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Make NewWorld /VR /Online;  作者: 山河有耶
3.FunctionWater
41/59

#include "破海";

//-----1-----


 洞窟の中はひどい腐臭がした。

 (ワレラ)はもともと匂いを気にしない。匂いは状況を知るための重要な手がかりだが、それだけのものだ。臭いだ汚いだといちいち騒いだりはしない。だが、この洞窟に立ちこめる悪臭は、私でも不快に感じるような有様だった。


 悪臭の源は、ところどころにある腐った水たまり。軽く剣を振ると、近寄ってきた亡者どもが吹っ飛んで水たまりに落ち、さらに腐臭がひどくなる。亡者どもの体液でできた”血だまり”だ。

 魚の顔にヒューマンの体をした亡者、ヒューマンの顔に魚の体を持つ亡者。魚人だけでなく、オーガや鳥人もいる。相手になるような強さではないが、数が多いのが面倒だ。

洞窟でなければ、衝撃波でまとめて倒すこともできるのだが、ここでは壁や天井が崩れるかもしれず、それはそれで面倒だ。仕方なく、数匹を倒して進み、また数匹を倒して進む、ということを繰り返していた。


 北の海。<苦悶の海の魔女〉の封じられた岩礁は複雑な潮の流れに取り巻かれ、何人たりとも近寄ることはできないと言われている。が、例の秘宝の杖の力なのか、海は凪ぎ、上陸は拍子抜けするほど簡単だった。

 岩山に開いた洞窟の中には、亡者どもが待ち構えていた。次々に襲いかかる亡者どもを倒しながら、ほとんど分岐のない下り坂を適当に進んだ。まったく、うんざりするほど簡単な道中だった。

 

「つまらん……」

 災厄の代名詞とまで言われた存在だ。何かしらの手応えがあるのではと期待していたのに、拍子抜けもいいところだ。

 加減しながら剣を振るうと、行く手を塞いでいた亡者たちが崩れ落ちる。

 ……と、背後に気配がした。一歩左に寄り、そのまま剣を振りかぶる。何かを切り落とした手応えがあったが、振り向いても何もない。


 気にせず先へ進むことにした。あれは魔法の感触だ。見えないこともあるだろう。

 ゆるい下り坂を進んで、角を曲がると、また亡者の一群が待ち構えている。手加減しながら倒していく。大した敵ではないが、数が多いので時間ばかりかかる。鬱陶しい、


(我が半身がいれば)

 失ってしまった片割れのことを思い出す。こういう面白味のない局面に辟易しだすと、我が半身は苦笑しながら、手っ取り早く片付く方法を提案してくれたものだった。

 だが、過去を思っても仕方ない。半身はもう、ここにはいない。


(……いや) 

 ふと、気づく。


(我らは一つの(ワレラ)になったのだ。……我が半身にできたことが、“我ら”にできぬ道理はない)


 首筋にちりちりする気配。

 ……先ほどと同じ、魔力の感触だ。 


 剣で亡者を切り捨てながら、背後の気配を探る。触れんばかりに近寄ったところで、二つの関節を最大限に曲げ、〈何か〉をつかみ取った。


 手の中で〈何か〉がのたうつ。細長い、触手のような形をしているらしい。表面は濡れているでも乾いているでもない。むしろ実体があるのかどうかすら怪しい。存在を疑うと途端に感触が希薄になり、いやあるに違いないと思うと手応えが増す。なるほど、確かにこれは魔力で作られた物体であるらしい。


 見えない触手を後ろ手に握ったまま、右手の剣で近寄る亡者を薙ぎ払う。

 と、摑んだ手のひらに、じわりと水が染みるような感覚があった。手のひらから手首へ肘へと、体の内側を生温い何かが這い上がる。

(これは……)

 魔法の〈何か〉が侵入してきたらしい。


 魔法への対処は、半身に任せきりだった。自分で考えて動いたことはない。だが、

(ひとつの(ワレラ)であれば、できぬはずがない!)


 意識を凝らして、侵入してきた〈何か〉の気配を探る。実体のない触手から入り込んできた、実体のない意志のようなもの。それを、こちらの意識で食い止める。見えない触手を手で摑んだように、自分の意識で入り込んできた〈意志〉を摑み、押さえ込む。


 私を浸食し、操ろうとする〈意志〉を、逆にたどっていく。体内から触手を通じて水脈のように続く魔力を遡っていくと、不意に、力の濃いところにたどりついた。どうやらこれが術者らしい。

(逆に、私がこいつを操ることはできないのか?)


 そう思いつき、どこからか侵入できないのかと力を込めたところで、不意に魔法の水脈が断ち切られた。術を解かれてしまったらしい。

 さすがに侵入は無理だったようだが、いまの遡行(そこう)で敵がどこにいるかは知れた。さっさと片をつけるとしよう。


 見れば、近寄ってきていた亡者たちが、糸が切れたように折り重なって倒れていた。手間が省けて有難いことだ。容易く潰れる肉を踏んで、私は洞窟を先へと進んだ。


//-----2-----


 洞窟の最奥部。行き止まりのそこは、横に長い楕円形の広間だった。下へ下へと進んできたはずだが、どういう構造なのか天井から光が差し込んでおり、広場の左右に広がる澄んだ水たまりを照らしている。


