Catch[4]="水神の神殿で";
西の空が夕焼けに染まりだす時刻。マイケルと俺は、神殿を望む海辺に潜んでいた。
ウォータの街は大きな三日月の形をしている。
内側の弧が海に面していて、弧の中央から海の中へ、騎兵が何騎か並んで駈けられるほどの道が伸びている。その道の先、三日月の外側の円の中心にあたるところに位置するのが水神の神殿だ。ゲームではイベントのときにちょっとだけ入ったことがあるが、この世界で訪れるのは初めてだ。
神殿への道は、街の側は軍が、神殿の側は神殿騎士団が警備しているので、無断では通れない。泳ぐのが絶対無理な距離とは言わないが、ちょっと試したくない距離だ。
さらに、海の中は魚人の領域なので、うっかり海の中に入ろうものなら魚人たちに捕まって血祭りにあげられるそうだ。そもそもウォータの人間は、魚人との協定で、海辺に近寄ってはいけないことになっているので、だいたいの人は泳げないし船もない。
……というような事情をマイケルに聞かされた。実はゲームでは、浜辺の魚人を倒してレベル上げは中級レベル帯の定番だったのだが、あれはもしかして、禁を破った人間を殺しに来ていたのだろうか。
それはともかく、ではどうやって神殿に近づくか。案を出したのはやはりマイケルだった。
「軍が使ってる舟があってよ、それを使おうと思うんだ」
さすがに軍の装備で神殿に忍び込むのは気が引けるのだろう。マイケルは冒険者風の服装に着替えていた。俺も見慣れないが、本人も落ち着かないようで、フード付きのマントをしきりに引っ張っている。
「……舟、あるの?」
さっき、ウォータに船はない、と聞いたばかりなのだが。怪訝に思って問い返すと、マイケルはなぜか得意げな顔になった。
「おうよ。ルサ=ルカ将軍の部隊に所属するからには泳げねえと話にならねえ。舟の扱いも覚えてようやく一人前ってものよ。なんたって神殿の外側の補修は俺らの仕事だからな」
どうやら、ウォータの人間にとって、泳ぎができて舟を操ることができる、というのはかなり威張れることらしい。俺は普通程度には泳げるし、ゲームではパーティが船を持っていたので一通りの操船操舵技術は身につけているのだが、マイケルがあまりに誇らしそうなので、その件については伏せておくことにした。
「舟つっても小さい小さい小舟でよ、俺一人で十分漕げるし、転覆させたりもしねえからカツミは大船に乗ったつもりでいな。小舟だけどよ」
そう言うとマイケルは呵呵と笑った。なんだか逆に不安だ。
「舟はどこにあるの? 見張りがいたりしないの?」
「おうよ、舟は番小屋にあってな、普段ならがっつり見張りがいるんだが、さっき副長が言ってただろ、今日は神殿の警備に手一杯だから、見習いが番小屋の当番に回されてるらしいんだ。楽勝だぜ」
楽勝すぎて怖い気もするんだが、とにかくサヤのところにたどりつかないといけないので、道中が楽であるのにこしたことはない。
ところで、俺たちにあれこれ情報を与えてくれたヴォルドは、神殿に向かう俺たちと一緒にマイケルの家を出たのだが、途中で「ちょっと野暮用が」と言い残してどこかへ消えていった。ヴォルドと一緒に神殿に侵入するわけにはいかないので、助かったのだが……何を考えているのか、いまひとつ読めない。さすがに罠ではないと思うのだが。
番小屋の見張りは、隠遁術で近づいた俺が気絶させた。見習いだというだけあって呆気ないものだった。
マイケルは得意気に櫂を操り、ほどなく小舟は神殿の裏手に到着した。
「さあって、ここからはちょっと本気出していきまっすよ」
舟を桟橋に繋ぎ終えたマイケルが、俺を振り返って言う。
「あのさ、サヤのとこまで、ハイディングを使って行けばいいんじゃないかな?」
ふと思いついて提案してみたが、マイケルはかぶりを振った。
「あー、そりゃ無理だ。神殿は結界みたいなので覆われててよ、普通に歩いて通るぶんには問題ねえけど、なんか悪さしようとしても効かねえんだ。ハイディングも使えねえし、神殿騎士団以外は魔法も使えねえ」
そういうことなら仕方ない。
桟橋に面した小さな扉を開けると、薄暗い中に、四メートルほどの幅の通路が緩くカーブしながら伸びていた。
「この通路はな、俺らとか神殿騎士団とかしか使わねえんだ。神官の使う道は別にあるから、これなら奴らと出くわさずに行ける」
店の売り場と従業員通路みたいなものか。ちょっと違うか?
