#include "制海";
この話は外伝の続きとなります。
世界観の補足としてお読みください。
「オノレ、リゥ=バゥメ。生キテ帰レルト思ウナ!!」
目の前の魚人が甲高い声で私の名前を呼びながら吠える。ここに居る者の中で唯一オーガの言葉の話せるそいつが、全身が鱗で覆われた魚人特有の陸上での高周波のような声だったので耳に障った。その声に顔をしかめながらも、上半身が鱗に覆われていない方の魚人ならば良かったのに、などと思いながら聞いていた。そちらならば耳心地の良い歌を歌うと評判だからだ。
周りには同じ見た目の三又の槍を構え、身長は五、六メートルあるだろうという体格の良い魚人どもが全身金属鎧を纏って私を囲む。その囲む者どもは、この魚人の前線の砦である巨大な船に乗り込んでから、という意味では格段に強そうではあった。
だが。
「所詮この程度か」
ため息をつく。やはり無駄足であったかな、などと思う。鳥と魚のうち、まずは近い所からと思ってこの船を襲撃した。だが、ここに居る奴らを含めて全て私の敵ではない。この船はこいつらの前線拠点のうちでも最大のものらしいが、その中心部に来るまでにかかった時間はほとんど移動時間のみだった。そう、足止めすらされること無くここまで来ていたのだ。
「~~~~~!?!!!!!!」
唯一私の言った内容を理解した指揮官らしいそいつが、頭に血を上らせた様子で周りの魚人どもに指示を出す。そしてそれに従って、周りの魚人どもが距離を詰めてきた。重厚な鎧を軽々と扱うその体は鍛えられていることは分かったし、構えられた槍は油断なく今にもこちらを貫かんとしていた。
それを確認して、右手の剣に力を込める。まずは大きく横から後ろへと振りかぶり、そして水平に円を描くように一閃。別に本気で力を込めた訳ではない。
……だが、それだけで私の周りに生きている魚人は数える程となってしまった。私が振るった一閃の衝撃波だけでそうなってしまったのだ。五体満足、と言う意味では、指揮官らしいオーガの言葉を話せるそいつのみである。そいつが無事なのは単純に距離が離れていただけで、そいつが防いだからという訳ではない。
またため息をつく。そう、ここに至るまでの間、ほぼ全てこの一振りだけで魚人どもはゴミの山となっていった。これまでとの違いはぎりぎり息のある奴が居るか居ないか、即死かそうでないか、と言った程度の違い。防ぐ者、避ける者など一人としていなかった。
カツミ。ヒューマンのオス。そして我が半身の仇。あいつは私の攻撃を初見で避けて見せた。だからこそ期待していたのだ。『知らないだけでもっと強い奴はいっぱい居るんじゃないか』と。
だが結果はどうだろう? 遠くから弓なり魔法なりで攻撃してくるやつらを除けば、ここの魚人どもは誰一人私に攻撃をすることすらなく動かなくなる。”ヒューマン共よりはマシ”と我が半身は言っていたが、本当にそうだろうかと首をかしげたくなる。
「おい、そこの魚。その手に持っているのは秘宝だろう?」
唯一のまともな生き残りの魚人、そいつはどうやら魔道師のようだが、その手には派手な装飾のついた杖を構えていた。秘宝集めをしていた経験上、見れば分かる。あれは百八の秘宝の一つ。それも聖者か騎士であろう。
「ソ、ソウダ。コ、コレガ狙イカ!? ダ、ダメダゾ! コレハワガイノチニシテ……」
「……良い。使って見せろ。それで抵抗して見せろ。抗って見せろ」
耳障りな声を無視して殺して奪うのは簡単だ。まっすぐ歩いて突く。それだけでこいつは物言わぬ肉片となる。だがそれでは駄目だ。私は強くなるためにここに来たのだ。それに秘宝自体は目的ではない。帝への手土産、といった程度。
私の言葉を聞き、戸惑う魚人。だが、言葉を理解するにつれ、顔色は怯えから怒りへと変貌していく。そしてその後、覚悟を決めて口を開いてきた。
「……流石ハ天下ノリゥ将軍、ト言ウ所カ。ダガソノ慢心、後悔サセテクレヨウ」
そう言って杖を掲げる。真珠や珊瑚といった海の宝を潤沢に使用したその杖が輝き始め、そしてその光は術者である魚人を包み込んだ。
……あれは聖者か。力を貸す代わりに、後で何かの代償を支払うというその秘宝。騎士であればあのように術者自体に効果を及ぼすようなことはほぼ無いことからそう予想した。杖という形状から、恐らく魔法に関わる何かの力を得るのであろう。
空間が歪む感触。ふと少し上に視線を移動させると、水の塊が出来ていた。周りに巨大な魔法陣が立体的に展開される。そしてそれと共にその水の塊は更に大きくなっていく。このあたり一面を水浸しにするであろう量の大きさになってもまだ大きくなることを止めない。いやむしろ更に大きくなる速さが増していく。
