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Make NewWorld /VR /Online;  作者: 山河有耶
4.ReturnWater
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Catch[5]="水神の将の待つ部屋で<前編>";

※2015年4月投稿分2話目です 最新のみお読みの方はご注意ください※

(一体どういうことなんだ、この状況は?)

 白い石造りの廊下を歩きながら考える。

(ヴォルドが手引きしてくれるから、ルサ=ルカは黙認するってことなのかと思ったら、ニックは侵入者は殺してもいいとか言ってるし、しかもそれってルサ=ルカの命令だっていうし……)


 このまま先に進んでいいものかどうか。だがしかし、マイケルやヴォルドの尽力を無にするのは忍びないし、無事に引き返せる保証もない。

(……何とかサヤに会う。後のことはそれからだ)

 腹を決めるのと、最後の扉の前に着いたのは、ほぼ同時だった。


//--------


 竪琴の音が聞こえる。

 重い扉を開くと、聞いたことのある旋律が聞こえてきた。ゲームの初期によく耳にしていた曲だ。確かあれは、ウォータの民謡だという設定だったから、ここで聞こえてきても不思議はないのだが。


 天井の高い部屋だった。巻き貝の内側のようなラインを描く天井を、装飾の施された柱が支えている。どことなく、浮上した水神の神殿に雰囲気が似ていた。どちらも水神のものだから、似ていて当然なのかもしれない。空気はひんやりしているが、寒いというよりは心地よい。


 壁は一面水で覆われていた。部屋の奥のほうから流れだした水が、流れ落ちるのではなく、上方に向かって伸び上がっている。静かに音もなく湧き出す水が貝殻のモザイクの上できらきら光り、不思議な静謐(せいひつ)さを生み出していた。


 部屋の端のほうは水に浸っていて、床が楕円状の島のようになっている。二列の柱が並んだその中央で、金色の髪を結い上げた女が椅子に腰掛けて竪琴を爪弾いていた。


「あら、カツミさま、お待ちしておりましたのよ」

 女は俺に気づくと、顔を上げて艶やかに微笑んだ。俺のことを知っているようだが、俺は相手を知らない。

「えーと、ごめんなさい、どこかでお会いしました……?」

「あら、つれないですわね。命を賭けて共に戦った仲ですのに」

 女は心外そうな顔をする。俺は混乱した。共に戦った? どこかの戦いで一緒だったのか? ルサ=ルカの部隊に女性はいなかったから、それ以外の、と考えて気がついた。


「ル、ル、ルサ=ルカ将軍!?!?」

「そんなに驚かれなくてもよろしいでしょう」

 女は楽しげに笑う。


「驚きますよ! そんな頭して、そんな服……っ」

 言いかけて俺は口ごもった。

 髪を結い上げたルサ=ルカは服も軍服ではなく女らしいドレスを着ていて、その下にビキニのようなものを身につけている。のが見える。つまり透けている。さらに上のドレスは透けているだけでなくあちこちにスリットが入っており、動くたびにむきだしの腕やら足やらがちらちら目に入る。この上なく女っぽいけれど、これはどう考えても外で着る服ではないだろう。


「似合いません? カツミさまにお会いするために、わざわざ選びましたのに」

 傍らの机に竪琴を置くと、透けるスカートをつまんで広げ、わざとらしく悲しそうな表情を作ってみせる。


「似合わなくはないですよ! ないですけど、そういうことじゃないでしょ! そういう格好は恋人とか旦那さんとかの前だけにしといてくださいよ!」

 怒鳴ったが、ルサ=ルカは意に介する様子もない。赤く染まった唇が微笑みの形を作る。あ、なんだ、化粧までしてるのか。そういえば目元もほんのり色づいているし、なんだかいい匂いまでする。


「カツミさまもそう思われます? でしたら話が早いですわ」

「そのカツミさまっていうのもやめてくれませんか!?」

 俺の訴えは完全に無視して、ルサ=ルカは両手で俺の手を取り、妖艶な笑みを浮かべてこう言った。


「カツミさま。わたくしと結婚して、より強くなるために力を合わせ、共に歩んではいただけませんか」


 ……ええええええええええええええ!?


