Try[3]="聖地";
装備:
メインウェポン:アルミュス
サブウェポン:疾風のソードブレーカー+2
頭:レザーバンダナ(黒)
胴:天水分袍
腰:天水分石帯
脚:天水分袴
足:レザーブーツ(黒)
その他:アイアンガントレット
その他:天水分石
「その衣装は、水神様の力の一部です。……水に関すること全てに加護がある、と」
サヤは〈秘宝〉について、水神に聞きながら丁寧に説明してくれる。まだ調べていない〈秘宝〉の効果も気になるが、まずは既に装備させられたものの確認からだ。いくらなんでも、これ以上迂闊なことをすれば、罵倒だけでは済まない。それに、この服も、〈十二騎士〉も気になる。
「なるほど。……見た目はまるで平安貴族、といった感じだな」
「へいあん?」
「いや。……俺のいた国の、昔の服装ってこと」
あれは学校の歴史の教科書だったか。画像付きで解説が載っていた服装に似ていた。もっとも、あれよりも派手で、かつ動きやすく作られているようだ。淡い青色の生地に三日月の紋が縫いとられた上着は、膝まで伸びているが裾が縫い合わさっておらず、脚が動かしやすくなっていた。白く煌めく石が散りばめられた帯は、角度によって色合いが変わるのが面白い。藍染めで足元まである袴は、裾に行くほど徐々に色合いが濃くなっている。
No.66
天水分石
効果:水神に認められし者の守りとなる。
水属性防御増加、水属性攻撃消費減少、水属性攻撃高速発動
装備ではなく秘宝だと思いながら袴に触れると、天水分石の情報ウィンドウが現れる。一つの輝石でこの三つの装備が出てきたのか。……さっきの装備ウィンドウやこの表示はこの世界の特徴ではなく、『プレイヤー』という種族の能力なんだろうか。
「……なかなか似合っていますよ、かわいそうなお馬鹿さん」
「かっこいいです! かっこいいです!」
うん、さすがレアな装備、見た目も凝っている。黒いレザー装備との見た目の相性も悪くないし、褒められて悪い気はしない。……呼び方はともかくとして。
「そして、その腕輪、〈アルミュス〉。所有者と認められた者がその名を呼べば、力となる〈十二騎士〉の一つです」
試練のあと、確かに俺のことを所有者と呼んでいた。なら俺も使えるんだろう。
「実際の使い方は、その名を呼べば自然とわかるそうです。ですが一つ注意点があります。これは〈十二騎士〉全てに共通することですが、〈試練〉が完全に終わっていない状態で手放した場合、次に触った時にまた〈試練〉がやり直されるそうです。なので、その腕輪は外さないでくださいね」
「わかった。まぁ邪魔にならないしそうさせてもらうよ」
しかし、装備を外して付け直せばもう一度〈試練〉が受けられるとは、いい事を聞いた。今はもちろんやらないが、余裕があるときに挑戦してみるのも良いかもしれない。
「とりあえず、名を呼んでみれば良いんだな?」
「はい。試練に現れた騎士を想像して、名を呼んでください」
「……〈堅き意志を持つモノ〉よ、力を貸してくれ!」
―――応―――
願いに呼応して、〈アルミュス〉が『黒い光』を放つ。光が収まった時には、俺の手に黒い小太刀が握られていた。
初めて見る形。刃も持ち手も全て漆黒。装飾も全くない単純な作り。だが、単純が故にこの武器は美しかった。だが、それ以上に、
「……手に、馴染む。まるで長年使い込んだ得物のようだ」
サヤから少し距離を取り、軽く素振りをしてみる。やはり、思った通り……、いや思った以上に使いやすい。今なら、転生前に覚えていた技が使えそうな気持ちになってくる。
「いや、実際使えるな。……さすがに全てというわけじゃないがほとんど使える。こいつの効果は『スキルレベルの強化』、ってとこか?」
頭の中に、技のイメージがいくつも湧いてくる。その技の中には、かなりの高レベルになってから覚えたものもあった。
「すきるぶすと、というものが何かはわかりませんが、〈アルミュス〉の特徴は変幻自在の攻撃、とのことです。使い方によって最弱にも最強にもなり得ると」
「変幻自在、か。なるほど」
