ離れた木の陰を狙って飛び降りる。スカンタが素早く舞い上がるのを確かめながら、短剣を抜き放った。

 フェンは出てこない。ということは、ここは俺だけの力で乗り切れる場面だということだろう。


 ざっと周囲を見回し、当座の敵を把握する。岩巨人ゴーレム、亜竜、サイクロプス、大蜥蜴、大鹿に野牛。前回の敵とそう変わりない。


 一歩踏み出すと、目の前にいた大鹿と野牛がいきなり襲いかかってきた。角を向けての突進をかいくぐりながら大鹿の背に一撃。向きを変えながら野牛の喉笛を切り裂き、すかさず飛びのく。

 と、その先にいた亜竜が頭をもたげ、こちらに向かって突進してきた。体を入れ替えながら、相手の勢いを利用して短剣で一撃、ついでに左手のソードブレイカーを振り抜くと、大鹿がどうと倒れ込む。

 巻き込まれまいとサイドステップで避けたら、今度は反対側から、角の生えた兎に飛びかかられた。身をかがめてかわす。さらに突進してきた亜竜の背を短剣で切り裂く。


 自分でも驚くくらい動作がスムーズだ。思うより先に、体が反応して動いている。その攻撃がまた面白いように決まる。

(俺、ちょっとやるんじゃないか?)

 ばったばったとなぎ倒されていく敵を見ながらちょっとにやにやしていたら、ふと空気が冷えるのを感じた。

 日が翳ったのかと思ったが、視界に変化はない。だがこの感じには覚えがある。


(……!!)

 閃いた瞬間、俺は《バックアタック》を使っていた。

 目の前で、巨大な水球が炸裂する。俺の右手が自動的に短剣を振りあげ、振り下ろす。だが、その手は空を切った。バランスを崩してたたらを踏んだら、さっきまで乾いていたはずの地面から泥はねが上がった。


 サヤが《ウォーターボール》を使ったのだった。《バックアタック》のターゲットだった亜竜はウォーターボールの攻撃で倒されたようで、技が空振りしたらしい。ゲーム中にはたまにあったことだったが、そういえば久しぶりだった。


 サヤの《ウォーターボール》は亜竜だけでなく、周囲の魔物を一掃してしまったらしい。およそ半径10メートルくらいの範囲の魔物は、泥濘に倒れて動かなくなっていた。バックアタックが間に合わなかったら、俺も一緒に倒れていたに違いない。背筋が寒くなる。


 ぬかるんだ地面に足を取られながら、次の相手を求めて移動する。

 普通ウォーターボールを使った後は、こんなことにはならない。水魔法だからといって、実際に周りが水浸しになるようなことはないのだ。だが、サヤの魔法だと、使ったあとに本当に水が残る。どういう理由なのかよくわからないのだが、足元が水浸しなのはちょっと戦いづらい。


(フェンのやつ、よくこんな状況で平気で戦ってたな……)

 ちらりとそんなことを思う。先日の戦いを後ろから見ていたときは、足場の悪さなど感じなかったのだ。

 あのときは水浸しにならなかったとは考えづらい。というか、実際に水浸しになっていたところを見たような気がする。にもかかわらず、フェンの動きがそれを感じさせなかったとしたら、フェンはそうなることを予測して、地面の状態を把握した上で動いていたということなのだろう。


 どうやっていたのか聞きたいところだが、「そんなことも気づいておらんかったのか」「なんのために手本を見せてやったと思っておる」と一蹴されるだけのような気がする。それに、サヤと一緒に戦っていくなら、これに慣れなければいけないのだ。


 足元は悪いが、それは魔物たちも同じ条件だ。そう言い聞かせて剣を振るう。大柄な敵がさくさく倒れていくので気分がいい。

 そう思うのと同時に、空気が冷えた。まるで雨が降り出す直前のようだ。だが、それとは対照的に、ぬかるんでいた地面がさあっと乾いていく。


(!?)

