Try[0]="砂の眠り";
「痛っ。俺は、一体……?」
体中から、鈍い痛みを感じる。
「カツミ、カツミ? 良かった、目を覚ましたぁ」
辺りを見渡すと、薄暗がりの中に俺を心配そうに見下ろしている影が一つ……、サヤ、か。遥か遠い天井から、隙間明かりが俺達二人を照らしている。そこからさらさらと落ちてくる砂が一筋。
「ここは……?」
「分かりません……。カツミが私を庇ってくれたことまでは覚えているのですが、私も詳しくは……」
「庇って……そうか、あの巨大な腕に押し込まれたのか。……まぁ無事で良かった」
痛む体を無視して体を起こす。……起きた時に感じた以上にダメージを受けていたようで、何をするにしても痛みが伴う。
「無事、じゃありません! カツミは! ……カツミはボロボロじゃないですか!?」
彼女は泣きそうな声で、いや実際目に涙を浮かべながらそう言う。そう言う彼女はあまりダメージを受けていないようだった。まぁ俺がここまでダメージを受けてまで庇った甲斐が有った、と言えるだろう。だが、それを声にしてしまうと更に抗議を受けそうだったので、やめる。
「そ、そういえば、ディーは? ディーは居ないのか?」
そして、彼女の心配を反らす為に、真っ先に駆けつけてくれる筈の相棒の姿を探す。ディーさえいれば多少のダメージは回復してもらえる筈だからだ。
「……ここに。ですが、声をかけても眠ったまま目を覚まさないのです。特に外傷は無いように見えるのですが」
そう言って、サヤは膝の上に寝かせていたディーの小さな頭を優しく撫でた。俺が声をかけても起きないと言うことは、単純に寝ているだけということもないのだろうか。
「それは……困ったな。俺と一緒に巻き込んでしまったんだろうか……」
俺もサヤと同じようにディーの頭を撫でてみるが、特に苦しそうとかそういう様子は無い。気絶、ということなのだろうか? そもそも妖精に攻撃が当たるのだろうか?
しかし、本当に困った事態だ。天井から漏れてくる光で分かる範囲で言えば、ここはかなり広い部屋のようではあった。今のところ出口も見えず、有るのはボロボロになった祭壇のようなものだけ。天井から光が漏れているということはそこへ行けば外に出れるのだろうが、壁はどう見ても登れそうにない。かなりの高さの上に、至る所に砂が積もっており、元々経験の無い俺が登れるような代物にはとても見えない。ヴォルドが居ない以上、脱出魔法も使えない。
「そうだ、マイケル達に連絡を……」
「……それも駄目でした。繋がることは繋がっている気がするんですけれど、雑音が酷くて……。どうもこの遺跡自体が特殊な結界にでも包まれているような、そんな感じがします」
「そんな、どういうことだろう……イベント中、とでも言うのか? もしそうなら、あっちがそうなのか、こっちがそうなのか……」
「いべんとちゅ、ですか?」
「いや、なんでもない、独り言だよ。……とにかく、俺たちは俺達でなんとかしないといけない、か」
つまりどちらにしても、今のところここから出る手段は不明、そして仲間にそれを伝える手段も無し、ということ。……考え込んでいてもしょうがないな、少し動こうかな。
「もう立ち上がって大丈夫ですか?」
「……あぁ、大丈夫だよ。見た目ほどに痛みは無いさ」
嘘だ。本当は少し動くだけで顔をしかめそうになる。それを必死に表情に出さないようにしながら立ち上がり、そう答える。
「それに、どうも状況は待ってくれないようだし」
「え? どういう意味……、きゃっ、ほ、ほねが、動いて!?」
「どうやら俺達は招かれざる客、と言うところなんだろう。お休みのところを邪魔してしまってお怒りのようだ」
サヤが驚いたのは、部屋にあった骸骨達が一斉に動き始めこちらに向かって歩き始めてきていたからだ。どうみても友好的には見えないその骸骨達は数にしておよそ十体、と言ったところ。……全身を駆け巡る痛みで頭がくらくらしてしまい、逆に現実味が無くなってくる。かなり危機的状況なのだろうが、自分でも気味が悪い程に冷静だ。まるで、ゲームをプレイしている時のような感覚。……距離はまだある、落ち着いて武器を構えステータスと念じる。それに呼応して目の前に半透明のステータスウィンドウが現れた。
name:カツミ
BaseLv:34
HP:3%
ME:100%
SE:82%
name:サヤ
BaseLv:26
HP:82%
ME:2%
SE:0%
予想していたよりもきついな……。サヤのMEが殆ど無いのが一番痛い。唯一の救いはおれのSEがかなり溜まっているところか。大量のホブゴブリンを倒したことでレベルが上がってはいるが、この状況ではあまり意味は無い。どちらにしろ恐らく一撃で死んでしまうだろうから。