確かに、『使い方が頭に浮かんでくる』。まるで、あの騎士が教えてくれているかのような、……いや、そのとおりなんだろう。左手のソードブレーカーを腰の鞘に差し込みながら、〈アルミュス〉の違う姿を想像する。
(次は、槍だ)
念じた瞬間、同じように『黒い光』を放ち、槍へと姿を変える。それはやはり黒い刃の簡素な作りだった。
「変化は一秒もかからない。……これなら隙をつけば戦闘中でも武器を変えられるな。それにやっぱりスキルブーストの効果もある」
この世界にきてから一度も使っていないはずの『槍の技』が、槍となった〈アルミュス〉を手にとった瞬間にイメージとなって湧いてくる。その中には初級の技だけでなく、中級の技まであった。
「たしかに、使い方次第、だな」
けれど、俺向きの武器だ、とも思う。せっかくの〈十二騎士〉が普段使わないタイプの武器だったら、泣く泣くあきらめなければいけないところだった。
〈サイドアタック〉や〈バックアタック〉といった瞬間移動系の技が使える短刀、〈スタンブロウ〉や〈ポイズンブロウ〉といった妨害系の技が使える短剣。この二つは、回避特化の俺の戦闘スタイルを実行するためにはなくてはならないものだ。それが、攻撃時に違う武器が使え、そしてスキルブーストもある。至れり尽せりとはまさにこのことだ。
嬉しくなって〈アルミュス〉であれこれ武器を出して素振りをしていたら、いきなり膝が砕けて座り込んでしまった。
「あれ? なんだか足に力が入らない……」
「ご主人様! だいじょうぶですか?」
よく考えると気分が悪いような気もする。気分が悪いというか、これは……、
「きゅぅぅうう」
そう、空腹感だ。……だが、俺の腹はまだ鳴っていない。ディーは俺を心配して真上を飛んでいるが、そっちからじゃない。そうなると……、
「……サヤもお腹が空いた?」
「き、気のせいなのです。三日も経っているのですからしょうがないのです。鳥頭なのですからとっとと忘れやがるのです!」
よほど恥ずかしかったらしい、言ってることが支離滅裂だ。……いや、ちょっと待て、すごく気になることをいったな。
「あー。えっと、三日?」
「……え? あ、はい。カツミが倒れてから三日経っているのです。……言っていませんでした?」
「あぁ、初耳だ。……けど、それなら納得できるな。どうも寝過ぎたあとのような感覚だったんだ。……って三日間も看病してくれたのか?」
「いえ、私も起きたのはカツミの少し前です。その間のことは水神様にお聞きしました」
「そっか。……しかし、弱ったな。意識しだしたらすごい腹が減ってきた」
「……ここに、一粒食べれば一日過ごせると言われている秘薬があるそうです」
「え、マジで? そりゃいいな。どれなんだ?」
「この壺の中です。こうやって……、はい、どうぞ。……よく噛んで食べないといけないそうですよ?」
「ありがとう。これも〈秘宝〉か? 便利なものだな」
これ、ゲームの時だとどういう効果なんだろうか? 状態回復とかか? まぁいい、とりあえず食べよう。ふむ……、ぐ、ぐげ。
「ま、まず」
なんて不味さだ。苦いとも辛いとも甘いとも酸っぱいとも言えない、ただ不味いとしか言いようがない。そして噛むたびに酷くなっていく。
「ちゃんと、噛んでくださいね? 鳥頭さん」
(……サヤ、その顔は、知っていたな? お腹の音を聞かれたからとでも言うのか。……いや、もう無理だ)
吐き出そうとも思ったが、唾液で無理やり飲み込む。……く、後に引く不味さだ。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「なにか、飲み物は、無いか?」
「すみません、飲み物はないのです。おいしいウォータオレンジならあるのですが」
「そ、それでいい、いやそれが良い、それを頼む!」
「はい、……どうぞ!」
渡されたオレンジの皮を乱暴に剥き、そして果汁を吸い出す。あああ、うまい。
「……うまい、生き返るっ!」
「そうです! ウォータオレンジはおいしいのです! サヤちゃんもどうですか?」
「はい、いただきます」
サヤはディーからオレンジを受け取り、秘薬をもう一つぶ取り出す。
「んっ」
そして果汁で流しこむようにして飲み込んだ。……あれ?
