Catch[6]="水神の将の待つ部屋で<後編>";
※2015年4月投稿分3話目です。最新のみお読みの方はご注意ください。
「サヤのところへ行きたいなら、このルサ=ルカを倒してからにしてもらおうか!」
貴婦人然とした様子から豹変したルサ=ルカに、とっさに身構えようとしたが、できなかった。細い手で手首を掴まれているだけなのに、いったいどこからこの力が出てくるのか、完全に動きを封じられている。
(え、え、何だ、ていうか、なんでこうなるわけ!?)
事態についていけない。プロポーズされて断ったら、「この先に行きたければ自分を倒して行け」って、どういう急展開なんだ。なんでこうなったのかさっぱり理解できない。
と、体が宙に浮いた。直後に息が止まるような衝撃。床に叩きつけられたのだと一瞬遅れて理解する。
今度は痛みで身動きできない俺に、素早くルサ=ルカがのしかかった。かろうじて短剣に手が触れたが、抜く暇すらない。膝で体を押さえつけながら襟首を掴んでくる。
(やばい、やられる)
思った次の瞬間、俺はルサ=ルカの背後にいた。結い上げた金の髪と、透けるドレスに包まれた均整のとれた背中。
その背中に、自動的に振りかぶられた俺の手が、自動的に斬りかかった。ざっくりと確かな手応え。血しぶきが飛ぶ。
「…………!!!!!」
着地と同時に床を蹴って飛び退り、ルサ=ルカから距離を取る。
(《バックアタック》か!)
理解は遅れてやってきた。どうやら、無意識のうちに技を使ったらしい。短剣を抜いてはいなかったが、手が触れていたのが、短剣を持っていると判定されたのだろう。
だが、《バックアタック》は、移動とその後の攻撃で一つの技だ。意図的にやったなら、《連撃之弐》《スタンブロウ》の合わせ技で気絶させることもできただろうが、完全に無意識だったので、そのまま切りつけてしまったのだ。
「ごめんなさい大丈夫ですか!!!」
青ざめながら叫んだのだが、ゆっくり起き上がったルサ=ルカの台詞は予想外のものだった。
「……素晴らしい」
足元には血が滴っているというのに、こちらに向き直ったルサ=ルカの顔は、見間違いようもない喜びに溢れていた。
「…………へ???」
思わず間抜けな声をあげた俺に、ルサ=ルカは満面の笑みを浮かべて言う。
「実に素晴らしい。カツミ、自分では気づいていないようだが、おまえの使っているその不思議な技は、実に素晴らしいものだぞ」
わずかに顔をしかめて立ち上がる。大丈夫だろうか。早く傷の手当をしたほうがいいのじゃないだろうか。
焦る俺をよそに、ルサ=ルカは言う。
「その技は、発動の前兆がまったく感じられない。おまえが不思議な技を使うことは知っていたから、私はずいぶん注意して、どうやってその技を使うのか観察していたのだよ。だが、これがその前兆だと言えるものは何一つ感じられなかった」
言いながら、ルサ=ルカは頭に手をやった。簪を抜くと、結い上げられていた髪が金の流れになって肩に落ちる。
髪をほぐしながらルサ=ルカが続ける。
「それにおまえは、私に押さえこまれていながら、あの技をつかって抜けだしてみせた。それがどれだけ特殊なことか、分かっているか?」
俺がきょとんとしたのが分かったのだろう。ルサ=ルカが苦笑しながら言う。
「瞬間的に移動する方法というのは存在する。例えば、高度な魔法だが、遠距離移動呪文がそうだ。……だが、あれは、入り口となる一点と出口となる一点をつなぐもの、文字通り扉を通るようなものだ。先ほどのように、完全に押さえ込まれている状態で使ったとしたら、押さえ込んでいる私ごと移動することになるし、そもそも、あの状況では普通は魔法は使えない」