「少し気になるのは、俺が起き上がるのを待っていたかのようなタイミングということだが……。今は考えてもしょうがない、か。サヤ? 範囲魔法をあの集団に使ってくれ」
「え、え? あ、はい。えっと、初級火属性範囲魔法しか使えませんが……」
ファイアウォール、か。対象とその周囲に瞬間的にダメージを与える中級火属性範囲魔法と違って場所を指定してその場所に炎の壁を出現させる魔法で、効果中にその範囲内に居る限りダメージを与えることのできるエリア系DOT魔法、動きの遅いスケルトン系なら丁度良い。
「それでいい、頼む。ファイアウォールなら、やつらの進路上少し手前に使ってくれ」
「はい、分かりました」
サヤが膝の上のディーを地面に優しく降ろし、立ち上がってから魔法を唱え始める。
「さて、俺ももうひと押しするか」
それを確認してから、俺も魔法の詠唱を始める。ゲームの時に覚えていた魔法は、全て使える状態だったのを思い出したのだった。その声に呼応して俺を囲むように現れる金色の魔法陣。そして現れる文字を一つ一つ指でなぞる。この世界の人たちはある程度強い魔法でも詠唱だけで使用しているが、ゲームではこうやって文字を描いていった方が詠唱速度が上がる仕組みだった筈。
「炎よ、我が眼前の敵を焼き払え。ファイアウォール!」
「雷よ、我が眼前の敵を薙ぎ払え。中級雷属性範囲魔法!」
サヤの声と共に、目の前にその名の通り炎の壁が現れる。天井から漏れてきている光だけで薄暗かった部屋が、一転して真っ赤な灯りに照らし出される。それに合わせ、今の俺に使える最大の攻撃魔法を放つ。俺の手のひらから魔法陣と同じ金色の雷が、炎の壁を貫通して扇状に広がっていく。やはり、指で魔法陣の文字をなぞることでの詠唱速度アップはここでも有効のようだ、彼女よりも高位の魔法であるにも関わらず、同じぐらいの速さで完成した。
「カツミ、その魔法……」
「威力は大したこと無いだろうけど、少しは動きが鈍るだろうと思ってね」
雷系魔法は炎系魔法よりは威力が低い代わりに相手の攻撃を鈍らせる効果がある。そもそも、全く訓練のしていない俺の魔法に威力なんて期待はしていない。相手の歩む速度を遅くすることで、炎の壁の中に長時間滞在させることで出来るだけダメージを多く与えようと言う魂胆なだけだった。
「出来ればこれだけで倒し切れれば嬉しいんだけど……流石にそこまで甘くは無い、か」
俺のショックウェーブによって更に鈍くなったスケルトン達はかなり長い間炎に巻かれていたようだったが、それでもさすがに倒れてはくれないようだった。
「あとは俺がやるから、サヤはマナの回復に努めてくれ。ディーのお守も頼む」
「でも!」
「大丈夫さ。サヤのお陰であいつらはもうぼろぼろだ、なんとかなるさ」
たぶんね、と心の中で付け加えながら、サヤの返事を待たずに焦げたにおいを放っているスケルトン達へと向かって行く。俺もだが、サヤのマナも尽きた。どちらにしてもあとは接近戦でなんとかするしかない。後ろでサヤが何か叫んでいる気がするが、意図的に無視する。
もう痛すぎて感覚が無い手足を、無理やり動かして一番近いスケルトンに切りかかる。スケルトン達はそれぞれ剣、や槍、斧など、ばらばらな装備をしているが、全て金属製の飾り気の無いものであった。こいつらはその手に持った武器で、射程距離に入った瞬間に無造作に武器を振るってくる。その動きは単調で、痛みで鈍った俺の動きでも十分に避けることができていた。
「一発でも食らえば死ぬ……けれど、これならいけるか?」
先頭にいるスケルトンの剣での突きを避けながら、右手の小太刀の一撃を振るう。……四回目の攻撃にしてやっと一体目が倒れてくれた。その脇から、左右同時に槍が飛び出してくる。当然だが、アンデッドに仲間の死に驚くなどと言うことは無く、むしろ敵との間の障害が無くなったといった程度のことなのだろう、倒れたと同時に攻撃される。
「サイドアタック」
それをぎりぎりのところで技を発動し、避けながら小太刀を振るう。いくら単調な攻撃だとはいえ、徐々に囲まれてきていた。出来るだけ立ち位置を調整して複数の攻撃範囲に入らないようにはしているが、余りやりすぎるとサヤの方へ行ってしまうので調整が難しい。丁度良い距離をキープしながら、且つ攻撃を避けながらの攻撃。自然と攻撃できる回数が少なくなる。
「……そういう役割じゃないにしても、この数相手に範囲攻撃ができないのは辛いな」
今さっき突いてきた槍を持ったスケルトンの片方と、斧を持ったスケルトンとを同時に相手にしながら、思わず愚痴る。槍や両手斧なら色々あったんだが……。
