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Make NewWorld /VR /Online;  作者: 山河有耶
5. Stream
54/59

seek[2]>>"裏小路の自警団";

「いやもうマジでマジで、アニキには敵わないっす!」

 酒杯を片手に持ったリーゼントは、満面の笑みを浮かべ、もう片方の手で俺の肩をばんばん叩いた。

「いやいやいや……」

 苦笑いしながら、俺は魚介の煮込みを口に運ぶ。うまい。グランデに着いて食べた料理の中でいちばんうまいかもしれない。煮込みを頬張ったまま、思わず天井を仰ぐ。


 広い部屋だった。ちょっとした体育館くらいの広さはあるだろう。煉瓦(レンガ)造りの建物は、古いビアホールのような雰囲気だ。実際、元々は酒場だったらしいが、いまは厨房とその傍のスペースだけが使われているようで、部屋の隅では雑然と積み上げられたテーブルや椅子が埃をかぶっていた。


「はい、(あね)さんお待ちどう!」

 子分たちの一人が大皿を運んできた。姐さんと呼ばれたサヤは微妙な顔になったが、何も言わずに目をそらし、取り分けられた料理に手をつけた。

「あ。おいしい」

 サヤが驚いたように声をあげる。人見知りのサヤが、初対面の人が大勢いるところでこんな反応を見せるのはめずらしい。

 気になったので俺も一皿取り分けてもらい、食べてみて驚いた。うまい。うまいだけでなく、ウォータ風の味つけだ。ウォータで食べていたものとまったく同じではないが、素材の味を生かした素朴であっさりした味は、グランデの料理にはないものだ。

 

「自分、ウォータで一年くらい働いたことがありまして。ウォータから来られたんなら、ウォータの料理が恋しくなる頃かなと思って作ってみました」

 坊主頭のいかつい男が、鼻の下をこすって照れ臭そうに笑う。

「……すごくおいしいです。ありがとう」

 小さな声でサヤが言った。初対面の人間、それもこんな強面の男と話すなんて、サヤには勇気のいることだろうに、相当嬉しかったのだろう。


 なんでこんなことになっているのか。

 話は数時間前に遡る。


//--------


「鳴き交わすウミネコ」亭の女の子のおかげで、男たちの誤解は無事解けた。案の定、最初に絡んでいた奴らが、意趣返しのために、『よそ者が店の女の子に絡んで嫌がらせをしている』と大嘘を吹き込んだらしい。で、柄は悪いがサンデの自警団を自認する彼らは、自分たちの縄張りで不埒な行いに及んだ余所者にお灸を据えようとした、ということだった。


 リーゼントは平謝りだったが、どちらかというと俺のほうが詫びたいくらいだった。実際に行動を起こしたのは彼らだが、こうなるように事態を誘導したのはフェンなのだ。俺の訓練のために無駄な喧嘩に巻き込まれ、殴り倒されて気絶したチンピラ、じゃない、自警団のメンバーには、申し訳ないと言うしかない。


 その場はどうにか収め、「鳴き交わすウミネコ」亭に戻った。サヤはまだ熟睡していたので、一連のごたごたを知られずにすむ、とほっとした。

 いつの間にか日が傾いていた。夕飯にはまだ早いが、小腹が減っている。サヤがいつ起きるかわからないし、何か軽く食べようか、と階下に降りた。

 まだ早いので、酒場の客はそれほど多くなかった。手近な席に陣取り、適当に注文しようと思ったら、なにやらやかましいものが突進してきた。


「アニキいいいいいい、先ほどはすんませんでしたああああ!!!」

「「「「「「したああああああああ!!!!!」」」」」」」


 何事かと顔を上げると、若い男たちの集団が駆け込んでくるところだった。

 リーゼントを先頭に、さっき戦った大男と小男。その後ろに柄のよくない男たち。いちいち顔は覚えていないが、おそらくフェンにたたきのめされたサンデ自警団のメンバーだろう。

 普通に歩いているだけで威圧感のあるそいつらが、集団で酒場の中になだれ込んできたかと思うと、まるで軍隊のように整列し、腰から直角に深々と頭を下げた。……怖い。


「え、あ、あの」

「本っ当に申し訳ございやせん!!!」

「「「「「「ざいやせんっしたああああああ!!!!」」」」」」

 