 驚いたが、考えこんでいる間はない。サイドアタックで魔法を回避する。牛の頭をした巨人を一撃で斬り伏せ、着地した先は、再度のウォーターボールでまた泥濘に戻っていた。盛大に泥はねが上がる。


 そうやって、サヤの魔法をかわしながら攻撃を続ける間に、俺はいくつか奇妙なことに気づいた。


 魔物たちの手応えがあっけない。柄は大きいのだが、比較的レベルの高そうな魔物でも、それほど複雑な攻撃を仕掛けてこない。防御力もHPも大したことはないようで、思ったよりずいぶんあっさりと倒せてしまう。まるで巨大なハリボテのようだ。合成獣キメラ、それも、失敗して溶け崩れたようなものがやたらと目についた。

 動きもおかしい。一定の距離まで近づくと襲いかかってくるのだが、ある程度離れていると、俺の存在を認識していないかのように周囲をうろついている。その切り替わりがなんというか、とてもデジタルだった。


(出来の悪いゲームみたいだ)

 自分で考えておいて、そうか、と思う。そう、魔物たちの見た目やいいかげんな出来は、まるで、間に合わせで作った急ごしらえのゲームのようなのだ。


 なんでまた、こんなことになっているのだろう。

 考えずに放っておいてもこの場はしのぐことはできそうな気はするが……思った途端に、フェンの蔑む目が脳裏に浮かんだ。

 いままで散々、考えなしな行動でフェンに馬鹿にされているのだ。ここで対処を誤ったらどうなるのかは目に見えている。せめて、分かっていながらそうなることは避けたい。


 攻撃の手は止めずに考える。


 数だけは多い、急ごしらえの、出来のわるいゲームに出てきそうな魔物たち。彼らからはどうしても「間に合わせで作られた」という印象を受けてしまう。

 それが正しいとしたら、いったい誰が何のために作ったのだろう? こんなことができそうなものは何だ?


 考えていたら、なんだかこんなミッションがありそうな気がしてきた。山間の村で、村人に話しかけたら、「村の周りを様子のおかしな魔物がうろついている」と相談を受けるのだ。

 見事怪異の源を突き止め、解決できたら報酬と経験値、もしかしたらレアアイテムが手に入るかもしれない。そう思うと、だんだん楽しくなってきた。


 アンデッドが操られているのなら死霊使い(ネクロマンサー)の仕業だろうが、ここにいるのはアンデッドではない普通の魔物だ。黒幕はいろいろ考えられるが、SAVRの世界でそんな状況を作り出せるような存在といったら、


「秘宝……かな……?」


 そう思いついたら、ますます楽しくなってきた。


 そもそも、魔物が列をなして村に押し寄せてくる、という状況自体が怪しい。

 この行列を遡っていけば、きっと魔物たちが湧き出る源がある。そこにたどりつけば、この状況の謎もきっと解けるはずだ。


 襲いかかる魔物をなぎ倒し、魔物の列を遡る。

 数は多いがさして強くないので、攻撃にも余裕があるしSEもどんどん貯まる。

 これ幸いと、フェンの使っていた未知のコンボを試してみることにした。たまにタイミングを外すが、失敗しても通常の技の効果はあるし、敵が強くないのでさほど困りはしない。サヤの魔法を避け損なう方が怖い。


 コンボの連発とサヤの強力な魔法でさくさくと敵を片付け、魔物たちの来た方へと遡る。

 もともとは木々の間の道なき道だったのだろうが、魔物の大群が列をなして押し寄せたおかげで、結構な広さの道ができてしまっている。最初に魔物と遭遇エンカウントした場所からはだいぶ離れつつあるが、木々の間にはサヤの作った水の壁が見えていて、これなら戻るのにも道に迷うことはなさそうだった。


(あれ、そういえば)

 進んでいくうちに、ふと気づいた。ずいぶん離れたのに、サヤの魔法はまだ届いている。

 いくら桁外れの威力だからといっても、この距離で届くとは考えにくい。だいたい、間に木立が生い茂って邪魔をしているはずだ。

 訝しみながら振り返ると、少し離れた空中に、グリフォンがホバリングしていた。翼の間から、黒髪に縁取られた小さな顔が見える。

「クワアッ」

 視線に気づいたのか、スカンタは短く嘶いた。世話のかかるやつめ、とでも言いたげだ。


(最初からそうすればよかったのか……)

 下から狙撃されるか、空中から襲いかかられるかするのでなければ、スカンタに守られていれば心配ない。おまけに俺の後を追尾してくれる。言うことなしだ。


 せっかく近くにいるのだから、と、魔法同士のコンボを試してみようと思い立った。

 サヤが何の魔法を使ってくるのか想像がつかないので、組み合わせは当てずっぽうだ。俺のほうは、フェンがコンボを発動させたサンダーストームを使うことにする。


 技のコンボと同じシステムだとしたら、サヤの魔法が着弾した0.8秒後から0.9秒後の間に、俺の魔法が着弾すればいいわけだ。

 サヤの魔法が発動する気配を察知し、バックアタックで避ける。すかさず短剣を魔法の杖に変え、詠唱を始める。

 ……が、間に合わなかった。俺のサンダーストームが発動したときには、サヤの魔法またウォーターボールだったは着弾して四散し、すっかり水浸しになった後だった。


(無理だろこれは!!)