まあそうだ。基本的には魔法は詠唱している間に邪魔が入ると無効になる。
「仮にハイディングを使っても、見えなくなるだけで私の手から逃れることはできない。だが、私の掴んでいたお前の手は一瞬にして完全に消え失せた。この世界から一旦完全に消えて、瞬時にして現れてみせたのだ」
両手を握り、それを開いてみせる。
「おまえがそういう戦い方をするのは知っていた。いつぞやの戦いで、サヤに《ファイアエクスプロージョン》を撃たせていただろう。本当ならばおまえを巻き込むはずの魔法だったのに、おまえは無事だった。まるでこの世界から消えたようだと思ったぞ。だが、本当にそうだとはな」
そう言うと、さらに嬉しそうに笑う。
「この部屋には特殊な結界が張ってあって、魔法や技を使えばたちどころに分かる。部屋に満たした力をすべて検知に特化させてあるから、見逃すことはありえない。だが、その結界にも、何の反応もなかった。つまりおまえは、未知の力でもってこの世界から消えて、また出現したのだ」
……未知の力、なのか。俺としては、ごくごく初期から普通に使っている技なのだが。ハイディングも検知できるのに、《バックアタック》は検知できないってどういうことなんだ。
もしかして、俺がプレイヤーであることと関係があるのだろうか。そういえば、ルサ=ルカはコンボの存在を知らなかった。あれも、俺がプレイヤーだからできたことなのだろうか。
だが、今はそれより気がかりなことがある。
「ルサ=ルカ将軍、後でいくらでもその話は聞きますし、なんなら実演もしますから、お願いします、ここを通してください。俺はあなたを斬ったりしたくないんです。そして早く、傷の手当をしてください」
懇願する俺に、ルサ=ルカはにこりと笑った。
「大丈夫」
そう言うと、髪をかき上げて胸の前にやり、俺に背中を向けた。俺は思わず顔をしかめた。透ける生地のドレスに、暗赤色がべったりと広がっている。
ルサ=ルカは肩越しに俺を一瞥すると、肩に手をかけ、するりとドレスを落とした。うわ、うわ、何をするんだ。今だって下着の一歩手前という格好だが、これを脱いだらほんとに下着同然じゃないか。
目を逸らそうとして逸らしきれなかった俺は、目に入ったものに目を疑って、思わずルサ=ルカを凝視した。引き締まった白い背中は血に汚れていたが、その血の元となったはずの傷は……見当たらなかった。
「えっ……なっ……」
「驚かせてしまったかな?」
驚愕のあまり言葉も出ない俺に、人の悪い笑みを浮かべてルサ=ルカが向き直る。
「言っただろう、私の家は代々強いものを尊び、強ければどのような者をも受け入れてきたと」
言いながら腰に手を当てる。ドレスを脱ぎ捨てたルサ=ルカは白いビキニのような格好だ。大きな飾りのついたガーターベルトできらきらするストッキングを留め、その先は爪先に引っ掛けるような形になっていて、編み上げのサンダルの先に、赤く塗られた爪が見えている。似合うし格好良いが、露出が多すぎて正視してよいものかどうか。
「より強いものを求める私の祖父は、ある戦いで、勇将と知られるオーガの将軍と相見えた。祖父とその将軍率いる部隊は何度も対決したが、双方見事な戦いぶりでまったく決着がつかず、最後に戦ったときに、その戦いぶりに惚れたオーガの将軍が、祖父に結婚を申し込んだ」
は?