「……ふむ。全くの口だけ、と言うことでは無いらしいな。秘宝を持つだけの実力はある、というところか」
魚人は元々オーガよりは魔法に適した種族だ。個々の才能に寄るが、種族平均でいうのであればエルフどもの次に魔法の才能があるのではないだろうか。そして目の前の魚人はその中でも秘宝を授かる程度には優れた術者であるらしい。
すでに辺り一面が薄暗くなってきている。頭上に見渡す限りの水の塊があるからだ。そしてそれを押さえつけるための魔法陣が至る所に展開されている。目の前の魚人は何やら呪文らしい言葉を吐き続け、光り輝く杖に祈りを捧げ続けている。
今ここでこのままこいつを殺すことは簡単だ。今まではそうして来た。わざわざ相手の攻撃の完成を待ったりはしない。攻撃するチャンスぐらいは与えてやるが、それ以上は攻撃が出来ること自体も実力だからだ。
だが、今は待ってやる。全ての攻撃を上回るために。
あの、カツミの妙な攻撃。確実にとらえた筈の私の攻撃を避けたかと思ったときには、我が半身が潰されていた。
単純に速度が速い、と言うことは無いだろう。そうであれば、あいつは私の攻撃を普通に避けることもできた筈だ。だが、初めの避け方は明らかにぎりぎり、なんとか避けた、と言う形だった。それに私が認識できない程の速度で動けるとは到底思えない。
であれば、技か魔法の何れか。そして効果は『特定の場所に移動する』と言った所だろう。あの時は真後ろに移動したがそれ以外にも有るのかもしれない。
知ってしまえば大したことのない技。だが、『知らない』が故に、私は後れを取り、我が半身は死んだ。
次は無い。次はそんな失態は絶対にしない。
だから、全ての攻撃、技、魔法を理解し、『破壊』してやるのだ。
「喰ラウガ良イ! 我ガ最大ノ魔法ヲ!!!!」
ついに完成したらしいその魔法は、もうここからでは何処までそれが続いているのか見ることが出来ないほどに巨大な水の塊を作成していた。そしてそいつが最後に発動の言霊を口にした時、その巨大な水の塊を押さえつけていた魔法陣がはじけ飛ぶ。
そしてその巨大な水の塊は、そのままこちら目がけて落ちてくる、という訳ではなく。
無数の小さな、と言ってもそれまでに比べてだが、水の塊に分裂し、それら全てが鋭利な水の槍となって襲いかかってきた。
「この数は全部受ければ死ぬだろうな」
その数と見た目から落ち着いて威力を測る。見間違えた事など一度も無い。だからこの予測も正しいだろう。一つ一つの鋭利な水の槍。それ単体でも相当な実力者でなければ使うことのできない上級魔法の一種だろう。そしてこの数。これを上回るには、かの水神でもなければ不可能ではないだろうか。
もちろん、全て受けるつもりなど毛頭ない。攻撃を完成するまで待ってやったが、全て食らう必要性はないのだ。私の目的は『全ての技、魔法を理解して破壊する』こと。受ける必要など無い。
そうやって発現した魔法を観察していると、辺り一面、三百六十度、視界の全て、いや感覚と言う感覚全てが無数の槍の存在を感じる。その槍は全て私を貫くために迫ってきていた。
どうやって対処するか、考える。一番単純な対策方法は『全て避ける』こと。可能か不可能かと言えば可能だろう。数も多いしそれなりに速いが、それだけだ。特に誘導性が高い訳でもない。
……だが面倒だ。数千か数万か、数えるのも面倒な程の水の槍。それら全てを避けるとなるとそれなりの労力と時間が必要である。
であればもっと単純に行くべきだ。そう、『全てを破壊』すれば良い。
そう決めるや否や、私は一番近くの水の槍の群れに向けて右腕を振るう。そうするだけで数百の槍が文字通り水の泡となって消える。次の群れに向けて左腕を振るう。やはりそれだけで数百の槍が消える。
「面倒だな」
次々とやってくる水の槍の群れを順番に破壊していくも、まだまだ終わりそうにない。一つ一つは私にとっては脆いものでも、この数となるとやはり時間がかかる。そしてもうこれ以上目新しい攻撃をしてくる訳でもなさそうだ。
もう完全にこの魔法は見切った。ならばあとは持久戦でしかない。そしてそのようなものに付き合ってやるつもりはない。
作業のように水の槍の群れを破壊し続けながらも魔力探知に集中する。この攻撃は全て一つの魔法に寄るもの。であるならばどこかに基点となるものがある筈、……見付けた。上空200メートル、と言った所に歪んだ空間。そこから水の槍の群れを操っている。