 詠唱している間に魔物たちが距離を詰めてきていたので、あわててアルミュスを短剣に戻し、手当たり次第に薙ぎはらう。


 魔法同士のコンボ。言うのは簡単だが、やるのは全然簡単じゃない。

(なんでフェンはあれができたんだ!?!?)

 魔法は、詠唱している間は動けない。熟練度を上げることでその時間を短縮することはできるが、それでも必ず静止している時間が生じる。

 フェンはサヤの魔法をバックアタックで避け、その直後に魔法を使っていたが、俺はあんな速度で魔法を発動させることはできない。


(自慢するためだけに見せたとも思えないんだけどな……)

 ああやって俺の前でやってみせたということは、やればできるということなんだろうと思ったのだが、少なくともサンダーストームではできそうにない。

 もう少し早く唱えられそうな(俺が使い慣れている)呪文をいくつか試してみたのだが、やはり間に合わない。

 そのうちにMPが尽きたので、魔法同士のコンボは諦めることにした。なんだか悔しい。


 悔しいので、フェンがやっていた三連コンボを試してみる。

 細かく攻撃してSEをいっぱいまで貯め、《フルムーンスラッシュ》と《ダンシングソード》のコンボ、続けてアルミュスを槍に変え、《メテオスラスト》。

 先ほどの失敗とは打って変わって、気持ちいいようなタイミングでコンボが発動した。

 乱れ踊る月輪の刃。それを追って降り注ぐ炎の槍。


 威力は抜群だが、やはりSEが尽きる。

(この次にどうするかが問題だよな……)

 着地の勢いでよろめきながら考える。


 サヤが援護してくれればいいのだが、そもそもサヤにはSEの概念がない。技自体がこの世界には存在しないものらしいから仕方がない。

 というか、サヤと連携して戦うことを考えていなかった俺が悪い。ずばぬけた魔力を持っていても、実戦においてのサヤは素人で、ウォータにいた頃ならともかく、グランデの地で、教えられるのは俺しかいないのだ。

 

 だいたい、俺もサヤの魔法を活かした戦い方ができているとはとても言えない。サヤの魔法を避けることと、自分の攻撃とで精一杯だ。これはちょっと、いくらなんでももったいないだろう。


 自分の考えの甘さを反省しながら、しかし今はとにかく目の前の敵を倒すしかない。幸い、それほど強くない敵ばかりなので、通常攻撃でもなんとかなる。

 反省した俺は、しばらく、効率よくSEを貯めることと、通常の(二連の)コンボを使うことに専念した。


 そうして、どのくらい戦っただろう。

 俺のコンボもサヤの魔法も快調に決まるのに、だんだん、敵の数が減らなくなってきた。

 さっきまで一撃であっけなく倒せていたのに、二打三打を食らってもまだ生きているものがいる。

 これはつまり、事態の元凶に近づいてきたということか。


 使うコンボを、威力の強いものに変えていく。使う技は変わるが、やることは同じだ。こまめに攻撃してSEを貯め、コンボを放ち、合間合間にサヤの魔法を避ける。

 が。

 サヤのウォーターボールを避け、とりわけ巨大だった水球の後に着地して盛大に泥跳ねをあげ、立て続けに技を放とうとしたそのとき。


 発動するはずだった、二つ目の技が空振りした。


 当然、コンボも発動しない。

 倒せるはずだったゴーレムが仕掛けてきた上段からの一撃を、俺はすんでのところで回避した。


 単純な計算ミスだった。威力のあるコンボを使おうとしたせいで、ひとつひとつの技に使うSEが増えた。その結果、使おうとした技に、わずかにSEが足りなかったのだ。


 普段なら大して苦労もせずかわせるはずの攻撃だったが、当然倒せると思っていたので、思わず動揺した。そのせいでいらない隙ができた。


 柄の大きな、半身が溶け崩れたような狼が飛びかかってきた。十分避けられるはずの敵だったが、呆然としていたせいで反応が遅れた。


(やられる!!!)


 すべてがスローモーションに見えた。


 飛びかかってくる狼。

 ばさばさに固まった被毛。濁った瞳。大きく開いた口と、俺に向けて伸ばされた、汚れた爪。


 ……まさか、こんなところで、こんな敵に。


 絶体絶命だと思ったそのとき、この切迫した状況にはおそろしく似合わない、快活なバリトンの声が降ってきた。


「やあ、そこのきみ! お困りのようだが、僕の手助けが必要かな……って、前にも言ったことがあるね?」

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