マイケルによると、神殿の中は巻き貝のような螺旋の下り坂になっており、神官の使うメインのルートの外側に沿って、この裏の通路があるらしい。サヤのいるところは神殿の中央部なので、最後は表の通路を使わないと行けないらしいが、途中まではこっちの通路を通れるそうだ。
「神殿って基本的に外の人間は来ねえからよぉ、サヤのお供で神官の使う通路を歩いてたら、すれ違う奴らにじろじろ見られて落ち着かねえったらねえんだよ」
「じゃあ、通りすがりのふりして何気なく歩くとか無理だね」
「無理無理、ぜってー無理だな。だからこっちの通路を通るわけよ。ま、でも、こっちも神殿騎士団の警護隊は巡回してるし、奴らは軍の担当の顔は全部覚えてるからな、出会ったら一発でバレちまうんだけどよ」
とマイケルが言った瞬間、かすかな金属音を耳が捉えた。咄嗟にマイケルに視線を送る。返ってきた表情で、空耳ではないらしいと分かった。ゆるやかな一本道、隠れられるような場所はなく、今から外に出るほどの猶予もなさそうだ。
「どどどどど」
「倒すしかないだろ!」
小声で囁き合い、通路の先、向こうに見えないだろうぎりぎりのところまで、足音を立てないように忍び寄った。壁に貼りついて物音の主を観察する。
相手は五人いた。白っぽい鎧を着ている。音からしてチェインメイルだろうが、そのわりに軽そうだ。前衛が三人、後列に二人。片方は装備がちょっと豪華なので、こいつが隊長なのだろう。
そこまで見てとったところで、隊長らしき人物が声を発した。
「そこの曲者っ! 我々は神殿騎士団警護隊だ! そこを動くなっ!」
同時に、前衛の三人が盾を構えた。紋章の入った大きな盾が、淡い光を放ちはじめる。魔法の盾だろうか。さすが神殿騎士団と言おうか、この距離で侵入者の気配に気づかないほど甘くはなかったらしい。
「どうやってここに忍び入りおったか。成敗して……」
なおも言い募る隊長の横で、もう一人の男が何かを持ち上げた。人の頭くらいの大きさの、……貝?
一瞬の後に気がついた。ほら貝だ。侵入者の存在を知らせる合図を送ろうとしているのだ。
理解した瞬間には、体が動いていた。
前衛三人の間をすり抜け、短刀の背でほら貝の男の手首を打つ。さらに柄を鳩尾に叩きこむと、男は短い悲鳴をあげて地面に倒れ込んだ。
「貴様……っ!?」
驚いたような声をあげた隊長らしき男に《スタンブロウ》。そのまま首筋に一撃を加えると、隊長もその場に崩れ落ちた。
すかさず振り向くと、マイケルが前衛の三人を一人で引きつけていた。背後の警戒が疎かなのをいいことに、手近な奴から順に短刀の背で殴打すると、呆気ないくらい簡単に気を失った。
「カツミ……お前、えらい強くなったな……」
マイケルが呆れたような声をあげた。そういえば、マイケルと一緒に戦うのは久しぶりだったのか。自分としてはそんなに強くなった気もしないのだが、フェンのスパルタが効いているのか。
「ありがとう。でもいまのはちょっと上手く行き過ぎたくらいだなー」
後半は謙遜ではなく本心だ。二人で五人を相手にして、こんなにスムーズに事が運ぶとは思っていなかった。
(あれか、相手の意図を読むってこういうことか?)