「それっ! ……冗談にしては笑えないんですけど」

 動揺しながらなんとか言葉を絞り出したが、ルサ=ルカは眉をひそめて俺に顔を近づけた。

「嫌ですわ、本気でお願いしておりますのに、冗談などと言われては、わたくし悲しくて泣いてしまいます」

 いや、あんた、これしきのことで泣くような可愛らしい性格してないだろう、と思ったが、さすがに言えない。


「泣かれちゃ困りますけど……、いきなりそんな格好でそんなこと言い出されたら、悪い冗談か、でなかったらからかわれてるとしか思えないですよ」

 俺が言うと、ルサ=ルカは少し考え込む様子を見せ、それから俺に向き直って言った。

「では、少し長くなりますが、わたくしの話を聞いていただけますか」

 頷く。このわけの分からない状況に、ちゃんとした理由があるならぜひ説明していただきたい。


「そもそもの発端は、真の水の巫女が現れたことなのです」

 俺に椅子を勧めると、ルサ=ルカは自分もその斜向かいに座り、話し出した。


//--------


「元々、この国では、神殿と軍の間に序列はありませんでした。水神様の前においては、軍も神殿も平等だったのです。

 ですが、この国がウォータの名を戴くようになったあたりから、その力関係が変わりはじめました」


 ルサ=ルカの低めの声はいつもと違ってやわらかく、心地よく耳をくすぐった。髪型や服のせいもあって、ルサ=ルカと話しているのだということを忘れそうになる。


「およそ百年前。第一次ウォータ防衛戦で、オーガ軍の侵略は、〈水神の奇蹟〉によって退けられました。水神様は、空に浮かんでいた神殿をオーガ軍のただ中に落とし、大地から水流を湧き上がらせて、オーガ軍を押し流したのです。


 これをきっかけにウォータはオーガ軍を撤退させることに成功しましたが、ウォータの側の被害も少ないものではありませんでした。空にあった神殿は失われ、肥沃な平野だった土地は、水の力を使い果たして砂丘となりました。また、この奇跡を起こすために、時の水神の巫女と、当時神殿に仕えていた千名を越える神官が命を落としました」


 そういえば、水神がそんなことを言っていたな。俺は、ゲーム内の知識として、百年前の〈水神の奇跡〉と呼ばれる天変地異で〈ジャリカカラ大砂丘〉ができたことは知っていたが、奇跡の内容は知らなかった。そうか、あの砂丘と遺跡ができるまでには、そんな経緯があったのか。


「それからほどなくして、新しい水の巫女が立ちました。残されたこの神殿に、見習いと、一線を退いた昔の神官たちが集まって、それまでよりはずいぶん小規模ではありますが、新たな体制の神殿が始まりました。この国がウォータを名乗るようになったのも、それからのことです」


 そこで言葉を切ると、ルサ=ルカは足を組み替えた。スリットから覗く太股に、大きな金の飾りがベルトで留められているのが見える。大ぶりな作りのそれが、白い肌に映えてやたらと色っぽい。俺は目のやり場に困って天井を見上げた。


「先代の巫女と神官が命を以って国を救ったということで、民は以前にも増して神殿を称えるようになりました。一方、オーガ軍が撤退したことにより、軍は当面の仕事を失いました。このあたりから、神殿は少しずつ軍を下に見るようになりました。それが決定的になったのは、先代の水の巫女が身罷られてからです。


 巫女が死ぬと、水神様はふさわしい力を持ったウォータの乙女に降り立って、その者を新しい巫女とするものだそうですが、ちょうどその時、ウォータには器となりうる素質を持った娘がおりませんでした。

 ですが、巫女なしにウォータの国は成り立ちません。仕方なく、神殿では、水神様が降り立つほどの力は持たないものの、水神様のお声を聞くことはできる者を選び、その者を巫女の座に据えました。それが今の水の巫女様です」


 そこでルサ=ルカは一旦言葉を切り、うつむいて少し口ごもったが、やがて続きを語りだした。


「本来の水の巫女であれば、どこにいても水神様と意志を通わせることができるそうですが、今の水の巫女様にはそれは叶わないことでした。最も水神様のお力の強い場所、すなわちこの神殿でだけ、ようやく水神様のお言葉が届くのだそうです。