「祖父は驚いたが、敵ながら天晴と認めていた相手。それで敵将を無力化できるのなら、軍としての役割は果たしたことになるし、その上で共に強くなることができれば願ったり叶ったりだ。
というわけで祖父はオーガの求婚を受け入れ、二人は夫婦となって子を成した。そのうちの一人が私の父だ」
いや、求婚するほうも求婚するほうだが、OKして子供まで作っちゃうほうも大概だろう。それがルサ=ルカの祖父母だというのだから、このかっ飛んだ性格の原因の一端が見えた気がする。
「オーガは奇形を尊ぶ。オーガの言う奇形には、見た目の特異さばかりではなく、先天的に特異な能力を持つものも含まれるそうだ。祖母は強力な自然治癒の能力を持っていた。私はもっとも色濃くその血を引いたらしく、大概の傷ならこうして治ってしまうのだよ」
なるほど。傷の治りもさることながら、ルサ=ルカの、見た目に似合わない力の強さの理由が飲み込めた。オーガは一般的にヒューマンより力が強いとされている。鍛えているわりに華奢なのも、自然治癒能力が関係しているのかもしれない。
「だから気にすることはない。心ゆくまでやり合いましょう。殺す気でかかってきてくれて構わないから」
「いや、戦う理由なんてないでしょう!!!」
満面の笑みを浮かべるルサ=ルカに全力で叫ぶ。稽古ならともかく、いくら自然治癒があるとはいえ、親しい人間に切りつけるようなことはしたくない。
「そうか……仕方ないな」
ルサ=ルカは残念そうに言って目を伏せた。
ようやく諦めてくれたかと安堵したのもつかの間、
「ならば戦う理由を作ろうじゃないか」
顔を上げたルサ=ルカは、そう言うと太股から短剣を引き抜いた。
大きな飾りのついたガーターベルトと見えたのは、短剣とそれを固定するためのベルトだったらしい。ルサ=ルカは抜き放った短剣を顔の前にかざした。金色の柄と銀色の刃がきらりと光り、俺は息を呑んだ。
(〈ジューダスダガー〉か……!)
ルサ=ルカの持つ秘宝。《十三聖者》の一つ、〈ジューダスダガー〉。使い手の体の一部と引き換えに力を貸す。『体の一部』には魔法エネルギーや生命力も含まれ、対価は後払いだと言われている。ゲームでルサ=ルカが命を捧げた短剣だ。
「剣よ、契約だ」
ルサ=ルカが宣言すると、短剣の周りに何かが湧き出した。水だ。何もない空間から湧き出た水が集まって刃となり、短剣を大剣に変える。
(水のマジックウェポンか!)
武器を強化する魔法があるのは知っているが、短剣を大剣の大きさにするとは桁外れの威力だ。これが〈ジューダスダガー〉の力なのか。
水の大剣を構えると、ルサ=ルカは俺を見た。
「サヤのところへ行きたいのだろう? この部屋の扉は水の力で封じられていて、私が開けなければ開かない。もう一度言うが、サヤに会いたければ、私を倒してからにしてもらおう」
言って、ルサ=ルカは体の正面で大剣を水平に構え、そのまま突撃してきた。お手本のようにきれいな突撃だ。
横に避けようとして、ふと、違和感を覚えた。おかしい。避けやすすぎる。
ルサ=ルカが迫ってきた瞬間、俺は踏み切って大剣の刃に飛び乗り、さらに跳躍してルサ=ルカを飛び越えた。
どうにか着地、さらに前方に向けてジャンプしつつ振り返ると、ルサ=ルカはすでに大剣を振りかぶり、俺を叩き斬らんとしていた。切り返しが恐ろしく早い。横に避けていたらそのまま薙ぎ払われていただろう。
大上段からの攻撃を、ぎりぎりで横に避ける。
これをかわせば大剣が石の床にぶち当たる。その衝撃でできた隙にルサ=ルカを抑え込めば……と算段していた俺は、動き出そうとして、こちらに向けられたルサ=ルカの笑顔に気がついた。
(来る!)
攻撃できるような場面じゃないが、相手が普通じゃない。これは必ず来る。
大剣を目で追う。床に叩きつけられた刃は勢いよく跳ね返り、それで体勢を崩すどころか、勢いを利用して剣を振り上げた。
(マジかよ……!)