「噛まないといけないんじゃ?」
「効果は半減しますが、別に問題無いですよ?」
「え? でも」
「何か?」
「…………なんでもありません」
笑顔が、怖い。
//-----
しばらくすると、確かに腹が満ちてきた。いや、それだけじゃない、体が軽い気がする。……不味さを耐えただけのことはある、のか? それでも次回は飲み込むだけにしたいが。
空腹が落ち着いてくると、ひとつ疑問がでてきた。
「そういえば、元々着ていた装備は何処に行ったんだろう? ……ディー、持っていたりするか?」
「え? んー……はい、くろいかわのそうびと、こだちさん、ありますよ?」
自動的にディーのアイテム袋の中に入るのか。これも『プレイヤー』の特性か? それとも、『普通の妖精では無い』というディーの特徴か? ……水神はまずディーを調べろと言っていたか。
「……どうされました?」
じっと見つめていると、ディーは小首をかしげられてしまった。……しかし、なんと聞いたものか。
「……ディーは、……ディー以外の妖精、見たことあるか?」
「わたしいがいのようせいですか? んー。……さいきんみたような……?」
「え? 最近?」
思わぬ返答に、驚いてサヤの方を見る。そしてサヤは少し考え込んだ後、首を少し横に振って応えてくれた。……水神に聞いてくれたのだ。そして、この遺跡には居ないと言う事。
「あ、おもいだしました! そうです、ここなのです!」
「ここ? この部屋にいるのか?」
「いるといいますか……。さっき、きがついたらご主人様もサヤちゃんも姿が見えなかったので探していたのです。そしたら、なつかしいにおいがしたのです! それのにおいをたどっているうちにこの部屋についたのです」
「……それで疲れて眠ってしまった、と」
「そうなのです! すごいです、ご主人様! よくわかりますね! さすがはあいぼうなのです!」
……わからいでか。それはともかく、ディーの他にも妖精がいる、ということか。
「私たちがここに来る前にいたのでしょうか?」
「えとえと。……まだにおいはするのです。このあたりからするのですよ」
今まで眠っていた台座の周りを、ディーはぐるぐると飛びまわった。同族ということは、ディーと同じようにここで疲れて眠って居たりしたのだろうか?
「……はい、台座ですね? わかりました。カツミ、その台座を力いっぱい引いてみてください」
「これを? わかった、やってみる。……ん、ぐぬぬぬっ」
「わわ! 壁が、うごいていますよ!」
鈍く重い、部屋中に大きな音を響かせながら、奥の壁がスライドする。……そうか、隠し部屋、か。一番良い台座が空いているのは不自然だと思っていたが、こういう仕掛けか。
「わーい、おなかまさんですね! この奥なのですね!」
「いえ、その中にも居ない筈と……。行ってしまいました」
「……俺たちも行くか?」
「……はい。ここは特に危険はないそうです」
//-----
「ここですか~? それともここですか~?」
ディーを追いかけて部屋に入ると、そこはさっきの宝物庫と同じような部屋があった。大きく違うのは、台座が一つしかないことと、妙に天井が高いこと。
「あの、ですからここには居ないと」
「……あそこ、窓があるな。そこから出たのかもしれない」
よくよく見てみると、天井の近くに小さな窓。耳をすませば風の音が聞こえる。
「ちょっとみてきますね!」
「おい、だから待てって……。行っちまったか。まぁディーが通れるなら、同族も通れるんだろうけどさ」
「……あの先には何もないので大丈夫だそうです」
「ふう、水神に聞けば見に行くまでもないのに。でも、それなら結局どこにいったんだろうな?」
(俺と同じ、〈プレイヤー〉だとするならば、妖精に探索でもさせていたのだろうか?)
調べたとするならば、この部屋に唯一ある台座。その上に大切に祀られている大きな卵。もし〈プレイヤー〉ならこの卵に興味を引かれないわけがない。
「サヤ、この卵はなんなんだ? ……こんな隠された場所にあるんだ。これも、秘宝か?」
「はい。これは〈七不思議〉の一つ、《竜の卵》だそうです」
「え? 《竜の卵》だって?」
「ご存知、なのですか?」
「いや。……名前だけ、な」
〈創造主への挑戦〉のクリア報酬、《竜の卵》か。結局どういうものか分からないままだった。結局アイテムの引き継ぎはなかったしな。それが今、目の前にある。これは偶然なのか、そもそも同じものなのか。それに、〈七不思議〉だって? 〈十二騎士〉よりも大事に保管されているのだから妥当だとは思うが……いや、まて。
「《竜の卵》はいくつもあるものなのか?」
クリア報酬では八人全員に配られていた。それが全部別々の秘宝だったとしても七個を超える。
「……はい。ただし、〈七不思議〉となるには、それぞれの個体毎に必要な条件を揃えた上で孵化させないといけないそうです。また、同時に同じ個体が二匹以上存在することはなく、所有者の死と共に卵に戻る、とのことです」
「なるほどね。……さすがに七番目の不思議が、『八以上あること』なんていう落ちじゃないか」
「おち?」
「いや……。俺のいた国にそういう話があったんだよ。それより、こいつはその条件を満たした《竜の卵》ってことか? 条件を満たしたら〈七不思議〉となるなら、既にもう出てきている、ということがあるんじゃ?」
「いえ、それはまずないそうです。条件のひとつが『水の神殿で力を集めること』。水神様によると、ここ二〇〇年はこの《竜の卵》以外に条件を揃えたものはないとのことです」
「なるほどね。前の所有者がよほど長寿じゃないかぎりそれもないか」
しかし、一口に秘宝といっても、高位のものは手に入れるだけじゃダメなんだな。試練のある〈十二騎士〉、アイテムを手に入れた上で条件を満たす必要がある〈七不思議〉、真の巫女を見つけ出さなければいけない〈三つの宝珠〉。あとは〈四つの守護〉と〈一つの王冠〉か。
「ご主人様! 浮いてます、飛んでますよ!?」
ディーの慌てた声に考え事を中断される。何を慌てて飛び回っているんだろうか?