 また、ウォータの民に、水神の巫女が巫女たるだけの力を持っていないと知らせるわけにもいかなかったので、巫女様はこの神殿に篭って、表に出てこられなくなりました。結果、軍の者が水神様にお目にかかる機会はますます減り、水の巫女様を擁する神殿の力はさらに強くなりました」


 ルサ=ルカは顔を上げた。結い上げた金色の髪がきらきら光る。


「そんな中で、古い水神の神殿が甦りました。ウォータ国民は詳しい事情は知りませんので、砂に埋れていた神殿が再び空に戻り、〈聖戦〉を発動して戦ったら、水神様の奇跡が起こってオーガ軍を退けた、ということになります。

 しかもこの度の奇跡では、水の巫女様も神官も命を落としていない。百年前以上の奇跡だということで、水神様への信仰心はかつてないほど熱狂的なものになっています」


 ……そうか、ウォータの一般の国民からすると、そういうことになるのか。自分が加担しているだけに妙な気持ちだ。だがまあ、神殿は浮上するし空から水の槍は降ってくるしオーガの将軍は討ち取られるし、一兵士として参加していたゲーム内であれが起きたら、「水神すげえええええええええ!!!」と騒いでいた気はする。


「神殿としては、この機を逃す手はありません。水神の奇蹟を利用して、神殿の力を増大させたい。さらに、奇蹟のきっかけとなった存在、真の水神の巫女を自分たちで確保して、神殿の力をより強固なものにしたいと考えました」


 まあ、そうだろうな。神殿としては、この上ない箔付けだろう。

 ルサ=ルカはさらに続ける。

「今の水の巫女様が真の水の巫女でないこと、真の水の巫女が覚醒したことは、一般には伏せられていますが、軍の上層部はもちろん知っています。そして、真の水の巫女を取り込もうとする神殿に対抗する策として、救国の英雄、カツミを取り込もうと考えました」


 他人事のように聞いていたら、いきなり話が自分に及んだ。俺は仰天した。

「お、俺!?」


 ルサ=ルカは、何を今更、といったふうに俺を見る。


「オーガ軍の将軍を討ち取ったカツミ様は、名実ともにウォータの英雄です。この度の働きは、水神様のお力を借りてのことと公表されていますから、民に対して、水神と軍の繋がりを示すことができる。

 また、カツミ様は真の巫女、サヤ様とも繋がりが深い。大変親しくしていらっしゃる。カツミ様を取り込めば、サヤ様もこちらに引き込むことができる、と軍の上層部は考えました」


「でも、取り込むって言っても、俺いま一応軍に属しているわけだけど……」

 自信なげに言うと、ルサ=ルカはうなずいた。

「そうです。ですが、ウォータ軍に属していると言っても、カツミ様が軍に加わられたのはごく最近のこと。また失礼ながら、ウォータのお生まれでもいらっしゃらない。ウォータ軍にカツミ様在り、と主張するには、いささか弱いものがあります」


 まあその通りだ。俺としても、一応軍の所属ということになっているものの、ウォータ軍の人間だという自覚はほとんどない。


「神殿ももちろんカツミ様の存在を重要視しています。サヤ様とカツミ様の繋がりは神殿も承知のこと。なんとか軍との繋がりを断ち、サヤ様の護衛としてでも神殿に留めておきたい。それができなければいっそ排除してしまってはどうか。神殿の中でも意見が割れているようですが、どうにか自分たちの側にカツミ様をつけることはできないかと、神殿の人間が足繁くマイケルの家に通っていました。どうやら無駄足を踏むばかりで、カツミ様にお会いすることは叶わなかったようですが」


 ああ、ウッディー退治やら一つ目との実戦やらで、あの家にいない時が多かったからな。タイムリーというか、間が悪いというか。俺の知らない間に、そんなことになっていたとは、ちっとも気づいていなかった。

 というか、今更なんだが、軍の人間であるルサ=ルカが神殿のど真ん中でこんな話してていいんだろうか。


「軍としては、カツミ様を確実にこちらに取り込みたいわけです。ですから、カツミ様が神殿の側につくことがないと確信できるような決め手が欲しい。誰の目から見ても、明らかにカツミ様は軍の側の人間であると示せるような、決定的なものが」