ちらりと思う。あそこでほら貝に気づかず侵入を知らされていたら、応援がかけつけて、こんなものでは済まなかっただろうし。もっとも、俺は意図を読んで動いたわけではなく、反射的に動いたら結果的にこうなった、というだけなのだが。
「で、どうする、縛ったりしといたほうがいいのかな?」
倒れている神殿騎士団の面々を眺める。マイケルは渋い顔になった。
「んー……まあ、そんな手間もかけられねえし、しばらくは起きねえだろうし……いいんじゃねえか?」
やむを得ず気絶させたが、敵というわけではない神殿騎士団の人間を縛り上げるのには抵抗があるのだろう。俺はそんなに気にならないが、五人の人間を身動きできないように手早く縛り上げるなんて芸当はできない。
「そうだな、時間もないし、悪いけどこのまま寝ててもらって、行こう」
マイケルは頷き、横たわる男たちを残して、俺たちは足早にその場を立ち去った。
//--------
その後、従業員通路の終わるところまでは、神殿騎士団にも他の人間にも行き合わずに進むことができた。時間もないし、有り難いことではある。
「ここを出て、ちょっと行くと〈水神の間〉の入り口なんだけどよ」
突き当たりの扉を指してマイケルが言った。扉には小さな覗き窓がついていて、表の様子が見える。扉の外は明るいので、こちら側は見えていないだろう。石造りの廊下には、人影はなさそうだ。
「ここから出ると、右が〈水神の間〉の入り口だ。左は神殿の入り口に繋がってる。普通に神殿に入るとあっちから歩いてくるわけだな」
なるほど。
「んで、水神の間の入り口には、門番が二人立ってる。それをどうにかしねえと先には進めねえ。水神の間の門番に選ばれるくらいだから、結構な腕っこきのはずだ」
そう言うとマイケルはにやりと笑った。
「でよ、俺がちょっくら門番どもの気を引きつけとくから、カツミ、おめぇ後ろからあいつらを倒してくれよ。さっきみたいにスパコーンとよぉ、頼むぜ」
「お、おお」
異論はないが、えらくテンションが高いな。サヤを心配するあまりか、水神の本拠地に侵入するという異常事態のせいか? 両方か。まあ、心配しすぎて変に落ち込んだりパニックを起こしたりするよりはいいだろう。
簡単に打ち合わせをし、もう一度配置を確認すると、マイケルはマントのフードをばさっと払って不敵な笑みを浮かべた。
「んじゃ、行ってくるわ。後は任せるぜ」
マイケルはするりと扉から出て行った。足音を忍ばせて歩いて行く。俺はゆっくりカウントを始めた。
(一……二……)
《従業員通路》は表の通路からやや奥まったところにあり、覗き窓からは限られた区間しか見えない。なので、マイケルが出て行ってから十数えたら俺も表に出、壁の陰に隠れてマイケルが騒ぎを起こすのを待つ、という計画だ。
(三……四……)
覗き窓から見えるマイケルは、俺がこの後スタンバイする予定の壁の陰で立ち止まり、気を落ち着けるようにひとつ深呼吸をした。そして、いざ駈け出さんとした瞬間、
「そこに曲者がいるぞ!!!」
大音声が響き渡った。
驚いたマイケルは体勢を崩し、表の通路に転げ出る形になった。俺もびっくりして、扉の裏でとび上がった。
驚いたのは、見つけられたからだけではない。もちろんそれもあるが、それよりも、この声を、俺は知っている。もちろんマイケルも。
「一人で侵入したのか! いい度胸だな!!」
そう言いながら現れた大男を、見間違うはずもない。左側、神殿の入り口の方からのっそり歩いてきたのは、さっき別れたばかりのヴォルドだった。
ヴォルドは大股でずんずんと近寄ってきた。
「やあ曲者、観念せよ!」
「ふ、副長っ、これには訳が……」
言いかけるマイケルの声をかき消すように、ヴォルドはいっそう大きな声をあげた。
「ややっ、曲者、その姿、貴様もしかして、ウォータ救国の英雄、カツミではないのか!?」