場所を把握した瞬間にその歪んだ空間へ、跳ぶ。向かってくる水の槍を破壊しながら。200メートル程度ならばたいした距離では無い、準備動作も不要だ。もっと高い場所が基点であれば面倒であっただろうが、この程度であれば何の障害ともならない。
そう長くない時間で空間の歪みへとたどり着く。近づいてみれば集中しなくても何処が基点かはすぐ分かった。秘宝特有の力の歪みが顕著に出ていたからだ。
魔法の基点の破壊。普通に武器を振るっただけでは壊すことは出来ない。普通に基点を壊すためには、そこに込められた魔力と同等以上の魔力をぶつけなければいけない。だが、聖者の奇跡によって発現しているこの魔法、私の全力を集中させても壊せるかどうかは微妙な所だ。
だから、私は久しぶりに『相棒』の力を借りることにした。
「『いと気高きモノ』よ、全てを刻め」
我が半身の次に長い付き合いの相棒、私の『騎士』の名を呼ぶ。そうすることで少し装飾のついただけの剣であったモノが、輝ける光の剣と化す。
こいつは『所有者が正しく認識したもの』を切り裂ける。この剣自身で直接切る必要があるが、形有る者、形無き物に関わらない。魔法だろうが、奇跡だろうが、問題など無い。故に、この聖者によって強化されているのであろう魔法の基点も私が認識している以上、一振りで問題なく……切り裂いた。その結果、凝縮していた奇跡と魔力が光の粒となって霧散する。
瞬間、囲んでいた幾千幾万の水の槍が、槍と言う形は崩れ去り、ただの水と成り果てる。私が地面に着地する頃には全ての水の槍は消え去っていた。代わりにあるのは雨のように降り注ぐ水と、地面にへたり込んで愕然としている魚人だけであった。
「馬鹿ナ……、ソンナ馬鹿ナッ!? 無傷ダト? 私ノ全テヲ賭ケタ魔法デ無傷ダト!?」
「そうだ。お前はその程度と言うことだ」
言いながら、魚人に近づいていく。その魚人は淡い光に包まれていた。恐らく先ほどの奇跡の代償をその身で支払っているのであろう。私が手を下さずともそのまま消え失せるかもしれない。だが、一つ聞いておくべきことがあった。
「おい、おまえより強い奴は魚人どもにはいるのか」
もしこいつが最強であったのならばもうこちらには用は無い。帝との約束の手前、魚人どもの王の首はもらうが、それが終われば次は鳥だ。
「……ハ、ハハハハ、ハハハハハハ!!」
「ちっ、狂ったか」
どちらかと言えば恰幅の良い見た目であったそいつは、聖者による光が収まる頃には骨と皮のみといった見た目になっていた。そいつがこちらを見ながらも、焦点が合わない様子で嗤っている。全身全霊を込めた魔法が全く効かなかったことで心が砕けたのだろうか。まぁそう言う奴は珍しくも無い、何度も見てきた。
「……リゥ=バゥ。強キヲ望ムナラバ、北ノ海ヲ目指スガ良イ。ソコニハ監獄ガアル、一人ノ女ヲ閉ジ込メル為ダケニ作ラレタ監獄ガナ」
「……聞き覚えがある。苦悶の海の魔女か」
諦めて魚人どもの首都にでも向かおうかと考え始めた所でそいつの嗤いは止り、一呼吸置いてから喋り始めた。
苦悶の海の魔女。その存在は魚人どもにとっての英雄であり、そして災厄の代名詞でもあるその名。魚人とはそれほど交流の無いオーガの耳にも届くほどにソレは有名であった。
曰く、一つの戦争、大戦争をたった一人で終結させた者。
曰く、敵も味方も関係なく、戦場に居る全てを殺し尽くした者。
曰く、近づくもの全てを狂わせる者。
元は大層美しい歌声で全軍を鼓舞する将軍であったらしいそいつについては、通り名以外の名前は知らない。魚人どもにとってその名は禁句であるが故に、その名は永遠に封印されているのだ。
「恐レヌノデアレバ、コノ杖ヲ持ッテ北ノ海ヘ行ケ。サスレバ監獄ヘノ道ハ開ク」
そう言って、『聖者』であろうその杖をこちらへ渡してくる。命がけで守ろうとしたその秘宝を、簡単に手渡してきた。
「つまり、その魔女自体が罠、と言うことか。……クク、面白い。打倒してやろうではないか」
私は喜びが込み上げてくるのを自覚した。そうだ、そう言う奴を探していたのだ。
「ハハハ、先ニ地獄デ待ッテイルゾ」
私がその『罠』に掛かることを見届けたそいつは、満足したのかそういって事切れた。どう考えても罠、当の魚人どもですら手がつけらず、監獄へと隔離するしかない程の魔女。
だからこそ、だからこそだ。
最凶最悪の存在。
そいつならば、私を少しは楽しませてくれるだろう。
リゥ将軍視点終了。
次章よりまたカツミ視点へ戻ります。