 考え込む俺をよそに、ルサ=ルカはにっこり笑って言った。

「そこで、ウォータ軍の上層部、そこには私の父と私も含まれるわけですが、上層部は考えました。カツミ様と私が夫婦になればよいではないか、と」


「だからなんでそうなるんですか!? 飛躍しすぎでしょういくらなんでも!!!」

 渾身の抗議だったが、ルサ=ルカは軽く眉を上げ、いかにも当然のことだというように続けた。


「カツミ様と私が結婚すれば、カツミ様はウォータの将軍の夫、またウォータの将軍の婿ということにもなります。こうなってはさすがに神殿も手を出してはこないでしょう。また、自分で言うのも厚かましい話ですが、これでも私は軍人としてそれなりに名を馳せていると自負しております。救国の英雄と結婚したとなれば、民の軍への期待も高まりましょう。


 それに、カツミ様はとてもお強くていらっしゃる。わたくしの家は代々強いものを尊んでおります。強さこそが何者にも勝る魅力、強ければどのような者をも迎え入れてまいりました。かのリゥ将軍に傷をつけたカツミ様は、我が夫たるに十分な強さをお持ちだと思いますの」


 艶然と笑うルサ=ルカに、俺は頭を抱えた。

「軍の意向はわかりました、わかりましたけど、ルサ=ルカ将軍はそれでいいんですか!? どうせ結婚するなら好きな人としたいじゃないですか。軍の道具みたいに結婚を決められて、だって別に俺のこと好きなわけじゃないんでしょ?」

「あら、カツミ様はわたくしを好いてはくださっていませんの?」

 大げさに悲しそうな表情になる。


「好きですけど、そういう対象として考えたことないですよ!」

 本心だ。ルサ=ルカは尊敬しているし好きだが、恋愛対象として考えたことは一度もない。ましてや結婚なんて。


「わたくしはカツミ様のことが好きですわ。一緒に戦っていてとても気持ちのいい方だと思いましたもの。純粋に、お強くなることを楽しんでいらっしゃる様子がとても素敵だと、常々思っておりました。それに、カツミさまは時折、思いもよらないような斬新な戦い方をなさいますでしょう。そこがとても魅力的だと思いますの。それ以上に、何か理由が必要でして?」


 褒めてもらえるのは有難いが、挙げてくる項目がどう考えても、一般的な「好きな男」へのものじゃない。

 だが一方で、俺は妙な納得を感じていた。

(あー、これはルサ=ルカ将軍だ……)

 両手を組み合わせ、目を輝かせて語る様子に、俺はようやく、ルサ=ルカと話しているのだという実感が湧いてきた。見た目も違うし話の内容も予想外だが、この、「強いの大好き!」なノリは間違いなくルサ=ルカだ。


 俺にお構いなく、ルサ=ルカは夢見る表情で語る。

「カツミさまと結婚しましたら、昼は軍で仕事をして、帰ってきましたら二人で稽古をしまして、夜は子作りをしますの、夢のようじゃありません? うふ、うふうふうふふ」

「子作りとか言うなあああああああ!!!!!」

 思わず立ち上がり、机を叩いて抗議するが、意に介する様子もない。


「あら、好きな殿方がお強くて、共に強くなる努力をして、その方と成した子がさらに強ければ、武人としても女としても、これ以上の幸せはないと思うのですけれど、駄目でしたでしょうか」

「その夢もわりと特殊な気がするんですけど、それにしても言い方ってもんがあるでしょうが!」

 思わず怒鳴ったが、ルサ=ルカは怯む様子も見せない。小首を傾げて俺を見る。

 

「カツミさまにも悪い話ではないと思うのですけれど……。わたくしと結婚するということは、軍の後ろ盾を得るということです。結婚したからといって昇進するわけではありませんが、格段に動きやすくなると思います。軍の施設や糧食なども利用できますし、何より情報がわたくしのところに集まってまいります。いずれリゥ将軍と戦う際にも、軍としてできる限りの支援をさせていただくことができましょう」


 ああ、この人はやっぱり職業軍人、それもわりと上の立場の人、なんだなあと思う。色っぽいドレス姿と可愛らしい仕草に似合わないことこの上ないが。

 