いったい何を言い出したのか。マイケルはぽかんとしてヴォルドを見上げた。
「ウォータの英雄、カツミならば、正面から訪れれば神殿の誰もが歓待したものを! しかし、こうしてこそこそと忍び入ったからにはやはり曲者だ! そこへ直れ!」
そう言うと、ヴォルドは背負った槍を素早く抜いて振りかぶり、振り下ろした。当たれば致命傷だったろう鋭い攻撃だが、明らかに角度がおかしい。あれで当たるはずもない。
「ぬうっ、俺の攻撃をかわすとは……っ」
ヴォルドは大げさに悔しがってみせながら、ちらりと俺のほうを見、マイケルを見た。呆然としていたマイケルが、何かを理解した顔になった。
「そそそそうだ、俺はウォータの英雄、カツミだ! ここで会ったが百年目!」
言いながら、ヴォルドの胴をめがけて蹴りを放つ。ヴォルドは避けもせず正面から食らい、どうと倒れ込んだ。
「くっ……さすが救国の英雄……この俺にこれほどの痛手を負わせるとは……」
その隙にマイケルはマントのフードを目深にかぶり、ヴォルドの来た方、神殿の入り口に向かって駆け出した。床に座り込んだヴォルドが、門番に向かって叫ぶ。
「ここは俺が引き受ける! 追え! 全員で追うんだ! 逃がすな! 相手はあのカツミだ、全力でかからないと捕まえられないぞ!」
ヴォルドに気圧されたのか、門番二人がばたばたとマイケルを追って走っていく。さらに、両脇の扉から出てきた神官が七、八人、その後に続いた。こんなところに伏兵がいたのか。俺は密かに冷や汗をかいた。これでは、二人ではどうしようもないところだった。
「ふ、ふはははは!」
同じく伏兵に驚いたのか、マイケルの声が裏返っている。
(すまない、マイケル)
俺は内心で手を合わせた。
「わ、わわわ、我こそはウォータ救国の英雄、カツミさまだ! 捕まえられるものなら捕まえてみろ! ふは! ふはははははははは!」
裏返ったマイケルの声が次第に遠ざかる。囮になってくれたのは有り難いし非常に申し訳ないと思うのだが、その台詞はもうちょっと何とかならなかったものだろうか……。
がっくりと肩を落としていると、扉が開いた。びくっとして顔を上げたが、入ってきたのはもちろんヴォルドだった。
「お待たせお待たせ。いやー、おまえら早かったな。先回りできると思ってたのに、着いてみたら先にマイケルが来てたからびっくりしたわ」
ヴォルドはそう言うとぽんと俺の背を叩き、通路へと押し出した。
「え、あの、その」
「サヤちゃんの所だろ?」
「その、いや、そうだけど、その」
「マイケルなら大丈夫、まあ捕まるだろうけど、”救国の英雄様”に無体なことしないだろ」
にやにや笑うヴォルドに、俺は噛みついた。
「その救国の英雄っての、本っ当にやめてほしいんだけど!」
//--------
がら空きになった入り口から、ずんずん奥に進む。白亜の壁にはあちこちにモザイクが施されている。モザイクは、よく見ると貝殻で作られているようだった。見たところ灯りもないのに、通路全体が明るい。
俺は鼻歌を歌いながら半歩先を行くヴォルドを見た。どういうつもりなのか気にはなるのだが、どうも答えてくれそうな雰囲気ではない。
(まあ、何かの罠だったらその時はその時だよな)
ヴォルドの助けを拒んでサヤに会える方法なんて思いつかないし、そもそもヴォルドに勝てないのはよく分かっている。
そうこうしているうちに通路の突き当たりまできた。行く手には、貝で飾られた両開きの扉が立ちふさがっている。
「さぁて、誰もいないといいなー、っと」
ヴォルドは扉に耳を寄せ、しばらくそのままじっとしていたが、細く扉を開けた。中の様子を伺うと、扉を開き、俺に向かって手招きする。
ヴォルドに続いて中に入り、すかさず扉を閉める。