切り返しが早いのは分かっていたが、それにしてもここから攻撃を出すとは。
とっさに〈アルミュス〉を構えようとして、思い直す。〈アルミュス〉なら攻撃を受け止めたところで壊れはしないだろうが、しかし受け止めた時の衝撃を殺してくれるわけではない。俺とルサ=ルカなら、圧倒的にルサ=ルカの方が力が強い。
振り上げられる剣に速度を合わせ、俺は上へ跳んだ。大剣に跳ね上げられて、勢いよく空中に身を放り出す。
さすがにこれなら予想外だろう、逃げ切れるか? 剣の反動で飛ばされながらルサ=ルカの様子を伺う。
が、わずかに驚いたような顔を見せたルサ=ルカは、破顔一笑すると、剣を振り上げた勢いをそのままに、ハンマー投でもするかのように回転しはじめた。
(すげえ……!)
内心で俺は舌を巻く。一連の動作の無駄のなさがただ事じゃない。
回転の勢いが頂点に達したところで、ルサ=ルカの手から剣が放たれた。武器を手放したのかと思ったが、違う。〈ジューダスダガー〉は未だルサ=ルカの手の中にある。その周りを取り巻いて、短剣を大剣たらしめていた『水の刃』だけが、俺めがけて飛んできているのだ。
(こんなのありかよ!?)
強化するだけじゃなく、飛び道具にもなるとは。何かの技か、エンチャント系のアイテムを使っているのか分からないが、この水の力、万能すぎるだろう。
感嘆しながら体をひねって避けようとしたとき、視界の端に、高速で動くものが映った。……ルサ=ルカだ。二列に並んだ柱の間を、三角跳びで登っているのだ。
そもそも空中で体勢を変えるというだけで無理難題なのに、さらに追い打ちだ。さすがにこの両方は避けられない。
(どうする!?)
迫ってくる水の刃とルサ=ルカを素早く見比べる。強力なのはルサ=ルカだが、〈ジューダスダガー〉ならリーチが短い分、まだ何とか、と考えて、恐ろしいことに気がついた。ルサ=ルカの持つ武器が凄まじい勢いで大きくなっている。水の刃が復活しているのだ。
(嘘だろ!?)
一縷の望みに賭けて、飛んでくる方の水の刃に視線を戻したが、こちらが小さくなってるわけでもない。
(水の力、無尽蔵すぎるだろ!)
毒づいたところで、頭が冷えた。
〈アルミュス〉を大剣へ。続けて念じる。《パワーフォール》。
《パワーフォール》は「跳び上がって、上から叩き切る」、ただそれだけの技だ。だが、どんな体勢からでも強制的にターゲットの真上に移動するので、これを回避に使う。
ひゅん、と体が風を切る。斜めに跳んでいた体勢から、迫り来るルサ=ルカの真上に移動、まっすぐ振りかぶった大剣を、ルサ=ルカに叩きつける。
予想外の動きだっただろうが、ルサ=ルカは水の大剣で〈アルミュス〉の攻撃を防いだ。しかしさすがに防ぎきることはできず、床に叩き落される。
一瞬遅れて俺も着地した。ルサ=ルカはまだ倒れている。
「だ、大丈夫ですか!?」
近寄ろうとしたところで、ルサ=ルカが起き上がった。顔が輝いている。
「面白い。『消え』ることなく移動する技も持っているのだな。それにこの反応、素晴らしい」
嬉しそうに褒めてくれるが、この場面では喜ぶ気になれない。
「さあ、もっと戦おうじゃないか。カツミ、おまえのすべてを見せてくれ」
「いや、だからそんな気になれないですし、俺はこの先に行きたいんだって言ってるでしょう!」
怒鳴るが、ルサ=ルカは意に介す様子もない。
「そうか……」
残念そうな口ぶりだが、顔がものすごく嬉しそうだ。悪い予感しかしない。
ルサ=ルカは再び〈ジューダスダガー〉を顔の前にかざした。すでに大剣の形をとっている秘宝の周りに、さらに水が湧き出す。
(これ以上大きな剣にするつもりか!?)