 ちょっと感心していると、ルサ=ルカは再び目を輝かせ、ぐいと顔を近づけて言った。

「それに、カツミさまも強い方と戦うことがお好きでしょう?」


「いや、……まあ、好きですけど」

 あんまりの迫力に、気圧されながら答える。嘘じゃない。この世界では命が懸かっている以上、あんまり能天気なことも言えないが、強い敵に挑むこと自体は……間違いなく好きだ。


 俺の返答に、ルサ=ルカは弾けるような笑顔を見せた。

「そうだと思っておりました。戦っていらっしゃるときのお顔を見ていればわかります。カツミさまはお強くていらっしゃる、そしてもっと強い者と戦いたいと思っていらっしゃる。

 強い者と戦ってこそ強さは育まれるものです。私もそこそこの腕を持っていると自負しておりますが、カツミさまのお強さは私の強さとは質が異なるように思います。

 日常的に手合わせが叶うなら、お互いにもっともっと強くなることも夢ではないと思いますの」


(あー……)

 俺はちょっと後ろめたい気持ちになった。結果だけ見れば確かに俺は結構強いのかもしれないが、優れていると言えるのは回避だけで、攻撃に関しては依然技頼みのままだ。ヴォルドに翻弄されたのも記憶に新しい。「技を使うのがうまい」と言われればそうかもなとは思えるが、正直言って俺が強いわけではないと思う。

 まあ、ルサ=ルカと日常的に稽古して強くなる、というのが、魅力的でないとは言わないが……それは「難関(ハイエンド)ミッションに挑戦する楽しみ」であって、それで結婚を決めるのは違うだろう。


「それに、わたくしとカツミさまから、より強くなる可能性を持った子が生まれるとしたら、とても素敵なことではございません? 何でしたら、あちらに寝台のある部屋がございますの、今すぐにでも構いませんのよ?」

 ルサ=ルカはしなやかな腕を伸ばし、俺の首に絡めてきた。香料と肌の匂いが近づく。引き締まった細い体が押しつけられて、薄い布越しに体温が伝わる。


「や、ややややややや」

 このきわどい衣装でそういうことをするのはやめてくれないか。というかここは神殿なのにそんなことしてもいいのか。いや、していいと言われてもお断りだ。それは駄目だ。何が駄目なのか分からないけど駄目だ。

 うろたえる俺の脳裏に、なぜか激怒するサヤの顔が浮かんだ。サヤ本人と、ぎりぎりと俺を締め上げた水神の顔が交互に去来する。


 そ、そうだ、俺はサヤに会いにきたんだ。まずはサヤに会ってからだ。


 俺はルサ=ルカの腕を持って体から遠ざけ、できるだけ平静な声を出すように努力しながら言った。


「え、えっとですねルサ=ルカ将軍、俺のこと、そんなに褒めてもらって、嬉しいんですけど、ありがとうございます、でもなんていうか、あんまりいきなりだし、えっと、考えたこともないのに返事とかできませんし」

 ……声は上ずるし吃るし支離滅裂だし、ちっとも平静じゃない。が、ルサ=ルカの体から離れると、ようやく少し平常心が戻ってきた。


「俺、サヤに会いにきたんです。サヤに会って、話させてくれませんか」

 サヤに会って何を話すのか、なんだかもうよく分からなくなっているが、会えば思い出すだろう。とにかく俺はこの状況から逃れたい。


「わたくしと結婚することも、ここで契ることも、お嫌だとおっしゃいますの?」

 俺の目をじっと見つめてルサ=ルカが問う。

「……そうですね。返事がその二つしかないなら、その通りです」

 視線に負けまいとルサ=ルカを見返して答えると、


「そうですか。そうおっしゃるのでしたら」

 ルサ=ルカは目を伏せ、腕を押しやった俺の手にそっと手を重ねた。そのまま手を滑らせて、手首を握る。思いの丈を込めるかのように、その手に力が入って、


 ……う、動けない!?


 両手で俺の動きを封じたルサ=ルカは、目を見開き、俺を見て獰猛な笑みを浮かべた。


「サヤのところへ行きたいなら、このルサ=ルカを倒してからにしてもらおうか!」


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