案外広い部屋だった。低いテーブルと椅子が何組か並べられ、それぞれのテーブルの間はパーテーションやライトやオブジェでさりげなく仕切られている。さらさらと水音がすると思ったら、部屋の隅に彫刻を施された柱があって、上から下へ水が流れ落ちているのだった。
豪華な部屋だが床は絨毯ではなく、石のままだ。ヴォルドは大きな体躯で、器用にも足音を立てずにすたすた歩いていく。
俺もそれに倣おうと、精一杯気を使いながら足を運んでいたが、急に何かを感じた。反射的に踏み切ってその場から飛び退く。体を反転させながら着地、同時に短剣を抜く。
(殺気だ)
とっさに脳裏に浮かんだ言葉を、改めて認識する。そうだ、これは殺気だ。牽制や警告ではない、本気で殺しにかかってくるモノの気配だ。
続いての攻撃を避けようとしたが、その前に、俺の目の前に半透明の壁が現れて、打撃を跳ね返した。
「なぜ邪魔するのです?」
偃月刀を構えて問いかけたのは、俺の知っている人物だった。ウォータ軍の軍装を纏った優男。ヴォルドと並ぶルサ=ルカの片腕、ニックだった。
「やめとけよニック、おめぇじゃ無理だわ」
呆然としている俺とニックの間に槍の柄を突き出して、ヴォルドが割り込んだ。ニックの出現に驚いた様子もない。とすると、さっきの壁はヴォルドの仕業だったのか。
「無理とは何です。こんなぼんやりした駆け出しの冒険者ごときに、……私は、負けない」
ニックが言い返す。俺は密かに傷ついた。いや、まあ、腹の底から信用されていないだろうなーと分かってはいたけれど、目の前でこんなにはっきり、ダメな奴だと宣言されるとは。
だが、何かをかなぐり捨てたかのようなニックに対し、ヴォルドは飄々とした様子を崩す気配すら見せない。
「そうかあ? あんなに何っにも警戒してない、がら空きの背中を攻撃してかわされたんだぜ? 尋常に立ち会って勝てる相手じゃないだろうよ」
「やれるかもしれないでしょう、やってみなければ分からない」
きっとヴォルドを睨んでニックが言い返す。
「それに、許可なく〈水神の間〉に近寄るものがあれば切り捨てて構わない、というのがルサ=ルカお嬢様のご命令です。私はそれに従うのみ、勝てるかどうかなど関係ない」
「ほんっとに真面目だなぁ、おめぇは」
呆れたようにヴォルドが言った。ゆらりと体を揺すっては足を踏み替え、同僚に剣を向けられていながら緊張している様子もない。
「真面目もほどほどにしねえと、女の子にモテねえぞ?」
「命令は命令です。邪魔するのであればあなたであっても排除します」
対するニックは頑なな態度を崩さない。
「それにな、昔っから言うだろ、人の恋路を邪魔する奴は、らくだに蹴られてなんとやらってな?」
からかうようなヴォルドの科白が、ニックの何かを刺激したらしい。優男は頬を紅潮させ、剣を振り上げた。
苛烈な一撃をすかさず槍で受け止め、俺を振り返ってヴォルドが叫ぶ。
「カツミ、ここは俺が食い止める、お前はサヤのところへ行け!」
俺の行く方向には、入ってきたのと同じような豪華な扉があった。ヴォルドが壁になってニックは邪魔できない。さっきから微妙に立ち位置を変えていたのはこのためだったらしい。隙のない男だ。
思わず感心した俺の耳に、呑気な声が届く。
「いやー、いいねえ、これ一回言ってみたかったんだよなー」
「ふざけるのもいい加減に……!」
あまりの呑気さがニックの怒りに油を注いだようだ。さらに斬りかかるニックをかわしながら、さらに呑気な調子でヴォルドが言う。
「サヤのとこまではここからまっすぐだぞー。道中気をつけてなー」
こ、これは、ありがたく乗っかってしまっていいのか? 俺のせいでこの二人は同士討ちする羽目になっちゃってるんじゃないのか?
……だが、俺がここに残ったからといって、二人を止められるわけではない。ここまできたら腹をくくるしかない。
「ごめんヴォルド! ありがと!」
叫ぶと、俺はルサ=ルカの部下二人を残し、〈水神の間〉に向かって走り出した。