「いや、待てよ? そういえばホブゴブリン達と戦っている間にいくつか技を覚えて居たな……」
あれだけの数のホブゴブリンの戦ったのだ、レベルと同時にスキルもかなり上がっていた。流石にスキルは自分で使わなければ上がらないのでレベル程ではないが、それでも次の技を覚える程度には上がっていたのだ。だが、その技はゲームではあまり使わなかった技ばかりだったのであまり意識していなかったのだった。
大ぶりの斧による一撃をステップで避け、槍を持ったスケルトンの突きを小手で捌きながら考える。覚えた技は二つ。短刀の技のジャンプアタックと短剣の技のリングスライサー。ジャンプアタックは相手の頭上に移動して攻撃するというもの。相手の背後に現れるバックアタックよりも更に使いにくい技で、宴会芸以外に使ったことは無かった。もう一つのリングスライサーも似たようなものではあるが、こいつには使い道が稀にはあった。それは俺の攻撃スタイルで唯一の遠距離攻撃技であり、範囲攻撃技だったからだ。だが、そうであるというのに稀にしか使わない理由はもちろんあった。
地面に刺さった斧を引っこ抜きながら大きく振りかぶり、また攻撃をしてこようとしているスケルトンを軽く蹴り飛ばした後で左手のソードブレイカーで頭蓋骨をたたき割る。これで二体目だ、などと考えながらもすぐに大きめのバックステップで距離を取る。着地する頃には、今まで居た場所へ槍、剣、ハンマーの三つの攻撃が行われていた。
「残り八体か……やっぱり試してみるか」
横目でサヤを確認すると、マナの回復に集中できずにいた。ステータスを確認しても、まだ0%のまま。範囲魔法で一番消費の少ないファイアウォールでも2%は使うことを考えると、このペースではかなり時間がかかるだろう。まぁサヤの性格からすれば当然と言えば当然か、俺が死にかけているところで集中なんてできないだろうな。本当はサヤの魔法で一網打尽にできればそれに越したことは無い。だが、それができない以上、俺が代わりに範囲攻撃をするしかない。
「この距離なら……少し離れた方が良いな」
だが、この技には四つの欠点がある。一つは短剣の技にしては桁外れに消費するエネルギーが多いこと。もう一つは所詮短剣の技であるために威力が低いこと。俺の今のSEの残量を考えると……二回は使える。一回だけだと倒しきれないだろうが、二回ならなんとかなるな……。
剣を持った奴とハンマーを持った奴が追い付いてきたことを確認してから、もう一度大きく後ろにステップで距離を取る。そして即座にリングスライサーの技を使用するよう念じる。すると、モーションアシストによって左手のソードブレイカーを大きく回転させるように体が動き始める。そして、丁度二回転したところで短剣を振りきって止まると、目の前にリング状の白い物体が出来上がっていた。それはそのまま目の前のスケルトンの集団を速度を上げながら次々と切り裂いていった。三つ目の欠点はこの、短剣の技、いや他の技を含めた中でもかなり時間のかかるモーションである。これを使う時間を稼ぐためにステップで距離を取らなければならなかった。
「よし、なんとか全部巻き込めた。これでもう一回当てれば、少しは数が減ってくれるだろう」
四つ目の欠点は、範囲の狭さだった。二回大きくステップを使ったのは、縦に長く並んでくれるようにという意味合いもあった。リングを飛ばす技と言う関係から、効果範囲はその軌道上に限られる。そんな風にうまい具合に並んでくれる状況なんて、今回はほぼ一人で相手をしている為にこんな状況を作れただけでパーティーで戦っていればそうそう無いために使う機会がなかったというのもあったのだった。
「リングスライサー」
全てのスケルトンがリングスライサーによってのけ反っているうちにもう一発放つ。残りのSEは12%……さすがに三発目は無理そうだ。また、モーションアシストによって体が回転を始め、二回転したあとで同じように白いリングが発生してスケルトン達をなぎ倒していく。何体かはそのまま粉々になって消えて行った。
「よし、残りは少ないな。これなら……、がっ」
元々痛みで悲鳴を上げていた体から、絶叫と言うべき痛みがこみ上げて来る。その場所を見ると、自分の腹に槍が深々と刺さっていた。……一発目でのけぞったことで場所がずれたのか、一番近くに居たスケルトンに二発目が当たって居なかったのだ、ということだけはなんとか気が付くことができた。
Try 例外エラーを受け付ける状態にする。
例:
Try
{
//処理
}catch
{
//例外エラー発生時の処理
}