 彼らが誠心誠意謝罪してくれているのは分かる。分かるが、怖いし、周りの目も気になる。というかここは店の中だ。迷惑だ。いや、往来でやられても困るが。

 思わずあたりを見回すと、何事かとこちらを見ていた他の客に、あわてたように目を逸らされた。


「あ、あの、あの、俺は別に何とも思ってないから、ぜんぜん気にしてないから」

 だから静かに普通にしててくれないか、と言いたかったのだが、残念ながら男たちには伝わらなかったらしい。

「アニキは本当に心が広くていらっしゃる!」

「「「「「「ぁざああああああっす!!!!」」」」」」

「あ、あのさ、だから」

「しかしそれでは俺たちの申し訳が立ちやせん!」

「「「「「「せんっっっ!!!!」」」」」」

 まったく伝わっていない。



「お詫びの印に、よかったら飯でもご馳走させていただきたいんですが!」

 深々と頭を下げた姿勢から顔だけこちらに向けて、リーゼントが言った。俺はちょっと驚いた。

「え、いいですよ、そんな気を使ってくれなくても」

 気持ちはありがたいが、このノリの中で食事しても、喉を通る気がしない。


「いや! ご迷惑をおかけして! このままというわけにはいきません!」

「「「「「「いきやせんっっっ!!!!」」」」」」

 絡まれたことより、俺としては現在のこの状況のほうが困る。相手に悪意がないだけにたちが悪い。

 


「いや、どっちかっていうと迷惑かけたのは俺のほうだし……」

「何をしたの」

 もごもごと言いかけたところで、背後からひんやりした声がした。俺はぎょっとして振り返った。



「また何か危ないことしたんでしょう」

 いつの間に現れたのか、俺の後ろにサヤが立っていて、じっと俺を睨んでいた。

「えっ、あっ、いやっ、そのっ」

 釈明しようとしたら、リーゼントがぱきっと起き上がり、サヤに向き直ると、再び深々と頭を下げて声を張り上げた。


「ああっ、アニキのお連れさんでやすか! このたびは本当に! 申し訳ないことをしやして!」

「「「「「「ざいやせんっしたああああああ!!!!」」」」」」

「せめてものお詫びの印に! お食事でもご馳走させていただきたく!」

「「「「「「ねがいしゃっっっす!!!!」」」」」」



 サヤはさらに冷たい目で俺を見た。

「カツミ」

「すみません」

「詳しい話はこの人たちのところで聞かせてもらうから」

「ごめんなさい」


 まあ、そんなわけで、俺たちは宿を出て、サンデの自警団の溜まり場であるこの酒場跡にやってきたのだった。


//--------


 誤解があったとはいえ、一方的に殴り倒されて、俺に反感を持っている奴もいるんじゃないかと気にしていたのだが、集まった面子はみんなとても好意的だった。グランデの人間は癖が強くて付き合いづらい印象があったのだが、自警団のメンバーは驚くぐらい人がいい。それが暴走して、さっきのような展開になったのだろうが。


 

「アニキ、アニキはやっぱガキの頃からチョー強かったんすか?」

「いや、そんな、別に」

「「「「「「おおおおーーーー!!!」」」」」」

「あの、シュッってきて、ヒュッってして、トンってなったらコロっていうの、あれ、マジすげーっすよね!」

「そ、そうかな」

「「「「「「おおおおーーーー!!!!」」」」」」

 万事この調子だ。話を聞いているんだかいないんだかよく分からないが、もはや反応があるだけで盛り上がれるらしい。


 彼らの関心はサヤにも向かった。

「姐さんはアニキのどこに惚れてんすか? やっぱ強いとこっすか?」

「ばっ……!!!」

「「「「「「ヒューヒュー!!」」」」」」

「どっちから告ったんすか? ってアニキですよね? 男ならこんな可愛い子ほっとくとかねーっすよねー?」

「っ!!!!」

「「「「「「ヒューヒュー!!!」」」」」」


 止めたほうがいいだろうかと様子をうかがっていたのだが、その場を逃げ出しそうな雰囲気ではない。真っ赤になってろくに喋っていないのだが、特に気分を害してはいないようだ。まあ、本気で嫌がるようなことが起きれば、水神がなんとかするだろう。


