Try[5]="勝利";
目の前を鉄塊が通り過ぎ、遅れて暴風に包まれる。俺の倍はあるようなオーガが振るう剛剣は、近くを通り過ぎるだけで吹き飛ばされそうになる程のものだった。
「さすがはボス戦、一筋縄じゃいかないなっ!」
だれに聴かせる訳でもないのにそう強がってみせる。背中に流れる冷たい感触に飲まれそうになるからだ。
相手は攻撃力特化型、特に奇形というわけでもなく、見た目通りの攻撃方法しかしてこなかった。そういう相手は、本来俺のような回避型にとっては相性の良い敵だ。だというのに攻め切れない。いや、それどころか避け続けるのが精一杯だった。対するこちらの攻撃は、奇襲を仕掛けた時の一撃を当てられたのみ。
「この上タイムリミット付き、なんてな。フェンのやつ、無茶を言うよ」
背後から、ウォータ軍の歓声が近づいてきているのが分かる。あと三〇分もしないうちにルサ=ルカがここに来るだろう。そうなれば二人力を合わせて倒せる。……だが、そう出来ない事情があった。
——お主一人で大将を殺せ——
いつになく真剣な眼差しで告げられた言葉を思い出しながら、ボスの突きを大きめに避ける。ギリギリで避けては風圧で体勢を崩してしまうからなのだが、これが攻め切れない理由になっている。だが、やらなければならない。なぜフェンがそう言ったか、理解しているからだ。
リゥ将軍は最強である。この世界に並び立つものは居ないとも言われる程に。……俺はそんな相手と戦わなくてはならないのだ。今の戦力差は歴然、そしてそれは数年程度で埋まるものではないだろう。つまり、どうやっても劣勢のまま戦わなければいけない、ということ。
「だから、『これぐらいの戦力差、覆せなくてどうする』、か」
そう、俺に必要なのは確実に勝つための力、ではない。万分の一の勝機を掴みとる力なんだ。そういう意味ではこのボスは“丁度いい練習相手”だった。なにせ、フェンの見立てで三割“も”勝機があるのだから。
連続して放たれる突きをステップで避けながら機会を伺う。攻撃しなければ勝てない、だからといって回避を疎かにはできない。
「でも、そろそろいかないとなぁっ!!」
轟音を放つ突きを掻い潜って一歩前へ出る。当然、近づけば避け辛くなる。今までの俺なら絶対にやらなかったことだが、やらなければいつまでたってものこのままだ。
「アルミュス! 槍だ!」
黒い短刀に強く念じる。右手に握る無骨な武器は、俺の願いを叶えるべく変形をはじめる。それを最後まで見届けずに、続けて俺は技をイメージした。
「〈ハイ・チャージ〉!」
それは槍の中級の技。念じた途端に俺の体は加速される。近づいてきた俺にボスが大剣を振り下ろす、その隙を掻い潜ってアルミュスを突き立てる。〈ハイ・チャージ〉の効力で加速のついた槍はボスの肩を抉り、そのまま突き抜けた。勢いで俺の身体が宙に舞う。
アルミュスは変化が始まってしまえば、その時点で武器としては次の種類へと切り替わっている。その特性を利用して変化時間を“短縮”したのだ。
「グァァアアアアア、オノレ、オノレエエエエェェェ」
やはり体格差か、あまりダメージを与えることはできなかった。だが、俺の動きが予想外だったのだろう、受けたダメージ以上にボスはショックを受けているようだった。もちろん、そんな隙を逃してはならない。チャージの勢いで宙に浮いたままの状態で更にアルミュスの形状を変化させる。次は……斧だ。
「〈スマッシュ〉」
技の発動の瞬間、放物線を描いて宙を跳んでいた俺の体が、物理法則を無視して反転し、ボスの方へを急降下する。〈スマッシュ〉は斧の初級技、特に強力ということはない。だが、“敵の真上へ落ちる”という効果がある。それ故に、まるで空中の見えない壁でも蹴ったかのような急加速ができるのだった。
黒光りする鎧に両手斧を叩き込む。手に伝わる、骨を砕く嫌な感触。さすがに、あの速度で突き抜けていった俺が、すぐさま反転して攻撃してくるとは思わなかったのだろう、無防備な背中を直撃することができた。
着地の瞬間、目の端に光を捉えた。全力でかがむ。間髪入れず俺の頭上を轟音が通り過ぎる。すぐさま地面を蹴り、間合いを取る。なんてことだ、奴の動きはまったく鈍る気配を見せていない。