慄いたが、そういうわけでもなさそうだ。水は湧き出してくるが、剣が大きくなる気配はない。巨大化させるのではなく、強化しているのか。
水が湧き出し続ける剣を見て、ルサ=ルカはにこりと笑った。
「これなら本気になってくれるかな?」
そう言うと、強化した水の大剣で無造作に斬りかかってきた。
(なんでそうなるんだよ!)
俺は戦う必要がないと思っているのであって、この程度の攻撃では戦う気がしないと言っているわけじゃないのに。
そう思いながら身をかわす。ルサ=ルカの言葉とは裏腹に、ただ振りかぶって振り下ろしただけ、というような軽い攻撃だった。難なく避けると、刃が背後の柱をかすめて通り過ぎる。
何気なくそちらに視線をやった俺はぎょっとした。柱が溶けている。大剣の触れた部分が、チョコレートのように溶けているのだ。
(石の柱が溶けるって、どういうことだよ!!)
よほど高温のものにでも触れたかのような……と思って、気がついた。水の剣からすごい勢いで湯気が立ち上っている。水が圧縮されて発熱しているのだ。これでは、かすっただけでも無傷ではすまないだろう。
「どうだ? わくわくするだろう?」
嬉しそうに言いながらルサ=ルカが続けて剣を振るう。いや、ゲームでこの武器が出てきたならわくわくしただろうが、自分に向けて使われてはわくわくどころの騒ぎではない。
(〈ジューダスダガー〉、強すぎるだろう!)
再び心の中で毒づく。〈ジューダスダガー〉は《十三聖者》の秘宝、《十二騎士》の〈アルミュス〉より格下の武器なのだ。《契約》でよほどのものを引き換えにしたのか。それにしても強すぎやしないか。
何とか距離を取ろうとする俺に、ルサ=ルカはずんずん迫ってくる。その顔に浮かんでいるのは、いっそ無邪気なほどの笑みだ。楽しくてたまらない、と言いたげな表情で、容赦ない攻撃を繰り出す。
元々の技量と膂力に加え、剣自体が恐ろしく熱いし、一撃ごとに熱湯が飛び散るのでたまらない。必死に逃げるが、ルサ=ルカはそれが不満らしい。
「なんで逃げるの!? ねえ! 遊びましょうよ! もっといろんなことできるんでしょ!?」
口調がおかしい。顔つきも心なしかあどけなく見える。だが攻撃は逆にどんどん激しくなっている。飛び散る熱湯の飛沫が自分にかかるのもおかまいなしだ。捨て身の攻撃、というより、ただひたすら戦うことが楽しいから他のことはどうでもいい、というふうに見える。
(無理だ)
これでは、穏便に逃げ切ることはできない。
俺は肚を決めた。……ルサ=ルカを、倒すしかない。
灼熱する刃を避けながら、必死に頭を回転させる。
速度、力、技術、どれを取っても俺よりルサ=ルカのほうが上だ。さらにルサ=ルカには自然治癒がある。少しずつダメージを与えて倒すという方法は使えない。
一撃で決定的なダメージを与えて倒す。俺にそれができるとしたら、コンビネーションを使うしかない。
覚えている限りのコンボを脳裏に列挙しながらSEの残量を確認するが、さっきから結構技を使っているので、大技を使うには心もとない。簡単なコンボなら今でも出せるが、それが効かなければ、その後が圧倒的に不利になる。
まずは、ルサ=ルカの攻撃をしのぎながら、SEを貯めなければ。
思った瞬間に閃いた。即座に念じる。
(〈アルミュス〉よ、盾に。そして……ガード!)