 そんなわけで、サヤのことは横目で見ながら、俺も宴を楽しむことにした。

 会話らしい会話はなかなか成り立たないが、他人に囲まれてわいわいやっているというだけでなんだか楽しい。

 そういえば、水神が覚醒してから後、大勢の人間の中に混じることがほとんどなかったことに気がついた。サヤやマイケルとは話していたし、ディーもフェンもいたので、寂しいと思うようなことはなかったが、周りで人が楽しそうにしていて、自分もその一員だというシチュエーションはひさしぶりだ。俺は積極的に他人と喋るほうではないが、他人が楽しそうにしているのを見るのは好きだ。サヤも楽しそうなのでなんだか嬉しい。

 いつの間にやら、ディーもちゃっかり酒瓶の陰に座り込み、料理をぱくついていた。いや、静かなのであれはフェンなのか? 表情が見えないのでよく分からない。


 そんなわけで気分よく飲み食いし、軽く酔いの回ってきた頃。

「てぇへんだてぇへんだ!!!」

 派手な音と共に扉が開き、男が駆け込んできた。どんな勢いで走ってきたのか、そのまま二つ折れになって、咳き込んでしまう。

「おうおうなんだ、騒がしいじゃねえか、いったい何があったってぇんだ?」

 小男が立ち上がった。駆け込んできた男に飲み物の入ったジョッキを当てがった。男はジョッキの中身を飲み干すと、乱れた息が整うのを待つのももどかしく叫んだ。

「マウンテへの輸送隊が魔物に襲われた!」


 ざわ、と周囲の空気が揺れた。

「なんだって!?」

「とうとう襲ってきやがったか!」

「輸送団の連中は無事なのか!? え!?」

 口々に男たちが叫ぶ。


 マウンテという地名には覚えがある。サンデからそう遠くない山間にある小さな集落で、鉱石と鉄製品の産地だ。ゲームで訪れたときには、結構レベルが上がってしまっていたので、マウンテで買うことのできる武器や防具はそれほど役には立たなかったのだが、マウンテで買った武器をウォータで売りさばいて儲けていたやつもいたはずだ。


「もうそのへん全部が魔物ってくらい魔物ばっかりだったみたいでよぉ、こりゃどう見ても無理だってんで、荷物を放り出して逃げてきたらしい。おかげで全員無事だってんだからよかったけどよ」

「マジか……」

「なんだよそれヤバいんじゃねーの……」

 駆け込んできた男の話に、ざわ、と動揺の気配が広がった。あたり一面の魔物ときては、確かに穏やかでない。


「こないだの輸送隊は無事に着いたんだろ? なんでそんな急に……」

「いや、この前の輸送隊は半月前で、まだ帰ってきてねえんだ。なんかすっげー強い護衛の人がついたらしいから無事に到着したと思ってたけど、最悪全滅しちまってるってこともありうるぜ……」

「不吉なこと言うなよ!」

 口々に男たちが囁きかわしている。宴の場はすっかり騒然としてしまった。


「なんかすんません、騒がしいことになっちまって」

 怪訝そうな顔をしていたのだろう、大男が俺の隣に座り、耳打ちしてきた。

「いや、別にそれは全然構わないけど……何があったんですか?」

 なんとなくは察せられるが、分からないことにして尋ねてみた。


「この近くの集落、近くつってもすんげえ山の中で、往復すんのに半月くらいかかるんすけど、その道中で魔物を見たって話が、ここ何ヶ月かでちょいちょい出るようになったんすよ。

 んで、そことサンデ(ここ)の間に行き来してる輸送団があるんすけど、それが止まっちまうと向こうには食料がなくなっちまうし、こっちはそこから仕入れてるもんがあるんで売りもんがなくなっちまうし、どうしようっつってたら、前回はすげー武道の達人、つかぶっちゃけ俺らの師匠なんすけど、師匠が、これまたすんげ強ぇお弟子さんを連れて、輸送団についてってくれたんすよね。んで、それならまあ大丈夫かっつって、今回はサンデの騎士団が護衛についたらこんなんなんで……いや、師匠ならまあ大丈夫だろって思うんすけど……」