「くそ、あれで倒せないのかよっ」
確かにダメージを与えたはずだった。初めの槍はともかく、〈スマッシュ〉は不意打ち状態で打ち込めたのだ。斧自体が攻撃に特化した武器だ。初級の技とは言え、今俺の使える技の中でも強い方に入るはず。だというのに深手にすらなっていないようだ。少なくとも攻撃が鈍ったようには全く見えない。見ると、貫いたはずの肩の傷がどんどん塞がっていく。
「ちぃっ、自動回復かっ!?」
思わず毒づく。だが、予想しておくべきだった。ゲームの中でも中級以上のボスは皆その能力を持っていた。帝国にとって辺境とはいえ、ウォータ方面軍総大将の立場にいるやつが、その能力が無いわけないじゃないかっ。
遠くから聞こえてくる歓声が更に大きくなっている。……本来は、もっとウォータ軍は苦戦するはずだった。だが、サヤが、そして力を貸した水神が、フェンの予想以上に効果的に敵を混乱させたのだった。
両軍が正に相まみえた瞬間、彼女達は奇跡によって小さな水の槍を、オーガ軍の上に降らせた。……そう、さながら雨のように。一つ一つは小さくても、それは確実に彼らの体を蝕んだ。そしてその出来事は、人間達を舐めきっていた帝国軍を大いに動揺させた。
——殺さずとも良い、できるだけ広範囲に奇跡を起こせ——
サヤと水神は、フェンの言葉を忠実に守ったのだった。結果は、これもフェンが予想した通り。一方的な殺戮しか起こらないと思っていた彼らは、“降って湧いた”死の恐怖にある者は武器を捨てて逃げ出し、ある者はその場にうずくまった。
全軍が一斉にそんな状態になったのだ、もう戦闘どころではなかった。そしてそれを見逃すほど、ルサ=ルカを始めとしたウォータ軍の将軍たちは無能じゃなかった。彼女たちは声高に“聖戦”を叫び、全軍でオーガ軍の本陣に向けて突撃を仕掛けたのだった。
「さて、どうしたもんかな……」
ボスの突きを避けながら考える。まだボスの傷は治りきっていないとはいえ、外見上は攻撃する前と同じ状態まで戻ってしまった。リジェネーションを打ち破る方法はただひとつ。回復量よりも多くダメージを与え続けることだ。だが、さっきの攻撃がそれほどダメージを与えられなかったとなるとなかなか厳しい。このボスは奇策を用いるのではなく、己の武力のみで戦うタイプだ。逆に言えば戦いに慣れている。さっきのは不意を打てたから通用したが、何度も効くものじゃないだろう。それに、こいつを倒すまでSEが持つとは思えない。
「〈コンボ〉が使えれば良いんだけど……」
無いものねだりをしながらも、足を使って攻撃を避ける。〈コンボ〉は一人じゃ出来ないものだ。複数の武器の技の組み合わせでしか発動しない。同じ武器の技だけで出せるものは一つもなかったはずだ。
「……いや、待てよ?」
ふと、ひとつの考えが頭によぎる。二人以上居ないと駄目だ、なんて誰も言っていない、“二種類以上の武器の技”を繋げる必要があるだけだ。ゲームでは武器の持ち替えをしてしまうとSEがゼロになってしまうし、二刀流で使える武器同士ではそもそも使える〈コンボ〉がなかったからそう思い込んでいたが、違うかもしれない。さっきの〈ハイ・チャージ〉と〈スマッシュ〉もタイミング的には十分間に合っていた。ただ単にその組み合わせが〈コンボ〉が成立するものではなかっただけかもしれない。
「やってみる価値は、……いや、時間内に倒す方法は、それしかない!」
記憶にある〈コンボ〉の一覧を検索する。……よし、決めた。今使える、一番威力のある組み合わせ。槍と弓の〈コンボ〉だ。
一度〈アルミュス〉を短刀に切り替え、隙を伺う。
「体格が違いすぎるんだよなぁ。槍でも、踏み込まないとこっちの間合いにならない……」
だが、さっきのことで懲りたのだろう、今度は踏み込む隙を中々与えてくれない。向こうは一方的に攻撃できる今の間合いで倒すつもりになったのだろうか。……それは、困る。
ウォータ軍は、ルサ=ルカの声を聞き分けられる程度の距離にまで近づいていた。俺はスカンタにのって空から強襲したから一息にボスの前に到達できたが、彼らの前にはまだボスの親衛隊がいる。それを倒してからでないと、ここに来ることができない。……だが、それも時間の問題だろう。焦りが背筋を這う。