「ご主人様が空で、地面がしたなのです!」
「……ディー、落ちつけって。ほら、ゆっくり息を吸って」
「すぅうううううううううう」
「ゆっくりはいて」
「ふぁああああ……」
俺の言うとおりに律儀に深呼吸をする、俺の小さな相棒。いろんなものに驚く方ではあったけど、ここまで混乱するのは初めてだな。
「落ちついたか? じゃあ、説明してくれ」
「はい! ここが、空なのです!」
「……もう一回深呼吸しとくか?」
「いえ、ディーちゃんの言うとおりです。ここは、空です」
「え?」
「……。はい、そうですね。少し待ってください」
そういうと、サヤは窓の下の壁に向かって言葉を紡ぎ始めた。すると、その壁に波紋が広がり、砂と消えた。
瞬間、風が舞う。冷たい風が部屋を満たす。だが、それ以上に、
「ここは、空?」
「はい! ここは空なのです!」
開いた壁の向こうには、地面が遥か遠くに見えていた。急に足がすくむ。目が覚めてから地面が揺れているように感じてはいた。ただ、それは起きたばかりでバランス感覚がおかしくなっているものだとばかり……。
「どう、なって?」
―イミュアフ アロシュオ ウシャックー
俺の驚きに対して、サヤはそう歌うように言葉を紡いだ。
「『海は空を侵す』、〈三界の詩〉の一節です。一〇〇年前、水神様のお住いは空高くにあったと。……私もお伽話だとばかり思っていましたが、本当に浮いていたのですね」
その言葉を後ろに聞きながら、景色を見渡す。暗くなりはじめた空、その目下には一面の砂丘、ところどころに水たまりのようにオアシスがみえる。遠くには〈ウォータ〉を守る砦。
「……ん? 扉の正門が開いているような?」
「え? ……はい。……そんな、なぜ?」
急に慌て始めるサヤ。その慌てぶりは、尋常ではない。
「どうした?」
「うそ、それじゃ、わたしのせい?」
取り乱し、顔を覆う。
「落ち着いて、なにがあったんだ?」
しばし沈黙、その後妙に落ち着いたサヤがいた。その瞳には、青い光が見える。
「あまりやりたくはなかったのですが、しかたありません」
「その声、水神か?」
「えぇ。少し強引ですが、サヤの強制的に意識を奪いました。……この子は今、強く動揺しています」
「……強制的に、とは穏やかじゃないな。それで、何を伝えたんだ? サヤは、何にそこまでショックを受けたんだ?」
「先ほど、ウォータ軍に〈聖戦〉が発令されました」
「聖戦?」
「そなたらがここへ来てから、三日経っているのは聞きましたね?」
「あぁ、サヤから聞いた」
「……この神殿はサヤが〈水の巫女〉として復活したときに浮上しました。これほどの大きさです、人の軍にも、オーガ達の軍にもその時には見つかっているでしょう」
「……だろうな」
全貌は分からないが、神殿と呼ばれるようなものが空に浮いているんだ。気が付かないわけがない。
「けど、それと聖戦とやらにどういう関係があるんだ?」
「……そういえば、あなたは異邦人、この国の歴史を知らないのですね。……ウォータの国の首都は、昔はここにあったのです。正しくは、ウォータの街が所属していた人間の国家群の首都、ですが」
そういえば、一〇〇年ほど前はウォータという国の名前じゃなかったんだったか。確か、〈水神の奇跡〉によって名前が変わったとか。
「詳しい歴史は省きます、ことが終われば存分に調べられるでしょう。問題はこの場所が、彼らにとっての聖地であるということです。今までこの地は、一〇〇年前に消失したと彼らは考えていました。大事な場所であることには変わりはないにしても、既に失くなった物のために命をかける余裕が無いというのが実情だったようですが」
「それが、神殿が浮上したことによって変わってしまった、ということか」