 柄の大きな魚人と鳥人の死体が横たわっていたが、動く様子はなかった。やはり、先ほどまでの術は使えなくなったらしい。


 そして広間の中央に、一体の魚人がたたずんでいた。切れ上がった細い目、起伏の少ない顔に薄い胸。下半身の鱗は腐りかけているが、この魚人は他の亡者とは違い、動いていた。細い腕と魚の尾で何か丸いものを抱きかかえ、威嚇するような音を立ててこちらを睨みつけている。


 構わず歩を進める。と、黒いものが沸き上がるように生えてきた。大量の触手。気配しかなかった先ほどまでのものとはと違い、これは肉眼で見ることができた。


(なるほど。姿を隠しても意味が無い、という程度のことは悟ったか)


 動きや気配からして、能力はこれまでのものと同じ、対象の体を乗っ取り操るというだけのものだろう。だが、その強さは今までの比ではない。一本、二本ならばともかく、これだけ大量の触手に捕まれば“我ら”とはいえ、奴の操り人形の一匹になり下がりかねない。


 だがそれは、捕まれば、の話だ。


 そして、そのような未来はありえない。


 足を止める。目の前を通り抜ける触手を確認し、すかさず切り落として再び前進する。二歩進んで半歩左へ。真後ろから今いたところを触手が貫いた。それは無視し、背後を剣で薙ぐと、三つのものを切った手応えが伝わる。


「それで陽動のつもりか?」

 その攻撃は、この場に着いた時から完全に読めていた。次は左右から時間差で攻撃した後に上下の死角から。その次は前方からまとめて襲ってきた後、足元を狙ってくるはずだ。


 奴が発していた“魔力の流れ”から、どういう攻撃をするつもりか、完全に分かる。


 剣の攻撃ならば、昔から読めていた。剣を振る前に筋肉が強張る、その気配で次の攻撃が読める。そこからその攻撃の意図を把握すれば、次の次の攻撃、さらにその次の攻撃が分かる。

 いままで半身に任せきりだったが、魔力でも同じことなのだと、今日初めて気づいた。


 まったく予想を裏切らない攻撃を避けながら、魚人の目の前に辿り着く。

 そして、一振り。

 それが、最凶最悪と恐れられた“魔女”の最期だった。


 魔力の流れなど読まずに、全ての触手を潰しても勝てただろう。むしろ、それなら多少は楽しめたのかもしれない。呆気なさすぎてどうしようもない。


「つまらん」

 仕掛けの知れた手品ほど興ざめなことはなかった。手品はタネに気付かないほうが楽しいのだ。


(だから、我が半身は敢えて教えなかったのだろうな)

 どうせ負けることなどありえないのだ。ならばせめて楽しめたほうが良いという気遣いだったのだろう。


 剣を振り、腐肉を払って鞘におさめる。せっかくの〈いと気高きモノ(オートクレール)〉の出番すらない。これでは、手入れの簡単さが便利なだけの剣だ。

 踵を返すと、来た方向に通路が暗く口を開けている。ただ臭いだけのつまらない道を、また通らねばならない。そう思うと気が重かった。


 五歩進んだところで、振り向きざまに一撃を放つ。


「だから、それで陽動のつもりか、と言っただろう」

 切り捨てたのは、卵から飛び出した“ナニカ”。これこそが“魔女”を操っていた本体だった。

 我が半身の思い出に免じて捨ておこうかと思ったのだが、身の程を知るという知能はなかったらしい。魔力の流れをつかめば、どれが本体であるかなどわかりきった話だったというのに、こいつはまんまと隠れおおせたつもりでいたのだ。


「母親をも操るという執念は嫌いじゃない。だが、勝機も判断できぬのであれば、死んだほうが良い」

 背中を見せたというだけで襲いかかる無能者を生かしておいたところで、成長など望むべくもない。


(そういえば、“カツミ”は我らに勝つつもりの顔をしていたな)

 ふと思い出す。我が半身の仇。

 それまで我らに挑んでくるものといえば、このように相手の強さも理解できぬ馬鹿か、初めから負けを覚悟したものだけだった。

 だが、奴は違った。我らの強さを理解した上で、それでも勝つのだ、という目をしていた。足元もおぼつかない、一薙ぎすれば跡形も残らないようなひ弱なヒューマンが、だ。


(あいつは、強い)

 改めて認識する。

 純粋な身体能力でいえば、カツミよりも、この“魔女”や、秘宝を持っていたあの魚人の方が、よほど強いだろう。だが、そんなものは問題ではない。

 ”勝利”という未来。

 それを見つけ出し、たぐり寄せる能力こそが強さなのだ。魔力や身体能力などはそのための手段に過ぎない。奴はそれを知っていて、こいつらにはそれがなかった。それだけだ。


「うおおおおおおぉぉおおおおおぉおおおおおおおおお!」

 嬉しくなって、私は腹の底から叫んだ。咆哮の振動で岩壁が揺れ、砂礫がぱらぱらと落ちてくる。


(そうだ。カツミ、我が怨敵。あいつは強いのだ)

 それが分かったことが、堪えきれないほど嬉しかった。 次に(まみ)えるとき、あいつはどんな方法で“我ら”に勝つつもりでいるのだろう。それが心底楽しみだった。


 (ワレラ)のことを勝手に最強などと名づけ、戦う前から己の敗北の言い訳をするような雑魚どもと、あいつは決定的に違う。

 ……そして、あの怨敵に勝つことができれば、私は名実ともに最強を名乗ることができるだろう。


 落ちてくる砂礫を払いのけながら空を睨む。


「だが、次は鳥だ」

 鳥どもを滅ぼしたその次こそ、カツミ、お前とふたたび相見(あいまみ)えるときだ。

 

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