「ヲオオオオオオオオオオオオォォォッ!! ワタシハ、マケナイィィ!!」
そんなことを考えていると、ボスが〈咆哮〉を上げた。
「……まずいっ!?」
思った時にはすでに体が痺れていた。オーガの〈咆哮〉の効果だ。さすがに慣れたからなのか、完全に動けないほどじゃない。けど、この状態では先ほどのような連続攻撃は避けられそうにない。そして余裕が無いのはあちらも同じだ。いや、俺以上にあちらのほうが必死なのだろう、当然こんな隙を見逃してくれるほど甘くはなかった。いままでにない気迫で、大剣が俺に迫る。
「〈サイドアタック〉」
剣先が眉間に刺さるか、という瞬間に技を発動させ、回避する。そして“武器を切り替えて”連続して技を使う。
「〈連撃之壱〉、〈ハイ・チャージ〉!!」
〈サイドアタック〉で敵の攻撃を回避。〈連撃之壱〉で〈サイドアタック〉による攻撃をキャンセル。そして同時に、武器の切り替えを念じる。短刀から、再び槍へ。
武器を切り替えても連続技が有効なのか、確信は持てなかったのだが、視界が変わった瞬間に、漆黒の短刀は槍へと姿を変えていた。
隙だらけの脇腹へ、槍を突きあげ、突き抜ける。
めまぐるしく変わる視界。
確かな手応えを感じたと思った時には、俺は空に浮かんでいた。身をひねり、オーガを視野に捉えながら武器の切り替えを念じる。今度は、弓へ。
弓と念じた瞬間に、視界に円形のターゲットサイトが現れる。手を動かすことで、それをボスにあわせる。本来はこのターゲットサイトが一周した瞬間に攻撃することで弓の“必中攻撃”となるのだが、今回は〈コンボ〉のための技だ。狙いをつけるだけで、射る必要はない。
心のなかで、一呼吸数える。〈コンボ〉は技が“当たった時”に判定される。つまり、遠隔スキルを使うなら、撃ってから当たる瞬間までの時間差も考えなくてはならない。そのために、少し早めに技を放つ。
「〈アローレイン〉」
構えた弓からは、無数の白い光の軌跡が放たれ、四方八方に飛び散った。そして最終的には全てボスへと集中していく。この技自体は、本来は対集団向けのもので、一発一発の威力は高くはない。とはいえ一体に集中すればそれだけでもそれなりの強さとなり、俺が今使える技の中でも強力な部類に入る。
何が起こったかまだ分からず、突き出した大剣をやっと引っ込めた状態のボスに光の雨が降り注ぐ。そして最初の一つが触れた瞬間、小さな光る矢は、大きな槍へと変化した。
「やったっ、成功だ!」
そう、これが〈ハイ・チャージ〉と〈アローレイン〉による〈コンボ〉の効果、『一発の威力が槍と同等になる』というもの。〈アローレイン〉よって放たれた二十を超える矢が、すべて槍となるのだ。威力が低いわけがない。実際、ゲームでも、弓自体は使い勝手が良くない武器であるにもかかわらず、このコンボのために弓の使い手を呼ぶこともあったぐらいだ。
「ギャアアアアァアァァアアアアアアア」
ボスの身体に、無数の“槍”、が突き刺さる。そう、それはまるで、〈アルミュス〉の試練でみた彼のようであった。
“槍の矢の雨”が終わったと同時に、ボスはその場へと音を立てて倒れた。……どうみても致命傷だ。アンデッドでもない限り生き返ったりはしないだろう。
「やった、か。は、はははは。やったぜ、ははっ!」
自然と笑いがこみ上げてくる。〈連撃〉中の武器の切り替えに、一人〈コンボ〉。ぶっつけにぶっつけを重ねた勝利だった。持てる能力のぎりぎりまで使い切った、という感じがする。……これが、勝利を掴み取る、ということなのか。いままでにない達成感、フェンに対する、どうだやってやったぜ! という気持ち。なんだかものすごく、底抜けに、嬉しい。
後ろから俺を呼ぶ声が聞こえる。どうやらルサ=ルカ達もここに到着したようだ。ぎりぎりだったな、と思った瞬間に、俺はその場に倒れてしまった。どうやら緊張の糸が切れたらしい。
(まぁ、もう大丈夫だろう)
思いながら、なぜかボスの方へと向かっていくディーの姿を見送ったところで、意識が途切れた。