「えぇ。……先代の巫女は、ここを浮上させることができることは知っていました。ただ、それだけ。守ることのできずにむざむざオーガ達に蹂躙させるぐらいならと、守れるだけの力をつけるまで秘密にしておくことにしたのです。……彼女は何度も妾に謝っていました、気にすることなどないというのに」
「……事情は分かった。それで、〈聖戦〉っていうのが発令されるとどうなるんだ?」
「〈聖戦〉とは、国民全てに対して、全てを賭して対象を倒すまで戦い続けることを義務付けることです。今回の対象は、聖地を狙うもの全て。つまり、この砂丘にいる帝国軍すべての全滅が目標となります」
「なっ、そんな無茶苦茶な!?」
……あの砦で守るだけで必死だったはずだ。今回の敵の策だった投石を防いだからといって、急に有利になれるわけじゃない。
「えぇ。彼らも分かっているでしょう。良くて彼らを撤退させることができるかというところ。それもほとんど軍全てを犠牲にしてやっと。ここが聖地というだけならばもう少し穏便な方法を取ったのでしょうが……」
水神は暗い面持ちで、ため息をついた。
「何か他にもあるのか?」
「……先ほど言いましたね? 巫女ならばここを浮上させることができると。つまり逆に言えば、ここが浮上したということはそこに〈水の巫女〉がいる、ということ。そして今のウォータを収めているのは巫女の代理の者。彼女や彼女に仕える者たちは私利私欲でその立場についている訳ではなく、いえ、もっとも敬虔な信徒といえるでしょう」
「それが、どういう?」
「〈聖戦〉の真の目的は〈水の巫女〉の保護。そう彼女らは、サヤ一人のためにウォータの人民全てを犠牲にする判断を下しました。彼女らにとって、〈水の巫女〉こそが国家であり、存在理由なのです」
「なんて、ことを……」
「浮上してから三日。だというのにいる筈の巫女が出てこない。つまり、『〈水の巫女〉は神殿から出られない状態にある』と彼女らは判断したようです。今、巫女の代理をしている彼女は優秀。でも、妾の声を感じることはできても、言葉として理解はできない。それ故、無事を伝えることもできないのです」
「……じゃあ、俺達がいそいで無事を知らせれば」
「そうですね。……それが一番被害を少なく出来る方法でしょうね。それでも、すでに〈聖戦〉が発令されてしまった、ある程度の被害は覚悟しなければならないでしょう」
「くそっ、なんとかならないのか……。そうだ、奇跡だ! 一〇〇年前のように奇跡を起こせば!」
「……不可能です」
水神は冷たく言い放ち、そして俺を睨みつけた。
「奇跡とはどのように起こされるか分かっていて? なぜ、先代の〈水の巫女〉が奇跡を使ってオーガ軍を退けなかったか、考えたことはない?」
「そういえば……」
「時間がないから結論だけを言います。……一〇〇年前の奇跡、その代償は時の〈水の巫女〉だけではない。この神殿に仕えし千を超える神官全ての命。それだけの代償を払って初めてあれだけの、平野全てを押し流す、などという奇跡が起こせるのです。この場所が〈聖地〉と呼ばれるのは、命を賭して敵を追い払った彼らへの敬意でもあります」
「じゃあ、今ここでやろうとすれば……」
「えぇ。それはこの娘に死ねと言っているのと等しい」
「……悪かった」
怒っている理由がわかった。知らなかったとはいえ、無神経過ぎた。
「今後、軽々しく言わないでください。……それに、たとえこの娘が例を見ないほどの適性をもっていても、あの軍全てを押し流すことは不可能。無駄に命を散らしてしまうだけ。そのようなこと、妾がさせません」
沈黙が落ちた。
一刻も早くウォータ軍にサヤの無事を知らせ、合流して共に戦わないと。……でも、待っているのは限りなく分の悪い消耗戦だ。それしか手はないのか? ウォータの人々がサヤのために死んでいくのを、歯噛みしながら見ているしか?
と、場違いなほど明るい声が、部屋に立ち込めた重い空気を破った。
「ひゃひゃひゃ。困っておるようじゃのう、小僧?」