攻撃が当たる瞬間に盾防御を行う。
衝撃。だが少し腕がしびれるぐらいだ。熱風も来ない。
攻撃を撥ね返されたルサ=ルカは器用に刃を返し、再び切りつけてきた。それに合わせて、もう一度、盾防御。だが、今度は完全には防ぎきれなかった。やや後ろに飛ばされる。
盾防御は技ではなく、システムのひとつだ。
ちょうど良いタイミングで発動させることで、与えられた攻撃を無効にする。が、使えば何でも無効にできるわけではなく、タイミングを外したり、相手の武器が自分の盾に比べて強かったりすると、その割合に応じて攻撃が盾を貫通してくるのだ。ちなみに、SEは相手に接触することで貯まるので、盾防御で攻撃を受けていれば蓄積される。
一撃目はジャストタイミングで受けられたが、二撃目はやや早かったらしい。盾のほうが強ければ、多少タイミングがずれていても防御を抜けてくることはないのだが、あの間合いでも食らうということは、武器と盾の性能の差がそれほどないということだ。よほど強力なエンチャントが施されているのか。
(剣の大きさに惑わされては駄目だ)
発動するタイミングは、武器の中心の位置で決まるはずだ。水の大剣は渦巻く水蒸気でさらに大きく見えるが、逸る心を抑え、中心が迫ってくるぎりぎりまで堪える。
見極めて、盾防御。最高のタイミングだ。ルサ=ルカの剣が今までより強く弾き返される。
防御だけでSEを貯めるのには時間がかかる。この隙を見逃す手はない、左手で短剣を抜いて攻撃しようとして……嫌な気配を感じた。全力で飛び退る。
「残念! バレちゃった!」
空の左手を開き、嬉しそうにルサ=ルカが笑う。跳ね返された大剣を勢いに任せたまま、空いた左手で俺を掴もうとしていたらしい。普通なら剣の勢いに振り回されて体勢を崩すところだから、俺がガードしきることも予想の上で、さらに次の手を仕掛けてきていたのか。さすがと言うべきだろうが、俺にそんな余裕はない。
〈ソードブレイカー〉から手を離し、さらにガード。一瞬の間にルサ=ルカは再び剣を構え直し、今度は細かい動きで切りつけてくる。
額を汗が伝う。激しい動きと〈ジューダスダガー〉の熱風で、どんどん体温が上がっているのだが、対するルサ=ルカは涼しい顔をしている。
(まずいな)
このペースでは、SEが貯まる前に俺の体力が尽きる。だが、〈ソードブレイカー〉では間合いが近すぎる。なんとかできないものか……と思った瞬間に、閃いた。
ルサ=ルカの突きをガードしておいて、後ろに飛ぶ。大剣が届かない距離まで離れて、〈アルミュス〉を長い棒に変えた。杖術で使うものだ。槍でもいいのだが、槍は重い。ダメージを与えるために使うのではないのだから、リーチがあればいい。
棒の先がルサ=ルカに触れるや否や、〈アルミュス〉を盾に戻してガード。再び距離を取り、棒に変えて剣を持つ手を弾く。
これなら、ルサ=ルカに近づかずにすむから、安全を確保しながらSEを貯めることができる。
何度か繰り返して、そろそろ攻撃に転じようかと思った瞬間、ルサ=ルカがにこりと笑った。
「もういい? 貯まった?」
俺はぎくりとした。
「何か貯めてるんでしょ? すごいことしてくれるんでしょ? 楽しみ!」
顔が期待に輝いている。
(バレてたのか……!)