「へえ、お師匠さんがいるんだ」

 問題はそこではないのだが、ついそちらに反応してしまった。


「ずっといてくれるわけじゃないんすけどね。ぱっと見、戦うどころか、歩くのも無理じゃね? てくらいの爺さんなんすけど、すっげー強いんすよ! もう人間じゃねーなって感じっすね! たまーにサンデに現れて、俺らにちょっと稽古つけてくれて、またすぐどっかいっちまうんすけど」

 大男はどことなく嬉しそうに語った。なんだか少年漫画のキャラクターみたいだな。なんとなく、白髪にヒゲの助平爺さんを想像する。


 にやにやしていたら、険しい声がした。

「しかしやべえぞ」

 リーゼントが腕組みして仁王立ちしている。


「師匠のついてった輸送団が無事着いてればいいけどよ、そうでなかったらマウンテのやつらはもう食べるものもほとんどねえはずだ」

 あたりが一瞬、水を打ったように静まった。男たちが顔を見合わせる。


「そうでなくても、騎士団でも無理なくらいの魔物が出るとなったら、その次の輸送団は出せねえ。そしたらマウンテは飢えるしかねえぞ」

 ざわざわと立ちのぼる不安が目に見えるようだった。どうする? どうする? このままじゃ大変なことになる。だけどどうしたらいいんだ?

 誰かが魔物を倒さなければ、マウンテは孤立して立ち行かなくなる。でも、護衛の騎士団がお手上げで帰ってくるような魔物の群れを相手に戦える自信のある者など、ここにはいない。マウンテを見殺しにしたくはないが、勝算がなさすぎる。


(あー、そういうことか……)

 遅まきながら、俺は自分がなぜここにいるのかを理解した。そうか。そういうことか。


(だから本当にあれで済むはずなかったんだよな……)

 ちらりとディーに目をやる。ディーはこちらを気にする様子もなく、皆の視線がそれたのをいいことに、大皿のシチューに取り組んでいた。


「あーはい、それ俺が行きます」

 手を挙げてそう言うと、音がしそうな勢いで皆が一斉に俺を振り向いた。


「マジすか!!」

「えっでもそんな……!」

「危ないっしょ!」

「あー大丈夫、どうにかなるし」

「で、でもどうやって……!」

「んー、分かんないけどどうにかなるし」


 実に頼りない返事をしていたら、横から声が上がった。

「はいはいはい! 私もそれ行きます!!!」

 サヤだ。顔が赤い。おまけに目が据わっている。しまった、目を離した隙にだいぶ飲んだらしい。


 男たちはざわめいた。

「姐さんまで!」

「いくらなんでもそれは……」

「あー、うん、一緒に行くから」

 俺が言うと、また皆が一斉に俺を振り向いた。


「そんな、女の子を魔物のいるところに……」

「約束したし」

 言いかける誰かを遮ってそう言うと、サヤは俺の肩に肘を載せ、満足そうににたりと笑った。

「ふふふふふん。よーうやくわかったじゃないですか、カツミもぉ」

 ううん、これはやっぱり飲み過ぎている。とっとと連れて帰って寝かせたほうがいいだろう。


 とはいえ、男たちはまだ態度を決めかねているようだ。頼んでしまいたいがそんなことを頼んでしまっていいのか、大丈夫なのかと、揺れる心の天秤が見えるようだ。

 さっさと帰って寝て、早いとこ片付けてしまいたいんだが、どう言ったらこの場が収まるのか。



 と、悩む俺と迷う男たちの上に、怒号が響き渡った。

「おいおまえらぁ! アニキが大丈夫だってんならきっと大丈夫なんだ、分かったか! 分かったら酒飲んでる場合じゃねえ、とっとと準備だ、準備!」

「「「「「「うぁいっす!」」」」」」


 リーゼントの一喝で、天秤は一気に傾いたらしい。男たちは一斉に立ち上がり、蜘蛛の子を散らす勢いで駆け出していった。


(そこまで急いでくれなくてもよかったんだけどな……)

 いきなり人気のなくなった酒場を見渡す。せめて今夜は寝てから行きたいものだが、この勢いではそれも叶うかどうか。

 ともあれ、次の行き先はマウンテへと決まったようだった。


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