裏をかいたつもりでいたのに。背中を冷たいものが走る。
だが、ルサ=ルカの意図がどうであれ、俺にはこれが唯一のチャンスだ。有り難く使わせてもらうことにしよう。
頭の中で、素早く技を組み立てる。SEはぎりぎり足りる。どう転んでも一か八かだ。やるしかない。
「でもちょっと待ちくたびれちゃったから、こっちから行っちゃおうかなー?」
小首をかしげてルサ=ルカが言った瞬間、俺は後ろ手に持った〈アルミュス〉を、格闘武器に変化させた。
そして、ルサ=ルカが下から剣を振り上げた瞬間に、俺は技を発動させた。
(〈残影〉)
念じた瞬間に、ルサ=ルカの目の前に移動する。瞬間移動ではなく、ただの高速移動だ。それでも俺が意識して動くよりは格段に早い。
わずかに驚きの色を見せたルサ=ルカに、ナックルで殴りかかる。ルサ=ルカは拳を避けようとはせず、振り上げた剣を恐ろしい反射で振り下ろした。
その瞬間、俺はルサ=ルカの後ろに移動した。
〈残影〉は移動技であり回避技なのだ。瞬間的に目の前に移動して一撃を与える。その後、数秒以内に物理攻撃を食らった場合、相手が触れた瞬間に、攻撃してきた相手の背後に高速移動する。触れた瞬間に発動するのでダメージは受けない。自分のいた場所には残像が残る、という技だ。
「あははっ! すごい移動ね! やっぱりあなた変ね! すごい!」
言いながら、ルサ=ルカはためらいもなく俺の残像を切り裂いた。それを見て、自分の中にわずかに残っていた躊躇が消えるのを感じた。
このタイミングで、あれが俺本人ではなく残像だと、理解していたとは思えない。にもかかわらず、あの容赦ない攻撃。俺を殺したいわけではないだろうが、死んでしまっても仕方ない、くらいには思っているに違いない。手加減していたら、こちらの命が危ない。
武器を大剣に変化させ、がら空きの背中に《フルムーン・スラッシュ》を放つ。
《フルムーン・スラッシュ》は、《パワースラッシュ》で振りぬいた剣をそのまま縦に回転させ、間髪入れずにもう一撃を与えるという技だ。横から見た剣筋の軌跡が満月のような円形であることからこの名が付けられた。SEの消費は多いが、その分威力も大きい。中級というよりは上級の技だ。
ルサ=ルカは素早く背中に剣を回して防いだが、体勢を崩すことには成功した。
その隙に、逆の手で〈ソードブレイカー〉を抜き、技を発動させる。
(《ダンシングソード》)
〈ソードブレイカー〉が踊るように乱れ切りする。短剣の奥義とも言える技だ。
すでにこちらに向き直っていたルサ=ルカは、体勢を崩しながらも生身の腕で攻撃を受け止める。左手での攻撃であっても、技なのでそれなりの威力はあるはずなのだが、傷はみるみるうちに回復していく。
そして数発当てたところで、ルサ=ルカは〈ジューダスダガー〉にまとわせていた水を一気に放出して俺を吹き飛ばした。
「こんなんじゃ倒せないわよ! もっと! もっとよ!」
床に叩きつけられた俺に向かって、地団駄を踏むようにしながらルサ=ルカが声をあげる。実に不満気だ。期待したのに、それほど苦労もせず防げる技ばかりが出てきたのが物足りないのだろう。
だが、個々の攻撃が与えるダメージはどうでもいい。リジェネーションが使える相手に、少々の攻撃では意味がないのも承知の上だ。吹き飛ばされたのは予想外だったが、俺の目論見に支障はない。
(来た!)
ルサ=ルカの言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、月が“降って”きた。
《フルムーンスラッシュ》と《ダンシングソード》のコンビネーション。小さな月輪が無数に現れ、対象を切り裂く。
空中から現れた無数の刃を、ルサ=ルカはそれでもいくらかは腕で防いだようだったが、それが限界だった。
こちらを向いたルサ=ルカの顔が歪む。その体全体を包むように、透明な光が一瞬ゆらめく。
ルサ=ルカは、顔の前に腕をかざした体勢で動きを止めると、そのまま残りの刃を食らい、どうとその場に崩れ落ちた。
駆け寄ると、傷だらけのルサ=ルカは薄く目を開き、嬉しそうに笑った。
「負けちゃったぁ……」